30
スラム街を出たところは、中よりも人が少ない。日も落ちているからかもしれない。場違いだが、教会に門限はないのだろうかと心配になった。じきに女の子の出歩く時間ではなくなる。
帰ることを促すべきだろうか、けれど、まだ話し足りない気持ちはある。
しかし俺の葛藤を知らずに、アンネは「それで」と当然のように話を続けた。
まるで、本題はここからだと言うような切り出し方。先ほどまでの空気を切り替えるようなはっきりとした切り出しに面食らい、つい「はい」と敬語の返事になってしまう。それにツッコミを入れることなく、アンネは問う。
「あなたは、何者なの?」
「あ」
そういえば、俺については何も説明していないのだった。
昨日一瞬浮かんだ、俺が非国民だと知ったらどういう反応をするだろうという不安は、今はない。寧ろ、現状俺を非国民だと仮定しない方が難しいだろう。
嘘を吐く必要はないし、アンネに隠し事をするつもりもない。そのうち、その、花見に連れて行ったりできないかなと、思っているわけだし。
俺はかいつまんで、今の状況と俺の成り立ちを説明した。
生まれてからずっと、深淵に続く森で生きてきたこと。そこで魔術を覚え、人より過ぎた魔術が使えること。世間知らずで、この国のことはよく知らないこと。それゆえに非国民であると知らず、ここに来る途中に魔術学園に行って追い出されたこと。それを、ソフィが助けてくれたことも一応。
神様にこの世界に落とされた下りは省いて、ついでに育ての親が魔物であることも言わないでおいての説明だが、その辺はただの余計な情報なので言わないだけだ。
一気に説明を終えると、アンネはほうと息を吐いた。そうしてしげしげとこちらを見て、呆れたような顔をした。
「波乱万丈な人生をしてるのね」
「ううーん……どうだかな」
正直、王都に来るまでは安全な森に居たし、毎日刺激もなく暮らしていただけだ。そして生後四歳である。そこは言っていないけれど。波乱万丈というには、些か人生経験が足らないと思うのだが。
「それで、今回はなぜ王都に来たの?」
前回が買い物のためだったことは話の流れで言ったのだが、アンネは今に話を戻して今度の理由を聞いて来た。さてここで、困ったことがある。
俺の理由は誰に聞かれても答えられるほどに明白で、明確なものだ。ただし、シャイな日本人男子たる俺には理由を平然と返せない相手が一人だけいる。それがアンネであることが問題なのだ。
つまり……御託を並べずに言うと「アンネに会いに来たんだ」とアンネ本人に言うのが恥ずかしい。
「ええと、その。保護者に、外の世界を見て来いと言われたので……」
ヘタレ野郎と罵られても仕方ないような、嘘ではないだけの理由を返せば、ふうんと簡単な相槌を打たれる。こんなことではダメだ。この世界の男子たるもの、もっと誑し発言ができなければ。いや、だから俺は美少女なわけで。
「あ…………あと、アンネに会いたくて」
だったら恥ずかしいも何もないな。意識されたりもしないだろうし。考えると悲しくなる逃げ道を作って、それでも勇気を振り絞って本音を出す。顔が熱い。茶化してしまいたくなるのを堪えて、カッコ悪い笑顔は堪えられないで、へらへらとアンネの反応を窺う。
といっても、女の子同士なのだ。反応も何もないだろうが……と思っていたのだが。アンネは苦々しそうにこちらを見ていた。ただ、それが嫌悪感を持った目でないことはわかった。
「何照れてるの、こっちまで恥ずかしいじゃない」
耳を少しだけ赤くしたアンネ。その可愛さに叫び出しそうになりながら、そんなこともできない俺はにへにへと気持ち悪く笑うだけだ。意識してもらえたわけではないだろうが、反応があったことが嬉しかったし、わりと好かれているんじゃないかと自意識を高く持ってしまったからだった。過剰ではないと信じたい。
「それで」コホンと咳払いして気を取り直し、アンネはこちらを向く。「これからどうするの?」
質問の意図は心配だろう。どうするか。問われれば、しばらくはこのあたりに滞在してアンネの近くに居たい。それは変わらない。
けれど、それだけではなくなってしまった。
どうにかしたい。そう思ってしまった。
だって、同情心が国民の側にあり、かつ非国民が何も悪いことをしていないというのならば少しのきっかけで関係が変わるかもしれないと思ってしまうのだ。
問題が他国との情勢ならば、なんとかなるのではと考えてしまうのだ。
「どうにかなんねーかな、非国民のこと」
どうするの、という質問にはそぐわない問いかけ。国民であるアンネにとって言われても困ってしまうことなのはわかっていたけれど、ついこぼれてしまったそれに、アンネはしかし眉を下げることはなかった。俺から目を逸らすことも。
「どうにかできるとは、けっして言えない。国民である私にできることは、きっとほとんどない」
この国にはそれなりの事情があって、彼女はそれも考えている。だから簡単に「じゃあどうにかしましょう」なんてわけにはいかない。
