26
トノキアに到着したのは、予定通りの日になった。商人一座とは次回の縁を約束して別れ、再び二人に戻る。
トノキアで一日休んで、明日には列車での移動になる。因みに列車は、半分は蒸気機関で半分は魔力機関で進むそうだ。魔力にばかり頼っているところを突っ込むべきか、魔術のある世界でもそれ以外の技術も一応進んでいくんだなと感心すべきか微妙なところである。
先に列車の切符を買っておこうということで、まずは駅に向かった。
トノキアの町は、発展はしているが、王都に比べると些か華やかさに欠けるイメージがあった。駅は町の中心にあって、多分町の中心に向かうにつれて富裕層が多くなっているのだと思う。だいぶ街中まで馬車で来たから、あまりちゃんとは見ていないが、街の外に近いほどくたびれた格好の人が多かったように感じる。
代わって駅付近はきらびやかなドレスを着た女性や体型にあったスーツを着た男性が多く見える。駅舎は広く、建物自体に装飾が施されて絢爛と言った風だ。ただ、やはりお高いからか人は多くない。現代を知っている俺からすれば当然かもしれないが。
駅の中に入ると、窓口に向かう。券売機などもちろんない。
「すみません」
声を掛けると、駅員さんは「はい」と応対しつつも訝しそうな目をこちらに向けた。態度が悪いと一瞬で印象付ける返答に、思わずむっとする。しかし、そんなことで腹を立てていても仕方ない。
「二名、明日の列車に乗りたいのですが」
あくまでにこやかに用件を伝えると、駅員は更に疑るような顔をした。何か、おかしなところでもあるのだろうか。さすがにミグリオも列車に乗ったことはないので切符の買い方は知らない。けれど、知らないならば人に聞くのが一番手っ取り早いのは、どの文化でも同じはず。
「田舎から出てきたばかりで席の購入方法がわからないのですが、別の場所に伺いに行った方がいいですか?」
「……いえ」
言葉の意図を組むのが苦手なのかもしれないと、かみ砕いて用件を伝えればようやく駅員はまともな返事を返した。それでも、視線はなおも胡乱なものを見る目だ。
「どちらまで?」
「王都まで」
「……先払いになりますが、よろしいですか?」
金額を提示する前に、駅員は問う。それは当たり前だと思っていたので間髪入れずに頷いたのだが、そこで初めて思考が引っかかった。それから金額の提示をされて「今お支払いになりますか?」と問われて、再度。
別に、この世界では切符の事前購入がそこまで珍しいものなわけではない。実は窓口に来る前に、一度他の客が購入している様子を見ている。やや敏感な聴覚で得たのは、本当は最初の一言で駅員がこちらの意図を組んでくれるということだ。
なのになぜ、ここまで怪しまれているのか。そんなもの、見た目でナメられているに決まっていた。その証拠に、提示された金額を即金で払うと目を見開いて驚かれた。
思い立ってようやく気付いた。俺は容姿は人形のように美しいとはいえメイドのような質素な服を着ていて、ミグリオはそれ以上、そのへんの村人丸出しの恰好をしているのだ。しかも、双方がある程度成長しているとはいえ若い。現代日本ならば子どもと呼ばれる外見年齢だ。
そんな二人組が、一人有用なメール魔術具五つくらい買える値段の切符の金をポンと出せるなんて、普通思わない。疑って当然であった。冷やかしかと思えば、最初の態度もうなずける。
さすがに金を出されてまで同じ態度を貫くわけにはいかなかったのだろう。すぐに態度を改め仕事を再開した駅員には、心中でのみ苦笑しておいた。一応「失礼しました」と言われたので。
「一応、形式としてお伺いしているのですが。王都へは何をしに?」
「魔術学園の受験に」
「魔術師の方々でしたか」
それで再度納得したらしい駅員は、用紙に簡単に記入をしていく。名前とどこから来たかなど聞かれたが、別に裏を取る術もないだろうし、ミグリオに当てはまる答えを俺が返す。ミグリオは、すべて俺に任せるつもりなようで口を挟んではこない。
いくつか質問を終えると、駅員はタイプライターのようなもので切符を作っていく。慣れているのだろう、その途中で「そうだ」と彼はこちらを向いた。タイプライターのブラインドタッチというわけではなく、手は止めているが。
「魔術師の方なら、列車運行の魔力を提供していただければ少々お安くなりますが」
止めた手は、そのまま台の下の方に置いてあった板を取り出しこちらに差し出してくる。板には魔力の量と割引額が示されている。量を数字で表されてもどの程度かはわからないが、割引は結構大きい。
