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ぼくらのままならない世界  作者: いない
少年と世界
38/72

29-2

 人通りのない場所に腰を落ち着けて聞くに、アンネは、教会からの使いと自分の意志で、非国民の子どもたちに時折食べ物や衣類などを提供しているらしい。

 慈善活動と偽善行為とは、両方アンネの口から出た言葉だ。


「教会には国民登録のない子どもを憐れむ者が多いから、こうして分け与える食べ物を用意することがあるの。神に仕えているんだもの。慈善活動くらいしないとね。これを偽善行為という人も居るし、私も、半ばそう思ってはいるけれど、私だって親のない身よ。たまたま国民登録があるというだけで、彼らと変わらない。なら、私は彼らを手助けしたいと思うのよ」


 そう言う彼女の目には強い意志と、憐れみと、少しの自責が籠っていた。

 前に会った時よりも長くなった黒髪を弄りながら、アンネの視線は遠くを見ている。自分と非国民をどこか重ねているような口ぶり。ひとつ違えば自分も非国民だったと言いたいのだろう。

 それは、彼女が聡明すぎるからかもしれないし、周りからの心無い言葉が原因なのかもしれない。


「……なんで、こんな制度があるんだろうな」


 ソフィとアンネの話で知った非国民という制度。非国民を人として扱わない差別主義者と、人として扱えない普通の人たち。

 複雑で、誰も幸せになれない制度に思わず言葉を零せば、アンネが返してくれたのは「そうね」という同意。


「非国民の中には他国からの亡命者が多いのもあって、戦争の火種になりかねないから迂闊に扱えないっていうのが、国の考えなのよ。同情の声は定期的に上がるわ。けど、下手に動かせない……国としても持て余しているのが現状」


 そして、国民側の事情。

 国として非国民を認められない理由の一つが、他国から流れてきた者の存在なのだそうだ。隣の大国バスアトが徴兵制を行っていて、そこから逃げた者が非国民としてオースグラットに居るかもしれないこと。別の大国で現在他国と戦争中の国から非国民として重要人物が流れ着いている可能性があること。

オースグラットは長らく戦争を行っていない、大国の間にある交易都市として国を確立させているが、下手なことをすれば戦争に巻き込まれたり、他国に食われる可能性がある。

 ただの可能性ではあるが、そういった理由を主として、下手な行動ができないのだと。


「非国民には子どもも多いから、同情的になる人も結構居るわ。本人たちに落ち度はない、けれど国の平和のためには仕方ないってね」

「仕方ないか……」


 国民側の事情もわかった。納得はまだいかないが、理解はできてきた。

 話しているうちに、もう少しと粘ってお手伝いを探していたジムが戻ってきた。手には一枚のコインを握っている。何か、お手伝いに成功したのだろう。つまり同情心や罪悪感を持った誰かが見逃してくれたのだ。

 子どもの前でする話ではない。会話を切り上げて、三人一緒にスラム街へ行く。向かう先は、先ほどの広場だ。




 到着すると、既に何人かの子どもたちは帰ってきていた。嬉しそうなものも居れば、悔しそうなものも居る。表情で、今日仕事を得られたかがすぐにわかる。


「あ、シスター!」


 そんな彼らはアンネの姿を認めると、駆け寄ってきた。アンネがここに来る頻度は少なくないようで、多くの子どもたちが「シスター」と慕い寄ってくる。彼らの目的は食事だろうが。

 順番に、大きめのバスケットに持ってきた食事を配布する。個人で持ってこられる量には限界があるので、一人一人に行き渡る数は少ないが、ないよりはいいのだろう。時折大人もやってきていたが、アンネは変わらない態度で食料を手渡していた。子どもに対するのとは違う、普通の大人に対する態度だ。

 やがてバスケットの中が空になると、周りから人は居なくなった。


「さすがに、手で持ってこられる限界よね」


 アンネは肩を竦めて、けれどそこは割り切っているようにてきぱきと片づけを始める。慣れているのだろう。

 来た時は重たそうだったバスケットは、帰りには空になって軽くなっていた。道中荷物持ちを買って出たのに断られたことを思いだして、苦い気持ちになった。同じような腕の細さなので、仕方ないといえば仕方ないかもしれないけれど。

 片付けさえも手出しできずに眺めているだけの状況になっている自分に、少々情けなくなる。


「また来てたの、偽善者」


 そんな中、不意に少し離れたところから声が聞こえた。それに反応したのは、聞いた声……それがソフィの声だったからだ。振り返れば、憎々しそうな顔でアンネを睨む、ソフィ。

