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「アレがきみの恋の相手かね」
「オッサンがコイバナとかしてんなよ。気持ち悪い」
「口の悪いが過ぎるぞクソガキ」
取り敢えず許してもらって風呂から戻ると、カロンがにやにや笑いながらこちらを眺めて言った。揶揄われる気配に、不快感を顔に表す。美少女が台無しだと言われるも、その美少女であることが問題だったのだと思うと一層苛立った。
「……カロン」
まだ趣味が続いていたようで、カロンはソファで縫物をしている。先のない足を組む姿はまるで人間のようだ。
「なんだね?」
「うまくいくと思う?」
この、ただの多趣味なオッサンを魔王に仕立て上げる。適正は十二分だが、ここで静かに暮らしているカロンにとっては喜ばしい申し出ではないだろう。だからって、本当は嫌じゃないかなんて聞くのは気味が悪いし、嫌だと言われても困る。
考えがこんがらがっていて妙な聞き方になってしまったが、カロンは手を止めこちらを見た。人間とは違う目が俺を見据える。
「うまく行こうが行くまいが、私にとってはどうでもいいことだ。きみがしたいことなのだろう? 協力しろと言われるならする。それだけだ」
「変なところで放任なのかよ」
「失敗したら、その時はその時でここに逃げ隠れればいい。ここはきみの家なのだから。百年くらいすればほとぼりも冷めるだろう。望むなら、きみとアンネと三人で暮らすのもやぶさかではないぞ」
過保護かよ。
さらっとアンネの受け入れ態勢を整えようとしてくれているが、アンネには一応帰る場所がある。もちろんここに居たいと言ってくれるなら、俺は嬉しいが。その時は絶対二世帯住宅にしてもらう。
「もし外に出たければ姿かたちを偽って世界を放浪しても構わないがな。未発達の脳みそで下手に考え込んだって、得などない。やりたいことをやるのだ。堂々としていなさい」
人間のことになど興味はない。きみのこと以外は考えていない。
最初から言うことは変わっていないカロンは、自分のことも考慮に入れないようだ。自分と人間との関わりが想像できていないのかもしれない。所詮は他種族ということか。俺にはわからない感情なので下手に口出しはできない。
「ああ、一応聞いておくが、本当は人類を滅ぼしたいと思っているわけではないな? それはさすがに反対するぞ」
「考えるわけないだろ。お前じゃないんだぞ」
しばらくしてアンネが戻ってきて、入れ替わりに俺も風呂に入る。今日は気を遣ってか、カロンが一緒に入ることはなかった。保護者と一緒に風呂に入っていると知られるのは恥ずかしいので、助かった。
と、思ったのは湯船に居る間までで、風呂からあがり脱衣所で服を着ようとした時点で図られていたことに気付いた。
「ネグリジェ!!」
俺のパジャマがかわいいフリルのあしらわれたネグリジェに差し替えられていた。
あの野郎。どこでこの服の情報を仕入れてきたんだ。さっき作っていたのはこれか。文句を言うためちゃんと着て家に戻り、玄関を開ける。
おいこら少女趣味ジジイ、という罵倒は、しかし次の瞬間忘れてしまった。
「リリア。お帰りなさい」
「ふむ。似合っているじゃないかね」
得意げなカロンの顔も目に入らないくらい、俺は、アンネにくぎ付けになった。
戻った時には教会から持ってきたゆるりとした質素なワンピースだったのだが、今はお揃いのネグリジェになっている。ヒラヒラした飾りとリボンのついたものだ。
可愛さへ悶える感情と、図られた苛立ちと、男だと宣言しておきながら自分も同じ恰好をしている恥ずかしさと、照れ隠しと、様々ないまぜになった感情を払拭するために、俺は一旦カロンの足のあたりを蹴り飛ばした。
その後、アンネには俺のベッドで寝てもらって俺はソファで寝ることとなった。来客用のベッドなどあるはずもないので当然だが、ネグリジェの前に布団を作っておいてほしかった。アンネは布団の柔らかさに驚いていたけれど、服の生地で一旦プロとそのやりとりはしている。俺の布団は何の糸でできているのかは知らんが。
