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ぼくらのままならない世界  作者: いない
少年と世界
25/72

19

 家を出て、いつもの道を通り、湖を通り過ぎて森へ入る。湖よりも外に出るのは初めてで、持ちなれない荷物を背に足取りは軽いけれど、気持ちは不安と期待がないまぜになったものだ。湖の横を通る途中、セーラから声を掛けられた。


「外に出るの?」

「今日が出発!」


 と、足を止めたら進めなくなりそうで、問いには簡潔に一言だけ返して進んだ。三日ほど前に、既に旅に出ることは話している。セーラからもカゲロウからも「おみやげよろしく」とだけ言われて、心配一切はされなかった。

 返答に返された「いってらっしゃい」の声がセーラとカゲロウ二人分あったので、首だけで振り返って手を振った。

 湖よりも外側の森の中には動物が多い。鹿とヤギが合体したような見た目の動物や、ウサギやリスのような小動物もところどころに居り、鳥の鳴き声や葉の揺れる音がする。

 一瞬で町に着いたときはあまり思わなかったが、これは少し感動する。湖よりも外は、きちんと生物がたくさん生きているんだと実感できる。

 オースグラットの旅が終わったら、今度は東の山の向こうの国にも行ってみたいな。こことは真逆で、火山の向こうだからかなり、こちら側とは違うと思う。

 そういえば、オッサン……カロンはいつまで旅を続けろとは言っていなかった。百年くらいは続けていればいいのだろうか。まあ、そのうち「そろそろいいんじゃないか」とか言い出しそうなので、あまり終わりについて考えるのはやめておこう。まだ始まってもいないのだ。


「うわ……」


 森を抜ければ、眼下は緑の広がる大地だった。この森から続く一帯は、どうも他より高い場所に位置しているらしい。

 見下ろせば広々敷かれた緑。少し視線を奥へやると、建物がぽつぽつと見える。多分、前に聞いた辺境の村だろう。まずはあそこへ向かうか。

 向かう先は、既に王都と決めている。第一目標は、隠していたのになぜか知られていた、アンネとの再会。

 また会おうという約束は、もしかしたら社交辞令だったかもしれない。もう二年も前に一瞬会っただけの俺のことなど忘れているかもしれない。けれど、会いに行きたかった。姿が見たかった。

 そのためにはまず、情報が必要だ。王都へは行けるけれど、王都の場所さえ俺は知らないのだ。ここからまっすぐ進めばいいのか、西なのか東なのか。そんなこともわからない。

 なのでまず、人に会う。

 決意して、ひょいと崖から足を踏み出す。進むは真下だ。落下速度は徐々に早くなっていくけれど、想定よりも早くに地面が見えて、俺は一瞬風の魔術で体を浮かせてゆっくりと着地した。浮遊魔法は使ってはならないと言われているので。

 しかし、まだ下があるように見えるのに、途中の段差で足を付いてしまった。左右を見れば、まるで道のように傾斜が続いている。


「……いやこれ、道か!」


 思わず自分につっこんだ。人間はこんな山をロッククライミングしないし、飛び降りたりもしない。普通の人間は。

 つまり、左右に傾斜を持って広がっているのは、山道なのだろう。山の外を沿った山道。崖で切り立っているからこんな、外側を沿う形の道なんだなあ。人間が作った道なのかなあ。人間って賢いなあ。

 自分の考えの足らなさ……というか、ここ四年ほどで人間離れしてしまった思考を追い払うように、考えを改める。非常に良くない。完全に毒されている。

 初心に戻って、人間らしく道に沿って歩くことにした。そんなに高い崖の上にあるわけでもないので、歩いて降りたってそう時間は取らないはずだ。

 



 と思っていたけれど、結局家から出て、山を下りるのには半日以上かかってしまった。

 朝に出たはずが、今は夕方。途中太陽が真上を通過したと思ったのだ。そろそろ傾いてきて色を変え始めた空に、緑豊かな森に降り立った俺は思ってはならないことを思った。

 旅って、面倒だなあ。

 とてもこれから旅を始めようとする者の考えてはいけないことだった。とはいえ、このまま帰宅するわけにもいかないので、足は進める。基本疲れ知らずの体なので、夜通し歩くのは問題ない。気疲れは人並みにするので、休憩なしはきついけれど。

