40-2
「リリア」
逼迫した声で名を呼ばれ、なんだと返事をするよりも先に俵担ぎにされカロンの私室に連れ込まれたのは、その三日後だった。
アンネも居るのになんちゅーかっこをさせるんだと文句言いたいところだが、やつれた様子からさすがに口に出すのは憚られ、俺はおとなしく拉致されるしかなかった。担いだ瞬間から魔力を奪われ始めたので、魔力不足なのだと察知してアンネにはリビングで待っていてもらうように言えたのが唯一の救いか。契約している魔物とはいえ、このオッサンに魔力を食わせているところを見られるのは、ちょっと、かなり嫌だから。
「封印魔術ができたってことでいいんだよな?」
「ああ」
手首に口づけられた状態で問えば、疲れたような声で短い返事が返ってくる。手から手へ渡すのには慣れたが、これは数えるほどしかされていないので慣れない。数分間沈黙が続いて、やっと落ち着いたようにカロンが息を吐いたところで口を開いた。
「予想以上に、封印魔術はアホのように魔力を消耗する」
そして何事もなかったかのように説明に入った。ごちそうさまと満足げに言われるのも嫌だが、これはこれで癪であるとはわがままだろうか。
「術を教えようとも、きみが魔力を魔術具にため込んで共に渡さなければ通常のこの世界の魔術師には使用できないだろうな」
「それは、どっちかっつーと好都合だな。流出してしまっても乱用されないんだろ」
「そういうことになるな」
魔術が知れ渡って誰でも使えるようになってしまっては形無しだ。一応勇者にだけ教えて口外するなとも伝えるつもりではあるが、それでも人の口には戸が立てられないし、壁やら障子やらには耳や目がある。
一般人には使えない、封印魔術。それが完成したことで、計画は一気に前進する。
ちなみに翌日試したところこの魔術、アンネに使ってもらったあと、ちゃんと外側から別人(俺)が解除できる仕様だった。封印魔術と合わせて解除の魔術を作っていたのは抜かりないと感心するところかもしれないが、自分が封印されるのだから当然の行動だったのだろう。
このあたりで、そろそろ仕込みが必要だということになった。つまりは魔王の存在を少しずつ世に知らしめていかなければならないということだ。
魔王が現れたぞと吹聴したところで、実際に被害がなければ誰も相手にしてくれない。なので人間の村々をあくまで死人が出ない程度に魔物に襲ってもらうことにした。作物や建物に被害が出るのは必要犠牲として、それでも死人がでないようにという鬼発注だ。
さすがに見返りも何もなしにそれは各魔物に申し訳ないので魔力でも与えるべきじゃないかと言えば、ものすごく嫌そうな顔をしたカロンは「魔物個体にではなく土地にということならば許可しよう」と言った。
「一応魔物側の回復ポイントも作ったけど、これ、魔物側から反乱が起きたりしないよな?」
「魔物は人と違って、自らよりも強い相手に無闇に逆らう習性はない。概ね問題なかろうよ」
概ねでは困るのだが。
魔物を従えるのと同時に俺たちは家から出てオースグラット以外の国も回った。でなければ各地の魔物を支配できないからである。
ファンタジーの魔王はどうやって世界の魔物を従えていたのかはわからないが、これ、結構大変だぞ。
「シュシュアールは甘いものがたくさんあるとは聞いていたけれど、どれもおいしいわね。リリア」
「よかったら私のも一口食べる?」
「……自分で取るから、器を貸してくれればいいわ」
まあ、アンネと一緒で旅行気分を味わえるから全然苦ではなんだけどな。「あーん」の文化がないのかアンネが照れ屋なのか、赤くなって俺の器からアイスを掬うアンネについつい笑顔になる。隣で「だらしない顔だ」などと言ってくるオッサンが居なければもっといいのだが、二人分の姿を変えてみせる魔法を展開してくれているのは他でもないそのオッサンなので、無視するだけに留めておいた。保護者同伴だろうがこれはデートだ、デート。
ミグリオの返事は、封印魔術が完成した四日後に訪れた。
再び学園に忍び込み、ミグリオの元へ向かったのだが、どうにも学園内の空気が前に来た時と違う気がして首を傾げる。誰にも見つからないように隠れて移動した中で気付いたのは、生徒や先生らしき人たちが一様にどこか不安そうな顔をしていることだ。
その理由は、すぐにわかったのだが。
「もう、計画は始まっているんだな」
訪れた部屋で、ミグリオは真剣な面持ちでこちらを見据えた。回転の速くない俺の脳ではその言葉だけで察することはできない。それに気付いたようで、ミグリオは深くため息を吐く。なんだか、呆れられているようで居心地が悪い。
「先日、セグルスの北端にある村が魔物に襲われたって聞いた」
「……なるほど。思ったより情報が早いな」
電話の普及していないこの世界で、想定以上に早く一学生にまで情報が届いていることに驚く。そして、言葉の意味をようやく理解する。
セグルスの北端の村。そこを襲ったのは先日魔王配下に迎えた魔物たちだ。北は他国よりも比較的豊かなこの国でも特に、名産である糸の生産量の多い地域だということで、リオンから襲うならばここがいいだろうと提案され犠牲第一号となってもらった。
