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プロローグ


 物事は因果応報という言葉がある。けれど世界は平等ではない。たとえば努力は報われなかったり、運のいい人に対して悪い人が居たり、生まれの差だってあるだろうし。

 たとえば、まったく知らない他人のせいで、割を食うことだってあるのだ。




 平々凡々な人生だったと思う。


 点滅する青信号を駆け足で渡るような、病院の待合室で二時間待って五分で診察を終えて出て行くような、そんなありふれた人生だ。よく思い出せはしないけれど、山も谷もそこそこにあった、そんな一生だったと思う。そしてそんなことを感慨深くも思っているのは、現在きっと俺が死んでしまっているからだろう。

 ある瞬間、突然ぽつんと白い空間に居た。周りを見回せど窓一つない白い部屋だ。壁があるかもわからない。唯一あるものといえば暗幕のように分厚そうに見えるカーテンくらいか。それも真っ白だ。

 そんな空間に突然居た。

 ここはどこだ私は誰だと考える間もなく、ここが死後の世界というものだと判断できたのはどういう理由かわからない。死ねば理解するだとか、そういう仕組みになっているのかもしれない。ただ単純に、手足の感覚がなく、視界が異様に広く、夢見心地というにはやけに意識がはっきりしているせいかもしれなかった。


 さて。

 ところでここはどこだろうと改めて考える。考える間もなく理解はすれど、実際死んでいるのにも関わらず意識があるのだ。意識があるならば、どこかしらに存在しているのだろう。つまりこの白い空間がどこなのかということなのだが。

 まず思いついたのは天国だ。もしくは地獄か。そんな生前の知識にある死後の世界。想像していた天国や地獄とは違うけれど、そういう分類の場所ではないだろうか。

 次に思いついたのは……と考えるが、次は残念ながら出て来なかった。発想力が貧困なのか、純粋に学がないのかはわからない。

 なにせ俺は今、自分のことさえも、わからないのだから。


「それを理解しているところは、さすがといったところでしょうか」


 不意に声が聞こえた。自分の声以外の声だ。自分の声についてはまったく聞こえないので、実質この場における唯一の声である。

 反応して、顔を上げるように意識を集中すれば、カーテンの向こう側から一人の男が現れた。多分男だろうが、女性に見えなくもない。ジェンダレスとか、中性的とか、そういうのではなく性別というものがないような印象を受ける。

 彼はカーテンをより分けて俺の前に立つと、にこりと笑ってみせた。人間味のない精密な顔をしているけれど、その表情はまるで人間のようだ。

 神様や――天使というやつかな。記憶にある言葉と情報を引っ張り出して、そんな位置づけをする。羽のようなものも備えているし、天使かな。


「特に何であるとされても構いませんよ。こんにちは、特異魂質の君。ここは魂の裁定部署です」


 声は出ていないが、言葉はしっかりと相手に届くようで彼は律儀にも挨拶をしてこの場所が何かを教えてくれた。

 特異魂質。魂の裁定部署。聞きなれない言葉にない首を傾げる。少なくとも生前においてはなじみのない言葉。考えつつも問いかけるように、頭の中で「それってなんですか」と考えてみる。頭の悪そうな問い方は意図的なもので、素ではない。けっして。


「なじみがないのは仕方がないことでしょう。生者には必要のない名称ですから」


 フォローするように前置いて、彼は先生のように説明する。


「まずこの場について説明しましょう。ここは魂の裁定部署。通常人間世界で死んだ魂というのは無条件にとある部署に送られます。ただ、時々例外というものがありまして。人間にもよくありますよね、例外。そういった例外の処遇を決めるのが、こちらの部署なのです」


 例外。その例外というのが、特異魂質というものなのだろうか。


「いえ、特異魂質など例外中の例外。部署など作られるような頻度で現れるものではありません。基本的には精錬されていない自殺者の魂だとか、未成熟な子どもの魂などを取り扱う場所ですよ」


 思っている以上に考えていることが筒抜けになるらしい。挙げられた例外の例になるほどとわかったふりをしつつ、問う。では特異魂質というのは。


「特異魂質。例外をまとめて適当に呼んだだけなので決まった定義はありません。なのであなたの魂についてお答えしますと……あなたの魂はどうやら我々に還元されないようなのです」


 還元?


