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言われた広場を探して向かってみると、何人かの子どもたちが集まっていた。道中じろじろと見られたが絡まれたりしなかったのは、ソフィと共にここに来たからだろうか。それが、人情でこの場が成り立っているからか、ソフィの立場がここで大きいからかはわからない。
多くある家々の一角の空いたスペースは、子どもたちの遊び場になっているだけのように思えるのだが。
「おい」
子どもといっても外見年齢は俺やミグリオと同じくらいの子も居る。様子を伺っているだけなので隠れてはいなかったが、背後から掛けられた声は警戒心をあらわにしたものだった。人が近付いてきていたのは気付いていたが、少し驚く。
振り返れば、居たのはミグリオと同じくらいの年齢の青年だった。背は高いが、体格はミグリオに比べてかなり細い。それが、栄養が足りていないからだというのは一目瞭然だった。服装はかなり簡素なもので、暖かい気候のこの場所でも寒いのではないかと思う。布も、着古してかなり薄くなっているようだし。
「何をしてる? お前、さっきソフィと一緒に居た奴だろう」
どうやら先ほど姿を見られていたらしい。ソフィと呼ぶ声には、敵対心と親しさが混ざったような微妙な色を含んでいた。俺へ向ける感情は、少々の不信感と純粋な疑問といったところか。
「ソフィに、ここに来てみろと言われてな」
隠す必要はないため、ソフィに会ったところから全部話すと、少年ポルメリオは子どもたちの集団の元に俺を招いてくれた。
ポルメリオは、この子どもたちのリーダーをしているようだ。広場に集まっている子どもたちは、非国民の中でも「国民として認められたい」と考えているグループらしい。大人が居ないのは、大人にはそうした考えを持つものはほとんどいないからだとか。理由はソフィと同じだとポルメリオは言う。諦めているからだと。
まだ諦めきれていない子どもたちが集まったのがこの集団だ、と説明したポルメリオも、ほとんど現実を直視してしまっている状況なのだろう。
「認められたいって、具体的には何をしてるんだ?」
「町に出て国民の仕事を手伝ったり、人助けしたりだな。あまりさせてはもらえないが」
「それは……」
「憐れみや好意で食べ物や服をくれる人も居るから、意味のない行動ではないんだよ」
言葉を先取るようにポルメリオは微笑む。子どもたちはそんなポルメリオを慕うようにこちらに近づいてきて、自分が何をして、何をもらったかを教えてくれる。
この子たちも、そのうち諦めたような目をするようになるのだろうか。
「よかったらさ、私も手伝わせてくれよ。しばらくは行き場もないんだ」
目的はあるけれど、出会ってしまった以上見過ごせない。俺にできることは限られるけれど、手伝いくらいはできると思う。
もし……もし、この化け物じみた力が使えるならば、現状を変えることができるかもしれないし。近くで見ていて何かできることがあるかもしれない。
ただ、現実は甘くはなかった。子どもたちと町に出て人々に声を掛けるも、たいていの場合は迷惑そうな顔で断られる。もしくは無視だ。
子どもたちは「力仕事をしている人はよく手伝わせてくれる」だとか「人目のあまりないところで、一人のところに声を掛けるのがねらい目」だとか教えてくれるけれど。
これは、あまりにもひどいんじゃないか。
彼らはそんな扱いしか受けたことがないから、それが普通だと思っているのかもしれない。慣れで耐えられるのかもしれない。けれど、悲嘆に暮れても、憤怒しても、絶望してもおかしくない状況だ。
例えば俺が、地位も権力もある大金持ちならばこの子たちを救うことはできるかもしれないのに。そんな考えがよぎる。
けれど、それで救えるのはこの子たちだけだとも理解している。先ほどのスラム街に居た人間全部を助けることは不可能だ。目に見える範囲だけ救えば、結局状況自体は変わらない。
それ以前に、俺が非国民だからどうしようもできないのだけれど。
「すみません、何かお手伝いできることはありませんか?」
子どもを連れ、飲食店らしき店の裏に居る人に声を掛ける。一声かけるのにも心臓が早鐘を打つのは、断られるのが前提の声かけだからだ。案の定、煤けた服装の子どもを見た途端無視して店に戻ってしまった相手に、いつの間にか詰めていた息を吐く。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
初めてだからと一緒に声を掛けて歩いている、ソフィよりも幼いギムという少年。自分の方が大変なのに俺を心配しているのは、きっと俺の顔が険しいからだ。
作り笑いで「大丈夫だよ」と応える。美少女だから、きっと変な笑顔にはなってないはずだ。
