20-2
村はずれの岩場で、俺は本を片手に呪文を唱えながら魔術を使う練習を、ミグリオは呪文なしで魔力を扱う練習をする。岩場なので的は十分にあるが、せっかく火事の心配があまりないのに、青の魔力があると思われているから水の魔術しか使えないのが残念なところだ。
本にある呪文は、それによって効果が違う。水の魔術ならば、ただ水球を作るものから撃ちだすもの、魔力量が必要になると注意書きされているが大量の水を集め雨のように降らせる呪文もあった。やってみたかったけれど、引かれては困るので覚えておいて一人のときにやってみようと思う。
俺は、唱えればどれもできるので練習というよりは試し打ちみたいなものなのだが、ミグリオの方は難航していた。
なんでもこの世界では、一般的に魔力を集めるのにも呪文が必要なのだそうだ。だから俺が教わったように「魔力を血と見立てて体を流れるイメージをし体の一部に集める」だとか、「それが自分の本来の範囲であるつもりで周りに球状に魔力を張り巡らせる」だとか言われても、固定観念ゆえのちんぷんかんぷん。そんなことできるものか、となってしまう。
見ればイメージもわきやすいかもしれないが、魔力を視覚化する薬はもらっていないし、俺の魔力は見られて困るものなのでそれもできない。
ともかくイメージだ頑張れと応援することしかできない俺は、教師には向いていないようだ。
それでも、日が暮れる頃には自分の手に魔力を集めるくらいのことはできるようになっていた。ミグリオの集中力には目を瞠るものがあった。すぐに飽きてしまう俺とは比べ物にならない。
「お疲れ」
「ああ、やっぱりそう簡単にはいかないもんだな」
「はは。まー、私みたいに生まれてこの方呪文を知らないで、そういう魔力の使い方だけを教えられてきた場合とは、そりゃあ勝手が違うさ」
生まれてこの方といっても生後四年くらいだけれど。
余計なことは言わないで励ましてみせれば、ミグリオは少しだけ眉を下げて微笑む。イケメンというほどではないけれど、そうしているとカッコもつくものだ。男らしさの羨ましい限りである。
「でも、リリアは呪文の魔術の方も既に使いこなしてるだろ?」
「使いこなすっていうか、感覚なんだけど、呪文は魔力さえあれば特に技術がなくても魔術を使えるようにするためのものなんじゃないか?」
本当に、体の中を魔力が動いている感覚だけで直感して言っているから、正しい答えかどうかはわからないが。操作しようとしなくても呪文だけで勝手に魔力が動かされるので、オートモードというのが今の呪文のイメージだ。
「便利な補助器具があるんだから、手動でできなくても支障がなければ構わないと私は思うんだけどな」
オートマ限定しか持っていなくても、運転するのがオートマならば問題ない……という下手なたとえは、例えのうまさ以前に伝わらないので言わないでおく。そんな向上心のない俺の慰めをどう思ったかはわからないが、ミグリオは、それでもと首を横に振ってみせた。
「でも、できないよりもできる方がいいだろ」
これが男らしさで格好良さだぞと言われているみたいで居た堪れなくて、返事は「それはそうだけど」しか返せなかった。情けないことこの上ない。
「ミグリオは、なんでそんなに魔術に熱心なんだ? この村で暮らすのに、今以上の魔術は必要じゃないんじゃないか?」
ここに来るまでに村人の様子を見ていたが、自然魔術どころか魔術を使える人さえあまり居ないように見えた。元より魔術自体、才能あるものにしか使えないものだと聞いたこともあるし、実際使えない人がほとんどなのだろう。それでも、なんら困っていないようだったのに。
昨日のような魔物が頻繁に現れるのかとは昨日のうちに聞いたことだが、あんなのは滅多に出ないし、森の方へ行かなければ魔物に出会うこともほぼないらしい。畑に踏み入るのは普通の動物の害獣だけだそうだ。近くに魔力の潤沢な地があるのだから、魔物からすれば当然だろう。崖に近づけばこの村よりもはるかに空気中にも植物にも魔力は多い。
動物を倒すならば鍬や矢である程度事足りる。火の魔術は周りにも被害を及ぼす可能性を鑑みると、使えはするけれど必須ではないというのが俺の見解だ。
「この村で暮らすにはな」
俺の疑問は既に誰かに聞かれたことのあるものだったのだろう。返答は迷いもなく、簡潔なものだった。その言葉にひっかかって、首を傾げる。
「将来は村から出るのか?」
「……ああ」
「何かしたいことでもあるのか?」
若者としては、特段おかしな夢ではないだろう。小さな村を飛び出して、自分の夢を追う。ありきたりな話だ。
けれど、ミグリオは一瞬驚いた顔をした。それはすぐに元に戻って、ちょっと眉尻を下げた笑顔になったが、何か思うところがあったのは見て取れた。ただ、さすがにそこを深く突っ込むほどに親しい間柄ではないのでスルーしておく。
「そういえば、リリアは旅人なんだったな。……俺、王宮魔術師になりたいんだ」
王宮魔術師。何度か聞いた名称だ。王都で、王様に仕えて仕事する魔術師のことをいうのだったはず。つまりは、魔術のプロといったところだろう。
「王家に仕えて、この国一の魔術師になりたい。この村が嫌なわけではないけど、せっかく自然魔術の才能に恵まれたんだ、それを活かして生きたいと思うんだよ」
「ミグリオは立派だなあ」
俺なんて、夢もなければこの旅さえも面倒だと思ってしまいそうな怠惰性なのに。
ため息とともに漏れた感心の言葉に、ミグリオは再度目を瞬いた。困惑しているようにも見える。何か俺は、おかしなことを言っただろうか。
