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ぼくらのままならない世界  作者: いない
少年と世界
28/72

21

  ミグリオの居る村に来て、二週間くらいが経った。さすがにその間無料で居つくわけにもいかないので、宿であるカーリャの家にはお金を払っている。普段宿に泊まる客はそう居ないそうで、お金を落としてくれるよそ者としてカーリャ以外の彼女の家族には歓迎されている。

 朝に起きて、ミグリオが畑仕事や狩りの仕事があるときはその手伝いを、それがないときはミグリオの修行をするという日を続けての二週間で、俺はわりと村に馴染んだ。

 出発前はまさか、出発地点からあまり離れていないところで二週間過ごし、馴染んでしまうなんて思っていなかった。自宅までは歩いても半日くらいで着ける距離である。魔法を使えばどちらにせよ一歩ではあるけれど。


「今日は森の方に出て、魔物の相手でもしてみるか?」

「そんなに簡単に魔物が見つかるか?」

「魔力でなんとなく居場所がわかるだろ?」

「だから俺、まだそれは苦手なんだって」


 朝の畑仕事を終えてミグリオと二人村の外に出るため家と家の間を突っ切る。

 この二週間で、ミグリオはだいぶ俺の教えられてきたことをできるようになっていた。呪文なしでも魔力を集めることができるようになったし、体に魔力を纏わせる盾も使えるようになった。球状のアレはさすがに、魔力量的にできないみたいだが。プロの居る王都では、俺も使わないようにしなければ。

 火球を放つ魔術も、初めに会った日に使っていたソレのみならば昨日、呪文なしでできた。ので、今日は魔物を相手にしようと思い立ったのだ。

 相手が人間では、いくら防壁が張れるといっても火を放つのは躊躇するとミグリオが言ったからだ。

 それにしては、拳に魔力を集めて殴ったり、ナイフに魔力を付与して打ち合ったりは平然としていたと思うのだが。何の差があるのか俺にはわからない。


「今日も二人でお出かけかい? 仲がいいねえ」


 村を出る途中、村のオジサンが声を掛けて来る。ここ二週間常に連れ立って歩いているせいか、こういう冷やかしが増えた気がする。


「リリアちゃんがお嫁さんになる日は近いかなあ」


 あっはっはと笑う、オジサンらしい揶揄はもう何度かされたことのあるタイプのものだ。俺としては男とそんな噂をされても、うへぇ、という感じだ。ミグリオも村に居る前提の話をされているので、あまり気分はよさそうじゃない。適当な愛想笑いだけして、早足にその場を去る。

 男女が一緒に居るというだけで、この狭い村の中では格好の噂話の種なのだろう。ずっとここに居るわけでもあるまいし、下手な反論で空気を悪くしても嫌なので言い返すことはしない。宿ではカーリャの手前、このネタを使われることがないのは救いだ。


「なんだよ?」


 ため息を吐いていると、隣からの視線を感じて顔を上げる。見上げればまじまじと、ミグリオがこちらを見ていた。眉を顰めて首を傾げれば、ミグリオは俺と同じ方向に頭を倒す。


「アレ言われていつも思うんだが、リリアって女の子って感じがしないんだよな」


 寧ろ男の方がしっくりくると言われては、「こんな美少女捕まえて何言ってんだ」と突っ込むか、まあ男だしなと納得するか悩むところだった。



 森に到着すると、魔物の魔力の気配を探す。ミグリオはまだわからないと言っていたので、索敵は俺の仕事になる。

 しかし……実際、俺の実践経験もほとんどカゲロウ相手だけなんだよな。食料となる奴らは狩ったことがあるけれど、戦闘となるとどう転ぶかわからない。最悪、魔力全開にすれば相手が勝手にビビってくれるかもしれないのでそれも手だが、下手に強いのに当たらないようにしなければ。

