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空からロボが落ちてくる

作者: 日向夏

二宮杯(第二次)作品。


テーマは『落』ですが、どれとでも。


 真っ青な空。今日も潮風が気持ちよく、あゆむの周りはいつもどおり忙しかった。


「おい山田のジジイの風呂まだか! 次詰まってんだぞ」


 歩は大声で二階から新人の介護士に言った。言いたくない、下手に言えばやっと入った新しい職員が辞めてしまう。仕事がきつくこき使うわりに給料が安い、それが一般的な介護士の仕事である。

 だが、ここに限っては給与面ではまだ他と比べて待遇がいい。しかし、いくら給与がまともだといっても人手不足には変わらない。


 その理由と言えば。


 歩は目を細めながら、外を見る。見晴らしがいい場所にあるので、海が太陽できらきらしている。高台の海が見える高齢者向け施設。いかにも金持ちが老後に入る場所であり、比較的給料が高いのも入っている老人に金持ちが多いことが理由に挙げられる。


 そして、作られた場所も温暖な気候で働きづめだった老人たちがゆっくり羽を伸ばせるようにと俗世間から離れた場所を選んだ結果、離島に建てたのだった。

 元政治家や企業の重役たち、彼ら彼女らが多く入っている。ゆえに、老害を体よく押し込める場所として、利用されていると口の悪い奴は言う。


 通称姥捨て島、音子野島にやって来てくれる職員はそんなに多くない。


「そんなに叫ばなくてもわかっとるだろ。それより飯はまだかの?」


 車いすの爺さんこと岡本のジジイが言った。


「人手がたんねーんだよ。ちったあ、待ってくれ。あー、もう、給料上げろ。倍に上げろ。そしたら、さすがに誰か来るから」


 食事をジジイの前に出す。足は悪くなったが、上半身は健在で頭も一応ぼけていないらしい。


「倍に上げることもできなくはないと思う」

「ならそーしろよ」

「新規職員だけ」


 つまり、歩の給料は据え置きということだ。不思議だ、自分は損しない。楽になるが、なぜ周りが上がって自分が変わらないとなると損した気分になるのだろう。


 歩の反応が面白かったのかジジイがニヤニヤしている。岡本のジジイだけじゃない、他の爺さん婆さんも笑っている。性格の悪いジジババしかここにはいない。


「おまえだって新人には変わりないだろ」


 歩の年齢は二十歳、今年、通信教育にて介護資格をとった。だが、この施設の出入りは長い。隣接した病院に幼い頃から入院していたこともあり、中学、高校はここでバイトをしていた。本来、無資格が手を出していいのかと言われたらいい顔はされないが、人手不足なら仕方ないと周りは目を瞑っている。


 岡本のジジイ他、多数の入居者とは顔なじみである。


 歩はふてくされた顔をしながら、並んだジジババたちに飯を運ぶ。歩の横柄さは、他の職員から見たら顔をしかめたくなるものだろうが、ジジババたちの多くはさほど気にしておらず、何より他の職員が文句を言えない理由もあった。


「おい、飯に付き添うような要介護はおらんから、はよ次の仕事行け。可愛い女の子ならともかくかわいげのない坊主に口を拭いてもらう趣味はない」

「じいさん、もう平均寿命こえてるだろ。はやく若い世代に遺産回してやれよ」


 憎まれ口に憎まれ口を返しつつ、歩は次の仕事にうつる。うつるはずだった。


「おーい、あゆむー」


 白い制服を着た女が渡り廊下から手を振っている。赤みがかった髪は白い帽子に押し込められ、日焼けした肌をしている。ここでは珍しく若い、歩と同い年だ。


「なんだ、千尋ちひろ


 千尋、歩とは幼馴染だ。老人ばかりのこの島では子どもはほとんどいない。同い年は千尋だけで、二人は同級生というやつだ。昨今の学校は通信教育が一般的になってしまったので、仮想空間の教室内では他にたくさん同級生はいるが、リアルではこいつ一人になる。


「ごっめーん。タンクひっくり返した。起こして」


 とんでもないことをこの幼馴染の君は言ってくれる。ここでいうタンクというのは雨水をためるもので、ろ過消毒し、生活用水に使っている。島で湧き水がないので、雨水を利用することが多い。


「どーやったら、ひっくり返すんだよ!」


 歩は怒りながら、千尋とタンクがある屋上へと向かった。






 屋上では、金属製のタンクがひっくり返りびしゃびしゃになっていた。


「いやあ、ちょっと洗い物の水を使おうと思ったんだけど、出が悪かったもんで見に来たんだー。バルブ緩めようと思ってさあ」


 笑いながら頭を掻く千尋。歩が介護士なら、千尋は調理師だ。島民の八割がこの老人ホーム及び隣の病院に関連する仕事についている。島にある最大のショッピングセンターは病院の売店という寄生っぷりだ。


