十三
朗読劇や他の演奏なども無事終わり、それぞれの家族は帰宅することになった。両親を玄関まで見送ろうとすると何故かユリアン様に呼び止められた。まるで待ち伏せしていたみたい。まさかね。
両親は気を利かせたようにさり気なく私をユリアン様の方に押しやってくれた。だから彼とは向かい合うことに。こうして近くに寄るのは久しぶりだからちょっとドキドキしますね。これを機会にじっくりと今のユリアン様を見てリアル・ユリアン様人形を作ろうなんて思ってませんよ? 実は思ってるけど。
二人で話そうとするのだけど少し離れたところにいるルークお兄様からの視線が突き刺さるように痛い。
ユリアン様は少し笑みを浮かべて私に話しかけてきた。その表情はすっかり大人びていた。だから、私が覚えている天使のような少年の面影を探そうとした。
「……アーシア、久しぶりに会えて嬉しかったよ。今度は夜会にも一緒に参加しないか? いい加減、私から花やお菓子以外も受け取って欲しいな」
ユリアン様が寂しそうにそんなことを仰ったの。――はい? そもそも私はあなたからはそれしか贈って貰っていませんよ? そんなことは知らないわよ。
私は頭の中で盛大に疑問符を浮かべてしまった。そこに何故かこほんとルークお兄様の咳払いがして口を挟んできた。
「正式に婚約披露をしてからでないとそれ以外の物を受け取れる訳がないだろう? 君は社交界のマナーさえも知らないのかね? これだから格下の家柄の者は……」
――お兄様! 今何と仰いましたか? ユリアン様と私は婚約しているのではありませんか? それにお兄様のその言い方だと、もしや、お兄様がユリアン様からの贈り物をシャットアウトしていたということでよろしいのですか?
お兄様の言葉でユリアン様が形の良いその怜悧な眉をやや歪めた。
「では、婚約披露の日取りを……」
「ちっ……。半人前のくせに……。いや、失礼。我々は急いでいるのでね。ユリアン君、君もお連れがお待ちかねのようだよ」
――お、お兄様? 何を? 今、それに舌打ちとかしませんでした? 紳士が人前で舌打ちするのはどうかと思いますよ。
そこへ、ヒロインのガブリエラちゃんがユリアンにぶつかりそうな勢いで駆け寄ってきた。
「ユリアン様ぁ。もう終わったんですから、早く学園に帰りましょう? ガブリエラ、帰りたいです。きゃあ、とっても素敵な方! 是非お近づきになりたいですぅぅ! 私はガブリエラ・ミーシャと言います。どうぞよろしく! きゃ、言っちゃった。恥ずかしい」
無邪気そうな笑顔でガブリエラちゃんはユリアン様の腕を強引に取り、何とお兄様に声を掛けたのだ。ルークお兄様は少し驚いたようだけど直ぐに貴公子然とした笑みを浮かべて答えた。流石、王国社交界を陰で暗躍しているお兄様だわ。動じてないわね。
「失礼ですが、ミーシャというとミーシャ商会のご令嬢でしょうか? あの商会にこのような可愛らしいお嬢さんがいらしたとは……」
ガブリエラちゃんはルークお兄様の偽りの微笑と言葉にすっかりハートを打ち抜かれてしまったみたい。目までハートが飛んでいる。器用な子だわ。いえ、やっぱり、恐ろしい子……。ルークお兄様にそのようなことを言えるなんて。
「きゃは。商会を知ってるなんて嬉しいです。是非お店にも来てくださいね! 素敵な方なので特別にお安くいたしますぅ。きゃ、そんなこと言ったらまたお父様に叱られちゃうぅ」
最後にてへぺろと言いながらガブリエラちゃんはお兄様の方に手を伸ばそうとしていた。お兄様は終始穏やかな微笑で誤魔化しているようだけど周囲に素早く視線を送っていた。彼女への対処法を探しているのだと私の<お兄様センサー>が告げていた。
「――ああ、どうやらプリムラ学園の他のお友達を待たせているのではありませんか? あちらで彼らがお困りのようですよ」
