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少し歩いたところで、再び別の店と店の間に入る。今度は人目につかない場所だ。
振り返った彼女は、先ほどまで見ていた通りきれいな女の子だった。少々吊り気味の勝気な目と、流れるような黒髪が似合っている。
彼女は手を離すと、俺と対峙するように向き合った。背丈は同じくらいだから、目がしっかりと合う。長いまつげと、髪と同じ引き込まれそうな黒にどきりとする。
白い肌に似合った薄い唇が、先ほどの透明な声を出すために小さく開く。
「私、助けてほしいだなんて頼んでないわ。全部無視して、三年間穏便に過ごす計画がぱあになっちゃったんだけど、どうしてくれるのよ」
「へ」
そして、文句を言われた。
先ほど一瞬懸念した内容と同様の文句に、思わず固まる。まさか、第一声に言われると思わなかった言葉にぽかんとしてしまったのもある。
しかし、同じことを一度自分でも考えてしまっているから、せっかく助けたのになんだその態度は、という怒りもわいてこない。いや少し、感じ悪いなという反発心もあるけれど。
「えっと」
ただ、俺はこの子の学校生活に責任を持てないのだ。許される許されないの問題はさておいて、まずは謝るしかないだろう。
「ごめ」
「でも、嬉しかったわ。ありがとう」
返しかけた言葉は遮られた。謝罪のために下げかけていた頭を戻す。驚きの声がひどく間抜けに響いたが、自分の声は俺の聴覚にとらえられなかった。小さく笑っている彼女が、とても可愛かったからだ。
「いや、えっと、ごめん。勝手な口出しして」
顔が熱くなるのを感じながら、視線を逸らして謝る。可愛い。見た目がドストライクなこともあるし、先に文句を言っておいてお礼を言うのは反則ではないだろうか。
「お礼を言ったのに謝らないでよ。最初は余計なことを、とか何が狙いかとか考えたけれど、純粋に善意で助けてくれたんでしょう?」
「そりゃあ、悪意なんて持つ必要ないし。含むところもないけど」
可愛い女の子を助けることに下心が微塵もないかと言われれば即答はしかねるので、胸を張ってウンとは言えずに、ぼそぼそと言い訳のような肯定を並べる。
俺の態度をどうとったのか、彼女は小さな笑みを浮かべながら店の壁を背もたれにして体重を預け、腕を組む。黒のスカートが汚れそうだ。
白の襟シャツに黒のジャンパースカートは彼女の清楚さを引き立たせる。だからか、その少々粗野にも見える行動には違和感があった。
「あなた、どこから来たの? このあたりの人間ではないわよね?」
「あー、かなり山奥の方から。やっぱりわかりやすいか?」
「結構目立つわよ。しゃべり方とかね」
そういえば、さっきのいじめ野郎も口調だけは俺よりきちんとしていた。このあたりではあまり乱暴な言葉遣いはしないようだ。
一人称が反映されないなら、しゃべり方も勝手に変換してくれればいいのに。神様へ責任転嫁しつつ、彼女に返すのは苦笑だ。返す訳もない。
「身ぎれいにしているし、いいお家で働いているように見えるから余計に」
まあ、働いているわけではないしな。いいお家というのも否定すべきところだろうが、客観的に見てもこのあたりで見られるどの家よりもうちの方が居心地が良さそうなので否定はできない。もっと、住宅街のようなところに行けば大きな家もあるのかもしれないが。
「あんたは……えっと、このあたりに住んでるのか?」
孤児と言われていたけれど、彼女こそ身綺麗にしているし、家がないことはないだろう。余計なことを聞いて怒らせるのは嫌だが、変に気を遣うのは逆に自尊心を傷つけることになるかもしれない。
気は強いようだし構わないだろうと聞けば、一瞬だけ目を丸くして微笑んだ。地雷は踏まなかったようだ。
「私はもっと郊外の、教会でお世話になっているの。親は私が物心つく前に死んじゃったらしくて、ずっとそこに居るのよ」
「へえ」
教会兼孤児院のようなものなのだろうか。シスター服の彼女も見てみたいななどと邪な思考に気を取られそうになる。絶対に似合うと思うのだ。
「自然魔術の才能があるからって、国に請われて学園に入ったっていうのに。あんなプライドが服を着て歩いているような奴に絡まれて、いい迷惑よ」
「自然魔術の才能? 魔術が使えるのか」
「水の魔術が少しだけね。あの坊ちゃんは親が王宮魔術師で、私を目の敵にしているの」
「なるほど」
にしても、水の魔術ということは青の魔力があるのか。この世界には色の魔力を持つ者は少ないそうだから、希少価値も相まって才能と言われているのだろう。集中してみれば、彼女の中に魔力の気配を感じた。ここは空気がごちゃごちゃしているから森の中よりもわかりにくいが、リオンと同じくらいはあると思う。
「孤児だってことと、髪の色が変なのを以って鬼の首を取ったようにバカにしてくるのよ。くだらない」
「変? きれいな黒髪じゃねーか」
何が変だというのだろうか。まっすぐの黒髪はこんなにも美しくて蠱惑的だというのに。
「きれい……?」
だというのに、彼女さえも俺の褒め言葉にぽかんとしていた。しまった、直接的すぎたか。
ここのところ主だった会話の相手がくさいセリフを平然と吐くオッサンと天然誑しのリオンだったから、口をついて出てしまっていた。
引かれているかと訂正しようとするも、代わる言葉が見つからないで慌てていれば、彼女はこちらからそっと目を逸らした。
「そんなこと言われたのは初めてだわ。このあたりでは黒髪なんて居ないし、おかしいとしか言われたことがなかったから」
そう言った彼女の頬は、かすかに赤くなっているように見えた。
これは。もしかして、フラグが立ったりするんじゃないか?!
ドキドキと高鳴る心臓を抑えつつ、見えるのが好感情であることを再確認する。そして今の感情を後押しする言葉を探す。残念ながら俺の語彙にそんなものはない。ならば手本を参考にするまでだ。オッサンと、リオンの言葉を。
「きれいっていうのは、あなたのような透き通った色を言うんだと思ってたわ」
「……あ。あー」
そうだった。
項垂れそうになるのを必死で堪える。そうだった。俺今、女の子だったんだ。はちみつのような髪色の美少女だったのだ。完全に忘れていた。
「私は、あんたの黒髪も、すげーきれいだと思うぜ」
「何度も言わなくたって、あなたがお世辞やおべっかで言っているんじゃないことくらいわかるわ」
嬉しい言葉をくれながら、彼女は壁から体を離す。そろそろ別れのタイミングのようだ。もう少し話していたいが、そろそろ俺の方もオッサンの元へ戻らないと問題だろう。探しにこの場に来られても困る。
「あのさ。名前、聞いてもいい?」
別れる前に、引き留めるように問いかける。もしかするとまた会えるかもしれないけれど、今聞いておきたかった。
「アンネよ。あなたは?」
「リリアレイン」
長い名前を付けられても、呼ばれているのは略称だけれど。そこまで伝えれば彼女は、アンネは俺を呼んだ。
「リリア。普段は教会に居るから、またこちらに出てくることがあったら寄ってちょうだい」




