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ぼくらのままならない世界  作者: いない
少年と世界
53/72

少年の世界の終わり



 焼け崩れた家の下敷きになったポルメリオが、神にも祈るような言葉を発した瞬間、空気が揺れた。

 リリアの周りの空気が震えるように揺れる。そばに居たリオンは寒気に襲われ、数歩体を後退させた。魔力を感じないはずのギムも体を震わせる。

 リオンにはこれが何かすぐにわかった。いつもは魔力を抑えているとリリアは言っていた。ならばこれが本来のリリアの魔力なのだ。

 それを抑えるだけの余裕がリリアにはなくなっている。余裕というよりも、意識さえなくなっているかのようだ。私の所為かと呆然と呟いた少女の見た目をしたものは、溢れる魔力を制御できないでいる。

 このままでは。やけどや怪我ではなくリリアの魔力で人死にが出る。けれど、リオンは体が震えて動けなかった。息苦しさを堪えるだけでせいいっぱいで、リリアに声を掛けることすらできない。

 駆け寄って、抱きしめて、きみのせいじゃないと落ち着かせることさえできない。

 誰かに救いを求めることもできず立っているだけの王子と。糸の切れた人形のようにただ落ちているだけの少女。


「何をしているのだ、この馬鹿者!」


 そして、その糸を拾い上げた声は、パンと乾いた音をその場に響かせた。


「異常な魔力の揺れを感じて来てみれば……リリア、リリアレイン!」


 魔女だった魔物は両手で少女の頬を叩くように挟み、視線を自分と合わせる。

虚ろな目をしたリリアに、カロンは舌打ちした。周りを見れば状況はなんとなく把握できた。

 この焼け焦げた惨状がリリアの心をおおいに揺らした元凶なのだろう。床に寝散らばった、まだ生きている人間たちを一瞥だけして、はちみつの色をした目を自分に向ける。周りに広がる魔力を緩和させる。こんなもの、魔物からしてももはや圧力と言って過言でない。


「何を呆けているのだ、何のための力だ! きみにしか、どうにもできないのだぞ!」


 言葉に反応してか、リリアの目が一瞬揺らいだ。目を合わせ続けるカロンはそれに気づいて言葉を重ねる。


「きみの魔力ならば広範囲に同時に回復の魔術を使える。魔法陣は私が直接きみの頭に教えるから、光を操り魔法陣をこのあたり一帯の上空に敷け。できるな?」

「でも、わたし、そんなのやったこと……」

「だからもっとまじめに訓練しろと言ったのだ。やったことない、ではない。やれ。きみにならできる。きみは誰の弟子だ?」


 弱音も返事も聞かないうちにカロンは自身の額をリリアの額に合わせる。回復魔術の魔法陣は頭の中に入っている。それを、リリアへ届ける。

 これほどまでに、自分が魔物であることを呪ったことなどなかった。あまりにも情の移りすぎた弟子の頬を冷たい手で安心させるように挟んだまま、カロンは近距離でもう一度リリアと目を合わせる。


「できるな?」

「……やる」


 ここまで言ったのだ、失敗してくれるなよ。

 魔物のくせに神にも祈るような気分になりながらリリアから離れる。威圧感から解放されて地面に尻を付いているリオンの隣に行って、今から掛けられる魔術を緩和するよう魔力で壁を作る。リリアの状況と周りの怪我の具合を見るに、健常者には少々過剰な回復の魔術が施されるはずだ。


「よく、あれを落ち着かせてくれた」


 額を合わせた時にリリアの記憶から知った先ほどまでの状況を思い、声を掛ける。リオンは記憶の魔法のことは知らないが、頭の回転は速いようで、いえ、と呟く。


「こちらこそ……ありがとうございます」

「……まだ礼を言うには早い」

「え?」


 安心したように礼を言った少年に苦い顔をするのは、落ち着いているカロンが少し離れた場所にある魔力を感じ取っているからだった。

 白い光がスラム全体を覆う。苦手だった光の魔術だが、魔法陣は空にきれいに描かれ、光が降り注ぐように弾けると同時に、地面に転がった人々の体が少しずつ、治っていく。

 一部の人間に合わせた魔術で治す度合いは適当なため回復度はまちまちだが、既に死んでいる者を除けばきっと、ほとんどの人が動けるくらいには治っていることだろう。


「兄ちゃん……」

「! カロン、お願いがあります」


 そばで蹲っていたギムが震える声で呟くのに気付き、リオンがカロンに声をかけポルメリオの上に覆いかぶさっていた建物を退ける。会話ができる程度の傷だったポルメリオは、もうほとんど体を平時の状態にまで治していた。