 先ほどの配給時も同じようなことを言う人は居たけれど、そいつらはバカにしたり、揶揄したりするような奴らだったから気にならなかった。ただ、人の厚意を受け取れないんだなと思っただけだ。アンネも気にしていなかったし。

 けれどソフィの、アンネ個人に向けた感情に違和感を覚え、首を傾げる。

 同時に、その日どう生きるか考えることを有意義だと言うソフィが、最も簡単に食料を手に入れられる方法を厭っていることも不思議で、ソフィの方に近づいた。


「どうしたんだよ?」


 俺をここまで連れてきてくれたときとは違い、余裕のないような様子。強かさが突然なりをひそめてしまったような少女は、声を掛けても俺の方を向いてくれなかった。


「アンタみたいなやつが居るから、みんな変な希望を持つんだ」

「ソフィ」

「お姉さんも、その女に騙されてるんだ」


 明確な敵視。それも、アンネ個人に向けた。ソフィは喚きこそしないものの、間違いなくアンネ個人に対して敵意を向けていた。そしてその理由のわからない俺は困惑するしかない。

 理由を求めて、ついアンネの方に視線を向ければ彼女は、向けられる悪感情を、努めて無視していた。無表情を作っていることで、何も感じていないわけではないとわかる。適当に謝ることもせず、ただ正面から受け止めている。

 偽善的だと言われるのも、わからないでもない。アンネだってわかっている。

アンネのしていることは限りのある助力で、受け取る側からすれば恵まれた者からの施しだ。けれど、慈善活動でもあるのは本当だ。


「ソフィ」


 なんでそんなことを言うんだと、思わず言い返そうと息を吸ったところで、アンネの手が俺の腕を掴んだ。細くて白い指に力は籠っていないが、その儚さがやめてほしいと訴えていて、口を噤んだ。

 言葉を飲み込み深呼吸すると、自分から発されようとしていた言葉に責めるような色が籠っていただろうことに気付く。言わなくてよかった。

 きっと理由があってソフィがアンネに向けている敵意を、関係のない俺がアンネへの好意だけで責めるのは、間違いだ。それに気付いたからアンネは止めてくれたのだろうか。


「どっか。どっか行って。お姉さん、そいつ、連れてって」


 泣くのを堪えるような震える声でソフィが呟く。視線はこちらに向けていないけれど、俺を拒否しているのではない言葉。残ってソフィから話を聞きたいと思ってしまったけれど、袖を引かれる。見れば首を横に振るアンネ。

 そのまま手を引かれ俺は、アンネと二人その場を離れた。





「見た目で他国の者だとわかる非国民は、生きていくのが難しいのよ。彼女、肌の色がこの国の人と少し違うでしょ。だから、苦労しているみたいなの。対して私も、この国の人とは違う髪の色をしてる。でも私は国民証明を持っている。あの子は私の存在で、プライドを傷つけられるんでしょうね」


 その代わり、国民として認められているにも関わらず親無しだ非国民だと罵られていることをソフィは知らないのだろうけれど。

 アンネの説明を聞いて、例の坊ちゃんを思い出す。もしも同じ立場ならば、見た目で力のない坊ちゃんに目の敵にされているアンネをソフィはどう思うだろうか。


「もしかしたら、この見た目で国民を名乗っている罪滅ぼしの為に来てる……とでも思っているのかもしれないわね」


 私はあの子ではないからわからないけれど、とあっけらかんと言うアンネは、ソフィの態度を不快に思っているわけではないようだ。傷つかないわけではないようだが、それよりもアンネはソフィの傷を心配していた。

 あの場で俺を止め、連れ出したのは、彼女のプライドを守るためだったのだろう。事情を知らない俺が理由を聞いてしまうと、ソフィは自分がアンネを嫌う理由と向き合わなければならなくなる。

 口にする分には「ただいけ好かないから嫌いだ」と言えばいいけれど、問われれば嫌でも考えてしまうから。

 けれどそれは、アンネも同じことだ。説明することで、自分の立場と認識を改めて思い知らされる。

人と違うこと。それを理由に勝手な偏見を持たれ理不尽なめにあっていることを。


「……ごめん」

「そんな顔しないで。私は、もう大丈夫なんだから」


 歩きながら離さないままでいる手に少しだけ力を込められる。顔を上げるとアンネは優しく微笑んで、こちらを見ていた。


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