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そんなこんなで三日経ち、俺はリオンに連れられて城の近くに立つ元神子でリオンの大叔母様の屋敷に向かっていた。
この三日間は顔が知られていては面倒なので非国民としてのイメージアップ活動には参加できなかった。代わりに商人の旦那が仕事を手伝わせてくれた。彼らの顔は町の一部には知られてしまっていたが、リオンが庇ったことと、元より評判がよかったのだろう、信頼を失うことはなかったようだ。
というか、あの坊ちゃんの評判の悪さが強かったのかもしれない。あの過剰な差別意識は非国民以外にも時々適用されているようで、アンネのようにいわれのない被害を受けている人も居るようだ。
旦那たちに庇ってもらったお礼も言えたし、今後も専売契約を続けてくれと頼まれた。人との縁に運があるとしみじみ思った。
ちなみに、あの坊ちゃんの兄でもまともだと噂の、例の魔術師のところにはいかなかった。アレの血縁者に関われるほど俺の神経は太くない。いろいろと、吹き込まれているだろうしな。
そうして迎えた会談の日だ。俺は当然アンネも一緒に行くものだと思っていたが、アンネにその気はなかったようで、向かうのは俺とリオンの二人だけ。
とはいえ本当に二人きりではなく、歩いて行ける距離なのに馬車で迎えに来たリオンと、前回部屋に残ったお供と三人である。お付きさんからの警戒の目はまだ解かれていない。
「不快な思いをさせてしまってすまない」
「気にしなくていいよ。私の魔力じゃ、魔物でなくとも安全だという保障にはならないみたいだし」
魔物でなくともそれを凌駕する力を持っている以上、今までよりも警戒されるかもしれないとは先日アンネからされた忠告だ。
俺の力を以ってすれば単身国に殴り込みをかけても通用しかねない。脅しをかけることは可能だと考えていたのは自分なので、納得はできる。
しようとしていることは国の改革にも似たことだ。一対国、ひいては非国民対国の革命戦争でも起こされてはたまらない。人となりのわからない今は警戒を甘んじて受け入れるしかあるまい。
やがて馬車は大きな屋敷に到着した。途中見かけた城とは比べ物にならないが、大きな洋館だ。そのまま中に招かれ、玄関の前に馬車がつけられる。降りるときにリオンに手を差し出されたので、おとなしく持って降りる。こけたりしては、その方が恥ずかしい。今日はいつもと服も違うので。
大叔母さんが青の神と呼ばれる神様に仕えた元神子ということで、青い服で来てくれないかと頼まれたのだ。持っていないならば贈るとまで言われれば着ないわけにもいかないで、亜空間クローゼットからできるだけシンプルなのを引っ張り出して着た。形は淡い水色のブラウスと濃紺のハイウエストのロングスカートで清楚系だ。
作られた服は完成系にも興味はないが、このブラウスだけは製作途中も覚えている。昆虫のような魔物の吐く糸を青の魔力に浸した思い出だ。それだけ言うと自由研究で染物でもするかのようだが、魔力で色づき環境に擬態する性質を持つ糸を、虹色ではなく青に染めなさいと言われ何度も玉虫色にしたのは苦い思い出だ。
緊張もあってリオンの後ろをひたすらついて行くと、奥の部屋に案内された。大叔母さんは、あまり屋敷から出ることはないそうだ。ノックすると幾分か年を重ねた声が入室を促した。
中に入ると、その部屋だけ些か趣が違った。まず入口に土間がある。その上は板の間で、窓が随分と大きい。畳やふすまこそないけれど、第一印象で日本? と思ってしまうような造りだ。
その奥の大きな窓辺、安楽椅子に座った一人の女性がこちらを見ている。声の印象よりは若く、六十代くらいだろうか。目元に皺のあるおばあちゃんといった感じ。
「あなたが、リオンの言っていた子ですね。どうぞ上がって」
「は、はい」
促されて靴を脱ぎ、部屋にあがる。この世界では基本室内土足だったので変な感じだ。そのまま机に向かい合って座る。奥に大叔母さんが座り、手前に俺とリオンが並んで座る形だ。お付きの人は、リオンの後ろに立っている。