 というわけで、島を出ない限り、若者二人の職場がかぶるのは自明の理であった。


 歩はタンクを見る。固定している金具が壊れているだけでタンク自体に漏れはなさそうだ。パイプもつなげれば何とかなろう。とりあえず、形だけでも戻す努力はしておきたい。始末書は書かなくてはいけないだろうが。


「あゆむー、スーツ持ってくる?」

 

 スーツとはパワードスーツのことだ。普通の人間なら、金属製のタンクなんて持てるような重さじゃない。


「いや、多分素手でいける」


 歩はゆっくりタンクを持った。ぴしっ、ぴしっと筋肉が膨らむ音がする。本物の人体がそんな音をするのか知らないが、歩の両腕は少なくともそういう風に鳴る。持ち上げるために腕をゆっくり曲げる。筋線維が伸び、縮み、タンクはたぷんという音を立てて起き上がる。


 タンクの重さは中に残った水も合わせて二百キロほどだろうか。これが満水だったらさすがに持てなかっただろう。

 もちろん、それでも人間が素手で持てる重さではない。


「おい、バンドで固定する準備」

「あいよー」


 歩がたてたタンクを外れたバンドで千尋が固定しなおす。外れたボルトをはめ、指先でぎゅっぎゅっと回す。


「軽く、軽くでいいから! お前加減しないだろ」


 おそらくタンクを持ち上げる自体は千尋も出来るだろう。問題は、歩と違い、加減が出来ないことだ。

 歩を呼んだのは、この島で自分と同等の力を持つ存在が歩しかいないためだ。もちろん、言いやすい相手だったこともあるだろうが。


 百年ほど前、未来は機械でサイボーグ化された人間がたくさんいると思われたらしい。その未来予想図は半分正解、半分はずれ。


 人間は身体のパーツを機械で出来た人工物、通称義体に変えることもあった。だが、多くの場合副作用が大きく、結局落ち着いたのは生体移植という手だ。

 その昔偉い人が作った初期化し多様性を持った細胞とやらは、現代でも実に活躍している。


 機械化しなくても、人間は身体のパーツを変えることが出来た。


 しかし、科学というものは同じ結果を得るにもいくつも道筋がある。

 古びたサイエンスフィクションの技術はほんの二十年ほど前まで使われていた。姥捨て島にある病院でも。


 生まれつき身体を動かせない子どもが二人いた。生まれてすぐ移植手術を受けた。生体ではなく義体を。骨は金属に、筋肉は人工繊維に変わった。歩と千尋の手足はそれだった。


 当時としては、人体実験とかマスコミに騒がれたらしい。あまりに多くの反響があったためか、義体の権威であり世界的な医者でもあった主治医は二人の赤子の手術後、無残な姿で殺害されている。


 そのため、虫の息だった機械化技術は消えていった。歩たちは、現代における最後の機械タイプのサイボーグである。


 人権がどうの言うのなら、なぜ手段に人殺しなんてするのだろうか。おかげで、主治医を失った歩たちはもっと苦労する羽目になった。


 歩と千尋の人間としては異常な筋力は機械化によるためだ。もっとも千尋の場合、移植手術の副作用にて五感における触感が一般人よりもかなり鈍くなってしまった。加減が難しいのはそのためだ。


 とは言え、見た目は普通の人間と変わらず、手も機械と言われてもピンと来ない。ただ、体重を測定すれば平均よりも重く、レントゲンをとると身体のあちこちに埋め込まれた小型制御装置が見える。力加減さえ気を付けていれば、まったく日常に支障はないはずだが。


 残念なことに支障をきたす生き物が歩の隣にいる。


 島を出たいと思っていてもなかなか出られず、ジジババの面倒を看ているのはこれが理由だったりする。

 千尋に代わり、指でボルトを締め、歩は千尋を見る。


「ちゃんと報告しろ。始末書かけ。水漏れしてたら困るから点検に来てもらえ」

「はい!」


 返事だけはいいが、たぶんやらかす。なにかやらかす。


「あっ、みてみて!」


 話を聞いていたのか聞いていないのか、千尋は空を指す。赤と紫のグラデーションの空にキラリと光る筋がいくつも見える。


「富、金、名誉!」


 流れ星に願いを言うには俗世間にまみれすぎている。


「俺が星なら絶対、おまえの願いをかなえねえ」

「安心して。叶えるほどの甲斐性を求めちゃいねえ」


 千尋は、はあっと両手を広げて大きくため息をつきやがった。


 殴りたい、すごく殴りたい女っている。今目の前にいる。


「最近、流れ星多いねえ。願いかけ放題だよ、まったく」


 流れ星が多いのは二十年ぶりになんとか流星群が近づいているとテレビでいっていた。しかし、のんきに流れ星を見ている暇はない。


「おい、仕事もどるぞ」


 時間を潰したぶん、早く仕事を終わらさなくてはいけなかった。






 ジジババホームの朝は早い。眠たそうな目をこする夜勤の人に代わり早出の歩は飯を食わせる。このホームは、頭がはっきりしている老人ばかりいるので、徘徊がないぶんやりやすいらしい。


