28
俺が王都に来た理由は一つしかない。
王都でも変わらず固いベッドから起き上がり、支度をすると宿を出る。俺の目的はただ一つ、アンネに会うことだ。
学園の近くには、顔が割れている以上近づけない。だから前に言われた教会に行くのがアンネに会うための一番手っ取り早い方法なのだろうが、懸念事項が二つ。
一つは教会の場所を知らないこと。これは聞けば教えてもらえるだろうのでさしたる問題ではない。もうひとつは、アンネが俺が非国民であることをどう思うかだ。
差別するような子ではないだろうが、同じように、しかも言いがかりで差別されている身分としては関わらない方がいいと思われかねない。利発な子だ。けれど、優しさでその不安を抑えて接されるのも俺の望むところではない。
中途半端に嫌な立場を得てしまった。せめて反論材料のための正確な非国民像を手に入れられればいいのだが。
「おい。いつまでこの国に居座る気だ」
「あ?」
会いたい人には会えないのに、会いたくない奴には会ってしまうらしい。
考え事をしながら歩いていたところに不意打ちで声を掛けられて振り返ると、そこに居たのは昨日の奴だった。今日は学校は休みらしい。人通りのある道だ。あたりを見回せば、昨日よりも人通りが多い気がする。時間帯もあるかもしれないが。
その中で偶々会ったという可能性もあるが……様子から見るに、多分こちらの居所を探られたのだろう。でなければ宿近くで声を掛けられるはずがない。ストーカーかよ、というのが素直な感想だ。
「非国民の分際で、学園に入ろうとした不届き者め!」
わざと周りに聞こえるように張られた声。周りがざわつきはじめ、視線が集まる。今泊まっている宿はもう使えないな。ついでに、このあたりの宿は全滅だ。
顔を隠したいけれど都合よく帽子など持っているはずもない。負けた気がするので、たとえ持っていたとしても被らないけれど。
「この国から出ていけ!」
「……わざわざそんなことを言うために、あとをつけてきたのか」
小学生でも、今日日そんなことをするだろうか。思い出はないのでわからないが呆れてモノも言えない。関わりたくはないけれど、逃げたところで王都に居る以上同じことが繰り返されるだけかもしれない。だとすると、アンネには会えない。
周りの様子を伺うと、こちらを見ながら同調している者と、少年にドン引きしている者に別れている。「あれ、エルダン家のお子様よ」とどこかでご婦人の噂する声が聞こえた。顔の知れた金持ちの子どもか。
浅慮なボンボンのガキに、アンネに会うのを邪魔されているのか、俺は。
そう思うと腹が立ってくる。ミグリオも他人のふりができたし、もう我慢する必要などないだろう。
「自分のせいで、自分の株が落ちている自覚はあるか?」
「なんだと?」
「周りの視線に鈍感であっていい年齢をとうに過ぎている自覚は?」
「何が言いたい」
「自身を正当化するために女の子を付け回している、自覚は?」
「っ黙れ、非国民!」
挑発はうまく効いたらしい。これほどまでに操りやすい人種を煽るのなんて容易なことだ。
ただ想定外だったのは、お坊ちゃんが呪文を唱えたことだった。自然魔術の才はないのだろう。端的に放たれた「シェゼード」という単語に、対応するようシャボンを展開する。想定していなかったとはいえ、遅れをとる理由はない。
ついでに、あまり痛くない程度に、魔術で水をぶっかけておく。ちゃんと俺が何をしたのか周りにわかるよう、呪文を唱えて。
濡れ鼠は何が起こったのかすぐには理解できないのだろう。目を見開いてわなわな震えている。これ以上何か言われても迷惑なので、早々に退散する。ここは逃げるが勝ちだ。
「ざまあみろ」
冷静になると非常に大人げないが、四歳だしな。
適当に走って、街を抜けると少し人通りの少ない場所に着いた。店がないわけでも家がないわけでもないが、歩道を歩く人が少なく、どこか建物も古びているような印象だ。トノキアの、下流区域から人を間引いたような雰囲気というか。
王都にもいろいろあるらしい。ため息が漏れるのは、今晩からどこで寝泊まりすればいいか悩みどころだからだ。宿を取ろうにも、あの男に居場所がばれるのは面倒だし、宿側に迷惑が掛かっても困る。
情報を得ようにも当ては元々ない。ミグリオに聞こうにも電報の魔術具は長文には向いていない上、ミグリオからのメッセージが既に紙の大半を占めている。
こんな状況、ため息も漏れようものだ。
「ん?」
再度肩を落として大きく息を吐いていると、どこからか、小さな声が聞こえた。声というか――笑い声?