「具合が悪いなら休んでて。一人で行ってくるから」
それでも強がりはうまくいっていなかったようで、ギムは俺から離れて行ってしまった。それが普通のことだから。
あんなに小さい子が頑張っているのに、一人怠けている場合ではない。
再度チャレンジだと、別の店のドアを叩く。まだ開店準備中らしい飲食店。このあたりは歓楽街のようで、そういう店が多い。
出てきたのは厳つい男の店員だった。こちらを見止めると「まだ準備中で、ここは裏口ですが?」と丁寧に返してくれた。
「すみません、よければこちらで働かせてもらえませんか? 皿洗いでもなんでもしますので」
声が震えそうになるのを堪えながら営業スマイルを意識して言えば、男は瞬いて、こちらを検分するように上から下まで眺めた。
「構わないが」
そうして即答で、了承してくれた。まさかの反応に驚くより先に得たのは疑問だ。なぜ、先ほどまでとは違うのか。そんなもの、ギムが居ないからに決まっている。思い出すのは自分の外見だ。
「ありがとうございます。日雇いで、今日お給金が欲しいんですが」
「……嬢ちゃん、訳ありかい」
「弟にごはんを食べさせてあげたくて、いろんなお店のドアを叩いているんですが、どこも断られてしまったので」
適当な嘘を吐きながら、指を、別の店で断られているギムに向ける。見えるところに居てくれたので、男はすぐにギムの姿を見て、俺と見比べた。少年の姿から俺が何かも察したようだ。
思った通り、扉はすぐに閉じられた。「非国民とわかったら、お断りだ」と中から声が聞こえる。律儀に言ってくれた声には罪悪感がにじんでいるような気がした。
それも、気味の悪いところだった。半数はこちらを蔑むように見たり、平然と無視したりするのに、半数の国民の反応はこれと同じだった。罪悪感や憐れみ。向けられるそれらの感情は、俺の抱いている同情心ときっと同じものだ。
現状に違和感を持っている者も、憐れんでいる者もいる。
知らなければ雇ってやることもできたのにとも聞こえた、男の言葉。きっとそれがあるから、仕事の手伝いなどが時折受け入れられて、今の状態になっているだろう。
ポルメリオは少しきれいな服を着て、いつも行っている奉公先に行くと言っていた。彼のように長期間の雇用をされている子どもも居る。非国民だと知られていないのか、知らないふりをしてくれているのかわからないが。
感情と思考があふれてきて、気分が悪くなってくる。
だって、こんなの、おかしい。
ふらりと表通りに出ると、普通の国民が歩いていた。
まとまらない思考を誰かに押し付けたいけれど、相談できる相手はいない。こんな現状気味が悪いだなんて、まさか非国民の彼らに言うわけにはいかない。だからって、この国の国民を捕まえて押し付けるにはあまりにも、よそ者の持つ感情過ぎる。
こんなの知らなければよかった。
己のうちに一瞬浮かび上がった、非国民を憐れむ国民と同じような考えに、思わず頭を抱える。力は化け物でも、ただの力ないガキでしかない自分があらわになって。
「リリア?」
一日ぶりだと言うのに久々に聞いた気のする自分の名。
そうして聞きなれてはいないのに、絶対に忘れない、その声に俺は反射的にめいっぱい顔を上げた。
「やっぱり、リリアよね?」
「…………アンネ」
およそ一年ぶりに見る、片時も忘れたことのない姿に、名前はするりと口から漏れた。
「久しぶりね。こんなところで、どうしたの? いつ王都に?」
「久しぶり。えっと、その……」
できれば、今は会いたくなかった。もっと華麗に花でも持って登場したかったとは言わないが、こんなぐちゃぐちゃの状態で会うのは望んでいなかった。
しどろもどろな俺に、アンネは首を傾げる。黒髪は以前よりも少し伸びていて、結った後ろ髪と下した前髪が微かに揺れる。相変わらず吸い込まれそうな大きな、意志の強そうな目。
「お姉ちゃん!」
何か言わなければと口を開こうとしたけれど、何を言うつもりだったかは背後から掛けられた声で忘れてしまった。
はっとして振り返れば、ギムがこちらに駆けて来ていた。彼は俺を心配していたのだと思い出す。そして、ギムが一見して非国民だとわかる見た目だということも。
アンネの反応を見るのは怖かった。けれど思考に反して体は反射的にアンネの様子を伺っていた。
彼女は非国民をどう思っているのだろうか。蔑む? 罪悪感を持って無視する? それとも。
「ギム?」
「あれ、シスター?」
うるさい心臓に邪魔されて、その呼びかけはどこか遠くに聞こえた。けれど意識を戻せば彼らが知り合いのように声を掛け合っていると認識した。
アンネはギムと呼び、ギムは。
「し、シスター?」
おうむ返しで聞いた問いにアンネは事もなげに「教会に居るって言わなかったっけ?」と首を傾げた。




