3-1
「この世界の魔術には二つの種類がある」
自称師匠との契約をサクッと終わらせると、彼はさっそく講義に入った。
ここで手のひら返して裏切られる可能性が一番高かったので、その様子が現れないことにこっそり安堵したのは心のうちに閉まっておく。二番目に可能性が高いのは今夜俺が眠ったあとだ。三番目はしばらくして俺の警戒が解けてからだが、そうなると俺の方も成長していて、この男の言うバカみたいな魔力の扱い方を覚えてしまった状態になるから、そこまで心配する必要もないだろう。
まだ肚の中では信じないままに、講義はきちんと聞く姿勢を作る。川辺で椅子もテーブルも黒板もなければ、青空教室とも言い難い環境ではあるが。
「その前に、魔術と魔法って言い分けてたよな? 人間が使うのと、魔物が使うのだっけ?そこ詳しく」
「ぬ。きみはなかなかに教わるものの素質があるな。よろしい、まずは魔法と魔術についてだが、きみの言うように魔術が人間の使うもので、魔物が持つものが魔法になる」
曰く、人間の持つ魔力と魔物の持つ魔力は違うらしい。
人間の魔力はあくまで能力の一部で、発動させられる者と発動させられない者が居り、量にも個人差があるそうだ。発動させられれば概ね体力と同じようなものらしく、使えば疲れ、使いすぎれば身に危険を及ぼす。慣れればその上限が伸びるのも体力と似た点だ。毎日ランニングすれば体力がつくのと同じように、毎日適度に使えば魔力量も増えると。
一方で魔物の魔力はエネルギーのようなもの。使えばなくなるし、補給しなければ枯渇する。空気中にも魔力が存在するらしいが、それは魔物にとって酸素と似た役割をするもので、空気が薄ければ息苦しいように空気中の魔力が薄いと魔物にとって生きにくくなるのだとか。魔力の多い魔物ほど空気中の魔力の薄い場所では生きづらいとは、なんとも面倒なことだと思う。
そして、その人間の魔力で行使されるのが魔術、魔物の魔力で発現するのが魔法と。
「まあこれは、前の世界で人間の打ち出した論説なんだがな。なかなかに面白く、比較的わかりやすい発想なので使わせてもらっている」
魔物に採用されたならばそれは正しい説になるんじゃないかと思ったが、例外が現れることもあるようで、人間社会でも、一般論ではあれ完全な論説にはなりえなかったらしい。普通といえば普通のことだ。
「魔法が魔術と違うところは、魔物にとってソレは、いわば一つの才能であるという点だ」
「才能」
「そう。一つの魔物に基本一つの魔法と言っただろう? 同じ種族の魔物はだいたい同じ魔法が使える。たとえば、ニンゲンという生き物が火を灯すことができたとする。他の動物はそれができない。つまりニンゲンという種族は火を灯す才を持っているということになる。それと同じだ」
どんなたとえだ。つっこみたい点はあったが、説明としてはわかるので、下手な茶々は入れずに相槌を打つ。気をよくしたのか魔物の男は指先に微かな火を灯して見せた。
「なぜニンゲンが火を灯せるのか。そんなことを聞かれたって普通は知らんとしか答えられないだろう? できるもんはできるとしか言えないだろう。魔物の魔法は、つまりはそういうものだ」
「……で、魔女はその才能がいくつもあると?」
「大雑把に言えばそんなところだな」
それは詳細に言えば違うという意味なのだろうか。そこを掘り下げる必要は特になかったのだろう、魔女の男は、それではと次の話に移る。
「それで、魔術の方だが……現在この世界の魔術には二種類が存在する」
ここで最初の話に戻る。二種類の魔術。人間の使える魔術に二種類あるという意味だろう。
「ただ一般的なのは片方の魔術だけだ。これは魔術式や魔法陣などの媒介に魔力を通すことで我々の使う魔法のような術を行使することを言う。人間の定義は少々違うようだが」
「はあ。詳しくはないのか」
「こちらの世界では人間に紛れ込んで活動するのも人間と契約するのも困難だからな。ただ、もう一方の魔術については結構詳しい。元々私の居た世界から持ち込まれたもので、この世界では数少ない、才能あるものにしか使えない魔術だ」
……なんで俺は、この世界に来たというのに、こことも、元居た世界とも違う世界のことに詳しくなっているんだろう。
気を抜くとそんな風に冷静になってしまいそうになる思考を本題の方へ押しやる。師事を受けるには少々特殊過ぎる相手だったかもしれないと今更ながらに軽く後悔する。いやだから、他に選択肢がなかったわけで。
「この世界では自然魔術と呼ばれている、自然事象を操る魔術だ。自然界に流れる魔力に、自分の魔力を流し込み合わせて自身の術とするのがそれだ」
自然魔術。名称からなんとなく想像はつく。ファンタジーのゲームでよく使われる、火を放つ魔法や水を操る魔法の類だろう。そういう魔術の方が一般的でないというのが不思議な気分だが、もう一方の例が挙げられていないのでなんともいえない。
ただ、それが特別なものならば、自分は使えない可能性もあるのか。魔術や魔法といわれた時点で炎を操る魔法を思い描いた身としては、使えないと残念なところだ。
「あんたは全部使えんの?」
「魔法はほとんど使える。こちらの魔術は使おうと思えば使えるが、そもそも元となる魔法を使えることが多いのであまり必要ないな。自然魔術は使えない」
「使えねーのかよ」
「あれには特別な魔力が必要なのだ。基本魔物には使えないのだよ」
「私も使えなさそう?」
自分の口から出て来る一人称が「私」に自動変換されることの慣れなさと違和感にさいなまれつつ問う。やっぱり、簡単に諦められるものではない。せっかくなら使えたら嬉しいなと希望くらいは抱くだろう。
しかし俺の質問に彼はぱちりと瞬いて、首を傾げた。
「使えるぞ? きみならばどれも使える」
「え」
期待はしたけれど、そんなに軽々しく肯定されてしまうと、あまりありがたさを現せない反応になってしまった。
もしかして、天使様効果か。どれも使えるとは、人と違う力に目覚めるかもしれないと言っていたにしても、ちょっとずるいのではないだろうか。ここに居られる時点で人と違うのだろうに。ああ、しかし、だから満漢全席なのか?