 少し周りを探ったところで、魔物の魔力らしきものを見つけた。ミグリオを連れてそいつのところに向かう。相手が動いている気配はないので走ることはない。先手を打ちたいので気付かれては困る。

 早足で魔物の居場所まで向かい、遠くから視認して死角を見つけ、そこに隠れる。居たのは先日の熊みたいな魔物と同じ奴だ。体はあれよりも一回り小さい。同じ種類の魔物の縄張りなのだろうか。


「本当に居た……すごいな、リリア」

「すごかねーよ。ここからはお前の出番だからな」


 ミグリオは草陰に隠れる俺を残し「ああ」と力強く返事して立ち上がる。それから、魔物の死角から近付き、後頭部向けて、火の球を放った。


「ぐがぁ!」


 呪文を唱えた時よりも威力の小さいように感じる火の球は、狙いを少し外れて魔物の肩に当たる。しかしそれでも痛いものは痛いのか、魔物は叫び声を上げた。

 すぐにミグリオの姿が捕捉される。熊にしても凶悪そうな爪と大きな手が横凪ぎに振るわれたが、ミグリオは後退することでそれを回避した。さすがにアレを盾張って受けきれというのは酷すぎる、というか俺でもアレは避ける。

 そのまま顔面めがけて火球を打ち込めば、もろに攻撃を食らい視界を奪われた熊は仰向けに倒れのたうち回った。その隙にミグリオが呪文を使わずに魔力を付与したナイフで心臓を突き、絶命させる。

 この熊が食用にできるのは事前に聞いていたことなので、俺はそのまま血抜きを始めるミグリオを眺めていた。会ったのが食える奴で良かった。食べる事さえできない、無抵抗の相手を殺すのは魔物相手でも忍びない。俺は、残虐な魔女ではないので。



 元々ミグリオは、狩りの腕は村の若者でも抜きん出ている方だそうなので、狩りとしての魔物退治は難なくできる。それを、呪文を使わずに行えるかがというのがミグリオの自分に課した試験のようで、自己課題をクリアしたミグリオは熊の肉を背に上機嫌だ。帰り道である。

 あまり長居していては、血の匂いに他の魔物や獣が寄ってくるから。とはミグリオから教えられたことだ。普段帰り道は一瞬だったので、あまりそういうことを気にしたことはなかった。

 これは口には出してはいけないことだろうから言わないけれど、実質はらわた引きずり出して等々している間に結構時間が経っているので、長居がどのくらいのことを言うのかわからないのも、それが理由だろう。


「そういえばさ、狩りと言えば。あの崖の方には行かないのか?」


 自宅付近ならばともかく、湖でも微妙だが、崖となっている円の外側付近ならば普通の人間も行けるはずだ。そのためだろう歩道も設置されている。

 ここに来る途中に鹿みたいな動物なども見かけたし、熊よりは倒しやすそうな魔物も結構居た。あれを狩りに行ったりはしないのかなと思い立って聞けば、ミグリオはおかしなものを見る目でこちらを見た。


「あそこには、恐ろしい魔物が居るから近付けない。それに、あそこに行くと自然魔術が使えないだろ?」

「え?」

「森で事足りてるのに、わざわざ行ったりしないさ」


 自然魔術が使えない? 当たり前のように言われたそれに、俺は首を傾げるしかない。普通に使っていたし、なんならここの一般魔術よりも自然魔術の方が頻繁に使っていた。ここの一般魔術は魔法の方が便利だからあまり使ったことないし。

 そんな俺の常識さえ通じないのか。どうなってんだ。何も迂闊に話すことができないことに更なる面倒くささを感じつつ、相槌は気の抜けた「はあ」しか返せなかった。

 村に戻ると突然の熊肉に村人たちは大騒ぎだった。

 普通の顔をして話しながら返ってきたけれど、ミグリオは背中に熊を背負っているので熊の血まみれだ。そりゃ驚きもする。

 正直ちょっと、だいぶ臭いので、常に風魔術を使って風上を作ってここまできたのは内緒だ。風と水は他よりも少しだけ得意だ。生活の中で頻繁に使っていたからな。

 村の奴らはそれでも、あまり珍しいことでもないのかすぐに適応して大人の男たちで熊を持って行った。数人がかりで連れて行く熊は、大人の男よりも一回りくらい大きい。これを担いでここまで歩いたミグリオは力持ちなのだと思う。自分の細腕を眺める。つくづく羨ましい。

