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ぼくらのままならない世界  作者: いない
少年と魔女
14/72

9

 ここに来て一年ほどが経った。誕生日など覚えていないし日にちも数えていない。四季もないこの場所では季節感覚もわからないので、当然誕生会などすることもなく今日も今日とて湖に向かう。

 魔力を抑えるようになってからしばらく経ち、今ではだいぶ慣れてきた。そのため東の火山の方では魔物が、俺が寄っても恐れをなして逃げたり隠れたりせず、食料として取れるようになった。昨日はその肉だったので、今日は魚である。

 影が居れば訓練をするが、どうだろうか。影との訓練日は特に決めているわけではなく、俺が湖に向かう日に影が居ればというゆるゆるレッスンだ。レッスン内容はゆるくないが。

 この半年で、だいぶ魔力を使っての喧嘩に慣れた。

 魔力盾はスムーズに張れるようになったし、水辺で水の魔術ばかりを使わずに火の魔術も試した。光の魔術は影のウィークポイントなので基本使わない。

魔力盾の使い分けもするようになった。掴まれたり殴りかかられたりの接近戦攻撃は体に密着した方がいいが、遠距離で衝撃を与えて来る場合は球盾の方が便利だ。今度は半円ではなく、きっちり球で。

 影は基本接近戦や物理攻撃が多いが、頑張れば遠距離攻撃もできる。影を実体化させて攻撃させるのだ。正確には影に魔力を含ませて云々とオッサンが言っていたけれど、自分で使うわけではないのであまり覚えていない。

 頭で考えて地道な練習をして覚えるよりも、使わざるをえない状況にして用途を明確にして使った方が、魔力も体も扱うに慣れやすい。オッサンの意図通りに動いているのが、師事する身ながら癪に障るけれど。



 一瞬で来ようと思えば来れるが、のたのたと歩きながら湖までくれば、先に人影があった。数日前から本来居る北の洞窟に帰っていると聞いたから、今日は居ないかとも思っていたのだが、影は先に来ていたらしい。

 近付こうとして、少し歩く速度を速める。あちらからも、こっちを認識できる距離に入ったときだった。激しい違和感がした。

 それは、その人影が影のように真っ黒な姿をしていなかったからではない。もっと、純然たる、絶対的な違い。


「……ヒト?」


 見た瞬間わかったのは、オッサンの命により相手の魔力を感知する練習を常にしていたからかもしれない。ただ単純に、これまでここで出会ってきた意思疎通できる生物(魔女とか人魚とか影くらいだが)とは違う空気だったからかもしれない。

 人間が、湖のほとりに立っていた。


「きみは……?」


 金髪金目の絵にかいたようなイケメンは、こちらを見て零れそうなほどに目を瞠る。驚いた表情でも崩れない相貌に心がささくれ立つのをわずかながらに感じつつ、足を進める。近付いてみる。


「人間……だよな?」

「ああ。きみも、だよね?」

「一応」


 魔物に化け物と呼ばれる存在ではあるが、一応人間に近い生物だ。不老不死で天使や神と同じような体だけど。概ね、人間ではある。


「ここで人間に会うのは初めてだ」

「私もだ。あんた、どこから来たんだ?」


 現在女子の俺よりも頭半個くらい背の高い、少年と青年の中間にあるような男。十四、五歳くらいだろうか。軽装ながらも簡易的な防具を付け、マントを着ているところを見ると冒険者か何かかもしれない。それにしては、身なりが良い気がするし、何より一人なのが気になる。

それ以前にこの世界に冒険者などというジョブは存在するのだろうか。前の生のゲーム知識に固定観念を植えられたままに会話してしまって、変に行き違ってはならないので下手な記憶は頭の隅へ押しやっておく。


「……オースグラットから」

「はあ」


 なんだそれは、国名か? 町名か? ここ以外の場所を知らないため、微妙な返答しかできない。聞いておいてなんだその反応はというような返しをしてしまったが、彼がこのあたりに住んでいるわけではなく、きちんとどこかの町からやって来たことだけはわかった。