「通常死ねば、魂は我々の元へ還ります。あなたの国に広く知られている宗教は少し違ったようですが、どの国の、どの世界の人間の魂も等しくそうなのです。そして、その中であなたの魂は例外で、我々の元へ還れない質なのです」


 死んだあと、魂は神様の元に帰るというやつだろうか。どこかで聞いたおとぎ話だったか宗教の思想だったか、定かではない記憶を掘り起こす。


「なので、こちらの対応が整うまで何度か人生を繰り返していただくことになります。繰り返すといっても記憶は抜いて差し上げますし、人間の体は再利用に適さないため毎回新しい体を使っていただくことになるので、同じ人生を何度もというわけではありませんが」


 ほう。半分くらいしか話が理解できていないが、なんとんなくファンタジーチックなことを言われているのはわかる。生前は漫画やゲームなどが好きだった思い出というか、記憶があるのでなんとなくわくわくする展開な気さえした。


「その感情は、了承ということでよろしいですか?」


 俺の心情を見抜いて……というかまるっきり心を読んで、彼は言う。了承も不承も、そもそもここに居る時点で選択肢などないんじゃないか? と考えるのは野暮なのだろうか。もちろん了承なわけだが。


「不承ならばこのままここでなん百年か待っていただく、もしくは魂を消滅させるという選択肢もありますが?」

 それを世間一般では選択肢がないと評すると思うんだけど。


 まあいい。ともかく、了承をしたわけだから俺は今から別の誰かに生まれ変わるのだろう。記憶もなくすと言っていたから、生まれ変わったって別にどうということはないのだろうが。



――と、ここまでは普通の話だった。死後の世界に普通も何もないだろうとは思うけれど、取り立てて問題のないお役所仕事のような展開だった。


「あれ?」


 そう、間の抜けた声を上げたのは目の前に居る天使のような彼だった。それまでの感情を排した事務的な説明のときとは打って変わった、気を抜いた声に首を傾げる。傾げる首はないけれど、心持ち。

 なんだ? 問いかければ彼はこちらを向いて笑顔を作った。それが引きつった笑顔であるのは一見して見抜ける。緻密かつ繊細な顔の造りをしているわりに、天使と思しき存在の表情は人間的で、かつわかりやすい。


「すみません、不手際です」


 震える声で返されたのは簡潔すぎる答え。不手際。何がどう不手際なのか、正しい手際もわからない俺にはわからない。

彼にとってはそんな俺の感情も手に取るようにわかるようで、再度謝罪の言葉を出した。今度の謝罪は、自分が取り乱したことについてだろうが。


「簡単に説明しますと、あなたの魂の容れ物が横取りされました」


 横取り。何ともまた俗っぽい言葉が出てきたものである。更なる説明を求めれば彼は嘆息しつつ頭を抱える。


「何が起こっているのか定かではありません。予定では、あなたをこれから魂の死んだ体に下ろす予定だったのですが……誰かにその体を取られたようなのです。誰かが意図的にやったのか、事故かさえ定かでは」


 暗澹とした表情を作り上げる彼は頭が痛いと言わんばかりにこめかみを押さえる。その整いすぎた顔で暗い表情をされると、さながら本当ににっちもさっちもいかなくなってしまったかのように思える。もしや、仕方ないので魂を消滅させるだとか言われるのだろうかなんて。


「安心してください。約束は守ります、が、体をこちらで作るため少々勝手の違う肉体になってしまうことについては了承ください」


 先ほどまでの態度を改めて、再度事務口調に戻る。彼はひとつ咳をすると、指を一本立てた。


「まず一つ、我々と同じ体のつくりになってしまうため、基本寿命が存在しません。先に言った何度か人生を、という言葉を反故にしてしまうことをお許しください。また人とは違う力に芽生えたりしますので、こちらは好きに使っていただいて構いません。それに伴い記憶を残したいと思います。思い出は既に消去済ですので、知識のみの引継ぎとなります。……希望があれば思い出を戻すこともできますが」


 二本、三本と指を立てながら説明とお伺いを立てられる。

 思い出というと、生前の家族や友人の記憶ということだろう。あまりお勧めはしませんよと顔に書いてある彼に、要るわけがないだろうと思い伝える。見ず知らずの場所で、元に戻ることもできないというのに思い出などあったって迷惑なだけだ。

 現在も死の感傷に浸らないでいられるのは思い出が消去されているからだろう。自ら進んで辛い思いをするのはごめんだ。


「そうですね。賢明な判断です」


 ひとつ頷くと、彼は頭を下げる。神様や天使にもお辞儀の文化があるのかなと思ったが、なんのことはない、俺に合わせてくれているだけだろう。


「それでは、ご武運を」


 挨拶を最後に、意識が薄れていく。最後の最後で縁起の悪いことを言われたなと眠りの落ちる感覚の中、うっすらと思った。


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