 作られた経緯からも第三の人生を田舎で、という人の集まりのようだ。ちなみになぜ第二ではないのかと言えば、退職後、一度天下りした人がたくさんいるためである。

 ここにいる連中の身内は、邪魔な老害を排除したかったのだろう。それだけ口が回るジジババしかいない。


 朝食を個室で食べるジジババもいれば、みんなでわいわい食べる人間もいる。食堂では投影型のテレビでニュースを見ながら食べる。


 岡本のジジイがテレビを凝視していた。インプラントをしっかりいるので、トーストしたパンにコーンスープとサラダ、しっかり食べている。昔はインプラントといえば金属の螺子を入れて人工歯を入れていたらしいが、今は自分の細胞から作られた歯を移植することを言う。


 ジジイは、食べながらもテレビから目を離さない。


「ジジイ、こぼすからちゃんと手元見ろよ」


 ふきんを用意しながら歩もニュースをちらりと見た。


「また物騒なニュースをやってますねえ」


 話しかけてきたのは昨日、風呂に早く入れろと歩が叫んだ相手だ。新人の遠坂という男で、二十代半ばくらいだろうか。歩より年上で体格もいいが、まだ介護免許を取ったばかりらしく要領も悪い。介護士というより、警官とかスポーツ選手が似合う風貌だ。


 ニュースの内容は、正直朝食中に流すものではない。人間の脳が脊椎ごと抜き取られて放置されるというまさに残酷極まりない事件だ。しかも、一件ですまない。世界各地、人種も関係なく狙われる。同時多発、誤差があっても数日程度らしい。


 狙われた相手は大学の教授や医者、もしくは過去に大きな特許をとった科学者など。企業の元社長もいたらしい。社会的に権威を持った人間が多数狙われている。


 手口は一緒だが、同時多発で行われることから、同一人物による連続殺人ではなく、同じ思想を元に行動しているテロ組織の行動ではないかと言われているが定かではない。

 脳は綺麗にとられており、手口があまりに手際が良く、生半可な医者では出来る技術ではないと言われている。


 異常で不気味で未解決なこの事件は恐ろしいことに二十年ほど前にもあったそうだ。


 歩の主治医もまた、この手口で殺された人物である。


 普段ならチャンネルを勝手に変えることはしないのだが、やたらリアルな脳みそと神経線維の画像を流す。歩はチャンネルを変えようとしたが、ジジイに止められた。


「変えるな」

「はっ?」


 真摯な表情で岡本のジジイだ。周りを見渡すと、ジジイ以外にも他のジジババも食い入るように見ている。

 わけがわからないと歩が首を傾げていると、新人の遠坂が空になった湯飲みに茶を注ぎつつ言った。


「二十年ぶりですからね。流星群」

「流星群の何が関係あるんだよ」


 たしかに流星群も二十年ぶりだが、関係ないだろう。


 歩が不機嫌そうに言うと、遠坂がにこりと笑う。


「意味がわからないままなのが一番幸せだと思います」

「はあ?」


 喧嘩を売っているのか、と睨む寸前だった。手はださないが喧嘩っ早い性格をしている歩であるが……。


 その何とも言えない空間を切り裂くようなサイレンが破った。


 まるで骨董品の戦争映画に出てくるような空襲警報。気持ち悪いサイレン、それが館内に響き渡っている。


「……思ったより早かったな」


 ジジイが車いすを動かす。食事をしていた他の入居者も動く。サイレンは鳴るだけ、なんの放送もない。しかし、入居者たちはあらかじめマニュアルで決まっていたかのように、静かに迅速に動く。


「歩くんも行こうか」

「おい、これどういうことなんだよ!」


 歩は話しかけてきた遠坂に食ってかかった。新人のはずなのになんで訳知り顔なんだと。歩より身長は十五センチ近く高い、襟首を掴むのに背伸びをしなくてはいけなかった。


「ここは全然職員が入ってこないというけど、採用試験が難しくてね。過去二十年を洗ってシロだった上に資格もたくさんいるんだよ。まさか介護士の試験に一番手間取るとは思わなかったけどね」


