22-1
ズルをしようと思う。
結局あの後宴会は早々にお開きになって、遠くからでもわかるくらいに大泣きしているカーリャを見てしまったがために宿にも戻れず、一晩を外で過ごした俺は思い至った。寝不足で思考回路がぶっとんだと言ってもいい。実は最悪睡眠も必要ない体なので、半分嘘だが。
何が正しいのかなんて俺にはわからない。ミグリオの夢を応援しても否定しても、誰かが嫌な思いをする。だいたい、元々は俺に関係のない話なのだ。首を突っ込んでしまっただけの俺が解を求めるのが間違いなのだ。正解なんてない問題に最善を求めるのがおかしな話なのだ。
というわけで、好きにすることにした。
最初から、ここに来た時からおかしかったのだ。俺は別に他人のことを考えるようなタイプではないのだ。湖を枯らされるかもしれない人魚に同情することはあっても。弟子の教育に白羽の矢をたてられた奴を不憫に思っても。
初めて集団生活する人間と会って、中てられたのだ。何が俺の影響力が強いだ。人間の影響力の方が強いじゃないか。集団なのだ、それもそうだ。元から周りに流されやすい日本人だぞ、俺は。
「というわけで、これをやろう」
朝のうちにミグリオの家を尋ねると、村の手伝いは今日も当然する気だったらしく既に起床していたミグリオが迎えてくれた。そこに、何の説明もなしに二枚の紙を渡す。二枚というか、一組だ。
「なんだ、これ?」
出会い頭にモノを渡されたというのにツッコミもせず首を傾げるミグリオ。あまり相性が良くないな、こいつと俺。
家に居たときはどうしてもツッコミ側に回ることが多かったので、突然なんだとでもつっこんでほしかったのだが、普通に疑問を返されてしまった。まあいい。
「魔術具。片方に文字を書くともう片方に同じ文字が浮き出るんだ。一枚をお前が持って、もう一枚を家族に渡していれば緊急時の連絡手段になる。もう何枚かあるから、平常時の連絡方法に使いたいならあげるけど……おすすめはしない。あまり依存してもよくないからな」
量産しているので数だけならば心配ない、件のショートメール魔術具だ。簡単に連絡を取りすぎても自立の面で良くはない。そんなことを言いながら通信魔法を教えられた身としての注意点も合わせて贈れば、ミグリオは不審なものを見る目で紙と俺を見比べた。
「魔術具? そんな高価なものをこんなに簡単に渡すのか?」
「本物かどうか疑わしいと? 試しに使ってみるか」
一応最初に作ったものは試しに一枚使ったけれど、この紙では試していない。ミグリオの親御さんに使い方を説明するためにもと、家に招き入れてもらって使ってみる。
昨日のうちに納得をしているミグリオの母親は俺を快く招き入れてくれた。父親は仕事に出ているそうだ。
端の方に小さく試し書きしてみると紙は問題なく使えたので、そのまま二人にプレゼントする。
「さて、他に何か心配事とか困ってることはあるか? あるなら解決していきたいからな」
「しいて言うなら、村の周りの魔物のことが心配だけど……リリア、なんでこんなことを?」
「魔物ね。それなら簡単だな」
「リリア! 理由もなしに、こんな高価なものは受け取れない」
なんでいいことをしているのに怒鳴られないといけないんだ。
肩を掴んで引きとめられたので、振り向いてため息を吐く。今、自分を模索しているところなのだから理由とか意味とか、求められてもわからない。なんでなんで期は四歳前後である俺の方のはずなのだ。こっちに聞いてくるな。
「しいて言うなら私のためだ。関わってしまった人たちが、私が関わったがために起こったことで互いに心労を募らせているところを見るのが気分悪いだけ。自己満足だよ」
「リリアが責任を感じる必要なんてない。元々、村を出る気では居たんだ」
「じゃあこっちも、その程度のものに恩義を感じる必要はない。元々私には必要ないものだ」
自分で作っているので高価なものというわけでもないしな。教えてやると、それはそれで驚かれた。
