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ミグリオから聞いたところによると、呪文とは自然魔術を使う上で基礎的な知識らしい。
村に招かれて、二人を助けたということで小宴会が開かれた。といっても、村唯一の酒場での宴会なので、大人たちは時々開いているようだったが。手慣れた準備がそれを示していた。
途中までは俺をもてなすようにいろんな人が食べ物を進めてくれたり酒を注いでくれたりしていたが、宴もたけなわ、できあがった大人たちはもはや当初の目的を忘れて楽しんでいた。
そこで、ミグリオと話をすることになったのだが、ミグリオは俺が呪文を知らないということをたいそう驚いていた。
「つまり、なんだ。呪文を使うことで、魔力の動きと空気中の魔力の吸収をオートでやってくれる……ってことか?」
「ううん? リリアの説明で自然魔術が使えるなら、そういうことになるのか?」
ミグリオの説明では、自然魔術は呪文によって行うものらしい。普通の魔術の、魔術具や魔法陣の代用ともいえるそうで、特定の呪文を唱えることによって、その呪文の魔術が使えると。つまり、呪文は俺の居た世界のゲームと同じようなものであると。
というか、ミグリオはそもそも魔力操作を知らなかった。説明をしろと言ったのに「自然魔術は呪文を唱えてするものだろ」と返されたので森で見た魔術を見せてもらったが、魔力の動きを見るにそんなところだろうと思う。
答え合わせはカロンが居ればできるのだろうが、今は居ないのですぐに答えがわからないのが面倒なところだ。今度帰った時にでも聞いてみるしかない。
「リリアの魔術も見せてくれよ。呪文なしで魔術を使うなんて、俺は聞いたことがないからな」
「いいけど」
先ほどミグリオが試したときと同様に、一旦店の外に出て、建物などに当たらないよう少し遠くの地面に向けて水球を撃ち出す。ミグリオの撃った火球の名残で少し焦げた地面めがけて撃ったのだが、少し外した。こういうところがへたくそなのだ。聞こえるはずのない罵倒が脳内で聞こえた。ただの被害妄想である。
「すごいな、本当に呪文を使わないのか」
「今のと同じのを撃とうと思ったら、どんな呪文が必要なんだ?」
「水の魔術だから……ちょっと待っててくれ」
言うなりミグリオはどこかへ走って行ってしまった。三分後には腕に何かを抱えて戻ってきたから、家に本を取りに帰ったのはすぐにわかった。
魔術書らしきそれは、使い込まれているのかぼろぼろになっている。多分、うちの図書室にあったものよりも新しいのだろうが、保存状態がよろしくない。あの部屋にある本の保存状態がおかしなだけで、これが普通なのかもしれないけれども。
「俺の持ってる唯一の魔術書だ。たぶん、水の魔術の呪文も……」
パラパラとページをめくっていき、すぐに水の魔術の呪文のページを見つける。どのあたりに何が書かれているか覚えるほどに、読み込んでいるのだろう。
「これだな」
「ええと」
本はミグリオの持ってもらったまま、先ほどのミグリオの火球の焼け跡めがけて撃つつもりで、呪文を読み上げる。
「セ・スィ・エゼード!」
発音が難しいなとよそ事を考えながら唱えた呪文が、魔力に作用するのを体で察知した。ほとんど何もしていないのに、自分の魔力が勝手に集まって、そこに空気中の魔力が合わさって、水球となって放たれた。しかも、狙いはきちんと焼け跡の位置に。
「お、おおお! すごいなコレ! 便利!」
あのくらいならば自分で撃つのも難しくはないが、やはり手動よりも自動の方が便利だと感じるのは当然だろう。
こんな裏技、なんでカロンは教えてくれなかったのか。もしかすると、この世界のことだから知らなかったのかもしれない。こちらの魔術には明るくないと言っていたし、こちらの自然魔術ならば一層知らなかったところで、おかしくはない。