 ともかく、夜が更ける前には人の居る村に入りたいところだ。上から見た距離と実際の距離が違うことは考えないようにしながらザクザク森の中を進んでいく。

 ところどころに、魔物の気配がする。この森は魔物の住む森らしい。王都にはいなかったので、人間の住むところにはあまり魔物はいないのかなと安易な考えを持っていたけれど、別にそういうわけではないようだ。

 下手に魔物を倒して進むのも気分のいいものではないので、魔力で察知して魔物を避けて歩く。遠回りに見えるけれど、魔物に会っていちいちエンカウントタイムロスを取られるよりはましだ。

 ただただ、会話もなく一人歩く。

 歩くのはいいけれど、会話する相手が居ないのは少しきつい。一人って、こんなにつまんなかったっけなあ。

 と、余計なことを考えそうになったあたりで、声が聞こえた。

 通常人間の耳には届かない程度の小さな声。遠くから聞こえた声は、悲鳴。

 男性のものと女性……女の子のものに聞こえるそれに、はっとしたときには足を動かし始めていた。位置は正確にわかる。悲鳴の元に在るのが人間の気配と、魔物の魔力だから。

 魔物の魔力めがけて一歩、足を踏み出す。悲鳴を聞いて魔法を使ってはならないという約束を馬鹿正直に思い出すような頭はしていない。

 一歩で、魔物の目の前に到着した俺は、全力で球体魔力盾を張った。以前「その色をなんとかしたまえ。魔力の色を知られるのは望ましいことではないぞ、特にきみの場合は」とカロンに苦言を呈されたので、無色の盾だ。

 状況を瞬時に把握できるような動体視力はなかったけれど、衝撃があったことで魔物の攻撃が俺の盾に当たったことがわかった。

 すぐに視界を確認して、状況を読む。


「な、なに……」


 背後で閉じていたらしい目を開いて、こちらを見たのは男性。その腕の中には女の子。目を閉じていたなら、登場シーンは見ていないことを期待する。

 前方には音を立てて尻もちをついた、熊のような魔物。初めて見る。俺を挟んで熊と男性が対峙しているので、ちゃんと目測通り(見てはいないけれど)庇う形で飛べたらしい。


「大丈夫か?」


 転げている熊を見るに、最初にカロンと会った時、自分は無意識に盾を張ったのかもしれないなと思う。あの時は魔力の使い方どころか、その存在さえ知らなかったので無意識下の全力だったから、ぶっとばしてしまったのだろう。

 今回は基本の魔力は抑えた状態でセーブしての盾だから、熊の方に大きすぎる反動はなかったかのようだ。

 つまり、気絶もしていなくて。かつ知能がそこまでないからだろう、瞬時に力量の差を感じ取って土下座することも――ないようだ。

 起き上がって威嚇してくる熊に対抗するために魔術の用意をする。森の中なので火の魔術は使わない。水の魔力を集めて。


「セ・ラギ・エゼード!」


 そうして水球をぶつけようと用意したと同時。背後から、つまり男性と女の子の居る方向から声が聞こえた。それと同じくして魔力の塊が飛んでくる。

 それは、俺たちを通り越して熊の顔面にぶつかった。赤の、炎の魔力だ。魔力を感じ取るまでもなく、熊の顔面が燃えているので理解した。

 顔が燃えて身もだえる熊は、暴れながらこちらに襲い来る。危ないので用意した水球を顔にぶつけてやると、火が消えて熊はその場に倒れ込んだ。戦意喪失したのか、水球の勢いが付きすぎて気絶したのかは不明だが、危機は去ったのでよしとしよう。


「驚いた。お前、魔術師か?」


 息を吐いていると、後ろから声がかかる。声変わりはしているが、まだ若い男の声だ。振り返れば声の通り、高校生くらいの見た目の少年が居た。臙脂色の髪をした、吊り目がちでガタイもそこそこ良い様は、青年と言ってもいいだろう。ただ、その顔にはやや幼さが残るので、やっぱり大人ではなさそうだ。