「だいたい、人の行動にいちいち理念や原理が必要か? やりたいと思ったからやる。私はそれだけだよ。自分勝手なのは育ての親譲りなんだ」
よく四年という短い人生を振り返ってみると、まだ俺は自分のしたいことなどほとんど考えたことがなかった。言われるがままに魔術の勉強をして、されるがままにカロンにいろいろと叩きこまれて。知識だけを持って思い出と一緒に思想も理念もなくした一人の人間として生まれ落ちてきたからこんな風になったのかもしれない。
俺のしたいことといえば、アンネに会うことだけだ。
だからもう、考えるのはやめにして、その時したいと思ったことをしようと思う。人格形成の時間はこれからだ。
「そんなことよりも、魔物をどうにかするんだろ? 私一人で行ってもいいが、ついて来たければ来てもいいぞ」
ミグリオの手を振り払って家から出る。お邪魔しましたの挨拶が口をついて出てきた。もしかすると俺は育ちがいいのかもしれない。
後ろでミグリオが母親に断ってついて来る。来てくれた方が助かるので、安心した。これで普段通り村の仕事の手伝いに向かったら、それはそれで面白い展開だが。別に来てくれなくても困るわけではないので。
「リリア。どこに行く気なんだ」
「ちょっと、この村に近づかないよう魔物に脅しをね。別に魔物が来なくても食には困らないんだろ?」
「普段から動物がいればいいから、困りはしないけど…………脅し?」
「ついでに、ちょっとだけ本性を見せてやろう。一緒に王都に向かう以上、しばらくは常に行動を共にすることになるしな。隠し事は苦手だから」
敢えて無視して村を出て森に入る。途中ミグリオは何度か声を掛けてきたが、無視を続けていたら諦めた。聞かなくても後にわかることを尋ねられて答えるのも時間の無駄だ。今から何をする気かなんて、見ていればわかる。
「さて」
あたりを、神経をとがらせて探る。このあたりにいる一番強そうな魔力を探す。魔力での探知は実際苦手だが、集中すれば多分、強い奴を見つけることくらいはできるだろう。
食用だからと特定の魔物を探すわけでもないのだ。へたくそでもどうにかなる。
数十秒全方向を探すと、村の近くで一番強そうなのは、これまで訓練に使っていた岩場の方に居た。一瞬、俺が魔力を使っていたからだろうかという考えがよぎったが、思いつかなかったことにした。
いや、もし俺が呼び寄せてしまったのだとしたら、その後片付けは俺の仕事なので問題ないのか?
ともかくこちらとは逆方向なので、そのまま方向転換して岩場へ向かう。ミグリオが「どうした? 戻るのか?」と問いかけて来るが、それも無視だ。間違えたのだと平然と答えるのはちょっとな……。
魔法が使えれば一歩で向かうけれど、さすがにそれはできないので移動手段は徒歩だ。岩場に到着すると、ミグリオはさらに首を傾げた。
「リリア」
「しっ!」
岩の影に魔物の魔力を捕らえて、ミグリオを黙らせ一歩下がらせる。同じ質感で気付きにくいが、揃って魔力の方向へ視線を向ければそこには岩のような肌をした、角のあるイノシシに似た魔物が居た。色やサイズも相まってサイのようにも見えるが、背中の岩肌のとげとげ感がイノシシっぽい。ゲリラも大きなやつはゾウガメくらいの大きさがあるが、それよりもかなり大きい。
「ストンイーター……!?」
一緒に隠れているミグリオから小さな悲鳴とも聞こえる声が落ちる。見上げると、少し青ざめている。
「知ってるのか?」
「知性があって、人間の食べ物を荒らすこともある魔物だ……。かなり昔に、村が襲われたことがあると聞いたことがある。そのときは王都の討伐体を招いて退治してもらったそうだ」
「知性があるのか」
ストンイーターなんて名前なのに、岩を食べるわけではないのか。下手な異世界知識があるためどうでもいいことが気になるが、多分石とか食べるとかの意味は、その名にはないのだろう。
しかし、知性があるというのならば話は早い。
「アイツ倒すぞ」
「は!?」
一声かけて、魔物の前に姿を見せる。向こうもこちらに気付いたのか、図体の割には素早い動きでこちらへ方向転換し、前傾姿勢で威嚇を示した。