お兄様はさり気なくガブリエラちゃんの手に掴まらぬように器用に避けていた。流石、国外で渉外で泳ぎ切っている匠の技ですね。その上、生徒会のメンバーの方をガブリエラちゃんに指示していた。流石ですわ。ルークお兄様。ガブリエラちゃんは不思議に思ったようだけど気が付いていないみたいね。
「えぇぇ? そんなのもうどうでもいいというかぁ。今日はお兄様にお会いできるチャンスなんだし、これを逃すと面倒くさいって言うかぁ」
「ミーシャ君。君は何を言って……。それに先程から失礼だよ。彼は侯爵家の嫡嗣の方なのにそのような態度はどうかと……。ルーク様、後日また改めてお伺いしましょう。今日はこれで失礼致します」
ユリアン様はぶつぶつ言うガブリエラちゃんの腕を引っ張って行ってしまった。ガブリエラちゃんはユリアン様の方を恨めしげに見ていたけどね。ユリアン様は名残惜しそうに私に視線を送ってきた。
――あれ? どういうこと? ユリアン様から嫌われて無い? でも、そんな視線を受ける価値は私にはございません。私は後三年後には立派な庶民なのです。お貴族様のユリアンとは身分違いになるの。これこそ許されないゲームになるのね。……くすん。
ルークお兄様と両親のところへ見送りに戻るとお母様は呆れた表情をしていた。
「……ルークったら、いい加減にしなさい。アーシアが嫁き遅れたら困るでしょ」
お母様はお兄様に咎めるような目線を送ったけれどそれにルークお兄様は平然と答えていた。
「構いませんよ。別にアーシアはいつまでも、うちにいればいいじゃないですか」
――はい? それは何のお話か怖くて、私はルークお兄様を問い詰められませんが……。
お父様もお兄様の言葉に勢いよく肯いて続けた。
「そうだとも! アーシアにはまだまだ早いよ。もうちょっと慎重に選ぶべきだ」
「まあ、あなたまで、そんなことを……」
お母様は苦笑じみた口調で言いつつ扇で口元をお隠しになった。
お父様。……あの、申し訳ないのですが、私は皆様の家族じゃないんです。三年後に判るんです。ごめんなさい。ああもう、辛いなぁ。……くすん。
そう思っても言える筈もなく、ますます私は身を縮めるしかなかった。両親達を見送って部屋に戻るとやり切った満足感と最後に物悲しさを感じていた。
今日も恒例の机に座ってステータス画面を確認するとステータス画面の変化は無く。
[好感度]
ジョーゼット・ローレン UP↑↑
ユリアン・ライル UP↑↑
ルーク・モードレット UP↑↑
アベル王太子 UP↑↑
ガブリエラ・ミーシャ DOWN↓
……何これ? そもそも乙女ゲームに女性の好感度まで、あること自体不思議なんだけど。顔見知りになったら、出るの? それもガブリエラちゃんのは下がってるじゃない。どうしてよ? 別にお兄様とかユリアンへの攻略は邪魔をしてないけど。
私はステータス画面を見ながら、こんなのがあるのか、ガブリエラちゃんに会えたら、今度聞いてみようと考えていた。それにしても、ヒロインが現れたとならやっぱり私の庶民落ちは間違いないようよね。あーあー、庶民になるのはいいけど家族と離れるのはやはり寂しい。新しい家族と上手くやっていけるのかなぁ。そんなことを考えるとちょっぴり不安になっていた。
それから直ぐに夕食の時間となったので、食堂に行くと集まった皆と賑やかに今日の出来栄えを褒め合っている内に私も物悲しさなんかを忘れてしまった。
お腹一杯になって、部屋に戻ると私は興奮状態が冷めやらぬまま、せっせとリアル・ユリアン様人形を作成し始めた。出来上がったらもう寂しくないよ。放逐されても持っていくの。
それで縫製レベルなどというのがステータスに現れていたけど気がついたのは後のお話。