25
一行は次の日に出発した。出発する前は晴れていたが、あいにくとその天気は昼前から崩れ始め、昼食の時間帯にはぽつぽつと雨が降り始めた。
これから四日掛けてトノキアの町まで行くと言うのに、幸先が悪い。昼食は幌で守られている荷台で揃って食べる。といっても護衛は順番に見張りだ。二人は外で周りを見ておいて、ひとりずつ昼食と休憩。
「リリアちゃんは、王宮魔術師になる気はないのかい?」
合羽を被ってあたりに注意している中、フェイゼルさんから声がかかる。仕事中ではあるが、雑談くらいはしても構わないだろう。そこまで気を張り続けていると、疲れて本番で動けないかもしれないし。
「まあ、そうですね。私にはきっと向いていないので」
城勤めなんて、そんな責任や立場が必要な仕事俺にはできないだろう。というのも、まああるが。本当はひとところに長い期間居られないので、という理由が大きい。
就職なんてして、勤続何年経っても姿が変わらないことが知られれば必然的に人間とは素の違う体であることが知られてしまう。五年そこらならば誤魔化せるかもしれないが、十年単位になると無理が出てくるだろう。人間にも長命種が居るならば別だが、今のところ聞いたことがない。
「そうなのか、もったいない。きみ……ミグリオくんよりも強いだろう?」
途中から、声を潜めてフェイゼルさんは言った。目を瞬く。まだ戦うところなど見せてもないし、見た目でいえばこの体でもまったく戦えるようには見えない。筋肉とかないし。なぜそう思ったのかと言葉に返せないでいる俺に、フェイゼルさんは助け舟を出すように言葉を続けてくれた。
「魔術師の強さって、なんとなく見たらわかるんだよ」
「……魔力量がわかるってこと、ですかね」
ミグリオでも魔物の魔力をみつけたり相手の魔力量を測ったりするのはまだできないし、俺でも得意なことではないのだけれど。年の功や、戦闘経験の差だったりするのだろうか。魔物を相手に戦うこともあるならば、感覚でわかってもおかしくないのか?
質問にフェイゼルさんは「なんとなくだから、よくはわからない」と返してくる。
「うーん。魔力量の話をすれば、確かに私の方が多いです。圧倒的です」
「はっきり言うね」
「誤魔化しても仕方ないレベルなので」
もしも比べる余地がある差ならば、あの村は魔物に襲われているか、魔物から避けられているかどちらかだろうし。あと、カロンあたりがミグリオの存在を知っていたと思う。
「魔力量はきみの方が多い。でも、ミグリオくんの方が強い……ってリリアちゃんは言いたいのかな」
「いやー。それも微妙ですね」
普通に喧嘩すれば俺に負ける要素はないと思う。だからって俺の方が強いとは、なぜか思えないから肯定も否定もできないで首を傾げるばかりになる。
なんというか、いうなればミグリオは主人公気質なのだ。才能もあって、伸びしろもあって、夢もある。行動力も決断力もある明るい男。
対して俺にあるのは化け物じみた力と人間とは少々異なる体と前の生の記憶……記憶というか、知識か。それも、大したことない。
だから、俺の方が強いとは返しにくいのだ。なんだろう、ずるをしている負い目というか。
そんな感覚的なことを言われてもきっとわからないだろうので、ただただ、ウンウンと唸っているだけの俺にフェイゼルさんは苦笑して、まあいいやと話を切り上げてくれた。
「でも、王宮魔術師になる気も学園に入る気もないなら、リリアちゃんは王都へ行ってどうするんだい?」
「人に会いに行くんですけど」
あれ、言わなかったっけ? これまでの会話を思い返してみるが、聞かれていれば同じように答えているはずだ。そして、あの酒の席でこちらの事情は話してあるので、フェイゼルさんも知っていたと思うが。
「じゃなくて。会って、それからどうするのかと思って」
「それから?」
アンネに会って、それから。会うのにまず時間がかかるかもしれないし、会ってすぐにサヨナラはしたくないので、できれば定期的に会える口実を作りたい。
考えていることはいろいろあるけれど……どうするのかと改めて聞かれれば、困る。
よくよく考えれば“アンネに会いたい”は前提として、それ以外のことは特に考えていない。そのまま家に帰るのは、さすがに早すぎて旅ではなくお使いになってしまう。
取り敢えず働く……?