 彼はその視線を、自分を助けたカロンでも、自分のために泣いていたギムでもなく、リリアに向けていた。小さく女神さま、と呟いたのが、カロンの耳には入った。

 果たしてリリアが女神になり得るかというのは、今はまだ、わからない。

 ない足を進めてリリアの元へ行き、肩を叩く。


「リリア、もういい」

「でも」

「十分だ。これ以上続けると、治りすぎた者の体に異常が出る可能性がある」


 少し脅しただけで、リリアは体をびくりと揺らしすぐに魔術を止める。完全にトラウマになりかけているが、今は放っておくしかない。

 もう一件、重大な問題が残っている。


「行くぞ」


 急がなければまずいと、リリアの手を掴み説明しているよりも先にその場に向かおうとしたカロンだったが、リリアの視線と遠くから聞こえた声に足を止めた。


「お姉さん! お姉さん!」


 浅黒い肌をした少女、ソフィが、息を切らしながら走ってきていた。

 必死でリリアを呼ぶ彼女の目は涙でぬれている。靴を履いていない足をもつれさせそうになりながら叫ぶ彼女は叫んだ。それが、カロンの急いでいる理由と同じであろうことは想像できた。


「助けて、シスターが!」

「――アンネ?」

「ここが燃えて、シスターが、助けに来てくれて! でも、火を消してるうちに、倒れちゃって……」


 シスターを助けて、お姉さん。

 アンネを嫌っていたはずのソフィは、息を切らし、消えそうな声で叫ぶ。


「行くぞ」


 再度感情を揺らされる前に、カロンはリリアの手を引いてアンネの元へ向かった。彼女の魔力は既に捕捉している。

 弱弱しくなって、消えてしまいそうな魔力。魔物からすれば意識していなければ在ることに気付きもしない程度の魔力は、けれどカロンにとって重要なことだった。

 アンネがリリアのもっとも大切なものだから。


「あ――アンネ!」


 駆け寄るリリア。

 アンネは道の真ん中で倒れていた。目立った外傷はないが、それはリリアの魔術による回復のおかげだ。眠っているように瞼を閉じていて、意識はない。呼吸は小さく、最後まで振り絞ったのであろう魔力の残りが漏れ出ている。

 リリアには、見えていないのであろう。


「なんで……」

「火を消すのに魔力を使いすぎたのだ。回復魔術で少しは回復しているようだが…………」


 もはや動揺する気力もないように呆然と呟くリリアに、最後まで伝えることはカロンにはできなかった。


「じゃ、じゃあ、私の魔力を渡せば」

「……一気に流し込むとアンネの体がもたない。少しずつだ」


 もしかしたらという希望がカロンにも少しでも、あったからかもしれない。

 そろりとアンネの手を持ち上げ、手のひら越しに魔力をアンネの体へ移動させる。食事ではない魔力の受け渡しは、魔物を仲間に引き入れるときに覚えた方法だ。

 焦らず、少しずつアンネへ流れていく魔力を見ながら、カロンはあたりを見渡した。そうしてこの周りに人が入れないよう魔力で壁を作る。こちらからの魔力も、できるだけ外にでないようにの意味も込めて。


「落ち着いて聞きなさい、リリアレイン」


 地面に座り込んでアンネを抱きかかえているリリアを見下ろし、カロンは言う。


「アンネの体は魔物とは違う。他者の魔力を取り込んでそのまま自身の魔力へは、変換できない。……だから、きみがそうして魔力を流し続けても、アンネが治ることはない」

「……いやだ」

「私も、使い果たした魔力を元に戻す方法は知らない」

「でも」

「アンネは、もう戻らない」

「一緒に花を見ようって、約束した」


 カロンの声が聞こえていないかのように、リリアはアンネをひたすらに見て、魔力を流しながら言う。

 アンネ、と名前を呼んでも、目を開くことも、最期に一言口にすることさえできない、まるで時が止まったかのような愛しい彼女。

 生きているのだから、諦めることなんてできない。その手を離すことはリリアにはできなかった。それだからカロンにも、何も言うことはできなかった。

 どれほどそうしていただろうか。リリアはアンネへ魔力を流すのを止めた。

 それと同時に、アンネの呼吸が止まった。呼吸だけではない。彼女の動きが、時が、すべて停止した。リリアに抱きかかえられた姿勢のまま、彼女の時だけが外界と隔離されたことにカロンは気付いていた。


 封印魔法。リリアはそれをアンネに掛けたのだ。


 これから目が覚めることもないのを知りながら、それでも彼女の死を受け入れられなくて。彼女を死なせることができなくて。


「……きみがそうしたいなら、それでいい」



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