36
「では、具体的にどうするか……という話になるが」
コホンと仕切りなおしてリオンが言ったのは、アンネとリオン二人が一通り許可を簡単にもらってきたことに驚いた後だった。
この国の神様どころか各国の神様に話が行っている以上、下手をして天罰が下るという心配はなくなった。逆に、懸念事項ばかり上げ連ねて結局何もしませんということができなくなったともいえるだろう。やります許可をくださいと申請しておきながら何もしないのは、期待外れもいいところだ。
二人も同じ考えのようで、許可を得てくる前から一転、能動的な協力姿勢になってくれた。
「リリアはどうするのがいいと思ってるの?」
発案者だからか、第一に視線が向けられる。けれど、俺の発想力など貧困なもので、残念ながら妙案はまだ浮かんでいない。
「前にちょっと言ったように、手っ取り早いのは、私が各国のお偉いさん方を脅して回ることだと思うけど」
「さすがにダメね。リリアが一人悪者になってしまうそうだし、それで非国民が逆恨みされては困るでしょう」
「守ろうにも目の届かない範囲は出て来るだろうしね。それに、いくら魔力が多くてすべての自然魔術が使えるといっても、各国には軍もある。難しいだろう」
簡単だと思っていた手だが、相談してみれば悪手だったらしい。逆恨みか。確かに、権力者は力で抑え込めたとしても、すべての非国民を守るには手が回らない。誰かが恨まれてはダメというのは、なかなか条件が厳しい。俺が一手に引き受けるのもダメだと、アンネが一番に言ってくれてしまったし。
「いっそ、リリアを王様にして、どこか……それこそ、リリアの故郷に国を建ててしまうのはどうかしら?」
「あそこは人が住むには向いてないから、難しいんじゃないか? ああ、でも魔力耐性を付ける魔術具でも作って国民登録証みたいに配布すればいいのか?」
「いや、それも無理だ。あの場はその特殊性ゆえ不可侵の条約が結ばれているから、国なんて作っては戦争になる。魔術具を奪われて解析され、侵略戦争が起こされるのが目に見える。それに、リリアは王としてどこまで受け入れるか決めきれるかい?」
「私は王様ってタチじゃないから、難しいな」
万全を期そうとすると、どこかでほころびの種があって話が進まない。
国相手に戦争を仕掛け非国民が世界を救う救出劇は? と提案すればそれで非国民全体が見直されることにはならないと反論され。いっそ神様から神託があったと俺の力を見せつけながら触れ回るのはどうだと提案しては別件で俺が引き金となって争いになりかねないと提起され。
会議は踊り、ため息を吐く。どんな提案もどこかで問題はある。妥協は、必要だ。
「リリアは何か、元の世界の知識で何か思いつかない?」
「て言ってもなあ」
基本的に平和な世界で生きてきた知識はあるけれど、思い出のない実質四歳だ。前の世界の知識の話になるとあまり役には立たない気がする。
人の諍いはどんな小さな社会にもある。いじめから戦争から、前の世界でだってあったものだ。現実的な学校にも非現実的なゲームや物語にも。非現実的とはいえ、今居るのはそのゲームのような世界なわけであるが。
……ゲームか。
「共通の敵を作るのはどうだ?」
ファンタジーよろしく魔王を擁立して人間を一致団結させる。せっかく魔物も居る世界だ。普段からこの世界の人間は魔物を知っているから、受け入れられやすい恐怖だと思う。
「私が魔物を束ねて、魔物を使って人間に犠牲が出ないよう被害を出して、怯えさせる。その間にちゃっかり非国民の国を作るでも、国に非国民を認めさせるでもすればいい。聖女を擁立して非国民を魔物から守るための施設を作るとか、慈悲深い元神子に声を上げてもらって非国民を守るとかしてさ。自分たちへの被害に意識が向いているうちに制度を変えてしまえば、あとはなあなあで許されるんじゃないか?」
一旦戦争どころではなくしてしまえば、影で事を動かすことも可能じゃないか。元の妥協案からは外れるかもしれないが。非国民制度を大事にしようとするのではなく、非国民制度よりも大きな事をしてしまえという発想には、リオンが首を横に振った。
「だめだ。それが可能かは置いておいて、民をずっと恐怖させておくことはできない」
「なら、ある程度恐怖を覚えさせたところで勇者を立てて魔王を封印させるってのは? いつ危険が起き上がるかわからない状況で、国も早々戦争なんてできないだろ。戦争が起きそうになったら魔王を復活させて、また封印でもすればいい。そのうち非国民制度が忘れられたころに倒れれば物語としてはアリじゃないか」
B級ではあるかもしれないけれど。魔王や勇者という概念のない二人に説明を捕捉しつつ説得を続ければ、リオンは少しづつこちらに傾いてきたようだ。他に案がないというのもあるだろうが。
「封印っていうのは、どうする気?」
「封印魔……術を教える。選ばれた人にしか使えないとか、適当な理由を付けて“選ばれし勇者”役に押し付ければそれでいいだろう」
