プロローグ・勇者
少年は、剣を振るう。手のひらにできた肉刺は彼のためにあつらえた剣の柄によく馴染む。振り下ろした刃が何かにはじかれ、後退したところで透き通るような声が彼を呼ぶ。「勇者様!」それに呼応するように少年――勇者は魔術を唱えた。
「セ・ラギ・ヴォルテ!」
炎の嵐が吹き荒れるが、それも一瞬で消えた。渦に飲まれたはずの黒き存在はバサリとマントを翻して鼻で笑う。
「その程度で、この魔王を亡ぼせると?」
「勇者様! 古の魔術をお使いください!」
助言するように叫ぶ声に、忌々しそうな顔で魔王は魔術を放った。色のない光が、声の主からほど離れたところに着弾する。
「余計なことを言わないでいただこう、姫君」
それは魔王にとって彼女の言う「古の魔術」が厄介であると言っていることに他ならないのは、誰の目にも明らかであった。魔王からの敵意を受ける姫は、けれど地面に座り込んだまま祈るようなポーズをやめない。
誰もが、それを待っていた。
古来より現れる魔王を封印するのが、勇者の使命だった。
勇者とは時に民衆から選ばれ、時に異世界より呼び寄せられる、この世界の救世主だ。誰も倒しようもないといわれる魔王を無力化できる唯一の魔術。「砂丘の魔女」という百年以上も前から姿かたちを変えず存在する特別な魔女によって勇者にのみ授けられる特別な術だ。
それを教えてくれた魔女を思い出しながら、勇者はひたすらに魔王に攻撃を向けていた。誰もがその術を信じてやまない中、勇者は。彼だけは違っていた。
「俺が、お前を倒す!」
気力を振り絞り、限界を超えて剣を振り回し、ありったけの魔力を叩きつける。「小賢しい」と眉を顰める魔王に猛攻撃を向ける。
相手は魔王だ。勝ち目が薄いことは知っている。だからこそ、今までの勇者は皆この魔王を封印してきたのだ。けれど彼の目的は魔王を封印することではない。
どんなゲームでだって、魔王を倒すことが本当の平和を生むと、彼は信じてやまなかった。悪は必ず滅び、ハッピーエンドはその先にあると、そう考えていた。
勇者は。少年は。「九里明日真」はそんなゲームをして育ってきたから。