王宮にその知らせが届いているのはリオン経由で知っているけれど、学園の子どもにまで知られているとは思っていなかったと、自分の鈍感に言い訳をする。
ちなみに他国でも既に数か所、魔物を暴れさせている。この場所の選定が一番手間取ると気付いたのは三件めで、それをぼやいたのを見て「じゃあ情報収集でもしてやるよ」と面倒役を買って出てくれたのはカゲロウだった。
個が全であり影があれば魔力回復のできるカゲロウにとっては得意分野だったそうで、意外な斥候役ができたと感謝したのは一昨日の話だ。
「魔物が不穏な動きを見せているらしいからな。学生も、もしかするといつか駆り出されるかもしれないって噂が飛び交ってるんだ」
「もうそんな話にまでなってるのか」
話が早いのはこちらにとっては好都合だが。しかしミグリオの苦い顔の前で、ラッキーだとは言えなかった。
この顔は、今まで見たことがなかった。
夢を諦めそうなときも、敵に挑むときも笑っていたようなミグリオは、悲しそうな顔で俺をまっすぐに見た。ひゅ、と喉がなる。途端に突き放されたような気がして、心臓がうるさく鳴った。
「正直、このやり方に俺は本心から賛成することはできない。犠牲を出さないからって、人を襲うのは、良くないと思う」
小さな声で、しかしはっきりと俺に向いて言うミグリオ。これまで、誰も計画に反対したり問題点を指摘していなかった。けれど、きっとみんな心のどこかで思っている問題点。
それを口にされ、ぎくりとする。
ミグリオの指摘は当然のことだった。非国民をどうにかしたい。事を大きくしよう。そんな遠回りな作戦のために、他人を傷つけていることは、誰も口には出さないけれどわかっている、事実。
しかし――、
「でも、始まってしまってる以上もう止めることはできないんだよな」
しかし、それでも、ここに来て止めるなんていうつもりもない。
非国民だと言われ、向けられた目は幸せを感じていたって忘れられるものじゃない。あれが子どもに向けられている光景は俺の記憶に深く刻まれている。理不尽な差別をどうにかしたいと、そう思ってしまったのだ。もう、どうしようもない。
「じゃあ、俺がやるよ。勇者」
ミグリオはひたすらに俺をまっすぐ見て言う。眉を下げた表情ではなく、まるで勇者のような顔で、きっと悪者である俺に向き合っていた。
悪者だ。魔王の進行を裏で企てている俺は、つまり本当はこの世界にとっての悪者なのだろう。考えようとしていなかった問題点とは別に、非国民をどうにかしたいという思いばかりで、そんな考えには及んでいなかった。
俺はこの世界の敵なのかあ。
「リリアが何であれ、俺はリリアの友だちだしな」
「……罪悪感に駆られてるときに、そんなこと言うなよ。泣きそうになるだろ」
兎も角も協力は取り付けた。
ミグリオの出番はまだ先なので、取り合えず封印魔術だけ教えた。専用の魔力を必要としない魔術といえど、普通魔術は一度教えられただけでぱっと使えるようになるわけではないからだ。俺は、例外なので関係ないみたいだけれど。
概ね状況は整いつつある。あと必要なのは、俺こと指南役「魔女」の認知度の向上と、魔王出現の周知。非国民制度の改革はことが進むか、片付いてからだ。
ということで、俺はリオンを連れて各国を回ることとなった。そのために第一にオースグラットの国を襲ったのだ。
最初に魔王の被害にあった国の王子が他国に危険を知らせるため魔女を案内している程度の関わりならば、持っていても問題視はされないだろうと見て、まずはオースグラットとの友好国を回るつもりだ。
時々カロンにも出張ってもらって、魔王の姿を知らしめる。無駄に強い力を見つける。お願いしたときは「ひどい茶番だな」と肩を竦めていたが、手伝ってくれないことはないだろう。
「アンネは、どうする? ここに居る?」
さすがに、ここからはアンネを連れてデート気分というわけにはいかない。深刻な顔をして他国のお偉いさんに話をしたりしなければならないのに、浮かれてにやにやしているわけにはいかないのだ。
一応、基本毎日家には戻るつもりだが、俺の居ない間にカロンとアンネ二人かと思うと面白くはない。それにアンネも、俺の保護者とはいえ魔物だ。しかもこれから魔王になるような力の強い奴である。心休まらないんじゃないだろうかと思う。
「私は教会に戻るわ。学園にも顔を出さないといけないし、スラムの方も、リリアが居ない間は私に任せて」
「ありがとう。私も手が空いてるときには行くから」
アンネにも会いたいし。個人的な感情の方が先行しすぎているので、思うにとどめておく。
そんなわけでアンネは教会に帰ることとなった。連絡用にいつものメール魔術具は当然渡しておいた。携帯電話でもあれば便利なのだが、贅沢というものだろう。
重要な仕事に出かける俺に、いや正確には俺たちなのだが、アンネは美しく微笑んだ。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
まるで帰ってくるところがアンネのところであるかのような言葉に、心が温まる。信じて待っててくれるなんて、いい女の子だ。とは少々浮かれすぎか。
本当はひと時も離れたくないけれど、仕方ない。まあ、これが終われば同棲だし、そもそもいつでも会いに行けるので問題はない。
はずだった。