 みんなが「今夜は祭りだ!」と嬉々としている中、ミグリオの母親が駆け寄ってきた。


「あんた、なんて恰好してるの! そのままじゃあ、家には入れないよ。川で洗い流してきな!」


 そしてバッサリとそんな風に、獲物を持ち帰った息子を切り捨てた。すげぇな母親。サバサバかーちゃんな母親に、ミグリオは参ったという顔をしながら、とぼとぼ村の外へ向かう道へ踵を返す。川は遠くはないとはいえ、ちょっとかわいそうだ。


「ミグリオ、ちょっと待ってな」

「え?」


 これは呪文だと、なんと唱えればいいのだろう。そんなことを考えながら、ミグリオの頭から水をぶっかける。「ぶわっ!?」とか悲鳴が聞こえたけれど、まあ、良しとしよう。

 水圧で適当に洗い流れたところで、今度は体と服に残った水気を吸収する。あまり吸い過ぎると体が干からびるそうなので、これは細心の注意が必要だ。

 この濯ぎ脱水は服の洗濯のときに使っているものだ。この村に来てからは、風呂の時も使っている。なにせ、ここの風呂は沸かした水を風呂釜に入れておいて、そこから掬ってお湯を使うのだ。自宅が露天風呂なのも相まって不満しかないので、こっそり魔術で補っている。

 脱水の方は、以前髪を乾かしているときに使えばいいと提案された方法だ。魔力を通して水を集めるのだから、奪うことだってできる。因みに使ったことはない。


「どうだ? これならちょっとはマシになっただろ」


 多少きれいになったミグリオは、ぽかんとこちらを見る。ミグリオの母も目を見開いていて、少し居心地が悪い。

 困って眉を下げてみれば、ミグリオはハッとしたように首を横に振った。正気を戻しているように見える。おかしなことをしたつもりはないのだが、呪文なしで魔術を使うのさえ珍しいと言われるのだから、こんな使い方は初めて見るのだろう。村で唯一の自然魔術師のミグリオが火を扱うので当然だとは思うが。


「アンタ、すごいねえ!」

「いてっ」


 ばしっと、肩を叩かれると同時に飛んできた感心の声。振り返らずとも相手がミグリオの母親だとわかる。見れば彼女は笑っていた。快活な様子は、安心できていい。


「ミグリオも、リリアちゃんみたいな魔術師ならよかったのにねぇ」

「いつも火おこしのときに呼ぶのは誰だよ」

「使えるものを使わなくてどうするんだい」


 ただ、彼女のそれがミグリオと同じように眉を下げた笑顔なことだけが気にかかった。





 多分この村の人たちは宴会好きなのだろう。備蓄という概念がないのかというほどに所狭しと並べられた熊料理に、苦笑しながら準備を手伝う。

 熊一頭はそれだけでかなりの量の料理になっているし、それ以外にも様々な種類の料理が並んでいる。初めにこの村に来た時よりもいっそう豪華な食事は、まるで何かを歓迎しているかのようだ。

 二週間も居ついていたら歓迎も何もないだろうので、俺の歓迎会ではないと思うのだが。

 元々エプロンドレスのような服装なので手伝いするのに違和感はない。言われるがままに料理を運んだり、椅子を寄せたりする。うん、主賓ならこんな手伝いしないだろうし、やっぱり俺の歓迎会ではないな。


「リリアちゃんは、お客さんなのに働き者だねぇ」

「? はあ、どうも」


 端の方で椅子に腰かけているおばあちゃんに、不意に声を掛けられる。腰の曲がっているおばあちゃんはうふふと微笑んで、俺を見ている。表情が穏やかなものから変わらないので、何を考えているのかわからない。

 含意のわからない感心に首を傾げつつ次の料理を準備したり椅子を動かしていると、何人かのおじさんからも同じように「お客さんなのに働き者」と評された。

 あれ、これもしかして、手伝わなくてもよかったのか?

