27
列車の旅は二日かかった。途中休憩を挟んだり、金持ち用の輸送車だから食事もついていて部屋も豪華だったりするけれど、それでも体にいいものではないと思う。
列車から降りて、久々の王都にして初めての王都の駅で大きく伸びをする。体が凝り固まってしまった。痛みはないし、疲れも精神的なもの以外は、この程度ならばさっさと回復するけれど。
ミグリオも同じで、こちらは体が俺のように特殊仕様なわけではないので俺以上に疲れている。ぱきぱきと背骨を鳴らしながら体を伸ばす。
「これからどうする? どこかで一旦休憩するか?」
魔力の提供は一日目の時点で終わっているので、回復は終わっているだろう。しかし体は疲れている状態だ。受験で何をするのかは知らないが、万全の状態で挑むならば休息が必要だろう。……ところで、ミグリオが勉強をしているところは見たことがないのだが、筆記試験はないのだろうか。それとも、知識は既に一人前なのか。
「いや、早く行きたい」
俺の問いに、ミグリオは疲れなど微塵も感じさせない顔で答えた。待ち遠しくて、挑みたくて仕方のない顔。眉を下げて笑っていた時が嘘のように、自信満々だ。受けられれば勝ったも同然だと思っているのか。ここからが勝負だと勝手に思っていたが、受験の仕組みを俺は知らない。
ミグリオがその気ならば、止める理由もない。さっさと行こうと声を掛けて駅から出る。
駅は、前回は来たことのないところにあった。見覚えのない地点だ。トノキアと同じならば、王都の中心部にありそうだが、『王都』というくらいだ。中心は城かもしれない。
そういや前回は城見てないな。今回は自由な観光だし、それも見てみたい。
さて俺は、そんな風にミグリオが歩み出すのを待っていた。なぜなら俺は学園の場所を知らないからだ。受験の方法も、直接学園に行けば受けさせてもらえるのかも知らない。
なので待っていたのだが、ミグリオは歩を進めなかった。何をもたもたしているんだと見上げると、ミグリオは困った顔でこちらを見下ろした。当然目が合う。
「リリア……学園がどっちかわからないか?」
「……駅員さんに聞いて来い」
田舎者丸出しだった。大丈夫かな、こいつ。
と、心配しつつも駅員さんに親切に教えられて到着した学園は、それはそれは大きなものだった。
見上げると、背の高い建物。見渡すと塀の端が見えないくらいに広い敷地。地方出身者のために寮もあるそうだから、その分の広さもあるのだろう。全面を塀で囲まれているのは、とはいえ現代の学校も全面フェンスで囲われたりしていたから不自然ではない。危険がないようにってことだ。
門の傍には事務所のような建物がある。そこで、受験に来たことを伝えるのだろう。守衛室にもなっているのか、警備員のような人がその外に立っている。門自体は、今はちょうど下校の時間なのか開いている。ちらほらと、学生らしき子どもたちの姿も見える。
こんなところで、つまりはまあ、ミグリオとはお別れの時間がやってきたわけだ。王都に居る以上また会うこともあるかもしれないので、今生の別れのような感動的な別れのシーンは演出しないが、一か月近く一緒に居たのだから、多少の感慨はある。ミグリオの方は未来ばかり見ていて、あまり感じていないようだが。
「じゃあ、私はここまでだな。受験頑張れよ」
建物を見上げて目を輝かせているところに、肩を叩いて声を掛ける。一瞬、ミグリオは俺が何を言っているのかわからない顔をした。次にはわかったように目を見開いて「そうだった」と忘れていたことが一言でわかる言葉を漏らした。
「なんか、寂しくなるな」
「うそつけ、私のことなんて忘れてたくせに」
「居るのが当たり前になってたからだ」
「まあ、もう会えないわけでもないしな」
カーリャではないので、そんな気障な言葉をかけられたところでときめかない。ここの男たちは、俺の思う男子よりも些か感情に素直だなあと、自分との性質の違いに感心する。俺もこのくらい気障でなければ……の以前に、女子なのだけれど。
「もし落ちたら、村まで送ってやるから言えよ」
「不吉なことを言うなよ!」
しめっぽいのは苦手だ。ミグリオの本気で嫌そうなツッコミに笑いながら、適当な「またな」を先に繰り出して離れようとしたのだが、それはひとつの大きな声によって遮られた。
「貴様!」