「なんでこんな辺鄙なところに? あんま人は入ってこないらしいんだけど」


 というか、入って来れないらしいのだが。深淵と呼ばれているうちと違って魔力に耐性があるものならば、この湖くらいまでは来られるらしいけれど。ただ、魚やある程度の魔力のある魔物ならばわかるが人間が来るとは思わない。力を隠しているだけで本当は魔物かと疑ってみたくとも、本能で彼は人間だと理解してしまっている。


「それは……このあたりの植物や水は多く魔力を含んでいるだろう? 兄が魔術の研究をしていて……その、私は魔力耐性値が高いからその手伝いで薬草や水を取りに来ているんだ」

「へえ」


 お兄ちゃんのお使いか。聞くに、兄貴の方は魔力耐性がないのだろう。わざわざ弟を使いに出すとは、もしかするとオッサンのような研究好きなのかもしれない。


「それよりも、きみはなぜここに? 女の子が一人で居るような場所ではないだろう」

「えっと……」


 すごい。女子扱いをされてしまった。

 すぐに返せない言葉に、まったく別のところに思考を持って行ってしまう。化け物扱いは慣れたが、女の体になったとはいえ女子扱いはほとんどされたことがない。オッサンがたまに思い出したようにしてくることがあるけれど、多分あれは女の子扱いのつもりではないからなあ。


「入ってこない、と先ほど言っていたけれど……」

「あー……はは。そう、私はこのへんに住んでるんだ」

「住んでいる!?」


 察しのいいイケメンに本当のことを言えば、目がこぼれそうなほどに驚いてこちらを見られた。今にもつかみかかってきそうな勢いにたじろぐ。詳細に、実はこの先の峡谷に住んでいますと言ったらどんな反応をするだろうか。言わないけれど。


「きみ一人でかい!?」

「いやいやいや、まさか! えっと、保護者的な人と」


 保護者。一応師弟関係ということになっているし、嘘ではない。人ではないけれど、その程度は方便ということで。

 俺の適当な返答を察したのだろう、彼はいくつか質問を重ねてきた。その保護者はなぜ今私を一人にしているんだとか、ここが危険なことは知っているかだとか。


「恐ろしい魔物が居るという話も聞くというのに」

「あんたも同じ立場だろ、一人で来てるんだから」


 だんだん面倒になってきてつい口に出してしまえば、聞こえていたらしい、彼は一度目を瞬いた。しまった、厭味ったらしかったか。


「私は大丈夫だ。魔術も使えるし、剣もある」


 マントを捲り、腰に携えた剣を見せられる。洋風の、ゲームで見たような剣。男の子としてはテンションが上がってしまって、思わず声が出た。だって、絵にかいたような銀の剣なのだ。

 魔力があるのも見ればわかる。けれどその程度の魔力量でどれほどの魔術が使えるのか。

オッサンは少ない魔力量で大きな力を動かす魔術師も居るとは言っていたけれど、正直俺やオッサン、影に比べても微々たるもので、前に見たホオウやこの湖の奥深くに居る人魚の友人の魔物に比べても控えめなものだ。


「私も一応魔術が使えるから」


 隠しているから俺の魔力量はわからないのだろう。尚も心配そうな顔をされるが面倒だったのでそれだけ答えて、水辺に腰かける。俺の態度に何を思ったか、彼はそれ以上口を出すことはなかったが、そのまま隣に座ってしまった。

 こいつが居ると潜って魚を取ることができないんだけどな。人魚も人間が居るのを察しているのか出て来ない。


「なあ、あんたの居るところって、どんなとこ?」


 そのまま無言でも気まずいだけなので、聞いてみる。人間の住んでいる町のことだ。まだ行ったことはないけれど、行ってみたい気持ちはある。それに、ここに来て一年。俺はこの場所しか知らないのだ。

 この、自然以外は何もなく、居るのは魔物だけの空間しか知らない。文明の利器に近しいものは家に結構あるけれど、それでも、異世界に来たからにはそこの暮らしなども気になるもの。