 グラスを両手にふと思い至ったが、ミグリオが着替えに自宅に戻っているので聞く相手はいなかった。

 準備ができると宴会のはじまりだ。村中集まっているのではないかという騒ぎで、みんなが思い思いに騒ぐ。今日は子どもも居るようで、目が合ったカーリャはめいっぱい首を回し、俺から顔を背けた。そんなに嫌わずとも。


「リリアちゃん、飲んでるかい?」

「器量もいい、魔術も使える、働き者なんてミグリオが羨ましいなあ」


 ひとりでフラフラしていると、酔っ払いどもから声がかかる。始まって幾分も経っていないのに、既にだいぶ酒が回っているようだ。村の中でも若い連中で、肩に手を回された手は、ちょっと馴れ馴れしいなと叩き落とした。

 俺の持っているものも酒なのだが、口はつけていない。体は子どもと大人の中間くらい。異世界で未成年だなんだと気にするのもおかしいのかもしれないし、そもそもこの体の年齢もわからないし、というか今四歳くらいなので考える必要はないだろうが、どうしても気にしてしまう。

 知らない人ばかりの前で酔っても困るしな。初めて飲むなら自宅にすべきだろう。


「リリアちゃん」


 男たちを躱してその場から離れると、今度は女性に声を掛けられた。ミグリオの母親だ。先ほどまでは居なかったから、彼女も息子と一緒に自宅に戻っていたのだろう。

 頭を下げつつ寄っていくが、隣にミグリオの姿はない。まあ、あの年頃の男子が宴会で母親の後ろをついて回っているのも違和感があるか。

 彼女はグラスを持っていなかったので、俺は自分の持っていたものを渡す。飲んでないので何かはわからないが、ビールや炭酸ではないようなので、出したばかりでなくとも問題ないだろう。冷やしている様子もなかったし。

 グラスを受け取ると彼女は「ありがとう」と微笑んで杯を煽った。そうして眉を下げて、視線をまっすぐに、どこかへ向ける。


「いつかこんな日が来るっていうのは、わかってたのよ」


 視線を辿れば、人垣の向こうにミグリオが見えた。ちゃっかり横を陣取っているのはカーリャだ。

 ミグリオは、笑顔でそれを躱すと顔を上げた。目が合う。俺がいるのを確認したみたいだ。

 そうしてあいつは息を大きく吸うと、この宴会場に響き渡るような声で、宣誓した。


「俺は、王都に行って王宮魔術師になる!」


 それは俺の知っていたこと。横目でミグリオの母親を見る。何かを諦めたような眉尻を下げた笑顔は息子そっくりだ。ミグリオの方がお母さんに似たのかな。

 反対されていると言っていた。今ここでミグリオが宣誓しているのだから、家で既に説得は済んでいるのだろう。

 母は言った。いつかこんな日がくるのはわかっていた。多分それが今日になることも、昼間、俺たちが返ってきたときにわかったのだと思う。

 俺がここに来たからだと詰ってもいいのに、ただ微笑んでいる母親の心情は俺にはわからない。母になったこともなければ、見送る立場になったこともない。寧ろ見送られる立場だった。まったく様子は違えど。

 謝るのは、違うよなあ。

 何を返せばいいのかと迷いながらミグリオを見る。いろんな人から問い詰められている。けれどそんな喧騒の声よりもそばで発された小さな声だけが俺に届いた。


「ミグリオをよろしくね」


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