 遠坂は冗談めかして言いながら懐から手帳を取り出した。警察手帳に似ているが、ちょっと違う。『警視庁』と書かれている代わりに、歩すら知っている国際機関のロゴが入っていた。


「君ともう一人、女の子がいたよね。ここにいて事情を知らないのは君たち二人くらいだ。あえて言えば、何故君たちを残しているのか疑問に僕は思っている。とはいえ、上の命令に従うのが僕の仕事なんだけどね」


 遠坂はポケットから古風な携帯電話を取り出すと誰かと話し始めた。話すのは一言二言、終わって切ると歩を見た。


「うん。許可がおりた。何があっているのか知りたいのなら、僕についてくるといい。この世界の最高頭脳たちが色々教えてくれるよ」


 歩は何も言えず、ただついて行くしかなかった。

 





 職員用のエレベーター、そこが地下数十階に通じているなんて言われたところでだれがピンとくるだろうか。それこそ古典もののSF設定だ。


 大体、離島にそんな深く地下階層を作れるわけがない。


「残念だけど、ここは元々ほぼ人工島なんだよね。領海侵犯なんかを取りしまるため、どんどん大きくしていったわけ。その時、有事の際を考えてどこかの誰かが税金の無駄にした施設があるというわけさ」

「ずいぶん馬鹿っぽい言い方するな」

「君にわかるように言ったまでだよ」


 にこにこと失礼なことを言う新人だ。あれだけ手際が悪かったというのに、それもフリだったのかと思うが、岡本のジジイの車いすを押すのは下手だった。ジジイはあまりに下手だったもので、自動運転に切り替えた。


 岡本のジジイは無言だ。きっとこの新人よりジジイたちのほうが詳しいだろう。でも、どこか気まずい雰囲気が流れていて、歩は話を聞けなかった。


 冗談かと思われたエレベーターはかかるGを考えると嘘とはいいがたかった。


 チンと到着の音がするとともに無機質な部屋に入る。


 中には見慣れた職員たちと老人たちが数人集まっていた。


「これが世界最高の頭脳ってやつか?」


 普段見慣れた顔ばかりだ。しかも緊張感のない顔が一つある。千尋が歩に手を振っていた。


「もう一人いるよ」


 遠坂は奥へと招いた。


「……」


 声にならないというのがどういうことか、歩は今現在進行形で実感した。


 世界最高の頭脳と言ったが、そこにはまさに頭脳、脳みそがあった。


 ガラス管の中、液体に浮かび、配線がいくつもつながっている。不格好な脳みそはさっき見たニュース映像にそっくりだった。


『こんにちは。歩くん。千尋ちゃん。大きくなったね』


 男性の声が突如聞こえてきた。しかし、同じ部屋にいる誰の声でもない。


『失礼、こうすればわかるかな。私の肉体はもう再生はできないレベルに破壊されていたもので』


 ぶわっと立体映像が現れる。壮年の男が現れる。


 歩は男に会った覚えはない。だが、相手の顔を知っていた。


 機械の身体を移植する技術の最後の権威にして、歩の身体を半機械化した医者であり世界的権威である博士でもある。赤子に対して人体実験めいたことを行い、世間のひんしゅくを買い、結果、殺されたと聞いた。


「なんで……」

『ああ、二十年前に人体実験を良しとしない思想犯に殺された、ということになっている。おかしな話だ、人体実験に反対するなら、なぜ私の肉体は綺麗に身体から脳を引きはがすような手口で殺されたのかと。思想を持ちながら矛盾した行動。そうだね、あくまで犯人は思想犯じゃなかったのだから』

「今、あっている事件と同じ……」

『ああ、そうだよ。殺人犯は思想犯どころか人間ですらない』


 立体映像の男は天井を指す。


『流星群とともにやってくる『落』ちてきた奴らに、私ははがされてしまった。人間に擬態し、人間の脳を狙う彼らに……』


 そして、笑う。


『宇宙人。わかりやすく言えばこうかな?』

「な、なんの冗談かまったくわからないな」


 歩は理解が追い付かなかった。いつもどおり憎まれ口をたたく事で平静を取り戻そうとしていたが、上手く行かない。


『この島は私の事件から異星人の対策本部として使われるようになった。私は幸運にも、彼らが完全に製品化・・・する前に逃げることが出来たからね』

「製品化……」

『ああ、彼らにとってここは宝の山だよ。最高級のコンピューターが大量にしかも自然に増えてくれるって夢の星だ。レアアース、レアメタル、石油燃料。それらに企業が目の色変えて集めようとするように、彼らは群がろうとしている。いわば、二十年前はその先兵だった。その中で、私の脳はかなり評価されたらしい。今狙われている人物たちを見れば、わかるだろ? 皆、医者や博士、政治家などなど。比較的、高学歴の人間が選ばれている』