雇い手は居ると思うけれどと考えていると、ばっとフェイゼルさんが立ち上がった。驚いて見上げると真面目そうな顔をしている。
「リリアちゃん、魔物だ」
「えっ?」
剣を抜くフェイゼルさんに言われ、初めてあたりに魔物の魔力が感じられた。そこでようやく、注意が散っていたことに気付いた。
いや、しかし、それにしても魔物の魔力に気付かないなんて不自然ではないか? さすがに、少しの考え事のために魔物の出現にさえ気づけないようなことはない。誰の弟子だと思っている。
それと、おかしなことは他にもある。
魔物の魔力は感じられるのに、姿かたちがまったく見えないのだ。気配もあたりに散っていて実体が読めないし。
「雨の魔物だ。旅人に幻影を見せ気力を吸い取るとされている」
フェイゼルさんは迅速に幌の中の他の面子に連絡を入れに行く。ミグリオがすぐに出てきて、こちらに向かってきた。
雨の魔物。魔物図鑑には載っていなかったように思うが、俺が覚えていないだけだろうか。
「リリア」
「ミグリオ。雨の魔物だって、フェイゼルさんが言ってたけど……知ってるか?」
「ああ、村のはずれにも何度が出たことがある。対処法は、雨の魔物が居る場所から逃げることなんだけど……」
「この大雨で進むのは、ちょっと大変そうだな」
先ほどまで小雨だったにも関わらず、既にこの先ぬかるみが続き馬も御者も前が見えなさそうな大雨になっている。これも雨の魔物のせいだろう。対処法が、他に何かあればいいのだが。実体が見つからなければ倒しようもない。
「前の、ストンイーターにした威圧みたいな攻撃はできないのか?」
「は」
想定外の質問に、素頓狂な声が漏れた。
だって、まさかアレを持ち出されるとは思いもよらなかった。説明という名の言いくるめ以降、俺の魔力に関する話はほとんどしてこなかった。ミグリオだって仮にもプライドある男の子で、魔術師だから、あまり触れたくないのだと思っていたのだが。若しくは、自分の異常を自覚する俺に気遣って。
「俺が倒せればいいけど、方法が思いつかない。今回は早くて正確な対応が必要だと思うんだ。リリアの力でどうにかならないか?」
しかし、場合によってその限りでないのか、それとも普通に気にしていなかっただけなのか、どうなんだとミグリオは問いかけて来る。
こう……こういうところだよ、ホント。
「どうだかはわかんねぇけど」
こめかみを押さえながら考える。今は、不満はいい。
実際それができるかだが、半々ではないかと思う。実体ある奴ならばビビッて逃げるかもしれないが、たとえば南の森の木々のように、意志なき命とでもいうか、自然の魔物であれば効果はない。ふわっと現れてその場にある魔力を吸収していくだけの現象的魔物なら脅しは通用しないのだ。だから森は意図的に俺が魔力を与えない限りは燃やされないのだし。
下手に刺激して、雨の魔物以外の周りの魔物がこの通りに寄り付かなくなるのは良し悪しだろうしな。魔物の逃げる先が町村だったりすると、被害のしわ寄せがどこかに行くことになる。
「うん、最終手段だな」
一応考慮はしておくとして、対策を考える。
知識を使え。これが雨だとすれば、雨雲が上にあるはずだ。ならばそれを、吹き飛ばしてしまえばいいのでは?
雲もなく雨が降るならば、それは雨の魔物の実態が居るということになる。そうすれば最終手段とした方法が取れる。幸い、俺の素晴らしい機転により風の魔術が使えることも公表済みだ。やっぱりどこかで使うことにはなると思っていたのだ。
「ミグリオ、あの魔術の本見せてくれ」
「え? いいけど、何かあるのか?」
「使いたい魔術があるんだ」
一応風もある程度思い通りには扱えるが、下手なことをして馬車が飛んで行っても困る。正確さが欲しい。
幌の中に戻ると、どこか困った様子の商人勢。フェイゼルさんは外を警戒している。さすがにこれに乗じて馬車を襲おうとするバカは居ないだろうが。
「ミグリオさん、リリアさん」
「何か、こっちでいい対処法は思い付きました?」
「いえ、さすがにこのような魔物に遭遇すれば、耐えるしかありません」
商人の旦那は肩を落としている。
「命まで奪う魔物ではないからねぇ。馬が心配なのと、雨で幌が破けないかは心配だけど、もうしばらくおとなしくしていましょ」
お姉さん……カルカさんも、どこか俺たちを励ますような声をかけてくれた。俺たちに期待していないのか、護衛といってもこればかりはどうしようもないと思っているのかはわからない。
「いえ、なんとかなるかもしれません」
俺は、成功するかわからないのでそれに曖昧な笑みで返したのだが、ミグリオは彼らに変に希望を与えるようなことを言った。
「リリアはすごい魔術師なんですよ」
しかも、俺に責任を押し付けて。
「ミグリオ……」
「ほら、これが要るんだろ?」
責めるような視線もなんのその。自分の荷物から取り出した魔術書を俺に押し付け、ランプを借りて俺の手元に近づける。
懐中電灯だとか、電気がないのがここの文明の痛いところだ。ちょっと小金持ちになると魔力発電の電気を使えるそうだが。その証拠に王都では電気に困っている様子は見受けられなかった。
なんというか、中途半端に発展してしまっているから下々に技術が行き渡っていない感が否めない。