「あ、気付いた」
クスクスと笑う声は女の子のものだった。音源を探ればその姿はすぐに捉えられる。隠れてはいなかった声の主は、建物と建物の間に居た。人目には着かないように、けれど俺には見えるように。
「お姉さん、すごいね。あの非国民嫌いをやっつけちゃうなんて」
「やっつけてはいない。どこから見てた? というか、お嬢ちゃんはどちら様かな」
あからさまに見ていたことを示唆する言葉。しかもあの坊ちゃんが非国民を嫌っていると知っているらしい様子に少々警戒しつつ、驚きは隠して返答する。お姉さんと呼ばれるのは少し気恥ずかしいところだ。
少女は陰から出てきて、手招きをする。日の下に出るとわかったのは彼女の肌が褐色であるということだった。日焼けではなく天然なのだろう。この国では見たことのない肌の色。
せっかくのお誘いだ。ついて行かない選択肢はないだろう。呼ばれるがままに向かうと、彼女は背を向けて建物の間から更に路地裏に入っていった。後を追って掛けて向かう。陰っているため暗い道の中、夜目の利く目で彼女の足元に靴がないことに気付く。
危なくないのかという心配と、嫌な予感は同時に湧き上がった。
しばらくついて行くと開けた場所に出た。開けてはいるが、雑然とした雰囲気。家とはいえない簡易な建物を模したものやテント。あたりに敷かれた御座や置かれた椅子。人は先ほどまでの道よりもかなり多いが――彼らはそんな場所のいたるところに屯っていた。
いわゆるスラム街というやつなのだろうか。記憶の中にも、曖昧にしかない知識を持ち出して、そう位置づける。
しかし、都市があれば同時に存在しておかしくない場所……なのか。
「ここは非国民とか犯罪者とかばっかだから、財布はきちんとしまっときなよ」
「問題ない」
金目のものは亜空間に放り込んであるので、鞄自体亜空間につなげているだけのダミーだしな。質問もしていないのに答えをくれた少女に端的に返し、あたりを見回す。くたびれた人間が多い中、小奇麗な人もところどころに見かける。
「ここは、この王都で職を失った奴らとか、犯罪者とか、非国民が暮らしてる地域だよ。お姉さんは外の人でしょ? 宿取ってたから金はあるみたいだけど、非国民なんだよね? どっから来たの?」
「どっからだろうな」
「秘密なんだ? まあいいや、私のうち、こっちね」
事態についていけていない中、辛うじて返事をしているだけなのに、少女はトントンと話と足を進めていく。地面にはガラス片などもあるので靴がないことを気にしつつ、ついて行くのがやっとだ。
年齢は、カーリャと同じくらいか。それにしてはずいぶんとしっかりしているように感じる。ときどき、走り回る子どもたちに声を掛けられ返事をする姿はお姉さんのようだ。
「お嬢ちゃんは非国民なのか?」
「その呼び方、やめて。私はソフィ。見ての通りこの国の人じゃないからね。親が他国からの流れ者でこの通り」
「はあ」
脱国者は非国民になると。不法入国が犯罪だという意識はあるので理解できるが。
途中、よそ者だからか見た目のせいかじろじろと見られながら歩く。ソフィの家は入口からほど離れたところにあるので、街中を通らなければならないのだ。ソフィは顔が広いようで、子ども以外にもいろんな人に挨拶をし、返されている。
「お姉さんは、お金持ちなのになんで非国民だってばれたの?」
「なんで……か。理由を問われると、多分、自分が非国民だって知らなかったからかな」
身なりがきちんとしていれば、普通非国民を疑われることはないのか。王都までは順調に来られたので、多分そうなのだろうとあたりを付けつつ、適当な説明をする。山奥に暮らしていたから非国民というものの存在さえ知らなかったと言うと、いかにも胡散臭いものを見る目をされたが。本当のことしか言っていないのに。
本当のことを言ったのは、非国民が何かを教えてもらうためだ。
到着したソフィの家に入って座るとお茶が出される。他の家同様雨風を辛うじてしのげる程度の家は、木でできている。隙間風は入るけれど、ここに住んでいるのだろう。女の子一人で。
明らかに一人用の家を見回していると、察したように彼女は「ここには私しか居ないよ」と言った。先ほどの話に出てきた親のことを聞くのは野暮というものだろう。
「ソフィは、なんで私に声をかけたんだ? 見ず知らずの他人を招いたり匿ったりするほど裕福な生活をしているようには思えないけど」
「興味だよ。あの坊ちゃん、ここでも有名なんだ。非国民蔑視が激しくて」