 二十年前の流星群、そのあと起きた脳抜き取り事件、またやってくる流星群と医者や科学者、元政治家が狙われた事件。


 なにかのドッキリなら、さっさとネタ晴らしをしてほしい。なのに、男は話を続ける。

 

『彼らにとって我々の肉体は邪魔らしい。すぐさま抜き取ったらガワ(・・)には興味ない。ゆえに我々にも証拠を残してくれる。そこにあるのは我々を見くびっているというより、根本的な思想の違いなのかもしれない。彼らは私に新しいガワ(・・)を与えてくれた』


 立体映像の男の隣に奇妙な人型の機械の映像が増える。いわゆるロボットだった。シャープな手足に、口の無い、目が光ったデザイン。二十世紀末の人型ロボットを彷彿とさせる物だった。


『このデザインは嫌いじゃないけどね。私は、このロボットのメインコンピューターとして組み込まれた。彼らは私の感情を理解していなかった。私というより、地球人類の。外側は人間そっくりになって、私に近づいてきたというのに。ゆえに、消すべきデータを消さず、私はこうして地球に戻ってきた。まずこの姿で信頼を得るのは一苦労だったよ』


 ロボを土産として。変わり果てた姿で帰ってきた博士は、将来起こりうる絶望を説明した。突拍子もない。しかし、その姿が何よりの証拠だった。


「な、なんだよ、それ」

『悪かったね。僕が脳みそとられなかったら、二人のことをちゃんと診られたのに。君が苦痛で眠れない夜も減らせただろうし、千尋ちゃんの痛覚がなくなることもなかったはずだ』

「……」


 歩は自分の腕をつかむ。最後に覚えている激しい苦しみと痛みは七歳の頃だろうか。激痛で何度も叫びだした夜を思い出す。つけてもらった四肢は高性能で最新で、非人道的だった。成長とともに大きくなる。画期的だからこそ、その副作用も大きすぎた。


 ゆえに、痛みに耐えきれなかった千尋は痛覚を遮断することを選んだ。とうの千尋は気にしていない。ただ、激痛から逃げられたことを喜んでいたのは憶えている。


『彼らは二十年の間、私たちの脳を使って改良をしてきた。そして、今回次の段階を進むことにしたらしい』


 いつのまにか隣にいた新人こと遠坂が消えていた。


『これが警報の理由さ』


 出てきた映像には先ほどのロボットとよく似た機体が海の上に立っていた。


『機能テストとともに、新しい材料の調達。そのために敵はこちらに向かっている。今までのようにチマチマやるのではなく、根こそぎ奪うことにしたらしい』

「こちら?」


 緊張感のない声で千尋が言った。その答えをくれるのは岡本のジジイだった。


「ああ。わしらがここにいる理由さ。二十年前の段階で、奴らは次のターゲットを決めていた。光栄なことに立派なコンピューターになるそうだよ、わしらは」


 ジジイがはげかけた頭を指で叩いた。

 金持ちばかり離島の老人ホーム。入居者はみんなしっかりしている。職員がなかなか入ってこないわけ。


「採用試験が難しいわけさ。奴らが混じっていたら困るからね」


 遠坂はいつのまにかぴっちりしたスーツに着替えていた。


『今回が初の運転になると思うが大丈夫かね?』

「博士。僕は百を超える採用条件をクリアした男ですよ」


 遠坂はそう言いながら立体映像の向こう側へと移動する。ライトがつき、奥にコックピットのような物が見えた。ロボットの胸部がむき出しになっていた。


「遠隔操作ができればそれでよかったんだが、機体にはどうしても生体コンピューターの代わりになるものがいる」


 結果、パイロットは必須だということか。


 親指を立ててカッコつけてコックピットに乗り込む遠坂。


「過去、二十人以上が耐えきれなかった」

「それって」


 今までここにやってきて長続きしなかった介護士の数じゃないだろうか、と歩は気が付いた。


「痛みが伴うんだ。本来あるはずがない肉体があることで、不純物として扱われている」

『私が製品化される中で、そこに対する対処法はダウンロードされなかった。まだ、改良の余地がありすぎる』


 大丈夫なのか、冷や汗がにじむ。敵側のロボはどんどん近づいている。レーダーに距離が映し出される。


 信じられないことに奴らのロボは上を向いた。向いて何をするかと思いきや。


 パアアッ!!