「オースグラットかい? きみは……これは言いたくなければ言わなくていいのだけど、どこの国の出身なんだ?」


 言葉に詰まる。オースグラットというのはたぶん今の言い方からするに、国なのだろう。ここがどの国に属しているのか知らないが、何も知らない俺は何を言っても墓穴を掘るだけだ。言いたくなければ言わなくていいのなら、言わない手もあるが。その発言の意図がわからないので、黙っているのもあまりいい策ではないだろう。

 仕方ない。正直に話すしかないだろう。

 ただしすべては話さないで、嘘は言わないようにしながら。

 物心ついたころからここにいました。保護者は私をここまで育ててくれました。どこの国の人間どころか、世界情勢も知りません。教えてもらったことがないんですう。

 驚くほどに何一つ嘘は言っていない。生後一歳ちょっとだとか、保護者が魔女だとか、言っていないことはあるけれど、問われたのは出身国なのでさしたる問題はないだろう。

 彼は、俺の身の上話に少し同情するような顔をして、しばらく申し訳なさそうにした後教えてくれた。

 彼の住むオースグラット王国は、この西の湖からほど遠い場所にある。三名の神を祀っていて、産業の発達した国らしい。国家間の争いはしばらくない平和な国で、魔物被害も時折森の深い所に出るくらいでたいしたことはない。きわめて安全なところがいいところなのだそうだ。

 ふわっとした回答だなあと思うけれど、例えば俺が日本でこの国はどんな国ですかなんてきかれても同じように具体性のない答えしか返せないだろうのと同じように、実際住む人にとって、国のことなど曖昧にしか説明できないものなのだろう、と推測しておく。

 湖からはあまり近くないけれど、一応この森の向こうは既にオースグラット王国の領土であるらしい。王都からは離れた辺境だそうだが。

 続けて教えてくれた話によるとここは、どの国にも属していない場所らしい。

この奥にある、人の立ち入ることのできない深淵の峡谷を中心とした空の湖、花の森、火の山、宝の洞窟はどの国の領土でもない。各地がそれぞれ別の国に接しているが境界もあいまい。そもそもが人の入れない場所で国としては得る利益は少ないのだそうで、どこも国の領土とはしたがらないんだとか。

魔物もよそに比べて強いやつが多いそうだ。それは、俺を見て化け物だと感じ逃げ去っていく奴らのことだろうか。


「それに……これらの場所には各地をおさめる強い魔物が居るという話がある」

「強い魔物?」

「知らないかい? この空の湖には水を統べる、まやかしのように美しい女性の形をした水龍の魔物が居ると聞くのだが」

「水龍……」


 人魚ではないのか? まやかしのように美しいというのは、わからなくもないが。

 間違いなく人魚のことではあるだろうが、人間としては噂とか伝承の類なんだろうなあと笑って誤魔化して見せる。すると、彼は視線を外した。なんだと首を傾げればその整った顔に照れの表情は浮かぶ。


「初めは、きみがそうなのかと思ったんだけれどね」

「は」


 言われた意味が、はじめわからなかった。だがすぐにそれが口説き文句であることに気付いた。いや、当人はそんなつもりはないのかもしれない。オッサンと同じく素面で乙女ならばときめきかねないことを言う種族なのかもしれない。誑し族だ。

 とはいえ乙女ではないのでときめくこともなく、本当のこの湖の主を知っている身として乾いた笑いで再度誤魔化しておく。下手に勘ぐられないように「冗談きついぜー」と茶化しながら。冗談きついぜ。


「他にも、そう。花の森には姿のない妖精や、火の山には虹色に輝く鳥魔物の王が。宝の洞窟は、洞窟そのものがひとつ魔物の胎の中という話もある」

「おとぎ話のようだな」


 思わずこぼれた茶々をいれるような相槌に、彼は嫌な顔を見せずに「もっともだ」と小さく笑って続ける。


「そして一番恐ろしいのが深淵の峡谷で、魔物さえも恐れる魔物の王が居るといわれている」

「……へー」


 それはもう、魔王なのでは?