「でも、リリアがどうにかしようとするなら手伝うわ」
けれど俺にくれたその言葉に、胸がつまった。泣きそうになった。俺が、どうにかしたいならば手伝ってくれると彼女は言ったのだ。
変えられる可能性などほとんどなくとも、アンネがほんの少しでも期待をしてくれているならば、俺は本気でやってみよう。
責任をアンネに押し付けるわけではないし、そんなつもり微塵もない。簡単に言えば、好きな子が頑張れって言ってくれたからやる気が増したというだけのことだ。
さて、ではどうするか。変えようと思う場所のことを知らないで、夢物語を語るのは誰でもできる。大言壮語を吐きたいわけではない。つまり、まず俺にはしなければならないことがある。
「じゃあ、まずひとつお願いしたいんだけど……私に、この国のことを教えてくれ」
世間知らずを直さないことには、何を言っても空想だ。真剣なお願いにアンネは微笑んで「もちろん」と返してくれた。
それからは、スラム街の子どもたちと仕事の手伝いに行くのと、アンネにこの国の話を聞くのとを繰り返すのが日課になった。
拠点は食べ物と引き換えに、ソフィの家に居候させてもらっている。他に頼るアテは、食べ物をダシすればなくもなかったが、ここに連れて来てくれたのはソフィだ。
アンネを送り、ソフィの家まで戻ると彼女は「おかえり」と言ってくれた。それは、受け入れてくれる意味と、余計なことは聞かないでほしいという嘆願に聞こえて、俺はただ「ただいま」と言った。そのあとしばらく置いてくれないかと頼んで、食料と引き換えに居候させてもらえることになったのだ。
この国の地理は以前聞いた通り。王都と四つの都市。王都には今俺の居るスラム街の他にいくつか、同じように貧民や非国民の固まっているところがあるそうだ。都市の方は、東西南北で状況が少しずつ違うが、王都に居るアンネは知らないらしい。
他の地区から来たというスラム街の奴に少し聞いた話によると、東は幾分か国民同士の経済格差は激しくないらしい。バスアトという国が西側に面しているので、隣国の状況の差が違いを作っているようだ。
別の、お年を召した非国民の人に聞くに、昔は更に貴族階級のようなものもあったそうで国民同士でも格差があったらしい。それが緩和されたことで幾分か非国民の扱いもマシになったと。
それを実行したのは、現在の王の大叔母として王宮に居る元神子の女性――だそうで。この国の人もいろいろ考えてはいるらしい。
神子ってなんだ? という疑問が合わせて出てきたが、それは教会に住むアンネがよく知っていた。
この国では三名の神を祀っている。それぞれ赤・青・緑の色で呼ばれているので、この国の王都の富裕層はその三色の服を着た人が多く、家具なども三色を基本に使うことがほとんどらしい。三色を同時には使わないだとか、謎のルールはあるようだが。風水やゲン担ぎと似たようなものなのだろうか。正直興味がないので「だからあんなに派手なドレスが流行っていたのかあ」という感じだ。そのせいで派手な色のドレスを買われたこともあるので軽い恨みさえある。
ではなくて。
その三色の神様にそれぞれ一人ずつ「神子」という子どもがついているのだそうだ。彼らは教会の中に居を構え、教会区画の最奥にある神殿に神託を聞く役割を持っていると。教会の奥に神殿? と余計な疑問ばかり出て来るが、いちいちキリがないので疑問を持つことは早々にやめた。
神託は自然災害や他国からの攻め入り、人災などを予知したり、国民から出る問題を解決したりするらしい。
この神様って、俺が以前に会った天使と仲間だろうか。それとも、別の「神様」という種族がこの世界に居るのだろうか。
いや、それはともかく。
「国民からの問題の解決?」
アンネから聞いたそれが引っかかった。国民が問題意識を持っていることならば、ここにあるじゃないか。神様が実在しているならば、お願いすればいいんじゃないか。
誰でも思いつきそうなことを口にした俺に、アンネは言い難そうに首を横に振る。
「それができないのよ。教会も神子も結局は国の持ち物だから、国の不利益になるようなお願いは通らないわ」
この国の神は三名であるが、他国には他国で神様が居るらしい。だから、双方の神が「非国民とかいう制度をやめよう」と言い出したりしない限り下手な手は打てない。そして余計な神託を得ないようにするためにも、神子に余計な情報を与えないようにしているそうだ。
何が神子か、何が神様かと言いたくなるような身勝手な使い方だと思う。
しかし、この国だけで説得を行っても、この国だけの問題ではないからどうにもならないと言われてしまえば、難易度は更に跳ね上がる。
一番手っ取り早いのは各国のトップのところに直談判をしに行くことだと思うけれど、その直談判が脅迫や物理的対話、肉体言語に訴えるなどという意味でしかあれない以上は実行に移せない。俺だけならばいいけれど、アンネの立場が悪くなるのは嫌だ。それに、アンネ自身はこの国に所属し、王に恩義を感じているのだから、嫌われるようなことはしたくない。魔物から見て化け物的存在であることは、さすがに隠しているのだ。