 

 閃光で一瞬なにが起きたのかわからなくなった。しばしして、地下施設が揺れた。


「あれ、なんだよ……」

『今ので人工衛星が一つ落ちた』


 絶望的な発言が聞こえた。

 人工衛星というとかなりの高さにある。それが落ちるということはもう射程内に入っているではないか。


『奴らの行動パターンを解析するに先ほどのは性能テストだ。こちらに向けることは98%の確率でない』

「ゼロとは言わないんだな」


 あくまで資源を手に入れるため、焼き尽くすことはないらしい。


「だったら……」


 こちらにも勝ち目があるのか、と思ったときだった。


「っああああああああああ!!!!」


 つんざくような声が聞こえた。遠坂の声だ。

 職員たちが素早く動いてコックピットの中から遠坂が引きずり出された。真っ青な顔、大きな身体を縮めて震えていた。


 さっきまでの威勢はどうしたのかと歩は思った。


『身体に異物を差し込まれて全身をむしばまれるような痛み。そして、それは精神まで犯していくと過去のパイロット候補たちは言っていた』

「やっぱりだめだったかのう」


 岡本のジジイが杖を手にして、「うんしょ」と車いすから立ち上がる。


「じゃあ、わしから行こうかね」

「……何言っているんだ?」


 ジジイ一人、何が出来るというんだ。なんでヨボヨボ歩いている。


「簡単じゃろ。要は、ガワは邪魔だ。脱ぎ捨ててしまえば、より安定したパイロットが手に入る。そして、奴らが狙った世界最高の頭脳はここにある」


 岡本のジジイがはげかけた頭をまた指す。


「ハードはガタついておるが、まだソフトは現役だ」

「おい、やめろよ。何言ってんだ!」


 歩はジジイの前に立つ。立ち上がったジジイをもう一度車いすに座らせる。


「ジジイは黙ってひなたぼっこして『飯はまだかの』とでも聞いてればいいんだよ。んでもってさっさと老衰でくたばれ」

「ただくたばってはジジイカッコ悪いじゃろうが。だいたい、ここに来る時点で決めておったわ。世界をすくうために戦うジジイカッコいいじゃろ? 残念なことに、ヒーローになりたくない奴らは、今朝のニュースになってたからの」

『ああ。ここにいる入居者のほとんどが岡本元防衛大臣と同じ考えで入ってもらっている』


 昔、政治家でお偉いさんだったのは聞いていたが、そんなこと知ったことではない。


「知るか! 元はあんたが入っていたんだろ。どうなんだ、あんたが戻ったらどうなんだ!」

 

 歩は脳みそだけになった男に向かって言った。

 ひどいことを言っている。歩は思ったが、そんなことどうでも良かった。ただ、干物のようなジジイが脳みそだけにされるのが嫌だった。


「彼がいなくなれば、今後、奴らに対抗できる知識を失うということじゃよ」

「……」 


 何も答えることが出来ず、歩は呆然とする。


 そんな中、コックピットをのぞき込んでいる緊張感がない人物が一人。


「ねえ。スーツってSサイズある?」


 首を傾げながら千尋が言った。


「椅子の座り心地は悪くないね。あれ、これなんか線がつながるのかー」

「おい、千尋。何やってる」

 