「ミグリオ!」


 目を瞬いている青年に、俺が返事をする前に男性の腕の中に居た女の子が抱き着きに行く。少女にぶつかられてよろける体格でもないため、ミグリオと呼ばれた彼は女の子を抱きとめ、頭を撫で「大丈夫だったか?」と優し気な声をかけた。


「お嬢さん、ありがとう。助かったよ」


 こちらには男性がやってきて、手を差し出してお礼を言われる。握手だろうか。差し出し返すと、軽く握ってすぐに離された。外国的だ。外国どころか異世界だし、見た目からまず日本人ではないけれど。


「いえ。無事でよかったです」

「先ほど使っていたあれは、魔術かい?」

「ええ、まあ」


 魔術を使えることは隠す必要はないので、肯定する。

 男性の目には感謝と興味が混じった色が灯っているが、猜疑心は見られないので安心する。魔法の方は、どうやら見られていないらしい。


「水を操っていたよな? 自然魔術が使えるのか?」

「うわっ!?」


 内心安堵していると、唐突に横から声を掛けられて思わず驚いた。お前さっき、女の子に抱き着かれてなかったか。

 すぐそばまで来ていた青年ミグリオは、男性よりもいっそう興味津々といった目を隠すことなくこちらを見て来る。こいつも魔術師のようだから、気になるのだろうか。


「そっちこそ、火を扱うみたいだけど」

「ああ。私も自然魔術が使えるんだ。このあたりじゃ唯一なんだぜ」

「そう」


 話半分にしか聞けないのは、やはりこの男も一人称が「私」に聞こえてくるからだ。雰囲気も他のしゃべり方も、完全に「俺」って感じなのに。せめて、王都の方のお育ちの良さそうな坊ちゃんならばいいのだが、いわゆる田舎者のしゃべり方では違和感しかない。


「俺はミグリオ。あんた、このへんの奴じゃないよな?」


 カゲロウ同様、脳内変換で「俺」にしておく。これなら、うん、違和感は薄れた。


「ああ。えっと。旅をしてるんだ」

「旅? もしかして、西の方から来たのかい」

「西……まあ、そんな感じで」


 西の湖はここから見ると東にあるので、実際には東から来ているのだが、この髪色はオースグラットでは西の方に見られる色に近いそうなので、肯定しておく。一時的な知り合いに余計な情報を与えて不信感を得る必要はないだろう。


「西から? なんでまた、こんな田舎の方まで」

「ええと、王都に向かう途中なんだけど」

「王都に向かうのに、こんな方まで来たのかい?」


 ミグリオと男性とから交互に質問され、混乱する。何を言っても嘘になってしまうため、返答に困る。こんなことならば、出かける前に魔術の練習をするよりも前に設定でも考えておけばよかった。

 設定。設定だ。


「その。実は私、ものすごい方向音痴でして。それはもう、保護者にも心配されるレベルで。地図も読めないくらいに。それで、王都に向かうはずが、いつの間にやらここに居て、どうやって王都に向かおうかと考えていたところなんですよう」

「胡散くさ」

「うぐっ」


 幼い声が、俺の心を貫いた。女の子の怪しむ目とド直球な言葉が心にくる。

 自分でも無理があるなあというのはわかっていたけれど。だからこそ、語尾でちょっと媚びてみたのだけれど。

 フォローもないことから、少女だけでなくふたりも同じように思っているのだろう。へたくそな嘘を吐いてしまったことに少々の恥ずかしさを感じつつ、目を逸らす。


「……すみません、ただの訳ありです。害意はないので、あまり触れないでいただきたい」


 もはや不信感を与えないなどとたわ言を言っても仕方ないので素直に謝れば、男二人は顔を見合わせて、それからこちらを見て笑った。


「恩人を疑うようなことはしないさ。それに、事情はどうあれ、無関係な人間の危機に首を突っ込むような娘だしなあ」

「害意のある人間が、そんなに下手な嘘を吐くとも思えないしな」

「……」


 唯一女の子……中学生くらいの少女は未だ胡乱なものを見る目をこちらに向けているが、これは不審がっているというよりは、純粋な敵意のように感じる。なぜ助けたというのに敵意を向けられているのかはわからないが。