ベッドに魔力を注いで浮かす。一夜分、満タンまでしっかり注いでおく。もし途中目が覚めたら足しとこう。アンネが落ちては大変だ。
「きれいね」
「え?」
「リリアの魔力」
魔力が注がれる様子を見ながら、アンネが呟いた。このベッドの魔力を注ぐ装置は魔力が可視化されるようになっている。よって、虹色が注ぎ入れられるところがはっきりと見える。
慣れた色だが、人から改めて言われれば否定するような色ではない。だからって、ありがとうと言うのも変だから困ってしまう。
笑って誤魔化せば、アンネはおかしそうに肩を竦めた。
次の日に、セーラの湖に向かうこととなった。理由は帰還報告と、協力要請だ。カロンだけでは、さすがに力はあれど手が足らない。なので、二人にも手伝ってもらおうとお願いに来たのだ。海やら川やら、水の関係はセーラの方が強いだろうとはカロンのお墨付きである。
湖までの景色も悪くないので歩いて向かうと、昨日のうちから俺が帰ってきたのは気付いていたのだろう、二人はしっかり待ち構えていた。
「お帰り、リリア」
「久しぶりだな」
ぱしゃぱしゃと水面を揺らしながらこちらに手を振るセーラと、日の元で平然としているカゲロウはいつも通りだ。
「ただいま、久しぶり」
「どうしたの。可愛い子を連れてるじゃない」
「魔力もあるみたいだし、新しいトモダチか?」
「ああ。アンネっていうんだ。アンネ。こっちは人魚のセーラと影の魔物のカゲロウ」
先に魔物の友人が居ることを知らせてから来ているので、アンネは礼儀正しく二人に挨拶する。ビビってはいないようだが、さすがに強い魔物だからだろう、居心地よくはなさそうだ。
「それで? ずいぶんと勇敢な顔なのは、彼女と一緒だからという理由だけではなさそうだけど」
さすがに数年の付き合いがあるからか、来た瞬間から何かあること自体は察していたらしい。話が早い。聞いてくれたセーラに「二人に頼みがあってきたんだけど」と、俺たちは早速本題に入った。
粗方を説明し終えると、二人は顔を見合わせてため息を吐いた。以前から仲の良かった二人ではあるが、俺が居ない間に前よりも距離が近くなっている気がするのは気のせいだろうか。自分が恋してるから人のこともそう見えてしまうだけかもしれない。
「嫌なら、無理にとは言わないけど……」
渋い顔をする二人に念のため言っておく。正直頼んで断られるとは思っていなかったけれど、当初居る予定はなかった。居なくとも要所では問題ないはずだ。
しかし、断るつもりではなかったようだ。「違うわよ」とセーラから否定が帰ってきて、息を吐く。
「あなたのすることの規模の大きさに呆れただけ。そういうところ、魔女に似てるわ。することが一々大仰すぎる」
「魔女に手伝えって言われて、断る選択肢はこっちにないしな。リリアの頼みなら一層だ」
大仰。確かに、言うことを聞かなければ湖を枯らすような魔女にモノをいえないくらいには、大袈裟なことをすることになったと思う。いろいろなしがらみや巻き込む人数の差があるから、一概に同じと言われると否定したくはなるけれど。
ともかく、手伝ってはもらえるようでよかった。「ありがとう」と礼を言えば声を揃えて「どういたしまして」と返された。やはり仲がいい。
「話がそれだけなら、良ければその子ともお話していいかしら?」
「アンネと?」
「ええ。あなたたちはそのへんで手合わせでもしてなさいな」
俺は構わないが。アンネを窺い見ると、嫌がっている様子はなかったようなので許可する。
「人間と会話するなんて何十年ぶりかしら」
「私も一応人間なんだけど?」
「なかなかユニークな冗談ね」
何十年か前にでも人間と会話することがあったのだろうか。この場所に人間が来たことがあるのか気になったが、女子トークの邪魔をする必要もあるまい。