「リオンの大叔母にあたるもので、シヅホと言います。よろしくお願いしますね、魔術師さん」
「……リリアレインと申します。本日はお時間を頂きありがとうございます」
柔和な笑顔を浮かべてはいるが、距離を感じさせるのは独特の空気のせいだろうか。できるだけ丁寧にあいさつすると、彼女は幾たびか瞬いた。心象を悪くしたようではないから、作法に問題があったわけではないとは思うが。
大叔母さんは再度微笑んで「それで」と話を促す。
「私にお話があってきたのでしょう?」
「はい、大叔母様」
答えたのはリオンだ。先に簡単な説明はしていたそうで、形式だけで、要約した説明がリオンからされる。
適度に端折った説明を終えると、大叔母さんはしばらくの間黙ってこちらを見ていた。まっすぐにこっちを見る目は深い青。彼女は話し始める際息を吸って、その目をわずかに伏した。
「難しいことよ。あなたたちの覚悟が本物でない限り、私は反対します」
「え……」
先に話をしていたのに、なぜ。具体的に何を手伝ってもらいたいと言ってもいないのに断られて、驚きでリオンを見る。だが、俺よりも驚いているのはリオンの方だった。先に話をしたときはいい返事をもらえていたのだろう。
だとすると、原因は俺か?
「か、覚悟があればいいんですか? 私はどうすれば?」
すがるように問えば大叔母さんは再度口を開く。
「ホオウ鳥の卵、セリセリの赤身、メリの子」
「は?」
そして唐突に出てきた単語に、思わず素に戻ってしまった。待て、ばーさん何を言ってるんだ。
突然ボケたのかと困惑を隠さずリオンを見るが、同じく単語の意味を理解しているようには思えない。その間にもばーさんはいくつかの単語を並べている。何種類か言い終えたところで彼女は一度言葉を止め。
「で握ったオスシを用意してみなさい」
と。更に理解しがたい命令を下した。何を。何を言っとんだ。
お前の親族だろどうにかしろと、もう不躾構わず視線でリオンに助けを求めると、混乱しつつも熟考し、リオンは頭を抱えた。
「ホオウというのは怖ろしく大きく、ひとところに留まらないがゆえめったに見られない鳥の魔物だ。セリセリとは深く美しい海にだけ住む魚の魔物。メリは川の始まりに生息する魚……。すべて、とても捕まえられるとは思えない、物語でしか見ないような魔物や生物だ。それらを用意しろと言うのですか、大叔母様。それに……オスシとは何です……?」
「なんっだそれ! かぐや姫気取りか! 私らは板前になりに来たんじゃないんすけど!?」
「やっぱり。あなた日本人なのね?」
「はい?!」
テンポの悪い全力のツッコミにずれた返答をするばーさんに、つい怒鳴り返す。が、何を言われたのかすぐに気が付いて驚いた。
日本人って言ったか、この人。
黙った俺に、大叔母さんは落ち着いてちょうだいと茶を進めて来る。こんな状況にしたのは誰だと言いたい。
「試すようなことをしてごめんなさい。あなたの所作が、この国の人のようではなかったから。私と同じ世界からいらしたのかと思って」
「同じ世界って……」
この人もそうなのか。いつだったか、この世界の人たちはここ以外にも世界があることを知っていると聞いたことがあった気がする。つまり、俺以外にも世界を越えてここにやって来た人が居ると。
特例じゃなかったのかよ、といつだかの天使を思い出す。黙ってしまった俺を心配したのか、大叔母さんは簡単に説明をしてくれた。
この国では他世界からの神子の招致というものをしている。魔術による神子の招致。この人は、シヅホさんはそれによって世界を跨いで呼ばれたらしい。世界を跨ぐ力のあるものは神と繋がる力が大きいからとか、異世界知識が有用だから方法が確立されたとか、いろいろと招致の理由付けを説明されたが、半分くらいしか理解できなかった。感想は、大規模な誘拐だなあといったところか。
シヅホさんは、十三歳の頃にこちらの世界に呼ばれたらしい。別に死にかけたということもなく。その後五十年ここで生きているとなると、元の世界ではニュースになっただろう。