「俺は、この魔術を平気で使うリリアが呪文を知らなかったことが驚きだけどな……」
「いやあ、師匠が世間知らずで」
全部カロンのせいにしておいてやる。俺は教えられたことしか知らないし、あの家にあった本にも呪文に関するものはなかったし。知る由もないからな。
「他にも種類があるんだよな?」
「ああ。よければ、これ読むか?」
「いいのか? じゃあ、一緒に見て教えてくれよ」
本を熟知しているミグリオが一緒に見てくれるならば、わかりやすいだろう。ちょっとずるいかもしれないがと思いつつも頼めば、ミグリオは了承してくれた。
「その代わり、俺にも呪文を使わない魔術の使い方、教えてくれよ」
ただ親切なだけではなくちゃんと打算もあったようだが、これくらい強かな方がやりやすいので、よしとする。
その日はいくつかの呪文を使っての魔術を試したあと、大人たちの酒盛りがお開きになったので俺たちも解散した。といっても、村唯一の宿はミグリオの家のすぐ隣だったので簡単な別れだったが。
なんでも宿の主人が助けたおじさんで、その娘がカーリャだったらしく、宿には無償で泊めてもらえることとなった。金は、カロンにそこそこ渡されているので心配ないのだが。長居することになったら支払いを申し出ようと思う。
ところで宴会には居なかったカーリャは、俺がチェックインするタイミングで水でも飲みにきたのかやってきて、鉢合わせした俺を目いっぱい睨んで行った。さっき彼女が居なくてよかったと思う。
小さな部屋に入ってベッドに横になり、息を吐く。よく考えてみれば、この世界に来てはじめての一人の夜だ。なんだかんだ、常にカロンが居たからな。
初日は野宿だとか、知らないよそ者扱いをされることも覚悟していたので、想定外に人に歓迎されて拍子抜けしつつも、少し安心した。ただ、騒がしかった分一人になって一抹の寂しさを覚えたのは、秘密だ。
言う相手も、からかってくる野郎も今は居ないんだけどな。
次の日の朝、目が覚めると既に日は登っており、外では人の話し声が聞こえた。起床時間を決めていなかったからか、落下の恐怖がなかったからか、はたまた起こしてくる奴が居なかったからかわからないが、寝すぎてしまったようだ。
体を起こすと、背中が痛かった。俺のベッドの布団よりも数段寝心地の落ちる布団だったしなあ。というか、俺のベッドが快適すぎるのだ。
昨夜のうちに着替えていたパジャマ用のシャツを脱いで、魔術で洗濯・脱水して干しておいたいつもの服に着替える。亜空間にはカロンの作った服がたくさんあるが、着る気はない。いくつかは着られそうなのもあったけれど、探すのも面倒くさい。DIY魔女はハンガーラックまで作って亜空間の一角を衣装スペースにしてくれたが、それでもだ。
と、着替え終わったところで扉がノックされた。そして、返事をするよりも前に扉が開かれる。
「リリア! いつまで寝てるんだ?」
「起きてるよ。惜しかったな、もう十秒早ければラッキースケベだったところだ」
意味をなしていないノックを遠回しに責めたつもりだったのだが、この世界にラッキースケベの概念がないのか、はたまたこの男が鈍感なのか、ミグリオは俺の返答に首を傾げた。
女の子の部屋に勝手に入ってくるなというか、それ以前に宿で客の部屋に突然入ってくるなと言いたい。女子でもないし、金も払っていないためあまり文句は言わないが。寝坊しているのも俺であるし。
「俺に呪文なしの魔術を教えてくれるんだろ?」
「教えるったって、私もそんなにうまくないからな?」
一応不自由ないくらいに使えるからへたくそではないと言い張りたいけれど、師には呆れた目で見られる程度の腕前だ。
一緒に外に出ると、途中会ったカーリャに睨まれた。「どこ行くのよ!」という悲鳴のような文句にミグリオは平気な顔で魔術の特訓だと返していた。本当に気づいていないのか、この男。