それに、カゲロウが既に立ち上がっているし。俺も立ち上がって、不安そうなアンネに手を振って少し離れる。万が一でもアンネに怪我があっては困るので、いつもより少し遠目に湖から離れた。木陰に近くなってしまったが、問題はない。
「久しぶりだけど、鈍ってないだろうな?」
「こっちのセリフだ。悪いけど、今回は本気でいくぜ」
俺が居なくて喧嘩していなかったのはカゲロウの方だろう。そして、今回俺は負けるわけにはいかない。好きなコの前だ。
お前が本気で来たらこっちは死ぬわ。というカゲロウのツッコミは聞こえなかったことにして、構える。死なない程度には手加減してやるっての。
三十分くらい動き続けただろうか。本気目の俺が終始圧倒し続けて、カゲロウがもう無理だと言ったところで手合わせは終わった。俺もカゲロウも身体的な疲労の溜まる方ではないが、カゲロウは外部からの魔力供給が追い付かなければ徐々に動きが鈍っていく。魔法を使うのには魔力が要るのだ。
まだ日の高い時間帯だし、もっと善戦しろというのは今のカゲロウには酷なことだろう。アンネとセーラの元に戻ると、セーラは呆れたように「相変わらずねえ」と肩を竦めた。相変わらずなんだ。化け物ってか。
亜空間からカロンがオシャレアイテム感覚で作ったヒラヒラした日傘を取り出し、横に座るカゲロウに開いて差す。
「なんだこりゃ、すげー便利だな」
紫外線カット効果はあまり期待できないが、魔力回復はできるはずだ。
「リリア、すごいのね……」
アンネはぽかんとこちらを見る。魔術が使えるところも魔力量が多い所も見せたが、実戦を見せるのは初めてだ。普通そんな機会はないので。引かれてはいないみたいだし、なんなら興奮すらして、アンネはきらきらした目でこちらを見ていた。強い魔術師は興味の対象らしい。
「まったく。さすが魔女の弟子だぜ」
「どういう意味だ?」
明らかに良い意味じゃないだろう。睨めば可愛い傘に収まった状態でカゲロウは目を逸らす。その傘を奪い取ってアンネに渡してやろうか。その方が圧倒的に似合う。
「あ。そうそう。アンネに聞いたのだけど、人間の世には魔女が全く知られていないんですってね」
「そうなのか?」
「ええ。学園の授業で魔物の種について学ぶけれど、魔女という魔物は知らないわ」
「俺は? 教えられた?」
「闇の魔物というのなら。同じものかしら?」
「同じなんじゃないか? 影の魔物ってのも、別に正確な名前じゃないんだろ」
俺の買ってきた本には闇の魔物というのも載っていなかったはずだから、学園の教科書の方が詳しく書かれているのだろう。前に自分は知られていないと落ち込んでいたカゲロウは、人に知られていることにこっそりと喜んでいる。
にしても、魔女は居ないのか。この世界に一人だけかもしれない魔女であるカロンが異世界から来ているのだから、元より存在していないのか。その魔女は近々魔王になる予定である。
「……じゃあ、私が魔女をしようかな」
「は?」
俺の世界の魔女のイメージを、首を傾げるアンネと二人の魔物に伝える。魔女とは魔法を使う女性のことだ。古くは違ったけれど、概ねそんなイメージが広く知られている。
この世界には魔女は居ない。魔女の席は近く空く。
ならば、新しい概念として俺が魔女を名乗りこの世界に「魔女」を浸透させていけばいい。
異世界から来た人よりだいぶ魔術が扱える魔女。指南役をするならば、わかりやすい方がいい。
「魔女が魔王になって、リリアが魔女になるのか。わかりにくいな」
「じゃあ私たちはあの深淵の魔女を何と呼べばいいのよ」
意味の説明をすると、少々不満げに魔物の二人は声を上げる。長らく――多分何十年何百年と恐怖の対象が「魔女」だったろうから、今更違和感があるのだ。
「そりゃ魔王様…………か、カロン?」
彼の魔女の今の名前を挙げると二人は揃って「うへぇ」と嫌そうにした。




