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ぼくらのままならない世界  作者: いない
少年と魔女
18/72

13-1

 ここに来て二年ほど経った現在も日記やカレンダーを用意するということをしていない俺は、そろそろ二歳くらいだ。

 初めに数え始めなかったのが今も数えていない理由なのだが、我ながらこの適当さには恐れ入る。今自分が何歳なのか気にならないわけではないが、如何せん面倒くさいのだ。一度、口に出してみたらオッサンが勝手にやってくれるかなと思ってカレンダーの話をしてみたが「ふうん」という反応だけで終わってしまった。長生きしていると、どれだけの月日が流れたかなど気にならなくなるらしい。


「きみもじきにそうなる」


 とは何の感情も持たない顔で言われたことだ。

 そんなわけで二歳くらいの俺と約五百歳(定かでない)の魔女が人間の街に行くことになったのはとある晴れた日のことだ。

 事前にオッサンが何度か視察に行って、リオンから情報も得て、過剰なほどに万端の準備を整えた俺たちが向かうのは王都である。当初は人の少ない村や町に行こうとしていたのだが、地方民はくたびれた格好の人が多く、また「田舎から出てきて」が通用しにくいことから都会に行くことに決まったのだ。

 王都は特に金持ちが多いらしく、金持ちには容姿の整った人が多い。いわゆるイケメンや美女ばかりというわけではなく、小奇麗にしているという意味でだ。


「それならばきみの珠のような肌でもあまり悪目立ちしないだろう」


 もはや慣れてしまった気障なセリフだが、反論はないので聞き流した。

 そしてオッサンの魔法で人気のない王都付近に転移して、はじめて人間の多い場所に来たわけだが。


「どうだね、感想は」

「人がいっぱい居るな」


 特にこれといって、大きな感動はなかった。

 石畳で舗装された道路。時折馬車が走っていたり、人力車が居たりする。通りに沿って並ぶ建物のほとんどが看板を掲げているので、多分ここは商業地域なのだろう。ときどきそれらの店に入っていくのは小奇麗にした大人たち。

 男は長い丈のコートで襟巻を付けている人が多い。ときどきシンプルなスーツ姿の人も居る。女はワンピースが多いか。俺と似たようなシンプルなものから、ドレスかと尋ねたくなるようなものを着た人まで居る。誰も彼も色は原色に近い色だが。赤、青、緑の目立つ町だ。

 黒のワンピースやエプロンドレスを着た人も居るが、そういう人はたいてい誰かに付き従う感じできらびやかな人が一緒に居た。本物のメイドなのかもしれない。

 建物は石づくりか煉瓦づくりで、総じて日本とは違う風景だという印象だ。


「なんだ、面白くない。もっと感動したまえ」

「人が居るってことが感動ポイントだろ。人間なんてリオン以外は初めて見るんだから」


 といっても久々に見る人間だというだけで、はしゃぐこともない。誰とも会話せずにひとりで居たのならばともかく、俺には二年間ずっと、対話できる人間のような相手がいたのだから。

 ともかくと、買い物に繰り出す。

 食べ物はどんな風に売っているのか。露店なのかスーパーのようになっているのか。きょろきょろ見回しながら歩くさまはさながらおのぼりさんだろう。実際そうなので問題ない。

 洋服屋、靴屋、雑貨屋、洋服屋……と見ていくに、このあたりは服飾関係の店が多いようだ。このへんに用はないなと思っていたのだが、オッサンはその中の一軒の扉を開いた。

 看板には洋服屋と書かれている。なんでこんなところに。首を傾げていても進まないし、入口で立ち止まるわけにはいかないのでオッサンに続いて中に入る。中にはきらびやかなドレスが見やすくディスプレイされていた。真ん中では営業スマイルのきれいなお姉さんとオッサンが話している。


「リリア、来なさい」


 気を散らしている俺に、オッサンから声がかかる。かかったけれど、その酷い違和感に足を出すのを躊躇った。

 事前に言われてはいたのだ。人前で小僧だのオッサンだの呼んでいたら不審がられるだろうということで、きちんと自分たちで作った名前で呼ぶことを。

 ただそれにしても慣れなさに気持ち悪いと感じるのは仕方ないことだと思う。


「なに」


 短く返して寄れば、店員らしき女性が一枚のドレスを広げているのがわかって、足を止めた。一歩後退るも、逃げ出すわけにはいかないのでそれ以上は下がれない。どういうつもりだと、オッサンを睨みつける。


「以前来た時にきみに似合いそうだと思って目を付けていたのだ。おおよそ合うだろうと思って買って帰ろうとしたら、彼女に正しいサイズを測らせろと言われてな」

「聞きしに勝る美しいお嬢さんですわ。ぜひ体に合うものを着ていただきたいものです」


 社交辞令や営業トークと言うにはらんらんと輝かせた肉食獣のような目をこちらに向けて来る女店員にもう一歩だけ退いた。怖い。

 それ以前になんで食料を買いに来たはずが、ドレスなんて買うことになっているんだ。どこに着ていくわけでもあるまいし。断る、と首を横に振ろうとすると、オッサンは店員から見えるのを遮るようにこちらに寄ってきた。元凶が何をしようとしているのかなんて嫌でもわかる。


「説得なら受付けねぇぞ」

「心配しなくても、この一着だけしか買わんよ。おとなしく測ってもらえ」

「その一着が無用だって言ってんだろ。だいたい、こんなの絶対高いだろ。必要ねぇだろ」

「外でその粗野なしゃべり方はやめろと言ったはずだ。浮くだろう。金ならば問題ない、あとで他に好きなものを買ってやるから、我慢しろ」

「もしかして、これ完全にあんたの趣味か!?」


 小声で話しているのを忘れそうになるのは、オッサンが珍しく理屈も屁理屈もなくごり押しで事を進めようとしてくるせいだ。基本俺を丸め込むときは理由を作り屁理屈こねくり回してくるというのに、最終的にもので釣ろうとするなんて。

 完全に趣味で押し付けようとしてくるそれを、嫌だと言って逃げ出すのは別に難しいことではないが。


「そうだ。きみに着せたいから着せる」


 開き直られてはもう、ため息しか出て来ない。このオッサンが結構身勝手な魔王だということは知っていたことだ。

 それに、買う気満々なのにこれ以上ごねて店員の手を煩わせるのは悪いだろう。日本人の性だろうか、これ。肩を落としながらくすんだ緑のあまり華美ではないドレスを持つ女性店員の元に向かう。

 俺を男だと忘れているオッサンを睨みつけるのは、試着室に入る直前まで続けた。


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