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様子を伺うべく数軒先の斜向かいの店に向かう。といっても見える距離なので移動に何分もかからない。歩いて行って、看板の文字が読めるところまでくる。看板には食事処としか書いていない。洋服屋も洋服屋としか書いていなかったが、ここでは店に名前を付ける文化は普及していないのだろうか。
残念ながら、現代のように扉がすべてガラスだったり、外にメニューが置いてあったり食品サンプルが並んでいるはずもなく。外から店の様子を伺うすべはなかった。
食べに入るわけでもないのに中に一人で入るわけにはいかない。財布はオッサンが握っているのだ。
仕方なく、元の場所に戻る。オッサンならばどこにどんな食事があるか下調べをしていそうだし、と考えるのは些か期待を持ちすぎか。
ともかくも徒歩数十秒の店に戻ろうと三歩目を踏み出したところで、人が目に入った。通りの向かい側、本屋のある方の通りの店と店の間。
そこに居たのは二人の男と、一人の女の子だった。
全員十代……俺たちの世界でいえば高校生くらいだろうか。二人の男子が一人の女子を責めるように追い詰めている。少女がこちらを向いているが、端正な顔に恐怖は宿っていない。
とはいえ、一人の女の子を囲っている男なんてのを見逃すわけにはいかない。俺の正義感が働いた――というか、今、ばっちり女の子と目が合っているから逃げられないのだ。さすがに女の子を見捨てた薄情な腰抜け野郎に成り下がることはできない。
大股で歩いて行くのに男たちは気付かない。少女は驚いたように目を瞠っていた。
「おい」
背後から声をかけると、二人の男はようやく気付いたようにこちらを振り返り、ぎょっと目を見開いて驚いたような顔をした。まさか誰かに声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。通りから見える位置に居たというのに、考えの足らないタイプのようだ。
「何してる?」
「なんだ、貴様? どこの者だ」
こちらが質問したというのに質問で返された。どこの者かと問われれば深淵の者ですと答えるのが正解だが、何のことだかわかってはもらえないだろう。
湖や自宅付近は、通称はあれど正式な名称はない。人間にとって入れない区域などただの未知の区域だからだろう。
魔物たちは場所の名前などどうでもいいようなので、地名を付けたりしないし。自分たちの名前さえないのだから当然か。
ともかく、自宅の魔女の家は便宜上深淵と呼ばれているだけだから、人に言ってもわからない。
「寄ってたかって女の子を囲って、何をしているのかこっちは聞いてるんだけど?」
答えてもらえなかった質問を再度繰り返す。こちらの問いに答えられないのに律儀に俺が答える必要はない。その態度に腹を立てたのか、二人の男は体をこちらに向けた。
「どこの家の召使いか知らないが、誰に口を出しているのかわかっているのか?」
「うん?」
召使い? と首を傾げるが、そういえば俺の服装は人に付き従っている人によく見られる恰好だ。つまり、こいつらは俺をどこかの家のメイドと勘違いしているのだろう。
「知るかよ。それは絡まれてる女の子を助けるのに必要な知識か?」
そういう脅し文句を使うということは、偉いお家柄の子どもなのだろうか。金持ちならば、カツアゲではないだろう。だとするといじめか。そんな良家のご子息が二人がかりで女子をいじめていたとなると、その方が評判が悪い気がするが。
とはいえどんな世界でも弱者を虐げる権力者は居る。
嘲るように見下した笑みをこれみよがしに浮かべてみせると、完全に二人の意識がこちらへ向いた。女の子は、相変わらずその場で様子を窺っている。見定めている、という方が正しいかもしれない。
「助ける? この孤児をか? 私たちから?」
感じの悪い男は心底バカにしたよう顔で笑う。隣の男もおかしそうにしているけれど、理由ははっきりした。どうやら彼女には親がいないらしく、そのせいでいじめを受けているのだ。
くだらない。現代でも時折きく話で、実にくだらない理由だ。
「この女は孤児の分際で国立学園に入り込む身の程知らずだ。そんな許されない行為をしている者に忠告してやっているのだ。むしろ、感謝されるべきだろう」
「はあ? その学校とやらに入れてる時点で、それは許されてるってことだろ。しかも国立だって? 国が、彼女がその学校に入ることを認めてるってことじゃないのか? お前らはそれを断罪できる立場なのか?」
というか学校なんてあったのか。
いじめを理屈の通らない屁理屈で正当化しようとしている馬鹿どもに呆れを通り越して、興味がなくなってきた。別のことを考え始めそうになる思考を戻すために彼女を見れば、少し驚いたような顔をしていた。
普段いじめられているから、俺の主張が珍しかったのかもしれない。
「なんだと、田舎者が! 常識を弁えろ!」
「あーあー、そうだな。私は田舎者だし、ここの常識は知らねぇよ」
俺は議論に向くタイプではないし、オッサンとの口喧嘩はだいたい劣勢になって暴力に訴えて終わる。こいつらがオッサンのように正論や屁理屈をぶつけてくるというわけではないが、話していても常識が違っては埒が明かない。
二人の男の間を割って、彼女の手を掴む。
「行こうぜ」
「待て!」
そのまま踵を返し通りに出ようとしたところで、待てが掛かった。飼い犬でもないので無視して進もうとすれば手が、彼女に伸びてくる。掴もうと伸ばされたそれには力が入っている。勢いよく向けられた敵意に対し穏便に済ませるのは、さすがにできそうにない。
「触るんじゃないわよ」
加圧魔法で野郎二人の体に圧力をかけるのと、その声が発されるのは同時だった。
冷静で温度のない声は、透き通るようにきれいだ。しかし、だからこそこういう場での強い言葉が効く。
一瞬俺に言われたのかと思ったが、反射的に離しそうになった手を逆に握りこまれ、先導していたはずが追い越され一緒に連れ出されてしまったので違うと判断する。
背後で「このまま学園に居られると思うなよ!」だとか「絶対に家を調べ出してやる!」だとか負け犬の遠吠えが聞こえてくる。
そういえば、冷静になれば彼女はこの先も学校があるのだ。一時の感情で助けてしまって、この先余計に学校に居づらくなるんじゃないだろうか。いやでも、本人も反抗していたし、大丈夫か?




