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十八

「やあ、初めまして……かな。ご令嬢レディ方?」


 そう言って、はにかんだ笑みで入ってきたルークお兄様をご覧になるとご令嬢方からは甲高い悲鳴のようなお声が上り、幾人かはお倒れになられたため、最早先生の紹介の言葉など耳には入らない状態だった。正しく叫喚の坩堝。


 ――嗚呼、ルークお兄様。ついにこんなところにまでやって来たのね。一体どんな手を使ったのでしょうか?


 皆様はお兄様に釘付けになる方や、ちらちらと私の方にも視線を送ってくる方もいらした。その上、傍からご覧になると極上の微笑みで私の方に視線を送ってくるお兄様に対して私は身の置き場が無かった。


 ……え? あんな素敵なお兄様がいて羨ましいですって? 世間ではお兄様は完璧な存在に見えるかもしれません。ええ、でも、どこにも完璧な人間はいないと思いますわ。異世界でも日本でも……。私はまだ見たことがございません。


 それより私は早くルークお兄様と他人になって、心穏やかな生活を送りたいところでございます。その昔、ルークお兄様の命令によって、私は使用人にムチ打ったり使用人も辞めさせたりしたことがございましてよ? それでも宜しいの? え? 顔がイイなら許される? まあ、なんて恐ろしいことでしょう。でも、それなら仕方ございません。顔だけは確かにルークお兄様はよろしいですから。その見るものを魅了して一緒に奈落に誘いそうなアメジストの瞳に鴉のような濡れ羽色の艶やかな黒髪。キューティクルもそれは見事なのよ。そして、肉食獣のようなしなやかな体躯は素晴らしいものです。どこをとっても鑑賞に耐え得ると誰もが称賛すると思われます。


 でも、今の私の中身は小市民になっています。日本での厳しい就活に学んだ私は普通の生活を望んでます。ええ、セレブな大富豪の娘になって悠々自適な生活を送る方が良いんです。


 お貴族様の陰謀渦巻く社交界などはノーサンキューですっ。あ、でもお兄様とは赤の他人でしたよね。それが判明した時、お兄様からげしげしと足蹴にでもされるのでしょうか?


 『今までよくも騙してたな』とか言われて、更に『この、汚らわしい平民』とか蔑んだ目で貶められてしまうのかしら?


 そんな考えをしていた私でしたが、どうやらお兄様は皆様に諸外国でのお話をなさるらしい。確かにここにいらっしゃるご令嬢の中には外国に嫁がれる方もいらっしゃいますものね。


「折角ですから、……そうですね。ここのサンルームに移動してお茶でも頂きながらお話をお聞きいたしましょうか」


 そう仰る先生の言葉にご令嬢方が立ち上り移動を始めた。ここの学校は日本のように黒板に向かってノートを取るような授業などはあまりないの。そもそもここは社交界のマナーを事前に学んでより良家にお嫁入りする準備のための学校なのよ。


 私の前方をきゃっきゃ、うふふと話される令嬢に囲まれながら歩くお兄様がいた。何故か私に話しかけてはこなかった。いつもならお兄様の荷物持ちとか下僕として使われるのにどういうことなのかしらね? それにお話されることは諸外国での実際の外交のことで皆様は興味深く聞いていました。


「……どのような国でも身分というか立場というのがあります。それを越えるというのは悲劇的なものを感じますね」


 諸外国に王家の代理として外交に赴かれるお兄様のお話が終わるとご質問に答える時間になりました。最近お感じになったことを質問されたご令嬢がいらして、そのようなご発言が出ていました。


 ――それはどういうことなのでしょうか? もしや、お兄様の運命の相手が身分違いとかなのでしょうか? だから、家族に紹介されないのですか? でしたら、私はどんな身分の方でも反対いたしませんよ? 全力で祝福する一存でございます!


 お兄様のご講義も無事に終わり。ほっとした私にお兄様は手招きして呼び寄せられた。


『まあ、なんてお美しいご兄妹なのでしょう』


『本当に眼福でございますわ。まるで天使様の描かれる絵の様ですわね』


 私は内心嫌々ながら近寄っていたのだけど遠巻きにそんな囁きが聞こえてきた。


「入学した報告が無いのは兄として寂しい限りであるが、身の回りの世話をする侍女も連れていないではないか。兄としては心配でこうして様子を見にきたのだよ」


 お兄様の言葉にややざわめきだす級友達。そりゃそうよね。皆様は一人や二人の侍女なり使用人を連れてきていますもの。だけど私は四六時中誰かが側にいるのなんて気詰まりなんです。それに自分のことは自分で出来ないとね。庶民はそうなんですよ。お兄様。それより、いきなりこんな風に学校に乗り込んで来られるなんて思ってもみませんでした。


「まあ、アーシア様。いけませんわ。お兄様にご心配をかけていたなんて。でも、ご安心なさって、ここには寮付きのメイドもおりますし、私の侍女もアーシア様のお手伝いをさせて頂いておりますわ」


 ジョーゼットが私に助け船を出してくれました。ありがとうジョーゼット。心の友よ。私は心の中でそう称えた。


 ジョーゼットの言葉にルークお兄様は心配そうに眉を寄せて溜息をついた。それだけでもご令嬢から感嘆の吐息が漏れ聞こえる。恐ろしいルークお兄様の魅了の力……。


「ありがとう。ローレン公爵家のジョーゼット嬢。あなたはお優しい方だ。流石は王太子妃の筆頭候補者であらせられますね。うちのアーシアとは大違いだ」


「まあ。そんな。アーシア様とはお友達ですもの。当然のことですし、アーシア様は素晴らしい学友でもありますわ」


 ジョーゼットはルークお兄様の無駄にだだ漏れの色香のせいかぽっと頬を染めた。


 ――お兄様。ダメでしよう。王太子様の婚約者をドキドキさせてはいけません。


 そんな嵐を巻き起こしたものの、お兄様が私にお話があるということなので、私はその後の授業をお休みして、寮の応接室にご案内してさし上げた。



 するとルークお兄様は先程までとはがらりと態度が変わり、威圧を放ちながら私にお話を始めたのだ。兄に内緒で入学するとは嘆かわしい、侯爵令嬢として相応しく振舞うようになどとお小言をなさった。そしてなんとお兄様は我が家の侍女を連れてきていたのだった。


「彼女はおまえの小さな頃からの側付きだ。何かと役に立つだろう。やはり侯爵家令嬢としての品格は必要だと思わないかい?」


 お兄様の有無を言わせない雰囲気に私はこくこくと首を縦に振った。そして、これからの私の行動は逐一お兄様に知らされる……。じ、自由を……。ルークお兄様に言われて私の頭の中を某地球世界にある有名な独立を求めて戦う絵画の絵が過っていた。


 断固として、我は戦う! 我に自由をとは口に出せず、黙って受け入れるしかなかったのよ。


「それともう一つだ。……ここに入ったということはお前ももう適齢期だということだ。それで兼ねてから温めていたことを話しておこう」


 私は沈黙を貫いた。それを諾とお考えになったお兄様は話を始めたのよ。それもとんでもないことを……。


「先日の学園のお茶会でアベル王太子殿下はお前をとてもお気に入ったそうだ。またゆっくりお話をしたいとまで仰ってくださった。これを機会に私は王太子殿下の新たな婚約者候補としてお前をと考えている」


 ――ふぁっ? 今、何を仰いました? お兄様。まさか、ですよね? あの完璧美少女ジョーゼットのライバルになれと仰るのですか?

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