「ここの魔術ならばやり方を覚えれば簡単だろうし、それ以前に私が元となる魔法を与えるためあまり必要もないだろう。自然魔術の方は、私は理論しか知らないので自分で試行錯誤してもらうことになるが」
「なんつーか、二週目はずいぶんなイージーモードだなあ……」
「一周目で、これに見合うほどの艱難辛苦を味わっていたのかもしれないぞ?」
「いやあ」
さすがに、現代日本の様子は記憶として覚えているが、あの社会でどのレベルの過去があったらこれに見合うというのだろうか。実は非業の死を遂げていたのだろうか、俺は。
「それに、魔術が使えるからといって簡単にはいかないのが人生と言うものだろう」
「人外が、言うねえ」
「魔物生も人生も、人それぞれだが、それだけに同じようなものだ」
達観したことを言うなあとは思うが、元より博識なオッサンだし、生きている期間も俺よりはるかに長いのだろう。前の生のことを足しても、たとえ俺が百歳まで生きた爺さんだとして、ここに生まれて一日なので単純に百歳だ。しかもただの百歳ではない。可能性としてある艱難辛苦をすべて忘れた百歳である。
「オッサンさ、この世界に来て何年くらいになるの?」
「何年と言われると、日の感覚など元々あってないようなものなのでわからないが……ざっと二世紀くらいではないかな?」
二世紀とは、俺が百歳だとしても倍は生きているのか。想定以上の年齢に、驚きを通り越してさすが魔物だなあなんて感心が出る。人間味はあるが、足がないのでおばけのように見えるのも一つ要因かもしれない。
「前の世界にも三世紀くらいは居たからな。私から見ればきみなど新生児のようなものだ」
もっとも、この世界には生まれたばかりなので本当に新生児のようなものだがと男は笑う。だからその新生児に土下座したんだってお前は。
「で、その魔術の使い方は?」
「唐突に話を戻すな、きみは」
まあいい、と男はこちらへ歩み寄ってきて、俺の手を掴む。やけに冷たい手は、現在女の俺の手に対して大きかったが、骨ばったそれに力強さは感じられない。
気を取られていると手を引かれ、一瞬、目の前が暗くなった。そうして次の瞬間に、目の前から川が消えていた。
瞬いてみれば、先ほどまで居たのとは別の場所にいることがわかる。オッサンの手はそのままだ。これは、あれか。瞬間移動とかテレポートとかいうやつか。
「どうかね?」
「いや、おお……オッサンの手、ジジイみたいだな」
「言うに事欠いてなんだその感想は!」
動揺で本音を言うと怒られた。もっともだった。
しかし、これが魔法。現代日本ではありえない現象に唖然とする。便利だと思う一方、どういう仕組みだかわからない事象に恐怖感も芽生える。
「まったく……。これが、空間移動の魔法だ」
「どういう仕組みなんだ、これ」
「目的の箇所にある、自分または知っている他人の魔力を感知して、そこに移動する魔法だ。その空間に至るまでの次元を捻じ曲げるのが私の空間移動魔法だ」
他に方法があるのかと問えば、自身を空気中にある魔力と同じ状態にして瞬間的に移動させ、再構築する方法もあると言われた。そういう哲学理論があったような気がする。一度崩し再構築させた体は果たしてそれまでの自分と同じ自分であるのか、みたいな話だ。
オッサンの空間移動魔法がそれに当てはまるか当てはまらないかはともかく、便利な魔法ではある。移動先が人限定でも場所限定でもないのがいい。
「人間が同じことをしようとすると魔術具か魔法陣が必要になる。我々の魔法を術式に解読したものを付与した物や陣だな。きみは私と契約で繋がっているので、直接魔法を行使できることになる」
やってみたまえ、と促されて先ほどの感覚と教えられた理論をイメージしつつ、足を踏み出す。元の場所に自分が――居たイメージ? 残り香があると仮定し、それを目指すイメージかな。男の残り香ならともかくこんなに完成された美少女の残り香ならば気分も悪くない。
意味もなく閉じていた目を開くと、目の前には先ほどの川があった。成功した。
「ふむ、初めてにしてはなかなかやるではないかね」
つないだ手を離し、オッサンが愉快そうに褒めてくる。相手は一応、仮だが師匠という立場なので、褒められれば嬉しいものだ。
ただ後から聞かされた、実は魔法を与える相手は基本的には魔術を扱えるものに限るので、初めて行使するのが魔物の魔法で成功するなどとは微塵も思っていなかったというぶっちゃけた本音には、師匠改めオッサンの脛付近を蹴ることで抗議した。
「つーことは、先に魔術を覚えた方が魔法を仕込みやすいってことか?」
「いや、そうとも言えん。魔法は契約がある以上無条件で使えるが、魔術は魔力の流れを感じられなければ発動しづらいからな。きみは自らに流れている魔力を認識できているか?」
そんなものできているはずがないだろう。身の内にある多いと言われる魔力がどのように流れているかなど、生後一日目の俺にわかるはずもない。
ノーと応えればオッサンは再度俺の手を引いた。
「来なさい」