「そんなになのか」
子どもなのに有名になるほどに声高々に非国民嫌いを謳っているとなると、よほどのものだ。
「だから、正直お姉さんのやったこと見てスカッとした」
「そりゃよかった」
「まあ、なんか困ってるみたいだから、助けたらお礼とか貰えるかなって考えもあったけどね」
「……そりゃよかった」
困っているのも事実だし、謝礼についてもやぶさかではない。打算なしに近づかれるよりも、わかりやすくていい。
では何に困っているのかだが、真剣に非国民とは何かについて問うとソフィは、本気にしていなかったようで驚いた顔を一度したのち、教えてくれた。
簡単に言うならば、非国民とは国民登録のないものを言う。
国民登録とはこの国でいう戸籍のようなもので、役所に届け出て得るものらしい。それだけ聞くと普通だが、定められている以上の犯罪をすると国民登録が抹消され、その後は釈放され改心しても再登録ができない。犯罪者や非国民の子どもは国民登録ができない。また、登録に金がかかるので、貧民層は国民となれない――のだそうだ。
そして、他国から流れてきた者も、国民登録ができない。元の国の許可証があれば登録の異動はできるが、許可が下りることはほとんどないらしい。
生後一年以内に登録ができなければその後は一生できないため、一度非国民になるとその後は末代まで非国民なのだとか。
「国民登録がある者が登録証を奪われて、非国民に落ちることもあるね」
「は? それは、犯罪じゃないのか?」
「知られなければ罪には問えないってね」
個人識別などの方法は確立されていないのだろうか。もしくは方法はあれど行使しきれていないのか……。
ともかく、まだ完全に理解できていないが、かなり制度の整っていた世界から来た俺には信じられない状況である。現代に比べれば歴史が追い付いていないような状況故仕方ないか?
「非国民だからって捕らえられることはないのか? 犯罪者も居るんだろ?」
「罪を犯せば捕まるけど、国にだって全員を捕らえておくだけの場所も金もないだろうからね。お姉さんみたいな訳ありでお金持ちの非国民だって居るし」
「……なるほど」
「理解した?」
「いや」
理解も納得もできない。
ここはそういうバランスで成り立っているのだろう。よそ者の俺に口出しできることなどないし、そんな義理もない。四歳だからもう登録できないので、ここでは一生非国民ということになるのか。する気もないが。
それはそれとして、理解も納得もできなかった。だって、おかしいだろう。
親の不都合で生まれてきた子どもは、生まれた直後に非国民の烙印を押され、その後挽回ができない? 金がないと国民として最初から認められない?
つまりソフィも、ここに来るまでに見かけた子どもたちもみんな、本人に悪いところはないわけじゃないか。
落ち度はないのに、しょうもない金持ちのガキに謗られ虐げられているということじゃないか。
「……ソフィは、国民として認められたいとは思わないのか?」
「私は、別に。そういう連中も確かに居るよ。働いて金を稼ごうとか、社会に貢献して国民登録をさせてもらおうとか。でも、無駄だもん」
肩を竦め、初めから全部諦めているような顔をしてソフィはため息を吐いた。
「どう足掻いたって非国民は非国民。知られた時点で働かせてももらえないんだから、当然でしょ。だったら、無駄な努力よりその日をどうやって生きるか考える方が有意義だし」
金持ちの非国民を助けてやったりね、と続けられたのは感情を隠すためかもしれない。表情がよく見えないように顔を逸らしているソフィに、自然に眉間に皺が寄るのを感じる。気分が悪いと思う。
非国民だから、働かせてももらえない。
思い出すのはここに来る前に出会った魔術師の野盗のことだ。村人は彼を非国民ではないかと言っていた。つまり、才能ある魔術師でも非国民であるだけで働き口もなく、野盗になるしかないということ。
「何、もしかしてお姉さんも国民として認められたいと思うの? やめなよ、無駄だし、あの坊ちゃんの仲間になるなんて反吐が出るでしょ」
「……そうだな」
俺は確かにそうだけれど。
納得していないのが伝わったのだろう。ソフィは聞こえるように大きなため息を吐いて、指を小屋の外に向けた。
「気になるなら、ここに来る途中にあった広場に行ってきなよ。あそこには、国民になりたいバカがよく集まってるから」
呆れるような目は、どこか慣れている風だった。