 緊張感がない幼馴染に歩は言った。


「何って、私、岡本のおじいちゃん好きだもん。要はかわりのパイロットがいればいんでしょ」

「パイロットって」


 千尋は中を色々チェックしている。


「ねえねえ、これって私たちに使われている義体と相性いいんじゃない? おとーさんが同じだし」

『ああ。奴らから得た知識とともに、地球で使えるもので改良を加えている。君らに使った義体とは、制御装置は同系統の物だ』

「つまり相性がいいってことでしょ。なら、私最適じゃない」


 えっへんと千尋が平べったい胸をはった。


「私なら痛くないし、さっきのおにーさんみたいになることはない。あとは、あのロボットをあちょーって倒せばいいんでしょ?」


 骨董品のカンフー映画の真似をしながら千尋が言った。


「んなわけあるか! お前が出来るわけないだろ!」


 歩は千尋の肩を持って揺さ振る。


「おまえはトロい、役立たずだ、毎回毎回備品壊しやがって。その上、この島でしか生きられない! そんな奴が宇宙人のロボなんて倒せるわけないだろ!」

「だからだよ。岡本のおじーちゃんも博士も頭いいもん。まだ皆に必要でしょ? 私ならいなくなっても問題ない。それに」


 それに……。


「私がいなくなったら好きなところに歩もいけるでしょ?」


 にこやかに残酷に千尋が笑った。


 歩は頭をがつんと殴られた気がした。


 痛覚がなくなった千尋は定期的にメンテナンスを受けなくてはいけない身体だ。歩も必要だが、千尋ほど必要ない、年に一度あれば十分だ。滅多に壊れることはないのだから。


「歩は自由になってもいいんだよ」


 笑う。痛みから解放された代わりに、島につながれた千尋。


 これではまるで、歩が千尋のために島に残っているようではないか。なんて自意識過剰な奴だ。


 歩は嗤う。


 こんなトロい女がロボットのパイロットだって笑わせる。

 すぐにスクラップになり、海に落ちていくのが目に見えている。


 ふざけるな、馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ。

 だが、もっと馬鹿なのは――。


 歩は千尋の肩を押した。よろけた千尋は後ろにいた職員の手で支えられる。


 歩はコックピットに乗り込んでいた。座席に座り、操作パネルを叩きつける。


 コックピットが閉まる。職員が慌てるのが見えるがもう遅い。身体のあちこちに配線が伸びてくる。ちょうど、四肢を制御する装置が入っているところだ。首の後ろに針のような物が刺される。


 ずんと重力を何倍もかけられたような感覚に陥る。手足の付け根が焼けるようだ。焼き鏝を押されているようでいて、同時に縛り付けられているようにも感じる。頭が痛い、歯がきしむほど噛みしめる。


 痛い、痛い、痛い、痛い。


 だけど。


 昔に比べてたら痛くない。


 死にたくなるような年月を一体何年過ごしてきたと思っている。いっそ、痛覚をなくしてしまったほうが楽だろうかと思ったこともあった。


 それに比べれば大したことはない。


 こんなもので耐えきれなかったなんて、遠坂なんて大したことないじゃないか。


 歩は口からこぼれた涎を手の甲でふき取った。


「ロボの操縦は男のロマンだろうが!」

 

 痛みを吹き飛ばせ、呆けた他の連中に泡を吹かせてやる。


「出発する」


 口にする必要はないのかもしれない。元々、脳みそだけあれば問題ないコックピットなのだ。操作盤があるのは、メンテナンスのためだろう。


 ふわんと身体が浮かんだ。いや、浮かんだのではなく周りがすべてモニターと化した。揺れはない、ただすごいスピードで進んでいく。シェルターの壁はぎりぎりで開く。


 青い空、青い海。そして、水平線の向こうからロボットがやってくる。


 これ以上島には近づかせない。


「行け」


 海の上をすべるようなイメージをする。浮かんでいる。飛んでいるという感じではない。水上スキーをするような動きだ。


 ずきずきと痛い。でも大丈夫だ。こんなもん、脳みそだけにされるより問題ない。


 身体が義体に馴染まずベッドで横になっていた頃を思い出す。


 痛みを我慢できたのは、隣にひたすら笑う馬鹿がいたかもしれない。あいつの前では泣くもんかと思っていた。


 脳みそをえぐられるような、きっとそう感じたパイロットもいただろう。脳から直接指令を出すので、うまくデータが変換できないと頭が痛くなるようだ。重すぎる情報量は脳みそに過負荷を与える。