とは、怨敵を見つけたような声色で、しかしそれにしては普通耳にしない単語だ。日常生活で「貴様」と言われたことなど、記憶がなくとも前の生ではなかったことだろうとわかるし、ここに来てからもまずない。そもそも、交友関係がそんなに広くない。
しかし、そんな人間関係の中突如向けられた悪感情を孕んだ声の主。こちらに向けられた声に思わず振り向くと、視線がかち合ったことで間違いなく俺へ向けた言葉だとわかる。見覚えは、あるようなないような顔だ。
「知り合いか?」
前に立つミグリオが少々の警戒心を持って小声で聞いてくる。
全く覚えてはいないが、王都に居る俺を知っている相手で考えれば想像はつく。まさか、覚えられているとは思わなかったが。印象に残る美少女だし仕方ないといえば仕方ないのか。
「会ったことはあるみたいだが、知り合いではない。前に、女の子に絡んでいるところを邪魔したのを根に持っているらしい」
しゃべり口調で田舎者だと罵られたところまでは思い出したので、多少しゃべり方を丁寧に変えてみる。どうしても、身近な例がカロンなので、それに寄ってしまうのは気分のよくないところだ。
しかし、一年も前に一瞬会っただけだというのに、よく覚えているし、よく感情が持続していると思う。忘れていてしかるべきだろうに。
ざわざわと、下校途中の学生がこちらを見ながら噂しているのが聞こえる。校門の前で騒いでいれば、注目の的になるのは当然だ。守衛が止めてくれればいいのだが、目の前の男が偉い人の子ども――とアンネに聞いた気がする――だからか、何もないうちからは止めに入らないようだ。
状況は良くない。俺はいいが、ミグリオはこれからの受験に影響が出かねないのだ。無視して俺だけ去ってもいいが、後からミグリオに敵意が向かないとも限らない。
誰か止めに入ってくれよ。とあたりを見回していると、駆けるようにして一人の男性がやってきた。
「何をしている? ここは学園の前だぞ」
声を掛けられると、こちらに向けられていた意識が大人の人に向き、少年は怯んだように顔を背けた。自分が対外的に良くないことをしている自覚はあったらしい。大人の男性は……教師か何かだろうか。
「話を聞くので、こちらに来なさい。きみたちも」
教師は指さして事務室へ誘導する。理性的な人もちゃんといるのだと安心しつつ、ついて行く。ミグリオも、こちらを見て困ったように首を傾げながら来てくれた。無関係とはいえないので仕方ない。
しかし、おとなしくついて行く俺たちに対して反対したのは例の少年だった。
「先生! このような田舎者どもを学園に招くというのですか、この女は、親無しの非国民を庇ったのですよ!」
「それも含めて、話を聞かせてもらうから」
窘めるように言う教師に食って掛かるのは、親が偉いという過信があるからだろう。親の顔が見てみたいけれど、まともな親ならばアレが子で可哀想なことだ。
しかし、それよりも発せられた単語が気にかかった。
「非国民……?」
先日も聞いた単語。話の流れからして、アンネのことを言っているのだろうが、アンネはこの学園に通っている少女だ。国民ではあるだろうし、政治思想に反抗するような子ではない。学園に通うことを受け入れ、恩恵を受けている。きっと単語が俺の思う意味とは別の意味で使われているのだろうが。
「リリア」
呟いた声が拾われていたのかわからない。ただ不意に引かれた袖に振り返ると、ミグリオはどこか真剣な面差しでこちらを見ていた。
「俺と母さんにくれた、魔術具はまだ残ってるか?」
「? あるけど」
「一対くれないか」
「今?」
突然のお願いに首を傾げる。このタイミングで何故とは思うが、考えなしに場に合わない提案をするような奴ではない。
鞄から一対取り出して渡せば、一枚は返される。それは予想の範囲内だったので、おとなしく受け取った。これで俺とミグリオを繋ぐ通信魔術具が揃ったわけだ。
受け取ると同時に声を掛けられ、既に半分事務所に入っているこの学園の教師の後を追う。俺は入る気はなかったが、ミグリオもこんな形で中に入るつもりはなかっただろう。
中は、一般的な学校の事務室と似ていた。パソコンなどはない。紙とペンは乱雑に置かれていて、職場が暇ではないことは見て取れる。絨毯を土足で踏んで入れば椅子を薦められた。
「それで、きみたちはここへは何をしに来た?」
「俺は、ここを受験しに来ました」
