37-1
そうと決まればいろいろ教えてしまった以上、一歩で帰宅は可能で。二人の手を引き、二人のまわりの魔力を軽減させながら一歩進んで俺は、森の中の自宅前に居た。
離れてそう時間は経たないのに懐かしい気がするのは、ここまで人の多い王都に居たからだろう。水のせせらぐ音と葉の擦れる音が時折微かに聞こえるだけで、この空間に音はない。鳥の羽音も動物の鳴き声も、何も。
そんな中にぽつんと建つ家は、とても現代的だ。俺の言う現代的。つまり二人からすれば未来的である。この世界で未来にこのタイプの家が流行するかはともかく。
様子を窺えば二人はぽかんとしていた。けれど、理解が及ばないというよりは興味を引かれているようで、俺の視線に気づくと同時にこちらに顔を向けた。
「ここが、リリアの家?」
「あの森の奥にこんなところがあったなんて」
言ってしまえば前人未到の地。しかも、二人とも魔術学園に通う生徒となれば感動も一入だろう。特にリオンは周りに生えている草花に心惹かれている。ついでに体もそちらに向いて行っている。
けれど、そのために里帰りしたわけではない。周りに興味があるならば、いつでも連れ歩くから、取り敢えず帰宅の報告と目的の説明はしなければならない。
「ほら、行くぞ」
「おや。思ったよりも早い帰宅じゃないかね。人の世にはもう飽いたのか?」
家に入るべく二人の手を取ると同時。不意に後ろから声がかかった。唐突に現れた魔力の気配と声に驚いて振り返れば、視線を向けた先には驚く必要もない相手。ここに帰るヤツなど俺以外には一人しかいない。
「両手のそれはなんだ、非常食かね?」
「食うなよ。殴るぞ」
「私は人など食わんよ。きみのだろう」
「殴るぞ」
土下座でもさせてやろうかと顔を歪めれど、魔女は意にも介さずスタスタと足もないのに歩いて俺たちの横を通る。さっさと扉を開けて中に入っているが、どこかに出かけていたのだろうか。ここで周りの魔力を気にしたことなんてなかったから、所在を確認していなかった。
頭を掻きつつ後を付いて行く。部屋に踏み入ると、カロンは、笑って俺を見下ろした。
「おかえり、リリア」
「……ただいま。カロン」
にやにやと、表情だけで名前を呼べと訴えかけてきた面倒くさいオッサンにため息が漏れる。乙女でもあるまいし、名前を呼ばれて喜んだって可愛くもなんともないっつの。
しかしツッコミをいれたりくだらない口喧嘩ばかりしていても仕方ない。さっさと話をして。その前に来客があるのだから茶でも淹れないと、と二人を振り返ったところで、揃ってついて来ていないことに気付いた。
一旦家の外に出て二人の元へ駆け寄ると、動かないのではなく、動けない様子だ。
「あ。あの、方がリリアの保護者?」
「ああ、さっき言った魔女って魔物で、カロンって名前のオッサンなんだけど」
「こんな魔力の魔物は、見たことがない」
よく見ると二人とも手が震えている。俺は何も感じていなかったが、どうやらカロンは居るだけで人間に威圧感を与えるような魔力を放っているらしい。人には垂れ流しにするなと言っておいて、どういうつもりだ。
「おいオッサン」
「なんだねクソガキ」
玄関にもたれてこちらを眺めているカロンを責めるように声を掛けるけれど、素知らぬ顔の魔女は魔力を隠そうとしない。なんで人の友だちが来てるのに威圧感出してんだ。
「はじめまして」
きちんと言葉にして叱らないとわからないのかと言おうとした文句だったが、先にアンネが口を開いた。カロンの魔力に中てられているようだが、冷や汗をかく中視線はカロンを見据えている。
「アンネといいます。リリアの、友だちです」
「……リオンと申します。同じくリリアの友人です」
「そうか、非常食ではなかったのか。では入りなさい。ちょうど昨日キーウェを収穫したところなのだ。リリア、クナの葉とキーウェのスムージーだ」
挨拶をすると同時に魔力を引っ込めたカロンに、二人は力を抜いて肩で息をする。まさに化け物と対峙した後のように。そしてカロンは平然と様子を普段通りに戻した。
こいつ。このオッサン。別に娘を娶りに彼氏が来たわけじゃないんだぞ。相手は友達だぞ。
「何をしているミキサー。とっとと動きたまえ」
