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「セーラとは何の話をしてたんだ?」
その後詳しいことが決まったらまた協力要請に来ると告げて二人と別れ、帰り道を歩く。普段ならば帰りは一歩だが、せっかくアンネと居るのだから歩きたい気分だ。
「リリアの昔のことや、魔術のこと。あとは、リオンのことも聞いたわよ」
「リオンのこと? セーラから?」
そういえば、リオンと会っていたのはいつもあの湖だったからセーラもリオンのこと自体は知っているのだ。何の話をしたんだと思って聞けば、ある日突然居なくなって死んだと思って俺が落ち込んでいたときの話をされていた。恥ずかしいのでやめてほしい。
せっかく生きていたのだから、今度連れてきて話をさせた方がいいだろうか。それでなくとも協力者として挨拶は必要だ。湖の主が竜じゃなくて、リオンは残念がるだろうか。
「花の森にデートに行ったんですってね」
「デートではねぇよ……」
なんという余計なことを言ってくれてるんだ、セーラは。事実だけを明確に伝えてくれないと、アンネが勘違いしたらどうしてくれる。
それでなくとも複雑な体なので、男同士でも男女としてでもデートに行ったと思われるのは困る。
「アンネも、今から行ってみる?」
「いいの?」
「もちろん」
思ったよりも反応がいいのは、主花に興味があるのだろうか。途中の薬草類への関心か。ともかく、アンネが喜んでくれるのなら嬉しい。
帰り道から向きを変えて、南の森の方へ向かう。森の方向は基本的には凶暴な魔物も居ないので、アンネの興味の赴くままに寄り道をしつつ、歩いて以前リオンと一緒に行った花の元へ進んだ。
「ああ、やっぱり今は咲いてないかあ」
以前花見した場所に到着すると、木は青々と葉を茂らせてはいるものの、未だ咲いてはいなかった。当然だ。咲くのに時間を要する花なのだから。五十年だとか百年だとか。どこか、森の他の場所にも咲いているところがあればいいけれど、魔力で探るに今咲いている花はなさそうだ。
「みたいね。前に来たときは咲いていたの?」
「うん。きれいだから、アンネにも見せたいとずっと思ってたんだけど」
次咲くのはいつになるだろうか。今咲いていないものは仕方ない。俺の魔力を注げば早く咲くかもしれないが、それにはカロンの許可が必要だし。見たい花を枯らされても困る。
「……ずっと?」
次咲いたときに見せられればいいがと肩を落としているところに、驚いたような声が届いた。今連れてきたのに何を言っているんだという意味か。
「ああ、最初に見た時にアンネに見せたいなって思って」
「最初に。私に?」
そう思って答えると、アンネはところどころを拾って言葉を繰り返した。様子がどうもおかしいなと顔を見れば、呆けた顔は少し頬を赤くしていて。
はたと、状況に気付いた。
きれいだから花を見せたいと思ったというのは、果たして口説き文句に入るのだろうか。
昨日俺が男だと知らせてからも全く態度の変わっていなかったアンネだが、もしかすると、実は意識されていたのかもしれない。だとしたら――だとしたら、この反応は、脈があるのではないか?
一気に心臓の動きが早くなり、早鐘を打つ音が脳に響く。変な汗が出てきて、自分の顔が熱くなるのを感じた。やばい。あからさまな反応を見せすぎている。
「な……なんて顔をしてるのよ」
「いや。あの。えっと」
当然俺の変化に気付かないアンネでもなく、釣られたのか彼女の耳が赤く染まる。白い肌に薄紅に色づいて、花のようだと恥ずかしい感想が湧き出る。声には漏れなかったはずだ。といっても顔には間違いなく出ている。
口元を押さえて目を逸らそうとも、今更誤魔化せない。誤魔化せないなら、誤魔化す必要は、あるか?
