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外交は、俺の得意とするところではなかった。寧ろ苦手そのもので、リオンが居なければ絶対にうまくいかなかっただろう。
見た目は美少女なので構わないとしても、立ち居振る舞いは変えなければならない。特に口調は要変更で、常に背筋を正しつつ女性らしい口調に直し……とまではできなかったから、常に敬語を使うこととした。人前ではリオンにさえ敬語で最初はさぶいぼが立つ気分だったが、何度かするうちに慣れた。
各国の要人相手の交渉はそう簡単にうまくいくはずなどなく、まず基本疑われた。そりゃそうだ。リオンのおかげで一国の後ろ盾があるとはいえ、俺の見た目がまずお嬢ちゃんと言われそうなものなのだから。
それでも国内で一部の村が不自然に襲われているのもあり、全否定されることは少なかった。自作自演を疑われることもあったが、魔物を撃退し、こちらの利を求めない姿勢を貫いていれば完全に疑い捉えられるなんてことはなかった。そういう相手を選んで注意喚起をして回っているだけなのだから、下手を撃たなければ問題ない。実際自作自演なんだけど。
ちなみに攻撃した魔物はちゃんと直してやった。回復魔法とは便利なものだ。
あとはどのタイミングでカロンに出てもらうかだ。一国のお姫様でも攫えれば説得力が出るかもしれないが、そうすると相手は協力者である必要がある。人物選定は簡単ではない。
「私がもっと表立って外交を行っている者ならば違ったのだろうが……役に立てなくてすまない」
「リオンは悪かねーよ」
リオンの知り合いの他国のお姫様の中には、こんな企てに参加できる人物はいないからというどうしようもない理由で、リオンは肩を落とす。兄ならば違ったのだろうがなんて言うところは昔のリオンから変わっていない。
兄への劣等感。そんなもの持たずとも、リオンにはリオンのいいところがあるのだが。
「リオンがリオンの兄貴なら、今こうして手伝ってくれてないだろ。見て見ぬふりが関の山だ。見た感じ、その山を越えてまで手伝ってくれるタイプにも見えなかったし」
一度、俺への興味故仕事を抜け出してきたところに会ったことがあるが、奔放な様子はあれど、安定した現状を危険にさらしてまでどうにかしようとしてくれるタイプには見えなかった。すぐに連れ戻されたからあまり話していないので、絶対手伝ってくれないとまでは言えないが。
第一王子がこの場に出て来ないということは、オースグラットの国にはいろいろと、察されているのだと思う。邪魔されなければなんでもいい。
そんな感じで各国に魔物が出た際にヘルプに行ったり、その後魔物のケアに行ったり奔走する日が続いた。
そんな最中だった。
シュシュアールというオースグラットの隣国に三度目のヘルプに行った日。オースグラットとは国交のない、シュシュアールの反対隣りの国への足掛かりにするため、俺たちはシュシュアールの外交官と話をしていた。
この国の、オースグラットとは反対隣りにあるグァラムラという国に魔物の群れが出たという話があり、救援と現状の知らせをしてほしいという依頼をシュシュアール経由でしてくれと頼まれたのだと外交官は言った。
いい感じに、噂は広まってきている。大きな国に話を伝えられたのもあって、徐々に噂は拠点から離れた場所にも広がってきているらしい。
グァラムラは海に面しており、沿岸部に魔物が出たそうだ。一応、魔物の出現ポイントはリオンの許可を得て設定しているが、そろそろ俺はどこに魔物が出るかわからなくなってきた。海ならばセーラが頑張ってくれたのだろうか。兎も角もカロンやセーラが主体になっているのだから、俺の意にそわないことはしないはずだ。
明日にもグァラムラに向かう打ち合わせをする。行ったことのない国だから、行きは脚を使わなければならない。隣国に接している町までは汽車が出ているそうなので、そう長旅にはならないだろう。他国の外交官をつれて、まさか夜に家に帰るわけにもいかないし。
それに――、
「……?」
「? リリア、どうかしたのかい」
不意に、悪寒が走った気がした。
「いや」
疲労がたまっているとはいえこの体は風邪をひくような体ではないし、体調に異変があったならば、俺が気付かずとも今朝「いってらっしゃい」を言ったカロンが気付いているはずだ。
走った悪寒は、何か言い表しようのない不安に変わる。
これを、虫の報せとでもいうのだろうか。
「ちょっと、失礼します」
席を立つと、この国の案内人がついて来る。何かがどこかで起こっている。そんな予感がする。確信もないのに、妙な焦燥が体を蝕むような、そんな気に駆られる。
「リリア? どうした?」
「何か、嫌な感じがして」
