2・恋
話が終わるとすぐに、応接室に一つの水晶玉のような丸く透明な球が持ってこられた。説明によれば、触れた者の魔力を測るものらしい。見守る全員の中で水晶を触れば、それは赤く色づいた強い光を放った。
炎の適性のある魔力。それもかなりの魔力量だと言われ、アスマの心は更に昂る。
ユーシエンヌが簡単に説明してくれたところよると、炎の魔力があれば炎の魔術が使えるらしい。他には水、風や雷などの自然魔術もあるが、詳しく調べるのは別の方法を使うことになる。
官吏というだけでユーシエンヌは専門家ではないため、その判断と魔術の使い方の指導は翌日から、王宮魔術師の指導のもと行われることになった。
簡単な検査が終われば、今日から宿泊する部屋に案内される。「心の整理をする時間も必要だろう」と、訓練諸々は明日からとなった。
広い部屋に案内され、メイドと執事を付けられる。用件があれば彼らを通してユーシエンヌに言うことを言いつけられた。早速と、外に出てみたいと告げれば数人の護衛と共に外へと案内された。
アスマの呼ばれた場所は、想像通りこの国の城だった。外観は、思っていたほどきらびやかではない。どちらかと言うと要塞のような見た目の城だ。敷地外の、城下町を見ていたいという願いは、さすがに翌日以降に持ち越してほしいと言われたので、街には出られなかった。
「勇者殿。明日は王とお会いいただき、その後魔術・体術の訓練を簡易的に行い、訓練の割り振りを決めさせていただくことになる」
城内の散策は許されたので、兵士の訓練場なども見回り、部屋に戻ったところでユーシエンヌが今後の予定を話してくれる。了解すれば、もう休むような時間になっていた。
自宅のベッドよりも豪華なそれに横になり、アスマは翌日以降に想いを馳せる。
「魔法の使える世界……勇者……」
物語の主人公になった気分でごろごろとしていると、すぐに眠気が訪れる。疲れていたらしいとは翌朝になって気付いたことだ。
そんな初日を終え、翌日は王に謁見だ。ユーシエンヌに連れられ部屋へ通されると、そこは思ったような部屋ではなかった。一段高いところに玉座があり、アスマは膝をついて目通りするような形だろうと思っていたのだが、部屋は昨日と同じような広さで、王はアスマと同じ目線に立っていた。
王の間や謁見の部屋というよりは、執務室のような場所だ。ただ、部屋を彩る装飾品や家具は、華美ではないがきっと一流なのだろうと素人目にわかるようなものが並んでいる。
「貴殿が今代の勇者か」
王は、娘を魔王に攫われたというには毅然としており、背筋を伸ばしたその立ち姿は見事と言っていいほどだった。金の総髪はやや長い。王様然とした態度ではあるが、敬語は使わずとも慇懃な姿勢は崩さなかった。
いい王様、というやつか。王政など知らないアスマはファンタジー知識を以ってそのような印象を受ける。王はアスマを、不快感を覚えない程度に検分するような視線で見て、言う。
「こちらの都合で呼びたてたというのに、勇者であることを引き受けてくれて感謝する」
頭は下げないまでも礼を尽くした態度は、アスマの方が恐縮しそうになるほどだ。
「いえ。そんな」
目上の人間に丁寧な態度で感謝されるなどなかなかない経験だ。うまく言葉が出ずに、アスマは一歩後退さえしてしまった。威厳というものは、こういうときにも出るものなのか。
「加えて……娘のことを、よろしく頼む」
昨日とは違った意味で狼狽えているアスマに、王は更に声を掛けた。先ほどまでとは違った声色。娘を攫われた親の懇願に、アスマは半歩引いていた足を戻した。
「お任せください」
その後は予定通り一日を半分にわけて魔術と体術の訓練。
魔術の勉強は、まず座学からスタートして、呪文を覚えさせられた。それから魔力の操作の練習。魔力操作は件の恩恵のおかげかすぐに上達して、教師役の魔術師に「目を瞠るような成長ぶりですね」と褒められることになったが、座学は元の平均的な頭脳ゆえに少々苦労することとなる。
体術の授業では、まず体の使い方からスタートした。世界を越えた影響か、身体能力もかなり向上しており、元の世界ではできなかったような動きも恐怖心さえなくせば簡単にできるようになっていた。与えられた剣も振るってみたが、重さはあまり感じず、筋肉への負担も何かの力で減らされているのか、筋肉痛も軽いもので済んだ。