 ただ、ベッドの上で何度も自由に動ける姿を想像した歩にとってはそれほど苦痛ではなかった。


 ロボが眼前まで近づく。まずやることは大きく拳を振り上げて、奴に先制パンチを食らわせることだった。


 ずきんとあるはずのない痛みが拳に反映される。機体を壊さないようにするリミッターの役割かもしれない、だがふざけた話だ。


 脳みそだけ奪って改造して、その後も苦痛を与えたくて仕方ない。人間をなんだと思ってやがる。


 そんなことが許されるか。


 相手もただ殴られるサンドバッグではない。歩と同じように拳を振り上げる。しかし、遅い。


『そいつは試作機だ。パイロットはおらず遠隔操作だろう』


 コックピット内に主治医の声が響いた。


『大丈夫なのか?』

「あんたのサドな義体に比べたらかわいいもんだ」


 どうしても一言いっておかないと気が済まないので言っておく。


 しかし、話ながら戦闘するというのは、ずぶの素人の歩には難しいらしい。腹に鈍い痛みが走る。ロボのみぞおちにえぐるようなパンチがねじ込まれていた。


「あんたとの話はあとだ。今はこいつを倒すほうが先だ」 


 ふざけている。あってはならない。もう誰もパーツになんかさせない。


 目の前のロボットにも、元は関係ない誰かの脳みそが使われているのだろう。そう考えると何より早く仕留めてやりたくなる。


「なにか武器はないのか?」


 すると頭の中に情報が入り込んでくる。痛い、まじで痛い。おかげで二発食らった。


「混乱するじゃねえか!」


 せめて映像で見せられないのか、と思ったら、普通に映し出された。 


 歩は呆れつつ、敵の攻撃を避けながら確認する。


 先ほど敵側が出した目からビームは出せるようだが、チャージが必要らしい。これが目が熱くなるフィードバックがきたらどうしようかと考えてしまうので今のところ却下。


 逆を考えると、相手は歩が相手している間はチャージ出来ない。ならば、他に武器は……。


「ないって……」 


 あるのはある。ただ、すべてチャージしないといけない。最初からチャージできなかったのかと言えば、元々急な出動だった。


「おい」


 これなら自分から近づかずに待っている間にチャージを済ませて、いきなり胸に攻撃を当ててしまえば終わったのではと思う。


 そんな中、相手の武器は小さなナイフのような物を持っていた。光る切っ先は水面にかするとジュウっと水蒸気になる。


 高温のなにか、学の少ない歩ではそれくらいしかわからない。


『簡単に言うとレーザーカッターね。エネルギー反応を見る限り他に反対の手と右足にも仕掛けてあるわ。関節部分を狙われない限り、かすってもその装甲なら耐えられるわ。何度も切り付けられると辛いだろうけど、気を付けるのは刀身部分だけでいい。あと、下腹部のあたりにエネルギー反応があるわ。これが動力でしょうね』


 ババアの声が聞こえた。


『うるさいならオフにしてちょうだい』


 いや、そんなことはない。伊達に世界最高の頭脳とか言っていただけのことはある。

 ついでにもう一つ。


「レーザーってことはあれもエネルギーだよな」

『おそらく』 

「なら」


 単調な動きだが、ナイフで殴ってくる。避けるのは難しくないがなにより武器がない。


 武器がないなら作るしかない。


 身体を庇うように手を構える。構えながら後退し、なおかつ重心を下げる。

 そして、振りかぶった時を狙って頭を下げた。

 普通なら考えられないだろうが、刀身をわざと顔へと叩きこませる。じりっと目が熱くなるような感じがした。だが、怖がっている暇はない。


「チャージ」


 ロボの眼窩はあのビームを出せたのた。レーザーカッターくらいのエネルギーで壊れるような代物ではない。なら、エネルギーを吸い取れば相手の武器はただの棒きれになり、尚且つ……。


「放て!」


 やはり目が熱い。でも耐えられる。それでも数秒時間がかかる。エネルギーも圧倒的に少ない。でも、必要なのは小さな隙間にねじ込むエネルギーなのだ。


 コックピットの位置は同じだとすれば胸を狙えばいい。だが、それも想定内として前からでは装甲が厚い。


 なら。


「取れろ!」


 首が引きちぎれる痛みがある。


 だが関係ない。こんなもの本当にちぎれるわけじゃない。ロボだって元々は別のパーツだけで作られていたものだ。外すことも可能だ。


 だが、それを武器にするとまず考えないだろうが。


 とれた首を持ち敵のロボの背中にくっつける。


 手が熱い。首が痛い。目が痛い。


 だが、関係ない。


「放て!」


 もう一度宣言するとともに、閃光が周りを真っ白にした。

 





 真っ青な空。今日も潮風が気持ちよく、気分は最悪だった。


「無茶する。首ちぎれなかった?」

「くっついてんだろ?」

「ロボは生首だけどね」


 歩に膝枕をしていたのは千尋だった。


 頭はがんがんするし、気持ち悪い。手足は動かないし、何より首がむち打ちしたように動かない。

 どこからやってきたのか、空母がやってきていた。歩が寝ているのはその甲板だ。ロボは回収されていた。壊れた敵方のロボもだ。


 中の脳みそは壊れたのだろうか。たとえ加工済みでも罪悪感がある。けれど、苦しみが続くよりいい。


「歩は外の世界を見てもいいんだよ」

「……勝手に決めんな。外に出るにも金がいるんだよ」


 義体のメンテナンスは高い。今の給料より下がったらメンテナンスを受けられるかどうかわからない。


「じゃあ、おじいちゃんたちの遺産くださいって言おうか」


 笑いながら千尋が言った。ひどい話だが、悪くない。


「いいなそれ。じゃあ、遺書書いてもらってさっさとくたばってもらおう」

「うん!」


 千尋につられて歩も笑ってしまう。


 気分は最悪だ。


 めっちゃ首痛い。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かった!
[良い点] 幼馴染二人の関係性。 老人組が「ああこういう施設なんだなー」と思わせてからの真実。 現実から徐々に小説の世界へと引き込まれていく巧みなストーリーテリング。 読後の爽やかさ。 [一言] まさ…
2017/05/30 01:13 退会済み
管理
[一言] ロボットもののこういったヤバめな状況からのスタート好きです
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