「……すみません、少し、二人で話せる場所はありますか? 適当な部屋で構いませんので」
すぐに移動したいのに、移動の魔法は他人には見せられないため一人か、リオンと二人にならなければならない。
気を遣ったリオンが申し出たことで、部屋に二人残され、外交官の方が退室する。不審そうな目を向けられたが、それどころではない。
リオンを伴いそのまま足を進める。
まず向かったのは教会だ。何かあるならばアンネかと思って。しかし、教会に変わった様子はない。ひとまず安心する。
しかし、ならばどういう予感だ。ただの思い過ごしならばいいのだが。
次に心配するのは、絶対に心配のないはずの場所だ。カロン。あの場に居て、よりにもよってカロンに何かあるとは思えないが。
もう一歩で自宅に戻ろうと、足を踏み出そうとすると同時だった。リリア。名前を呼んだにしてはこちらに呼びかけていないような、小さな、言葉にならないような呟きが聞こえた。
見上げればリオンの視線は斜め上を向いていた。教会から離れた先。
そこに、黒煙が上がっていた。
「な……」
その方角にあるのは――スラム。
「っ!」
行先を変えて足を踏み出す。森の中にある緑の印象の強い教会の付近からこの場に来たときの印象は煤けた灰色。
けれど、今は違った。
「は……?」
赤い。
黒い。
あつい。
火が――炎が、火が。スラム全体を覆っていた。
「火事!? 何故、こんなにも……」
「おねえちゃん……?」
「ギム!」
知った声に反応して顔を上げると、顔に傷を負い、腕から焦げたにおいをさせ皮膚の奥を見せた、知った顔――けれど、知らない様子の子どもがいた。すぐにギムだとわかったのに目を逸らしたくなる、目を、覆いたくなる。
ダメだ。違う。
どうにか、どうにかしないと。
「ギム、す、すぐ、なおして」
「待ってリリア! 先に火を消さないと!」
「火、火って、消防……ちがう、でも」
「落ち着いて! 水の魔術だ、リリアなら全体に使えるだろう!」
肩を揺さぶられてはっとする。消すだけの力が自分にある。そうだ。雨を。
乱れる心で水の魔力をかき集める。大丈夫、大丈夫だ。水の魔術は得意だ。だいじょうぶ。
それでも魔力をうまく集められない。感情が乱れすぎていて、集中できない。いつも、できてたのに、どうすればいいかわからなくなる。
「リリア! 呪文の魔術を使って、一旦。雨を降らせる魔術があるのは、知っているね? ストンイーターの話をしてくれただろう」
努めて落ち着いたリオンの言葉はすっと耳に入った。覚えてる。ミグリオの村で使った呪文。
「セ・スィ・ヴォルテ」
思い出すのと同時に口に出すと、魔力が自然に集まって雨が降り始める。大粒の強い雨。
水が使えたことで少し落ち着いて、出力を弱め細かい雨にし、効果範囲を広げる。
「ありがとう、リオン……」
「よかった」
「お姉ちゃん」
消えていく炎を見ながら息を吐くのも束の間で、下から声を掛けられ思い出す。怪我をしているギムは、痛々しい腕をあげて俺の手を握る。
安心してる場合じゃない。
すぐにギムの傷を治してやると、ギムは驚いたように自分の手足を見た。きれいに治った傷に喜ぶよりも先に、再度、治った手が俺を掴む。
「お姉ちゃん、助けて! 兄ちゃんが、みんなが!」
泣き喚きたいのを必死で堪えているギムに、再度心臓が波打つ。どくどくと、うるさい心臓の音ばかりが聞こえて、ギムの声を遠くに聞きながら、手を引かれるままに、走る。
いつも集まっていたスラムの中心部。子どもたちがお金を稼ぎに行こうと話をしていたその広場には、たくさんの人が居た。
体を焦がし、嫌なにおいを放ち、体の一部を失い、呻き、泣く。
人。
「お姉ちゃん、みんなも治して、お願い。たすけて」
たすけて。悲痛な声が聞こえる。頭が痛い。一人ずつ治して。順番に。順番? 誰から? 誰を救えばいい? どうやって?
治したいと思っているのに体が動かない。思考が停止しているのではなく。こわくて。
動け、まず、動けよ。
「リリア」
「ひっ」
どこかからしわがれたような声が聞こえた。水分を失った口が声を掛けてきて、そちらを振りかえる。崩れた建物の下。体を半分そこに埋めた人間がこちらに話しかけていた。目が見えていないのか、瞼を閉じている。
「ポルメリオ……?」
「やっぱり、リリア、無事だったんだな」
ここでのリーダーのような役割をしていた少年は、原型さえとどめない顔を歪める。それは苦痛で。憎悪で。悲壮で。
「あの坊ちゃんが来たんだ、ここに火を放った、今なら、魔物のせいにできるって」
ゆっくりとした掠れた声は、伝える。
「俺たちはいいから、あいつを、あいつに」
こうなったのは誰のせいかを。
こうなったのは何のせいかを。
「罰を」
こうなったのは。
わたしのせい。




