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ぼくらのままならない世界  作者: いない
少年と魔女
13/72

8-2

「で、なんでここが訓練場に使われるのかしら……」


 湖のほとりで、何度目かになる訓練日。今日は用事があるなどといって一緒に来ていないオッサンに代わり監視員をしている人魚は、面倒くさそうにため息を吐いた。現在は休憩中で、水に足を垂らして涼を取っている。別段熱いわけではないが、冷たい水は気持ちいい。


「東の山は他の魔物が多いし、まだ不慣れな私が火の魔術を使うのは危ないから。南の森は植物に被害が出ては困るからで、北の洞窟は、私は行く必要がないんだとさ」


 前に同じことを疑問に持ったときに返されたことをそのまま言えば、人魚はまたため息を吐いた。美女が台無し……とまではいかないか。


「あの魔女が、弟子には過保護だよな」


 影の魔物のくせに、日向に居ること自体は魔法が使えないだけで問題のない影は、同意を求めるように人魚に向く。ここは知り合い同士ではなかったが、何度か会って会話するうちに打ち解けた。

 名のわりには明るい性格の魔物は、きさくで話しやすい。会うたびに殴り合いをしているのに、もはや友達感覚だ。言葉遣いも粗暴で親近感を覚えるのもあるだろうか。オッサンは、崩れる頻度も少なくはないが基本は整えた言葉遣いをするし。そんな魔物も一人称は「私」だったので、脳内手動変換で「俺」に変えておいてやった。意識すればできた。


「本当よ。デレデレしちゃって」

「デレデレはされてねぇよ、気持ち悪い」


 過保護はちょっとわかるけれど。まるで親のように接してくるのにはもはや慣れた。違和感を覚えることはなくなったが、他人に指摘されると恥ずかしいと思う程度に自覚はある。

 オッサンに一度「あんたは私の親か」とつっこんで首を傾げられたので、俺はこいつらに同意を求めることはしない。親というものがオッサンはわからないようだったので、魔物には親がいないのかもしれない。


「魔女の弟子。お前は知らないかもしれねーけど、あの魔女は本当におっかないんだぞ?」

「その片鱗はここのところちょこちょこ見てるよ」

「というか、本来魔女という種が寒心すべき存在なのよ」

「ええ……?」


 それは、オッサンのイメージには合わない。出会い頭に攻撃してきたと思ったら想定外の反撃を食らって土下座するような魔物だ。自分では使えないくせに魔術が好きで、人間に興味津々。できない食事もすれば、一度背中を流してやったことで味を占めてちょこちょこせがんでくるようなオッサンだぞ。


「人間と契約したっていうのは……まあ、お前の魔力見れば納得できたけど」

「どんな魔物から見てもごちそうだものね、あなた」

「本当に。一口でいいからいただきたいくらいだ」


 それは喜んでいいところなのだろうか。よだれをたらしそうな顔でこちらを見てくる二人は、しかし魔力を主食とする魔物からすればおかしな行動ではないのだろう。オッサンも最初は契約ではなく魔力が目的だったみたいだし……。


「あれ? 魔力って、食わせるだけなら契約しなくてもできんの?」

「え? そりゃあ、できるけど」


 そういえば契約が目的でなかったのだよなと思い出し、推測を立てて問えば、影は発言の意図がわからないように首を傾げた。魔物の生態はあまり知らなかったが、よく考えれば契約しないと魔力をもらえないとなると不便だもんな。襲っても魔力をもらえない可能性があるんだから。


「じゃあ、要る?」


 今度は心構えをして、手を差し出す。突然手を取ってキスされてももう動揺はしないぞ。むしろ人魚にキスされるなんて役得だと喜ぶべきだ。

 ただ、二人は俺の快い提案にぽかんとしていた。何を言っているのかわかっていないようだ。


「あの、魔力食べるかって聞いてるんだけど」

「えっ。あ、えっ? いいの……?」


 いいもなにも、こちらからの提案だ。当然だろうと頷くと二人は顔を見合わせ、やがて決心したように首を縦に振った。

 何を躊躇っているんだろう。

 オッサンと同じように手首から魔力を吸い上げた人魚と俺の影に手を沈めて魔力を得た二人に向けた疑問は、帰宅してから知ることになる。




「どこの魔物の匂いを付けてきている」

「え、え?」


 今までで一番不快さを滲ませて、怒りを抑えきれていない顔をして待ち構えていたオッサンに面食らい、思わず一歩後退した。口元こそ笑っているものの目はまったく笑っておらず、腕を組んでどす黒い魔力(実際には無色の砂)をこぼしている魔女に、何のまずいことをしたかと記憶を巡らせる。

 生後半年くらいのものだから、思い出は多くない。ここに来てすぐのことから思い出せば、それはもはや走馬灯のようなものだ。


「匂いって、普通に人魚と影と、一緒に居たから……」

「それに何をさせたのかと聞いているのだ」


 聞いてない。そんなことは聞かれていない。

 叱られていることはわかるのだが、何が悪かったのかわからないので怯える以外にできることはなく、もういっそ、何か問題があったのならば早く断罪してくれという思いで「何が悪いのかわかりません」と伝えれば、魔女で師匠で、俺の契約相手はこちらに寄ってきて俺の細腕を掴んだ。


「きみ、私以外の魔物に魔力を与えたろう」

「え、うん……」


 それで怒ってるのか、この魔物は。理由がわかって脱力する。別に悪いことをしたわけではなかったのか。


「私の魔力は有り余るほどあるんだろ? あんたが吸い尽くすこともないくらい。じゃあ分けても問題ないんじゃないか……って……」


 これでもかというような苛立ちを現していたくせにいっそう、徐々に険しくなっていくオッサンの顔に言葉がフェードアウトしていく。何か、思い違いをしているらしい。


「きみは、自分の皿に知らないうちに手を出されていて快い者が居ると思うのか?」


 つまり。

 俺のしたことは、用意されていた自分の食事の皿に他人が、知らないところで勝手に手を付けたのと同義なのだという。

 自分に置き換えてみる。食べきらない量でも俺のための飯。しかもごちそうだ。それに、知らない間に誰かが口をつけていた。そりゃ怒る。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。


「ごめんなさい」


 理解すると同時に素直に謝っておく。言い訳のしようもない。謝る以外に方法はないので、誠心誠意謝っておこう。なんなら頭を地につけても構わない。ここを追い出されては困るから。


「わかったならよろしい」

「えっ? いいの?」


 しかし想定外にもオッサンは、一言で許してくれた。先ほどまでの般若顔も既になりを潜めている。これが演技ならば恐ろしいが、そんな風にも見えない。第一にこの魔女は俺に嘘をつく必要がないのだ。喧嘩したときの物理的な力の差はわからないが、立場としては俺が仮にも弟子なのだから。


「きみが無知なのは仕方のないことだ。ここしか知らない乳児に、私が教えていないことを知っておけというのは酷な話だろう」


 魔女は理性的な魔物だった。生後半年でよかった。実際は乳児ではないので二度と同じ過ちは犯さない。深呼吸をして心底の安堵で胸をなでおろす。それでも当面言うことは素直にきこうと誓っておく。


「では行くぞ」

「え、どこに?」

「知っておきながら過ちを犯した者を咎めにだ」


 手始めに湖を枯らすかな。

 そう真顔で言い放った魔女を、先ほどの誓いは一旦なかったことにして、俺は全力で止めにかかった。


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