「ミグリオはどうする?」
振り返って待機に徹しているミグリオに問うと、悩ましそうな顔をされた。駅員は、そそくさとビーカーを取り出してきて、これが二十パーセント引きの量ですねなどと説明してくれた。案外、普通にしていれば商売上手なのかもしれない。
いっぱいで八時間分くらい入る水時計を目安にして、二十パーセントで二時間分くらいか、と少し恋しさを感じるマイベッドを思い出す。表では比例して増えているので、八時間で八十パーセント引きか。結構余裕だ。
「リリアはどうする?」
「私はしない」
ただ、ミグリオからの質問には即答でノーを返した。金に困っているわけでもないし、何よりも怒られるからな。
私の答えを聞いてしばし悩んだミグリオは、最終的に二割引き分の魔力提供をすることにした。金持ちしか乗らないような車内で魔力を使うことになるなんてないだろうし、何より金銭面に余裕があるのは私の持ち込み薬草のおかげだから、だそうだ。気にしなくてもいいのにとは思うが、顔を立てて言わないでおいた。
切符を取ると、中心部である駅から少し離れた宿に入る。駅の近くにもホテルのような宿泊施設があったが、逆に落ち着かないので宿泊する宿の選択肢からは最初から外していた。少しの後悔をしたのは、手ごろな宿に入るまでに二回程絡まれたからだった。
中心部から下ってきた二人組の子どもだ。カモにするにはちょうどいいだろう。俺でもわかる。まあその目算は外れたんだが。
やはり中心部と郊外ではそこそこ貧富差がある。仕方ないことだとは思うけれど、あまり見ていて気分のいいものではない。
この世界全体がこうなのだろうか。それとも、オースグラットが特別? こうなると、他の国の事情も気になってくる。
アンネに会った後は世界を旅してみてもいいかもしれない。一緒に行きませんかと誘えるような仲になれたらいい――というのは、あまりにも夢を見すぎか。遠く離れても魔法があるのでいつでも会いには帰れるけれど。
……なんというか、冷静になると我ながら、ストーカー気質なのだろうかと不安になってきた。再会して、向こうにまったくその気がなかったらどうしよう。
「リリア? まだか?」
と、悶々としていると不意打ちのように扉が開かれた。寝るでもないのにわざわざ鍵などかけない。この世界でも、ノックは一般的で、常識だからだ。
だから一般常識もなく開かれた扉に、聞きなれた声であるせいで普通に返事をした俺は、ミグリオと対面した。裸で。
町に出るのに少しマシな格好をしていこうと、嫌々、本当にしぶしぶカロンのクローゼットから一番マシな服を取り出してきて着替えようとしていた俺と、扉を開けたミグリオ。
いわゆる、初日に懸念したラッキースケベが発生したわけだった。
まあ、俺は心は男だし見られることを恥じるような体をしてはいない。そして裸といってもきちんと女性用の下着は上下とも身に着けている。魔力で形作られたそれは、もはやそれだけで事足りる衣服といってもいいと思う。ゲームの女キャラとかって、結構露出が激しいし。
なので俺は平気だったのだが。
「わ、わるい!」
さすがのミグリオも、年頃の異性の裸には気圧されるらしかった。勢いよく閉じられた扉を見つめながら、感心の息だけが無意識に漏れた。
深い緑色のワンピースを着て並び立つと、ミグリオが普段よりいっそう田舎っぽく見える。ひらひらふわふわしたのは嫌だと言ったら用意された丈の長いワンピースは、中身はともかく清楚なお嬢さんに見えるからな。
「ミグリオも一着くらい、上等に見える服を買っておくか? 見た目でナメられるのは、きっと王都に行っても同じだろうし」
可愛い女の子を差別する奴がいるのだ。田舎者など、バカにされてもおかしくない。
未だ気まずそうにして、目をあわせてこないミグリオに提案だけしてさっさと歩を進める。向かうは駅方面だ。上等な服を買うのだから、行先も当然そうなる。
下った方面は、また後でだ。
「リリア、リリア? ここに入るのか?」
「そうだよ。何ビビってんだよ」
小洒落た洋服屋の入口で、尻込みするミグリオを押して中に入る。たぶん通常ならば田舎者の少年など手の届かないような値段のものしか置いていない店なので、仕方ないといえば仕方ないだろう。
中に入ると店員が即座に歩み寄ってきて、にこりと営業スマイルを見せた。少し窺うような視線なのは、ミグリオの恰好が原因だろう。俺は今着飾った美少女だし。