「私は……経緯はだいぶ違いますが、そうですね。私も元日本人です。あなたと同じ世界から来たんだと思いますよ」
あまり余計な情報を与えるのは良くないだろう。気を引き締めるのはリオンのお付きの人の警戒が少々緩み、企むように検分する視線を感じるからだ。使えると判断されるのは悪いことではないけれど、下手に使われて自分の思惑通りにいかないと困る。
「それで、何を用意すればいいんでしたっけ? 集めようと思えば集められると思いますが」
都合よく魔物の伝手はあるし、最初のホオウの卵なんて食べたことさえある。虚勢と思ったのか彼女はふっと笑って、こちらを見据えた。
「これが断りの文句であることはわかるでしょう?」
「断られる理由がありません。私は話をしたいだけなので」
手伝ってほしいわけじゃない。話を聞きにきただけなのだ。諦めなさいと諭されているにしても、門前払いならば門を入る前にやってほしい。そうしなかったのは、少しでも希望を持ったからではないのか。
「自分にまだ何かできることがあるかもしれないと思ったから、招いてくださったのではないんですか。期待が一切ないなら、招く必要もなかったでしょう」
「期待はありました。私が期待したのは貴女が……あなたが、神であることです」
冗談には思えない率直な希望は、意外ではあるが彼女からすれば不自然ない期待だった。突然元とはいえ神子の前に現れ、国の在り方を変えようとする者。正体不明の少女で、容姿のことも話には聞いていたそうだ。この世の者とは思えないと。以前神の元へ通っていたシヅホさんは、人形のような容姿と聞いて神様ではないかと思った――と。
つまりは、中途半端に神に近い存在だったがために、希望していたのとは違う勝手な期待を抱かれたと。やっぱり、あの天使と同種なのだろうか。この世界の神は。
「あなたが神なら話は違いました。神のご意志ならば体制を変えなければなりません。しかしそうでないなら、あなたにも私にもできることはありません。これでも、出来る限り状況を良くしようと手は尽くしたのです。これ以上状況を変えれば国際問題になることはわかりますね?」
「……聞きました」
「この国だけならば、あるいはなんとかなるかもしれません。けれど、隣国には小国もあります。諸々への影響を考えると、これ以上動くわけにはいかないのです」
まるで、自分自身を納得させるかのように一方的にまくしたてる彼女は、こちらが思っていたよりも俺に期待していたのかもしれない。俺が神様ならばと言った。事実そんな藁にも縋るほど、こんな豪邸に住みながら未だに悔やんでいる。
「それに、これがこの国の在り方で、この世界の在り方ならば変えることで神はお怒りにならないのでしょうか? 私たちの考えもつかないような災厄が起こったら?」
「そんな……」
「私は、彼はそのようなことはしないと思っています。それでも、ご意志を確認しないことには、確信できない」
まるで知己のように神を「彼」と呼ぶ。神の怒りに触れることを恐れながら違和感のある呼び名。けれど信仰心は本物で、盲信がゆえに動けないという感じだ。
神子だからこそ、か。実際に神様に会ったら信仰心が募りすぎて、神様なんて身近にあるのに信心が自由であった世界に在った者とは思えない。もしかするとあちらの世界でも信心深かったのかもしれないけれど。
神様から許可をもらえないのがネックか。
「……わかりました」
彼女が黙ったところで、相槌の声を返す。素直に引き下がったことに驚いたのかリオンがこちらを見たのが横目に見えたが、諦める気になったわけではない。
何度もいうが、元々話が聞きたかっただけなのだ。つまり――今ので十分だ。
これ以上ばーさんに心的な負担をかけるわけにもいかないし、丁寧に礼を言ってそのまま退散する。とはいえ諦めた顔はできていないだろうので、シヅホさんにはまだ何か企んでいるとばれたかもしれないが、それは、それなりの期待となってくれればありがたい。




