三
そもそも、この世界の貴族の社交の場というのは子どもの頃にもそれなりにあって、例えば午後のお茶会という名のお昼の噂話の集まりなんかは社交界に出る前の子ども連れて行ってもオッケーなの。子どもだけ別のところに集められるけどね。そこで顔見知りになって、お友達になったり、婚約したりというパターンもある。それ以外にも婚約だけ先に親同士で決めて、そういった集まりでそれとなく引き合わせたりするのもあり。
私も小さい頃にお母様に付き添っていたことあるけどユリアンがいれば側に無理やりくっついていた。それも結構ユリアンを独占していたような気がする。他の子が近寄ろうものなら散々威嚇して近寄らせなかった記憶がある。今思えばどこまでも自己中な自分だったのだろう。海より深く反省します。これも自分を甘々に甘やかせてきたあの腹黒お兄様のせ……。あっと、いけない。こほん。淑女が悪口などいけないわね。
色々考えているうちにふと私はお母様の通っていた学校の話を思いだした。お母様は私と違って幼少から美少女で、十四歳で社交界にデビューするや求婚者が山の様で婚約者の選定の猶予のために花嫁学校へお入りになったそうな。そこは貴族などのセレブ未婚の子女達の社交の場となっており、そこに入学が許されるのは高位の令嬢のみ。さらにそこは全寮制だった筈――。
思い立ったら吉日と私は社交に忙しいお母様に相談というかお伺いをしてみた。
「……まあ、あなたには唯一の、婚約者がいるのにそんなことは必要無いと思うけど?」
「いえ、まあ、その……」
お母様の返事にもじもじする私を見てお母様はぱらりと口元を扇子でお隠しになられた。流石お母様はこの世界の社交界を軽やかに渡り歩く方――。それは今も伝説と称賛に彩られているのよ。
「ふふ。……そうね。あなたも結婚までにいろいろ知っておくのも必要ね。よろしくてよ! お母様に任せなさい」
お母様はとても嬉しそうに仰って、あれよあれよと私の花嫁学校へ入学の手続きは進んだのだった。そして、私が後で気がついたことにその学校はユリアンの通う学園の隣だったのだ――。そういや、本来のゲームの中でもこの超お嬢様学校の存在は、ちらりと会話にでてくる。
ゲームの舞台になる学園の隣にある高位の貴族令嬢だけが通う乙女だけの園。それを攻略対象の男性たちが百合だのなんだの気持ち悪いと貶しているセリフが少しだけでてくる。
でも、確かそこに王太子妃候補の令嬢がいるとの設定なの。実は隠れキャラの一人の王太子攻略は彼女の所にお忍びで通う王太子と出会うことが必要になっている。
『ゆるハー』はメインの攻略キャラのユリアンと隠しキャラの王太子にはそれぞれ既に決まった婚約者がいるので許されないあなたという設定。そう言えば思い出したけどゲームの中のユリアンと王太子の容貌は似ていて、一瞬どっちか分からないときがあって困った覚えがあるのよね。
そう言えば日本での私には彼氏は居なかったの。だから、今度、今度こそ! 私なりのハッピーエンドを探そう。……かな。高くは望まないの。今度は自分を見てくれる優しい人でいいの。ユリアンのように無理やり脅して婚約などしないの……。
何たって今の私は高位ご令嬢として育ったからだ、それなりに高スペックだしね。ゲーム内の彼女もそうだった。まあ結局はただの当て馬になるかもだけど……。
そう思って私は部屋のにある鏡の前に立ってみた。そこにはドリルのように巻いている艶やかな黒髪に大きく煌めく瞳の美少女がいた。それは、某伝説の演劇漫画のライバル役のようだけど――。でもね。客観的に見ても色白でかなりな美人だと思うのよ。
それから数日は入寮準備をしつつ、私はついほぅと溜息をついてしまった。
「お嬢様、やはり、学校などお止めになった方が……、お体のこともありますし」
長年私に仕えてくれた侍女がおずおずと申し出てきた。私の中では兄のルークと会うことが先延ばしになったので、少し油断してしまっていた。彼女は体調が良くなってからの私の変化に気が付いているような気がする。
だって、私も以前のように我儘で傲慢に振る舞おうとするんだけど、やっぱり気がひけちゃって前みたいに出来ない。自分の気分を晴らすためだけに侍女に嫌がらせとかムチ打ちなんてできる訳無いじゃん。日本じゃそんなことはとても特殊なものに分類されちゃうしね。それにヘタしたら犯罪よね。
侍女は小さい頃から私の世話をしているので変化に気がついたみたい。私は病気のせいだと言い訳して誤魔化しているんだけど……。
「いいえ、大丈夫よ」
私は安心させるように微笑んだ。それも彼女には不審だと感じるようだった。彼女は探るような視線をまだ送ってきた。
実は花嫁学校には入寮の際に身の回りのことをさせる侍女は一人だけ連れていってもいいことになっている。勿論私は侍女を連れて行く気は無いの。自分のことくらい自分でできるしね。それにどうせ三年後には立派な庶民になる筈なのでできないとね。
それに学園には王太子妃候補の公爵令嬢もいるのよね。もしかして、彼女が自分の女官候補の令嬢をぞろぞろ連れて入寮している可能性があるかも。彼女が嫌な女だったらどうしようかな。
私はあまり嬉しくない想像を描いてしまった。
お貴族様とお付き合いするのに気を使うわぁ……。今の自分には腹芸はできないかも。まあ、今までにそれなりにはマナーとかは覚えているから大丈夫だと思うけれど、要は気概がないのよ。面倒くさいとしか思えない。それでもなんとかやるしかないわね。
まあそれも後三年の話。本当の私は庶民なのよ、庶民、あ、でも裕福なんだっけ? 裕福とはいえ庶民だから、取り違えが判明して放逐されたらユリアンともう会うこともないんだろうなぁ。くすん。
私はそんなことを胸の内に呟いて、侍女に今までありがとうと別れを告げると私はいよいよ住み慣れた侯爵家を後にしたのだった。