ともかく、本の、風の魔術のページをめくる。風を吹かせたり、かまいたちをつくったり、魔力がかかるが竜巻を起こすようなものもある。その中に、突風を起こす魔術があった。これが俺の目的だ。
上空に目標を定めて、突風を起こし、雲を追い払う。竜巻でもできそうだが、下手に被害が拡大するのはよくないので、これでいく。
外に出ると、俺たちが避難しに来たとでも思っていたのか、フェイゼルさんが「もう出てきたのかい」などと驚いた。こちらも金を払って雇われている護衛なのだ。対処に難しい魔物相手だからといって、逃げ隠れするわけにはいかないだろうに。
先ほどの本にあった突風の魔術は系統で行くと大雨の魔術と同じものだった。大量の魔力を使う範囲攻撃とでもいうか。大雨と突風が同じ系統であるのは、俺には理解できないけれど。それでも使ったことのあるものと系統が同じならばこちらとしては、使うに易いのでよしとする。
雨雲は目視できないが、どのあたりから雨が落ちてきているのかはわかる。分散している魔物の魔力の切れ目がそこだ。飛んで、上から見つけるのが本来確実だろうが、風の魔術でも自身の体を浮かすことはできても飛ばすことはできないので大雑把にいく。
「セ・シュラ・ヴォルテ」
ねらい目を付けている俺を不思議そうに見ているフェイゼルさんを無視して、唱える。途端、上空でかなりの強風が突如吹いた。徐々にではない、突然の風にひゅるると強風特有の音が鳴る。こちらには被害が来ない高さで攻撃したのだが、想定外に被害が現れた。
上空の強風により、雨が馬車に横から打ち付けてきたのだ。
しかし、やべ、と思う頃には雨が幾分か弱まった。空中で分散している雲が、一瞬の隙間に見える。
「すごい……これは、リリアちゃんの魔術かい……?」
一応水の魔術を使っているところも見られているが、隠しても仕方ないし嘘を吐く理由がないので肯定する。フェイゼルさんは、それ以上は聞いてこずに「雲が居ないうちに進もう」と提案して幌の中の商人たちに声を掛けにいった。
「さすがだな、リリア」
「お前な。そういうとこだよ……」
まっすぐな目でほめにくるミグリオにため息を漏らすタイミングで、ふっと、頭上が曇ったのに気付いた。一瞬見えかけた太陽が分厚い雲に隠れる。まるで意志を持つように集まってくるのは、色からしてどう見ても雨雲だ。
つまりは、先ほどの雨の魔物。
「リリア、あれは、あの雲が雨の魔物の実体ってことか……?」
「らしいな」
こちらの攻撃に怒る感情もある。意志もある実体の魔物が、雨の魔物。
なるほどしかし、それならば話は早い。あれが攻撃を始める前に、そしてフェイゼルさんたちが中から出てくる前に、アレにだけ魔力を叩きつけて追い払ってやればすぐにでも片が着く。
「…………」
「どうした、リリア?」
いや。違うな。
隣のミグリオを見て、俺は思いとどまった。だって、実体がある魔物ならば、恐怖を覚えさせずとも普通に、倒してしまえばいいではないか。
「雨が降り出す前が勝負だ。ミグリオ、あいつに向けて破裂の魔術使え。あれが爆散したところで、私が風で吹き飛ばす」
「なっ、さすがにあそこまでは届かな…………いや、そうか」
方法に思い当たったのか、ミグリオは無理だと否定しかけていた言葉を途中で撤回した。できるかを冷静に考えつつも、決断は早かった。
「本当にリリアは、突然の本番に無茶をさせるな……」
「私の師匠に比べればマシな方だ」
なんといっても修行相手という名の刺客に突然攻撃させたりもしないのだし。
勝負は短期決戦であるべきだ。ミグリオは狙いを定めると、普段ならば口にする呪文を唱えることなく、その分一層の集中力を持って、火種を飛ばした。
次の瞬間、激しい爆破音がして、雲は散り散りになった。方向を定めるため目標に指を向けての攻撃だったので、まるで指鉄砲で雲が爆散したかのように見える。ちくしょう、かっこいいな火の魔術。
俺の方にも羨んでいる暇はなく、次には元にくっつけないように上空で嵐を作った。今度は呪文なしだ。よって、先ほどよりも強い風速で風が吹き荒れる。こちらへの影響は、シャボンこと魔力盾の範囲を広げ馬車全体を覆うことでカバーした。小さなドームのようなシャボンはもちろん透明なので他の奴らには見えないだろうが。
雲がなくなり、天気は快晴に代わり、息を吐く。
「うまくいったな」
大きな魔力を使ったことと、ぶっつけ本番の緊張で肩を下して心身ともに疲れた様子のミグリオに声をかければ苦笑が返ってきた。なんだよその顔、と茶化そうとするも、ばさりと背後から聞こえた音に揃って振り返る。
それが、先ほどの爆破音を聞いて顔をのぞかせた商人一座ならばよかったのだが、そうでないことは表情を見てすぐにわかった。その後に襲い来た称賛の声とカルカさんの豊満な幸せの感触によって、先ほどの様子が全部見られていたことは間違いなくなってしまった。
あまり人間の度を超したところは見せたくないが、まあミグリオも同じような称賛を浴びているし、コンビでした討伐だ。人間の範疇内ということで、俺はおとなしくみなさんからのお礼を受け入れることにした。
ちなみにシトロンの旦那が一番喜んだのは、その後馬の疲労回復にと薬草を渡したときだった。そのまま食べるとしょっぱいので、馬はとても嫌そうな顔をしていたが。