 ともかく、怪しまれなくてよかった。状況的には結構怪しいと思うので、現代人としては、正直田舎の温かさよりも不用心が心配になってくるが。

 適当に愛想笑いで返していれば、ミグリオがずいっと前に出て来る。こいつ、距離感近いなと思うが、先ほど少女も抱き着いていたし、そういう文化なのかもしれない。


「どこかに宿でも取ってるのか? よければ、うちの村に来ないか? 二人を助けてくれた礼もあるし」

「え、いいの?」


 思わぬ提案だ。不用心さには少々不安になるけれど、泊めてもらえるならありがたい。村に入れなければ野宿だし、野宿が嫌だからといって家に帰るわけにもいかない。


「もちろんだ。魔術の話も聞きたいしな!」

「あー」


 にかりと笑み首を縦に振るミグリオは、どうやら魔術の話をしたいらしい。このあたりで唯一の自然魔術師だとか言っていたか。魔術の話をする相手が周りに居なかったのだとすれば、まあ、わからんでもない。


「じゃあ、お願いします」


 せっかくの厚意で渡りに船だ。男性も何の異論もないようで、そのまま村へ帰ろうと足を進め始めた。ミグリオがそれに続き、俺もついて行く。

 魔物は放っておいてもいいのだろうか。下手なことを聞くわけにもいかず、横目で見ながら放っておくけれど。


「お前、名前は?」

「え? ああ、リリア……リリアっていうんだ」


 確か、この髪色は短い名前の地方だったはず。略称というか、愛称だけを伝えておく。どうせ呼ばれるときはリリアだ。


「リリアは水の魔術が使えるのか?」

「うん、まあ」


 水以外の魔術も使えるので曖昧な返事になってしまう。

 この世界には自然魔術を使えるものは少ないというのを知っている以上、二つ以上の自然魔術を使えるのはあまりおおっぴらにしない方がいいことのように思える。そのあたりの常識は教えてもらってないから、慎重にならなければいけないのが面倒だ。

 ミグリオは気にしないようで、自分の魔術は火だとか、魔力量のことだとかを教えてくれる。魔力量は、感じていたけれど、そこまで多くはない。本人の口ぶりからすれば、一般的な人よりも少し多いようだが。


「そういえばリリア、さっきは呪文なしで魔術を使ってたみたいだが……」

「呪文?」


 聞きなれない言葉を聞いて、問い返す。言葉の意味は知っているけれど。呪文って、あれだよな。ゲームとかで魔法を使うときに唱えるやつ。

 ただ、この世界では聞いたことのないものだ。俺の知っている呪文と同じ意味でいいのか? 首を傾げる俺に、ミグリオも同じ方向へ首を傾ける。

 俺のわからないの意をくみ取ったのだろう、その姿勢のままミグリオは説明をしようとしたのだろう、口を開いたが、それは小さな影に阻まれた。小さいと言っても、俺とそこまで変わらないが。


「わ、カーリャ?」


 俺とミグリオの間に、少女ことカーリャが割り込んできた。そのせいで、ミグリオは言葉を止めざるを得なくなった。


「どうした?」

「別に、なんでもない!」


 しかし割り込んできておいて、カーリャはミグリオが問いかけるとめいっぱい顔を背けて不機嫌な表情をする。ついでに俺を睨んで、ふんっ! と頬を膨らませた。

 わかりやすい。非常にわかりやすい。

 どうやら鈍感らしいミグリオは首を傾げて自分に何か粗相があったのかと困惑しているようだが、俺も、それから前を歩く男性も理由はわかっていた。いや、でもオジサンは苦笑いなんかしてないで諌めてほしいんすけどね?

 しかし、なんでこの娘は俺を敵視しているのだろう。牽制するように、仮にも恩人に明確な敵意を向けて来るカーリャに困惑する。俺は別に敵では……。

 と、そこで気付いた。首を傾げて自分の髪が目についたところで。そりゃ牽制するって理由を。

 そういえば俺、美少女なんだった。


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