十七
剣術大会が終わって、自分達の寮へと帰る道すがらジョーゼットと顔を見合わせて共犯者の様な笑みを交わした。
「ふふっ。叱られてしまったけれどとっても楽しかったわ」
「私も。ジョーゼットが誘ってくれたからとても良い記念になったわね」
ジョーゼットの用意した馬車に乗せられて寮まで戻るまでに彼女はとてもイキイキと話をした。
私の方も生ユリアン様が見れたし、何たって騎士のようにうやうやしく手の甲にキッスですよ。もう、手を洗いたくないかも。
今夜はリアル・ユリアン人形のお着替用として騎士風のを作ろうかしら? 鎧なんかを脱着式にして、あら、いやん。誰? ユリアン様の麗しい裸体を想像した人。
「でも、今回の事はご両親に知られちゃうわね。御免なさいね。アーシア」
ジョーゼットが困ったように可愛らしく笑って言った。その笑顔で大概のことは許されそうだけどね。私のやや切れ長のクール系の瞳と違って彼女は本当に愛くるしさがあるの。
寮に戻ると私は自室の机でいつものようにステータスを確認した。
《ステータス》
アーシア・モードレット
[スキル]
ムチ使い ☆
裁縫 二
[好感度]
ユリアン・ライル UP↑↑
ジョーゼット・ローレン UP↑
アベル王太子 UP↑
ガブリエラ・ミーシャ DOWN↓
今日はなんと文字化けしていたところにスキルなんてものが見えるようになっていた。ムチ使いに裁縫? それと星のマークがあるのは何? ムチ使いのスキルはカンストしてるということかしら? 道理で勝手に体が動いたし、ムチが使い易いと思った。普通は戦闘なんてできる筈ないもんね。所謂ダンスと同じでオートモードになっていた訳か。
そもそも、日本では普通の学生だったし、特別なことは何もしてない。アーシアの方が逆にいろいろと教養を受けているのよね。悪役令嬢とは言えやはり高スペックだった。
それにしても、ユリアン様の好感度が上がったというのだから、どのくらいなのか見えればいいのに。でも、アベル王太子様も上がったんだ。だけどガブちゃんの好感度は何故下がるのよ? 逆にこっちが迷惑をかけられてる気がするのだけど。
そんなことを考えつつ、リアル・ユリアン様人形の着替え用に家からもってきた端切れの中から物色した。裁縫のスキルがあるし、頑張ろうっと。他の布なんかも持ってきてもらうように頼もうかしら。他にも必要なものがあるしね。そろそろお兄様の服も汚れてきてるしね。
でも、今日はプリムラ学園のイベントを見ることが出来て満足な一日だったわ。ああ、そうだ。ムチのお手入れもしておかないと。あんな風に急に必要になると困るしね。 目が疲れてきたので、明かりを消してベッドに入る。この世界は電気の代わりに魔導鉱石というのを使ってライフラインが整備されている。向こうの世界の石炭ぽい見た目だけど有害なものを出さないクリーンなエネルギーなのよね。この魔導鉱石を使って、灯りなどのエネルギーを使えるように国が整備しているものもあるし、ここは寮の建物単位で管理されているみたい。
そうそう、それに私のムチに使われていると言われるドラゴンはね。昔はそれなりにいたんだけど今は絶滅危惧種だから。レッドデータバンクに載ってるみたいね。だから、普段はそうそう見ることはないから。それにしても、こんなことまでは、あの『ゆるハー』には無かったのよね。一応、普通のアドベンチャー系乙女ゲーだったし。好感度を上げて、選択肢に気をつけていれば攻略対象者とハッピーエンドになる、そんなゆるゆるゲーの筈なのにっ……。何なのこれ。
剣術大会の翌々日に、なんと寮にユリアン様からの贈り物が届いた。それは可愛らしいピンクの薔薇の花束とお菓子だった。添えられたカードには型通りの挨拶に始まって来てくれて嬉しかったとの言葉が書かれていた。更には今度の休みは一緒に出掛けたいなどと書かれていたの。これってデートのお誘い? お出かけイベントのフラグよ。きっとね。楽しみ。
やっぱり、ユリアンルートは王道ね。でも、私はヒロインじゃないからどうなるんだろう。だけど今回はガブリエラちゃんがルークお兄様を狙っていると言ってたから、大丈夫かな。でも、取り違えが分かったら、流石に名門伯爵家に庶民のお嫁さんはゲーム以上に有り得ないかもね。それこそ無理ゲーよねぇ。
だから、やっぱり、目指せ富豪の娘エンドね。それからユリアン様のような人を見つけるわよ……。
「あら? うふふ。ライル伯爵からなの?先日は楽しかったわね。お父様からは外出禁止を言われちゃったけれど……」
授業を誘いにきたジョーゼットにいろいろ見られてしまったけど、こうやって惚気るのも楽しい。コイバナよね。え? 遠山明日香のときに彼氏はいたのかって? それは、そのごにょごにょ……。
それからは再び平常授業でいつもの生活が戻ってきた。なんだか入学してから、バタバタしてたので少しほっとするわ。
でも、相変わらずステータスは変化無く、好感度が微妙に矢印だけアップダウンの表示になっている程度。こんなに好感度って、上がるのが難かったかしら? もしかして、これってハードモードとかなのかも……。
平穏な日々でほんわかしているとマナーの先生が色めきだって入ってきた。
「本日は素晴らしい方を講師としてお迎えできましたの」
そして何故か先生は私の方に意味ありげに視線を送ってきた。
「さあ、どうぞお入りください。モードレット侯爵家のルーク様です」
私はずるりと椅子から滑り落ちそうになってしまった。この教室の机はそれぞれ素晴らしいのよ。選び抜かれた職人の技で肘掛けもついているの。シートはベルベット仕立てで、ふんわり……。じゃなくて。今、何て仰いました? ほぁっ?
「初めまして、でいいかな。お嬢様方」
そんな魅惑のボイスと妖艶な微笑で入室してきたのはルークお兄様だったのよ!
周囲からはキャーという歓声が沸いてしばらく何も聞こえない状態に。ここはコンサート会場かっ。
――どういうことなの? 誰か助けてプリーズ!