誰のせいで無駄な時間を取ったかわかっていないのか、人をミキサーと呼ぶ魔女の足元に蹴りを入れて、俺は冷凍庫に向かった。
「なるほど。いろいろと杜撰というか、お粗末な計画だが……まあいい。きみのお遊びに付き合ってやろうじゃないかね」
部屋で久々の自家製スムージーを飲みながらした説明に、カロンはふむと頷くと二つ返事で了承をした。お遊びのつもりはないが、ただのいつもの皮肉なのでそこで議論しても仕方ない。
二人掛けのソファに座っているアンネとリオンは、遊びではないと思ってはいるが口には出せないようだ。相手が魔物だというのもあるし、協力者だからでもあるだろう。
「どういったところが、杜撰なのでしょう? できるだけ万全を期したいので、教えていただきたいのですが」
「きみは一国の王子なのだろう。そう畏まらずとも構わんよ」
それでも杜撰だ粗末だなどと言われたのが気になったようで、リオンは真剣な顔をする。質問された方は適当な顔でストローを加えているが。
「いえ。重要な役割をしていただく方ですし、助言を頂ける相手ですので」
「礼儀正しい少年だな。見習いたまえ小僧」
「本当に見習ったら気持ち悪いだなんだと言ってくるくせに」
いちいちこっちに振ってくんな。舌を出すと可愛くないと言われた。以前可愛くないところが可愛いと言われたので、実質可愛いと言われているのだろう。別に心から嬉しくもなんともないけれど。
「どこがと言われれば、周りがそう思い通りに動くかだとか、起こす大事と行う小賢しい真似が関連付けられていないことなど……明確には挙げられないな。簡単に言えば作戦が雑だということだ。だから、案外うまくいくかもしれないし、案の定うまくいかないかもしれない。実際行動を起こしてみないことにはどうとも言えない。ヒトの関わることだからな」
「そんなもん、普通のことだろ」
「そうだ。だから、万全を期す必要など特にない」
イレギュラーは起こって当然だという心意気で臨まなければ、いざ問題が発生したときに対処できないということだ。つまりは、普通のことである。……まあ、後者の魔王出現と非国民の受け入れの関連付けはちゃんと考えないといけないけど。
考えが飛び過ぎて、行動が駆け足になりすぎたことに今更気付く。先に非国民制度の変え方を話し合ってから帰るべきだった。
「なので、今の段階での明確な問題点は、封印魔法を封印魔術にしなければならない点くらいだな」
「え? それはリリアが使えるんじゃ……」
「……ほう? 力だけは人万倍の木偶の坊。そんなものができているのかね」
「できてねえよ……今から作るつもりだよ……」
「きみだけでは、まだできないだろう。手伝ってほしいならそう言いなさい」
この野郎。どうせ、どちらにせよカロンを頼らなければならなかっただろうけれど、二人の前で盛大に恥をかかす必要はなかったんじゃないか。別に、俺が魔術を苦手なことをここで言う必要はなかったはずだ。睨みつけて訴えるが、魔女は素知らぬ顔で優しくないスルーをした。
優しさでスルーしてくれるリオンは、そのままお願いしますとカロンに頼む。目に見える問題点は、今のところカロンの中でもその程度か。不確定要素が多いのは、もう少し作戦を詰めなければならない。
そして、実際世界征服するわけではないのだ。多少杜撰でも当初の目的である非国民改革だけできればいい。そこだけは忘れずに、後回しにしてしまった非国民の受け入れ、ないし制度の改善については、ちゃんと詰めて話し合わなければ。
まだまだ考えることはたくさんある。
「となると、しばらくはこちらに戻ることになるのか」
とはいえ、さすがに魔術の方をカロンにすべて任せるわけにはいかない。王都までは一歩なので、スラムも覗きつつ、基本こちらでの暮らしに戻るべきだろう。
「アンネとリオンは戻るだろ?」
「ああ、私は戻るよ。心惹かれるが、さすがにここに居ては周りの者にいろいろと報告されかねない」
苦笑するリオンは置いてきたお付きの人のことを考えているのだろう。日が暮れるまでには戻るからといって、すべての話を聞いていたお付きを王都に置いてきている。ここで帰らなければ、俺が王子を誘拐したことにでもなってしまいそうだ。