 魔王という概念がないのかもしれないので下手に言葉には出さずに、先ほどまでと同様のいまいち現実味がありませんという態度で聞く。なかなか噂も伝承もバカにはできないと思いつつ。

 魔物にさえ恐れられる魔物。自称は魔女だが、オッサン本人だ。


「ともかく、住んでいる以上わかっているだろうけれど、あまりこの奥には入らない方がいいと思う」

「ああ、うん。肝に命じとく」


 これは嘘である。奥に入らないどころか奥からやって来たのだから、入らない方がいいも何もない。恐るべき峡谷の魔女が保護者でそれ以外の魔物が一切居ないのだから、一番の安全圏があそこなのだ。


「ここの話はいいよ。あんたの居る国の話が聞きたい」

「あ……そうかい?」


 オースグラットでは魔術を絡ませた工学も盛んで、その研究のためにもここの魔力を研究していること。確実に神よりの神託を得るために制度があること。彼は催促されるままに、いろいろと国のことを教えてくれる。

 詳しいから、勉強家なのだろう。それに人に向けて説明するのもうまい。教師に向いていそうなタイプだ。オッサンも教えるのが下手ではないが、突然スイッチが切り替わったように自分の思考と会話し始めることがあるからな。

 そんなわけで、一日とっぷりと、俺は少年の時間を奪ってしまった。




「しまった、暗くなってきたな」


 話が一段落したあたりで、彼が焦ったような表情で呟いた。門限があるのかもしれない。身なりがいいから、いいところのお坊ちゃんなのかも。ただでさえ他の人が入れない危険な場所だ。心配する人も出て来るだろう。


「大丈夫か?」


「ああ、このくらいならば問題ないよ」


 言いながらもそわそわしているのは、時間を気にしているからだろう。腕時計を見るそぶりはないが。


「今日は楽しかったよ、ありがとう」

「いやこっちこそ! いろいろ一方的に聞かせてもらったしな」

「普段あまりこうして人と話すことがないんだ。よければまた来てもいいかな?」

「もちろん。ここに居るかはわからないけど、また会ったら話そうぜ」


 俺の場所でもないしな。誰の場所かというと、しいて言うならば人魚の場所じゃないだろうか。ずっと出てきていない人魚だが、気配はなんとなく水面近くに居るのがわかる。野次馬め、聞き耳を立ててやがる。水中で音が拾えているのか気になるところだ。


「ありがとう」


 軽い返答だったのに、彼は嬉しそうに破顔して礼を言った。

 イケメンの微笑みは純粋な感情からで、俺の感情は照れくささとすさむのとが半々になった。憎しイケメンとだけ思えればいいのだが。まあ、現在俺は美少女なんだけどな。


「そうだ。きみ、名は?」

「へっ?」


 唐突な質問に思わず声をあげた。次に会うときに呼ぶのに困るだろうと言われるが、そうではない。

 名前なんてない。

 これまでずっと、小僧とか魔女の弟子とか呼ばれていたので必要としていなかったが、そうか、人間は名前が必要なんだ。その発想が既に魔物側になってしまっている気がするけれど、気にしない。

 名前かあ。生前の思い出があればわかるのだろうが、今の俺は記憶の塊プラス一歳だ。享年さえ覚えちゃいない。


「……次にまた会えたら、そのときに教えるよ」


 曖昧に笑って誤魔化しておけば、彼は何か言いたそうにしたが、無理やり納得したように「そう」とだけ答えた。反対に名前を尋ねたいところだが、俺が次回なら相手も次回でいいだろう。タイミングが合わなければ次いつ会うかわからないし。それまで覚えておけるかも、自信は持てない。


「じゃあ。また」


 彼は優雅に手を振りながら、俺がいつも来るのと反対側の森へ入っていく。あそこから外に出られるのだろう。いつかは行ってみたいものだ。

 取り敢えず、まずはオッサンと名前の相談でもするかね。

 時間も時間だしパパッと帰ろうとしたのだが、直後感じられた魔力の移動する気配に遮られた。


「何、何、なに。恋の気配かしら!?」


 まずは水中から。


「ふむ、なかなかの好青年じゃあないかね。きみに好意を持っていたようだが、どうだね? まんざらでもないならば私は愉快なのだが」


 そして隣から。

 揶揄う気満々ですと書かれた二人の魔物の顔に俺は、一旦魔術で水をぶっかけた。


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