「いらっしゃいませ、何をお求めですか?」
矢継ぎ早にそれを聞くのは、あまり感じが良くはないなあ。感想は胸の内に留めておいて、こちらも負けじと笑む。
「彼に似合う服装を見つくろってもらえますか? 魔術学園の受験に行くので、それに合うように」
事前にこちらの情報を出して偏見を持たせない作戦――逆に偏見を持たせる作戦ともいえるか――は功を奏したようで、店員の男性は「かしこまりました」と居住まいを正すと早速と店の奥の方へ引っ込んで行った。
隣でおろおろとしているミグリオは、魔物には強気でもこういうところでは強くないようだ。男の子らしさが出ていて、個人的には好ましいけれど。
すぐにいくつかの服を持ってきた店員は、服の生地や、使い勝手について説明してくる。上等なものであるのは前提として、耐久力や動きやすさの話をしてくるあたりこちらの求めているものがわかるプロだ。といっても、詳しく説明されたところでちんぷんかんぷんだが。破れなければ構わないだろうに。
同じ考えらしいミグリオが、流れるようにされる説明に目を回しはじめた頃に試着室に案内される。着てみればわかりますよとは自信満々だ。
解放されていない、普通の個室の試着室にミグリオが向かえば、俺は一人になる。いくらスーツなどに比べればカジュアルな衣服のあるタイプの店とはいえ、さすがに一人だと居心地が悪い。飾ってある衣装をぼうっと眺めていると「あの……」と控えめな声がかかった。
見れば、先ほどの店員とは別の店員さんがおずおずと話しかけている。接客といった雰囲気ではないそれに首を傾げる。とても、営業をしようとしている話しかけ方ではない。
反応をした俺に、店員さんは「お客様に対して大変不躾なのですが」と前置いて言った。
「そちらのお洋服は、どこでお求めになられたのでしょうか? とても、見たこともないような素晴らしい生地でいらっしゃるので……」
「え、ええっと」
どもった理由はふたつ。一つはどこでお求めになったかというと、求めてないのに生地から魔女が作ったからとしか答えられないということ。もう一つはあのオッサン、こんなところにも罠をしかけてやがったのかと悪態を吐きたい心を隠しながら、それっぽい返事を返さなければならないことだ。
「……も、もらい物なのでわかりません」
実際には家の近くにいる蜘蛛にしては硬質な魔物の吐く糸だとか、妖精っぽい見た目の魔物の作る繭だとか、アルパカと羊の間くらいのもふもふ魔物の毛を使っていることは知っているのだが、正確なことはわからないので嘘は吐いていない。
肩を落として「失礼しました」と去っていく店員さんに、俺は心中ごめんと謝った。
結局ミグリオの服は一式そこで揃えて退散した。上流区域にはこれ以上の用事はないので、続いて下流区域に向かう。宿のある中流区域は、宿に戻る前に通るので最後でいいだろう。食事の場所も探さないとだし。
時間も十分にあるわけではないので、早足で下流区域に行くと、馬車から見えた通り、やはりさびれた印象を受けた。
人は、少なくない。寧ろそのあたりを歩いている人は上流区域よりも多いくらいだ。一度宿に寄って来なかったのは失敗したなと思ったのは、じろじろと見られることが多いからだ。多分、服装で異端者だと見られているのだろう。
最初に宿を探していたときのように絡まれたりしないのは、このあたりの人の方が警戒心が強いのだろう。こちらに対し怪しむような視線を向けている人が多いように感じるし、距離を取られている。
洋服屋などはほとんどないし、飲食店も多くない。ところどころには見当たるが、それも流行っているようには見えない。
あまり、この恰好で見回って歓迎されるような場所じゃないな。
「宿に戻るか」
「もういいのか?」
「うん」
この世界がどういう事情で動いているのかなんて知らないし、ただ、好奇心で見に来ただけだ。あまり周りを不快にさせないうちにと、踵を返して宿に向かう。
「こういうのを見ると、あまり気分は良くないな」
どこも村のように一つ村が家族のようであればいいのにと、夢のようなことをいうミグリオには返事をせずに。
そうだなと適当な同意を返すほど大人ではないし、本心で同意できるほど、俺は子どもでもないらしい。まあ、四歳なんだけれど。
中流区域に戻ると適当に食事処を見つけ、おいしくもまずくもない夕食を食べて宿に戻った。その夜、明日の打ち合わせをするために俺の部屋に集合したのだが、ここに来て、ミグリオはようやくノックを覚えたのだった。