「魔術師になるのって、どうすればいいんだ?」
「え。そりゃあ、誰かに推薦してもらうか、直接実力を見てもらうか、国立魔術学園に行くかだろ?」
だろ? と言われても、俺はそんなことは知らないのだが。こんな田舎の村の青年が知っているのだから、国民としては周知のことなのだろうか。この国の人間だと言い張るならば、そのあたりの常識がもう少し必要かもしれない。だからって、下手に聞いて回ると怪しいのが問題なんだよな。
「ん? 国立魔術学園?」
聞き覚えのある名称に、ふと思い当たって言葉を繰り返す。どこで聞いたかというのは、すぐに思い出した。
「それって、王都にある国立学園だよな? ミグリオ、そこに入るのか?」
「……まあ、方法の中では、それが一番現実的かとは思ってる。推薦してもらおうにも実力を見せようにも、伝手がないしな」
「学園って、いつでも入学できんの?」
「普通科の方は一年に一度まとめての入学があるそうだが、魔術師科の方はいつでも編入を受け付けてるんだ。一応普通科と同じように年に一度まとめての入学時期はあるんだけどな」
普通科と魔術師科があるのか。この世界では魔術師は本当に重宝されているのだろう。
それからしたいくつかの質問で、どちらの科も基本は授業料が要るため金持ちの子どもしか入れないこと、ただし魔術師科は実力があれば入れることを教えてもらった。特に、自然魔術の才能のある奴は学費が全くの免除になったりと特待生扱いしてもらえるそうだ。
アンネも、そのうちの一人なのだろう。
ミグリオもアンネ程の魔力はないが、実戦で使える程度に火の魔術を使いこなしているわけだし、入れると思う。いや実際どういう仕組みでその学園とやらが成り立っているのかわからないので知らないが。
「で、ミグリオはいつ入んの?」
アンネの年齢で入学しているのだ、ミグリオならばもう入学していてもおかしくないだろう。けれどこの村にまだ居るのは何か理由があるのだろうか。
軽い気持ちで尋ねたのだが、ミグリオの顔が急に陰った気がして、どきりとした。もしかして、何か聞いてはならないことを聞いてしまったのだろうか。深い事情があるとか。
「親に反対されてるんだ」
訂正も謝るのも気を遣いすぎている気がして、ただ口を開閉していればミグリオは小さな声で理由を告げた。悔しそうでも悲しそうでもない、凪いだような声は、どうにも既に諦めているように聞こえる。
ただ、さっきは「王宮魔術師になりたい」と現在進行形で言っていた。自動翻訳さえ間違っていないならば、諦めきってはいないと思う。
「村のみんなにも、俺くらいの魔術師なら王都に行けばいくらでもいるから。この村から出て無茶することはないって止められてて」
頭を掻きながら笑うミグリオ。わからない話でもない。親も心配なのだろう。上京しなくても仕事ならある。特に田舎の村だ。前例がないゆえの反対かもしれないし。これだって、よくある話だ。
「でも」
なんと声を掛けるべきかと悩んでいたのだが、ミグリオはそこまで言うと一転してうつむけていた顔を上げた。手は力強く拳を作られている。
「リリアが来た」
「へ?」
「俺、呪文なしで魔術が使えるようになったら……みんなの反対を押し切ってでも王都に行く」
凛々しく決意表明をするミグリオ。視線の向く先はどこか遠くだ。遠く――王都を見ているのだろう。
「……はは。ヒトを理由に使うなよ、お前に何かあったら恨まれちまうだろ」
「えっ、そんなつもりは!」
途端慌てた顔に変わるミグリオに、思わず吹き出してしまう。
ここは俺が叱咤して後押ししてやる場面なのかなと思ったのに、勝手に自分で解決して、勝手に人に目標を宣言しやがった。お前はなんだ、ヒーロー物の主人公でも今日日なかなかそんな自己完結しないぞ。
前向きすぎるミグリオをひとしきり笑って見上げる。混乱した顔は面白くて、また笑いそうになってしまった。
「私もその学園に用があるんだ。学園というか、通っている人になんだけどな」
そういえば、年齢的にまだ通っているのだろうか。もしかすると卒業してしまっているかもしれないが、そこは些細な問題なので気にしない。そこに居なければ、最終教会とやらには居るはずだ。
「ミグリオが魔術を使いこなせるよう、修行に付き合うよ。一緒に行こうぜ」
目的地が重なっているのだ。こちらとしても、道案内的に一緒に行ってもらえれば助かるのだから、そのための協力なら惜しまない。
俺の誘いに、ミグリオは嬉しそうに、にかりと笑って「ああ!」と首を縦に振った。
「さて。じゃあいつでもいいぜ」
「は?」
これまでは試し打ちだったので、体を動かす準備はしていない。魔力は常に動かせるようにしていても、体は別だ。元々、特別に強靭な肉体というわけでも鍛えているわけでもないので、屈伸運動をして体をほぐす。
ポカンとしているミグリオに手を出して来いよと合図してやるも、状況はわからないようだ。まあ、そりゃそうか。
「私としては、あんまり長い時間を掛けられても困るんだ。だから手っ取り早い修行をしようぜ」
ついでに「セ・スィ・エゼード」と唱え、水球を当たらないように打ち出してみせる。やっぱりこれ、狙いが定まって便利だ。
「普通、人間は身の危機があった方が熱心になるだろう?」
そこまでしてようやく、ミグリオは理解したらしく口の端を引き攣らせて笑った。良い顔をするじゃあないか。そんな思考はちょっと敵役っぽかったので、頭を振るってかき消しておく。