どうしたものかと考えつつ、今日も今日で町を出歩く。アンネの学校が終わるまでは、イメージアップキャンペーンの時間だ。国民のお手伝いや仕事探し。最近では非国民扱いにも慣れてきた。
俺は、他の子どもたちと違って国民に受け入れられやすい。たとえ非国民だと知られても、この容姿と魔術で知らないふりをされることが多いのだ。受け入れる側からしても、自分への利益が格段に高くなるならば知らぬふりができないこともないのだろう。
水の魔術で店の外観を損なう汚れを落としながら、息を吐く。俺以外でも同じように受け入れてもらえればいいのだが。見た目が重要というならば、服装を改めさせてみようか。いっそ、掃除屋にでもなればいいのかもしれない。制服でも揃えて、格安で。
しかし、そうなると本職が黙っていられなくなるだろう。この町に、他に掃除屋というものが居ないとは限らないのだ。邪魔をすると非国民全体が恨まれる可能性もある。
どこかを立てるとどこかが立たない。全部がうまくいく方法なんてないのかもしれないけれど、できるだけみんなが困らない方がいい。
そもそも、国の事情はわかったけれど、国の意図はわからないんだよな。
実際王様に直談判でもできれば、この国の王族が非国民をどう考えているのかしれるが、そんな伝手あるはずもない。考えがわかれば、見逃せる程度の判断や抜け道を探すこともできるのだが。
「リリアちゃん?」
「え?」
不意に掛けられた聞き覚えのある声に、振り返る。優し気な声色は、少し驚いたような感情が含まれていた。
「フェイゼルさん!」
視線を向けた先に居たのは、トノキアに向かう道中を共にした、商人護衛のフェイゼルさんだった。トノキアで別れた後は別の町へ向かうと言っていた気がするのだが。想定外の早い再会だ。フェイゼルさんの護衛の任が解かれたとは考えられない。
「どうしたんですか? なんで王都に?」
「どうしたはこっちのセリフだよ。リリアちゃんほどの力のある子が、なぜ掃除屋なんてしてるんだい?」
このあたりでは、魔術を使って掃除屋をするような奴はそうそう居ないらしい。苦笑で誤魔化したいことを知らせると、フェイゼルさんは納得いかないようにため息を吐いた後、誤魔化されてくれた。良い人だ。
「会いたかった相手には会えたのかい? ミグリオくんは?」
「ああ、それはもう。すぐに会えました。ミグリオは……今は魔術学園に居ます」
「そうか。二人とも目的が達成できたようで、よかった」
一時期道中を共にしただけだというのに、フェイゼルさんは我がことのように喜んでくれた。ここ最近、アンネ以外の他人と接する際に気を張っていたせいか、妙に安心する。
「ところで、これから時間はあるかい? 再開して早々すまないが、私たちはリリアちゃんを探して王都に来たんだ」
「私を?」
出会ったのが偶然ではないことに目を瞬かせ、頼まれていた掃除を手早く終わらせる。一時間ほど待ってください、と別れたちょうど一時間後、フェイゼルさんは再度……今度はシトロンの旦那やカルカさんたち、他の仲間を連れてやってきた。
結構大きな移動商人が迎えにやってきて、掃除を頼んだ店主は何事かと思ったことだろう。すみません。
話を聞くと、目的は仕入れだった。
なんでも俺の渡した薬草などを小出しで売っていたのを有名な魔術師に知られ、大量に買い取りたいとの購入希望があったそうだ。数は多くても、大量仕入れで値引きしろと言うこともなく、逆に他での販売より高値で買い取りたいと言われてしまえば、断れない。それ以前にお得意様ゆえ断れるはずもなかったと。
つまりは再度仕入れをするのが目的で、俺を探していたと。しばらく王都に居るとは伝えていたとはいえ、王都も広いので会えてよかったと旦那は安堵していた。
「明日その方のお家に行くから、リリアさんも来てくれませんか?」
「私が?」
「ええ、仕入れ先が分かった方が安心でしょう。貴重なものですから」
なるほど、危ない相手から仕入れていないということを証明するということか。まだ外見が大人には見えない少女を連れて行って信用を得られるかは微妙なところだが。中途半端な嘘だと思われかねないんじゃないか?
と、口に出して言えば「相手は魔術師だから」と返された。なるほど、こちらの魔力がわかれば安心するのかもしれない。
了承すると、明日も迎えに来てくれると言われた。さすがにスラム街に迎えに来させるわけにはいかないので、市街地の方で待ち合わせする。
俺が非国民だと知ったら、彼らはどういう反応をするだろうか。気になるが、こんなにいい人たちに邪険にされるのは傷つくのでわざわざ言わない。
知らなければ、知らないふりをしていてくれる。彼らがお人よしであるのが半分あるが、もう半分は利害で成り立っている関係だ。余計なことは言うまい。