アンネも、教会の人たちが心配するから帰るだろう。俺はそう思っていたのだが、アンネはきれいな目でこちらを見て、カロンを見て、もう一度こちらを見て言った。
「私は残ろうかしら」
「へっ?」
「外泊許可を取りに一度戻らないといけないけれど、許可自体は下りると思うから。しばらくはリリアと居るわ」
予想外の宣言に呆然とする。しばらく。しばらく俺と暮らすって。喜びで飛び上がりそうになるのを抑えるのに必死になりながら、かける言葉を探す。どうしよう、ありがとうしか思いつかない。
「学園はどうするんだい?」
「リリアに魔術を教えてもらうという名目で休学でもするわ。口添えはお願いしますね、王子様」
挑戦的に笑うアンネの可愛さに見惚れている間に、話はとんとん拍子に進み。どうやらアンネはしばらくここに泊まることになったらしかった。
こんなことなら早めに俺の離れを立ててもらっておけばよかったと後悔したのは話がまとまってしばらくしてからになる。
その後「羨ましいけど……」と心底悔しそうに呟くリオンを送り、アンネを一度教会に連れて行く。前に神殿に忍び込む前にやってきた木陰だ。人の気配がない場所を知っていてよかった。時間短縮ができる。
「この魔法、便利ね」
「行ったところにしか行けないんだけどな」
おかげで、行きは徒歩が癖づいた。……よく考えれば神殿に忍び込むときは浮かずにさくっと飛んで侵入すればよかったんじゃないか?
アンネを待っている間にスラムの方にも声を掛けに行くと、みんなは残念がってくれた。ここのところイメージアップキャンペーンにも参加できていなかったので、戻っていたのも朝夜だけだったのに、嬉しいことだ。
「……もう諦めたのか?」
広場で子どもたちに、しばらくは時々しか来ない旨を伝えていれば、ポルメリオが残念そうな顔で、しかし仕方ないと言いたそうに声を掛けてきた。きっと今までもそうして諦める子どもたちを見てきたのだろう。
「諦めねーよ」
そのために来ないんだ。余計なことを知られるわけにはいかないので言葉は曖昧になってしまったが、諦めないという言葉だけで満足だったのか、ポルメリオは安心したように微笑んだ。
ふむ。こうして見ると、健康的ではないので気付きにくいがこいつ、なかなかにイケメンだ。アイドル系の顔をしている。つくづく非国民制度はもったいないことをしているな。
最後にソフィの家に行って、しばらく戻らない旨を話す。ソフィにも、理由の詳細は伝えない。事情を知る人間が目の届かないところに居るのは、危険だ。ソフィのことを信用していないわけではなくとも。
「あの女のところの方が居心地よくなったんだ?」
とは皮肉っぽい言い回しの「わかった」だったが、それにしては寂しそうな顔と声だった。懐いてくれているのは嬉しいんだけどな。
もう少し、アンネに歩み寄ってくれたらもっといいんだけど。それはソフィの事情なので、余計な口は出さない。アンネも望んでないだろうし。
「また戻ってきたら、ここに置いてくれよ。あ、これ。みんなで分けて食べろよ」
広場で配ればよかったのだが、忘れていたのでリュックから、家から持ってきた野菜や果物を取り出す。スラムに来ると思って適当に取ってきていたのだ。
俺の居ない間も野菜類は集めていたようで、家には無駄に多い野菜や果物があった。食糧庫も作られていた。ご丁寧に封印魔法を使って。あのオッサンは何を目指しているんだろう。
「……うん。ありがとう」
もはや普通の鞄ですと嘘でも言い難い量の食べ物をリュックサックから取り出されソフィは目を白黒させたが、すぐにお礼を言った。素直でよろしいことで。そして、これを本当にみんなで分け合って食べるのがこの子のスゴいところだと思う。ソフィに限らず、ここの奴らは悪い大人以外はだいたいものを分け合って暮らしている。そして悪い大人はそれがあるから子どもにも手出ししづらい。
またなと言って家から出ると、ソフィは手を振ってくれた。特に何もしてないけど、俺には比較的好意的なんだよな。
「してることはアンネとそんなに変わんねーんだけど」
頭を掻き、アンネにもソフィにも聞かせられないことを呟きながら俺はその足で、アンネの迎えに向かった。