現在は封印魔法しか使えないけれど、考えれば応用で封印魔術を作ることもできるはずだ。
「誰が教えるのよ? 国に属する人が指南役になってしまうと、一国に力が集まりすぎるわよ」
「そりゃあ、私?」
人と違う魔力があって見せかけでも説得力があるのは、多分俺だ。幸いどの国でも非国民扱いだし……そうすると、非国民が受け入れられやすくなるかもしれない。そして人間側の指南役を買って出れば、いろいろ裏で操りやすい。うまくことが運びそうになってきた。
「魔王もあなたがやって、指南役もあなたがする気? そんな大役を兼ねるのは無理よ」
「……そうだな。それに、その方法だとリリアがもし、いなくなったときに困ってしまう」
リオンがアンネに同意する。俺が死ぬまで茶番を続ける気かとも思うが、人間の寿命を考えると七、八十年。電気さえ発達していないここの平均寿命はそれよりも短いのかもしれない。制度を根本から変えるには長いようで短い期間だ。
「せめて代替わりできる勇者と魔王と指南役が必要だ」
「あー。その。私の代替わりは必要ない」
そういえば、それは話していなかった。こちらに産み落とされる際に基本不老不死の体を手に入れていることを説明する。いよいよ化け物じみていることを知られてしまったけれど、小出しにしていたからか、二人にはさほど引いた様子は見られない。驚いてはいるみたいだが。あくまで子どもの二人には永遠の命といっても、まだ羨むほどでもないのだろうか。
「なので、私の役は固定で頼む。死なないし姿かたちが変わらないのが不審なら、魔王の方が適任かもな」
「いえ。なら一層、リリアは指南役の方がいいわ。魔物と対する存在ということにしてもいいし、人間にも変わらない希望が必要じゃない」
「そうか?」
まあ、確かに前線に出ないと銘打って指南役になって、有事の最終防衛ラインだと人間に認識されれば常の恐怖も少しは和らぐかもしれない。先ほど考えた、非国民の受け入れられやすさにも関わるし。
「しかし、それだと魔王はどうするか……」
問題はそこだ。考えるリオンに頷く。魔王こそ他に適任がいない。
強くて、魔物を率いることができて、人間に被害を与えど危害を加えないで、俺たちと連携を取れて、代替わりが用意できる若しくは長い寿命を持つ奴。
「リリア、知り合いに魔王なんて居ないの?」
「アンネ。さすがに無理があるよ。そんなもの居るわけないだろう」
魔王。
「いや」
居たら初めに言っているとアンネに否定の代返をするリオンに、待ったをかける。居たら初めに言っている。いやはや、そりゃもう、そうだけども。
「居たわ……」
シンプルに忘れていたというか、素で選択肢に入っていなかったというか、普通になぜ思いつかなかったかわからないが。居た。知り合いに、魔王が居た。
知り合いと言うか、育ての親で保護者で師匠で魔女だ。
「は?」
ぽかんと返されるのも無理はない。ここまで話を進めておきながら、一番都合のいい存在を忘れていたのだから。しかも適任も適任。何せこの案にたどり着くよりも前に魔王認定していたやつだ。
「これは唯一話してなかったことで、聞かれるとその、引かれるかもしれないんだけど」
もう不死のことまで話してしまったのだから、何を言ったって驚かないだろう。それでも話すことに抵抗感を覚えながら、俺はこの世界で初めて俺を拾ったのが魔物であること、俺がその魔物と契約していること、ついでとばかりに他にも顔見知りの魔物が居ることなどを二人に話した。
つまりはカロンと、セーラやカゲロウのことだ。
会話する上で面倒なので、逆にキャパオーバーにさせてしまえとばかりに俺が魔物にとっての化け物であることも話しておく。各国トップを脅すのもあながちできない話でもなかったんだぜとは自慢ではなくやけくそだ。
すべての話を聞き終えた二人は頭で必死に処理をするためかぼうっとして、しばらくしたのちにアンネが先に口を開いた。
「もう、他に秘密はないわね?」
「た、たぶん。思いつく限りでは」
他にも何か重要なことを言っていない気がするけれど、今思いつくのはそのくらいだ。ミグリオのこともストンイーターの件を話す際に一気に話したし、ない、はずだ。たぶん。
頷いた俺に安心したか、二人はようやく、無理やり飲み込んでくれた。因みに、実はずっといる、空気と化しているリオンのお付きはずっと呆然としている。
「ともかく、そのリリアの保護者の魔物の方が協力してくれるかだ」
「言えば二つ返事で手伝ってくれるとは思うけど」
基本ダメだと言われる要素はないはずだ。カロンにとって人間社会など所詮は他人事。守る決まりも国もないのだから。住処が脅かされたら、ちょっと、かなり怒るかもしれないが、あの場所は不可侵だそうなので問題ない。
しかし、何にしても話してみないことには状況は進行しない。
よって俺は久々というには些か早い里帰りをすることになった。
アンネとリオンを連れて。