ミグリオが即答したのを見て、ほうと教師が頷く。そしてこちらに視線をずらし「きみは?」と問うように言葉を待った。
教師の隣で睨んでいる少年を見る限り、ミグリオとはあまり親しいと思われない方がよさそうだ。ただでさえ田舎者なのに、ミグリオがいじめられでもしたら困る。
「私は、別件で王都まで。彼とは道中知り合ったので同行していただけです」
女性の一人旅は危険ですので、と我ながらうすら寒い嘘を吐く。
矛盾はないそれぞれの答えに、しかし教師は考えるようなしぐさをした。一年前のことを教師に告げ口するチャンスなので、俺といじめっ子の少年の関係をすぐに聞いてくれて構わないのだが。
「きみも魔術師ではないのか? きみは、受験する気はないのかい?」
「へ?」
想定外の質問に焦る。なぜ魔術師だとばれたのかといえば、ある程度魔力を扱えるなら相手が魔術師なことくらいわかるからだろうけれど。わざわざ聞いてくるということは、俺の方がミグリオよりも魔力量が多いことがわかったのだろうか。そのくらいならば、俺でもわかるので不思議はない。
ただ、虹色がばれていたとしたら面倒だ。警戒心を強めていると、教師は顔を緩めた。こちらの警戒心を解こうとしているのが見て取れる。
「ああ、すまない。強い魔力を持っているように見えたからな」
「いえ。こちらこそ。少し驚いただけですので」
どうやら前者のみだったようだ。安堵の息を隠す。
「先生! このような得体のしれない者を学園に入れる気だというのですか、この者も非国民かもしれないのですよ!?」
対して少年の方は声を荒げずにはいられなかったらしい。椅子を倒して立ち上がると、つかみかからん勢いで怒鳴った。俺の方を睨んで敵意を向けるのは忘れないで。
こちらとしては、入学する気はないのだが。何を教えられるのかは知らないが、人間離れした能力を隠して通う自信など俺にはない。それに、師匠なるものが仮にも居るので。
「はあ。すまないが、彼に国民登録証を見せてやってくれ。それで気が済む……かはわからないが」
教師が自信なさそうに言うのは、ここに通っているアンネのような子にも難癖をつけるような問題児が相手だからだろう。
さて、と、俺は焦った。首から紐を取り出し、ネックレスになったコインのようなものを見せるミグリオを横目に「あれが国民登録証かあ」という感想を抱く意外、今の俺にできる行動がないからだ。
国民登録証なるものを俺は持っていない。そして非国民というのが言葉そのまま、登録を行っていない者を指すのだとこの場で初めて知った。
動きを止めた俺に、三人及び事務室内に居た人間の視線が刺さる。糾弾されるのだろうか。非国民だと罵られるだろうか。見ず知らずの相手に責められるのも気分はよくないし、ミグリオに蔑視されるのも――きつい。
「お嬢さん?」
「ええと、あはは。どうやら私は、国民ではないそうです」
適当な笑顔で誤魔化そうとするのは、当然のように無理だった。
次の瞬間には事務室から追い出されて、ドアが閉じられる。閉まる間際、扉の隙間からミグリオの顔が見えた。
「……ふむ」
何と言って差別され罵倒されるのかと思ったが、そしてもしかすると捕らえられるのかと心配もしたのだが、まさかの追い出すだけ。
思わぬ対処に首を傾げる。国民であるためには登録が必要で、登録されていない者は放置? 捕縛さえされず追い立てられずそのへんに追い出すだけ? 正確な“非国民”の意味を知らなければ、この対応は理解できない。
「どうすっかな」
取り敢えず、国民登録証を見せずとも宿は取れるし、売買もできる。適当に隠していれば、王都に留まるのは難しいことではあるまい。何も理解しないままでいるのは気分が悪いので、非国民とやらについて調べてみた方がよさそうだ。
問題は、国民ならば皆知っているようなことを、どう調べるかだけれど。
その日の夜、王都の学園から少し離れたところで取った宿で休んでいると例の紙が淡く光った。
『俺は、リリアが何でも友達だと思っている。俺には俺の夢があるから、助けには行けないけれど。これは嘘じゃない』
現れた言葉に苦笑が漏れる。追い出されたときの耐えるような顔で伝わってるよ。というか、これを受け渡しした時点で俺が非国民であることを知ってたんじゃないか。
つっこみたいことはいろいろあったけれど、一言『わかってるよ』とだけ返事を送った。