「くっ……セ・ラギ・ディレッション!」
後ろからミグリオが魔術を撃つ。炎を飛ばす魔術ではなく、火種を飛ばし対象に当たると爆発する魔術だ。火種はイノシシの左目近くに当たり、爆発を起こす。一瞬だけ目標を見失ったイノシシだが、勢いは止まらない。あれで体当たりされればひとたまりもないだろう。
「セ・スィ・ヴォルテ」
以前、ここで訓練をしているときに魔力量に引かれるかもしれないと使わなかった魔術を、行使する。呪文を唱えると、どういう流れでそうなるのか、頭上から叩きつけるような雨が降り出す。雨といっても、岩より柔らかい地面は少し抉られているくらいの様子だから相当な強さだ。それを集中放水され、さすがのイノシシも進路を遮られた。
止まることはしないが、イノシシは狙いが定まらずふらりと足を揺らし、近くの岩にぶち当たる。当たった岩が四分の一くらい砕けた。やばいな、あれ。
もう少し強くてもいいかと魔力を多めに使おうとするが、どうにも魔力を送るのがうまくいかず、それ以上の力は出せなかった。技術不足なのだろうか。
「ミグリオ、アイツの足元燃やせ!」
一旦止まってしまったからか、水の猛攻に立ち上がるのに難儀しているイノシシを見つつ、ミグリオに指示を出す。一瞬戸惑った様子だったが、ミグリオはすぐに「セラギスタ」と唱えイノシシの足元から炎を舞い上がらせた。
濡れたり燃えたりしているイノシシは、さすがに苦しいのかブモーブモーと鳴いている。知性があるからといって、人語を話せるわけではないのか。
さて仕上げだと、俺は風の魔術を使い、かまいたちをイノシシの足元に放った。正確に言えば、イノシシの左前脚に向かってだ。かまいたちは得意だ。毎日ミキサーをしていたので、慣れている。
ミキサーのときと違い加減なしで奴の足に放ったそれは、見事イノシシの前足一本を切り落とした。
「リリア、今のは……」
「風の魔術」
切り落とすだけなら本当は切断魔法の方が楽だったし、殺すだけならもっと手っ取り早い手段もあったのだろうが、それでは目的を果たせないので俺は、そのまま水の魔術を止める。降り続いていた雨はやむ。
「リリア!? 何してるんだ、危ないぞ!」
「ああ、大丈夫。火消して」
燃える方が危ないからと手で追い払うように言えば、ミグリオは俺に考えがあると思ったのだろう、火を消してくれた。ただし警戒姿勢は解かないままだ。いいことである。
俺はというと、そのままイノシシに近づいて行き、その頭を、めいっぱい踏みつけた。女子の軽い足なので、それ自体はダメージにならない。むしろ、知性のある魔物相手ならば挑発の類になるだろう。
案の定、イノシシは怒った様子で体を起き上がらせようとした。後ろからミグリオの心配の声が飛んでくる中、いつも腹筋に力を入れて抑えている魔力を一瞬だけ開放する。
ばれたらカロンに怒られるかなあとも思ったが、意図的にやる分には多分そんなに怒られないと思う。そんな言い訳を自分にしてみたのだが――ざわざわと風もないのに揺れた木々、一瞬のうちに離散した木々に留まっていたであろう鳥の群れ、怖気づいてひゅっと体を縮こまらせたイノシシ、しんと動かなくなった周りに居たと思われる弱弱しい魔物の魔力――それらを感じ取って、思った。
あれ、俺自分が思ったよりもやばいことした?
横目でもミグリオを見るのが怖くて見れないまま、けれど当初すべきだったことはしなければならないので、咳払いして仕切りなおす。
えっと、こんな感じかな。と。
「知性があるなら、わかるな? 今後、この村への一切の手出しを禁ずる。もしもこの場に私が帰ってきて村に何かあったと知った場合、お前らと同種の魔物を絶滅させるので、心得ておけ」
自分で言っておいて、魔王かよと突っ込みたくなる。がくがくと震える魔物はそのまま首を垂れることで了承の返事とした。
忘れてはいなかったが再認識した。俺は、魔物にとっては特に化け物だったのだ。
いや、手本にした奴が悪かったのかな。きっとそうだ。