「あのさ。アンネ」
「はっ、はい」
きれいな声が裏返ったのを聞いて、アンネも緊張しているのだとわかる。言う前に気持ちが伝わっているみたいで、いくらか混乱は落ち着いた。心臓は動きすぎて破裂しそうだが。人外の心臓でもこんな風によく動くらしい。
「私」
自分の口から出る一人称が、声の高さが。震える手の大きさが。
すべてがすべて気にならないような状態で俺は、アンネに告白する。
「私、アンネが好きなんだ」
アンネが困るだけならば言わないでおくつもりだった。下手に離れることになる可能性があるならばと、言うつもりなど毛頭なかった。けれど、もし。もし俺の好きがアンネに伝わって、彼女が俺の傍に居てくれるならば。
いや。そんなもの、考えちゃいなかった。ただ勢い余って伝えてしまっただけだ。
そうしてそれはアンネに正しい意味できちんと伝わって、顔の熱を抑えるようにアンネは両の手で自身の頬に触れる。
「状況に、引っ張られているんじゃなくて? 私があなたの手助けをするから……」
「状況に引っ張られるなら、リオンに惚れてるよ。私は今女の子だぜ」
「……それもそうね」
「それに、初めて会った時からずっとアンネのことを考えてたんだ」
「ちょっと。ちょっと待って」
俺の好きを疑ったわけではなく、一度落ち着きたかっただけのアンネは重ねた言葉にストップをかけ、両手で顔を隠し三度、深呼吸をした。そうして手を下すと、きれいな瞳はまっすぐにこちらを見る。
「私もよ」
頬は赤く、眉はきりっと吊り上がっていて、表情は真剣そのもの。ただそうだったのは一瞬で、堪えきれないようにアンネは破顔する。
「私もリリアのことが好きよ」
とろけそうな顔に、思わずアンネを抱きしめた。身長は同じくらいだから、抱き着いたようになってしまうのが心底悔しい。けれどどくどくとうるさいのが俺の心臓だけじゃないことがよくわかって、涙が出そうになる。
「最初にあなたと出会って、あなたが私を認めてくれてから、あなたのことばかり考えていたわ。誰に何を言われても、リリアのことを考えると強くなれたの。リリアが会いに来てくれたとき、すごく嬉しかったのよ」
「うん、私も。ずっとアンネのことばかり考えてて、アンネに会いたかった。王都に行く理由を聞かれて、全員にアンネに会いに行くって答えたくらいなんだぜ」
「何よ、それ。恥ずかしい」
体を話して顔を見合わせれば、アンネはきれいに笑っていた。愛しいなあと思っていたら、今度はアンネから抱きしめられる。強めのあたりによろけそうになりながら支えれば耳元で、ふふ、と笑った声が聞こえた。
「今度は咲いているときに来たいわね」
「そうだな。アンネのためなら魔王を倒してでも咲かせてみせるよ」
「何、それ?」
花を咲かせるためには、実際魔王になる奴が一番の障害なのだ。どう説得したものか。とはいえ、俺が必要なことなのだとお願いすれば、あっさり聞いてくれる気もする。
「まあ、リリアと居ればいつ咲いても見られるわよね」
「もちろん」
「ことが片付いたら、こちらに移住しようかしら」
「家を建てるようにカロンに頼んどくよ」
やぶさかではないそうだし、魔王を出現させ、封印までさせたら非国民のアフターケアをしつつここで三人暮らし。二世帯住宅は必須として、あとは何が要るかな。
リオンとも研究に協力したりして親交を保ちつつ、薬草の卸業でもしていれば都市での買い物も困らない。夢が膨らむというものだ。
「……カロンは私を受け入れてくれるかしら?」
可愛い。
心配そうに呟いたアンネに「絶対大丈夫」と安心させるよう即答しておく。受け入れ態勢ならば昨日の時点で万全だったのだから。
いっそ俺も着るから、ウエディングドレスでも作ってくれるかな。イメージを渡せば間違いなく作ってくれるだろう。
気の早い思考にとらわれながら、時々頭を振って今すべきことを思いだす。ダメだ。アンネと二人だとどうにも浮かれてしまう。
「何にしても、まずは目的の達成ね」
「ああ。明日あたり一度リオンと話すか。あっちの状況も落ち着いてたらいいけど」
昨日の夜に、例の使われなかった文通魔術具で連絡を取ってみたところ、お付きからリオンが離れていたことがバレて大変な騒ぎになっていたらしい。なので今日は会えなかったのだ。
魔女を名乗る件も話したいし、今後の方針も決めなければならない。重要な非国民をどういう形で受け入れさせるかについても、まだ話し合っていない。封印魔術制作はもう少し難航しそうなので、同時進行でできることはした方がいいだろう。カロンが昨夜から楽しそうなので、魔術ができるのにそう何か月もかかることはないと思う。
そのままアンネと徒歩でなんてことのない話をしながら家に戻る。そういえば魔力の色を見るって話はどうなったのかしら、とアンネが気にしているが、魔術の完成までカロンは動いてくれないと思う。魔女はあくまで自分の興味先行だ。もう、魔王と呼びなれておいた方がいいだろうか。
代わりに図書館を案内したり東の山にホオウの卵を取りに行って、食事の準備を一緒にして、アンネが風呂に入っている頃にようやくカロンはリビングに姿を現した。
「リリア。魔力を寄越せ」
第一声が端的な命令口調なのは、魔力が減りすぎているからだ。疲れた様子のカロンは、研究に夢中になりすぎて自分の魔力が減っていくのを後回しにしていたのだろう。すぐに補給できるからというのもあるのか。
魔力を与えつつ、片手間で冷凍庫から出したいくつかの食材をミックスしてグラスに注ぐ。サービス精神旺盛なのは機嫌がいいからだ。
休憩だとばかりにソファに座ったカロンは、グラスに口を付けながらこちらを見る。目線だけを流すように向けられて、思わず「なんだよ」と一歩下がると、肩を竦められた。
「ずいぶんと締まりのない顔をしているな」
「なっ」
顔を熱くする俺に口の端を挙げている魔王には、どうやらすべてお見通しのようだった。