その翌日以降はひたすらに訓練、訓練、訓練。
基礎が終われば王宮の騎士や魔術師を相手に実戦訓練。剣と炎の魔術を基本に扱いながら、練習していく日々になった。
さすがに楽な日々ではなかったが、目に見えて能力があがると楽しいし、何よりも剣を振るって相手と互角に戦い、魔術を使って自分が炎を操っているというのに興奮を覚えた。
魔術に関しては、あの後正確な鑑定をすると、炎と光に適性があったことが判明した。炎も光も、文字通りそれらを操る技だ。
炎はわかりやすい。教えられた魔術は、火の弾を飛ばすものから爆発させるもの。炎の渦を巻きあげるものなど攻撃に適した魔術だった。
そして光。こちらは聖なる光でアンデットモンスターを倒したり? などと予想していたのだが、それに違い、光線を撃つような魔術だった。SFかよと思ったのは自分の打ち出した光線を見てからだ。
通常呪文を使って行使する魔術だが、訓練によっては呪文を使わなくても魔術は使えるとのことだったので、無詠唱を目指す。こっそり口上の長い呪文が必要なのかなと懸念していたが、普通の詠唱も短い言葉だった。それも、日本語翻訳はされない特有の言葉。中学生を脱し高校生になった今、恥ずかしい口上を述べなくて済んだのには安心した。
そんなこんなで一か月程度の訓練の後、実戦を開始した。
魔物を倒す実戦訓練だ。近隣の森に向かい、熊のような魔物を倒す。もちろん訓練の一環なため、護衛はつけて。
この世界の魔物は、基本的には人里からほど離れたところに生息している。よほど食料がないか、暴れるのを好む種でない限り、人間側から手を出さなければ襲ってこない。現代でいう熊などの危険な野生動物と、生態としてはそう変わらない。
ただ魔王の復活時だけは魔王の支配下にはいるため、人間を襲い、村を壊滅させ、ときには甚大な被害をもたらす存在となる。
初めての実戦。自分よりも二回りも大きな熊の魔物だったためさすがに恐怖を覚えたが、所謂チートのような魔力を詰み、一か月鍛えられたのだ。遅れをとることなく、魔物は退治できた。
その頃から、魔王の支配下にある魔物の動きが活性化し、それらを鎮圧する任務に多く当たるようになる。呼び出された国の城を拠点に、他国にも向かい魔物を討伐することとなる。
そうして、それが――アスマが初めて彼女と会ったときだった。
隣国で暴れる魔物を鎮圧するため、アスマへの依頼が来たのだが、国から国に渡るのにはどうしても時間がかかる。アスマの想定外にもこの国には魔力で動く列車があったのだが、それでも、途中までは使えても隣国に入るには山を越えなければならない。
そこで呼ばれたのが、彼女だった。
砂丘の魔女。
魔女は普通の人間とは違う魔術が使える。魔王の封印魔術もそうであるし、国から国に渡るのに空間移動の術を使えるのだ。これがあれば、国家間の行き来も自由で、移動時間も大幅に短縮できる。
そうして一室で初めて、アスマは魔女と対面することとなった。
ここに来て以降初対面の相手と対面することの連続だったため、アスマの方に緊張はほとんどなかった。魔女と対面するのはそもそもいつかあると思っていたので、心の準備も初めからしていた。
ユーシエンヌに話を聞いたことがあるが、魔女は二百年生きているにも関わらず少女の姿をしているらしい。なんでも、不老の魔術を使えるのだとか。美しい方ですよ、と魔女を知る幾人かの人に教えられたが、事前知識として二次元的な偏見のあるアスマは「ロリババア」などという言葉が頭をよぎった。
ただ、美少女と聞いて期待は持っていた。
期待は、想定以上を返されることとなる。
「初めまして、異世界からの勇者」
現れたのは、アスマの持つ言葉では言い表せないほどの美少女だった。白い肌にきれいな金髪。同じ色の目には意志の強そうな光が宿っている。佇まいは堂々としているが、偉そうな印象は受けない。あまり表情の変化がなく、挨拶は笑顔ではなく目を伏せて軽くお辞儀をしただけで終わったが、それでも好印象を受けるには、十分だった。
好印象どころではない。
九里明日真は、人生初の一目ぼれをしたのだった。




