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 そんな私の願いは虚しくどうやらルークの咎めるような視線でユリアン様は私達に気がついたようだった。ユリアン様自身も王太子様を探していたのかも。彼も名門伯爵家の跡取りだもの未来の国のトップに挨拶は必要だろうし。


 ユリアン様は生徒会のメンバーらと離れてお一人でこちらに近寄ってきた。王太子様がユリアン様に気が付いて声を掛けた。


「おや、ユリアンじゃないか。君も招待されていたのか」


「はい。アベル王太子殿下。並びにローレン公爵家のジョーゼット様。本日はお目にかかり、光栄でございます」


 ユリアン様がそう言って見惚れるような礼をするとその見事さに周囲から自然と感嘆の息が漏れていた。


 ユリアン様ったら、子どもの頃の天使のような可愛さは無くなったけれど代わりに怜悧な印象の貴公子となって、ますます素敵になっている。婚約破棄になるのはかなり悲しいかも。……くすん。今夜は素敵になったユリアン様の少年バージョンの人形を作ってみよう。抱き枕元用にリアル・ユリアン様人形よね。


 ユリアン様に習って皆で礼を交わしていた。遠目にヒロインがこちらを凝視している。


 勿論私も礼はするわよ。当たり前だけど侯爵令嬢として礼儀は完璧に習得しているの身体が勝手にしてくれるのよ。オートモードね。楽チンだわ。


 挨拶を終えるとユリアン様は私の方をじっと見てきた。私は慌てて視線を伏せてしまった。だって、レディは不躾に視線を合わせてはいけないとマナーの授業で習ったからね。


「どうやら、我が婚約者のアーシアもこちらにいらしているようですね」


 ――何ということでしょう。彼の声は自分の好きな声優さんと一緒の声のままだった。そもそも私があの『ゆるハー』という乙女ゲームをしたのも、豪華声優陣に惹かれてだったのよ。


 それにしても、ユリアン様は私の事を憶えていてくれた。もうお互い五年ほど顔を合わせていないし、私はあのドリル巻き巻きロールのご令嬢姿ではないんだけど。今は朗読するのためにお兄様の服を着ているしね。この世界には多分男装のご令嬢などいない筈よね。もしかして、迷惑な存在だったから覚えていたって? ……くすん。


 ヒロインちゃんは私の方を見て思いっきり目を見開いて驚いていた。そうよね。本来ならこんなシーンじゃないもんね。でも、忘れてというか、知らなかったのよ。


 確かお茶会イベントはヒロインと婚約者が出席すると何処からともなくライバル役の私が乗り込んできてヒステリックにヒロインを詰るの。「この下賤な女。私のユリアンと親しくするなど許しませんわ。成敗!」などど奇声を上げてムチを振るって暴れる筈なんだけど、それを庇ってヒロインとユリアンの好意度が上がるという仕組み。


 でもね。どう考えても私の方が先にここにいたし、後から来たのはヒロインの方よ。そもそも私はあのイベントがここで起きるということは分からなかった。何せゲーム内では生徒会の出席するお茶会としか言ってなかったしね。


 私は気の毒そうにヒロインちゃんを眺めた。彼女の口は忌々しげに歪んでいるし、凄い形相になっていた。目は見開き過ぎて、今にも落っこちそうだけど、大丈夫かな、可愛いヒロインじゃなくなってるよ?


 私はユリアンに話しかけようとしたが、学校長が現れて開会を告げたので、それぞれを席まで案内した。




 その後のお茶会は至極平穏に進み、あの恥ずかしい朗読劇の時間になった。それはこの世界でも有名な悲恋物語の超有名なバルコニーでの一幕を再現する。あっちの世界にも良く似た物語があったなぁ。


 ジョーゼットが可憐な衣装で物憂げに語り始めた。そこだけ自然とスポットライトが当たって見えるの。素敵だわ!


「ああ、貴女は、なぜアーシアなの?」


 ジョーゼットの第一声に私は設営された木の陰でずっこけそうになった。確か物語と同じ名前を言うのよ! どうして台本の通りにしないの? 直前の練習だって、台本のままだったのよ? ジョーゼットったら……。


 私の動揺と相反して会場は興奮状態になっていた。歓声と拍手が起きている。


 こうなったら仕方が無いと私は頑張ってこれからの流れを再確認していた。ジョーゼットは周りに気取られないように私にウインクしてきた。可愛い確信犯め。


 私の名前を悲しげに呼ぶジョーゼット。私も木陰で情感一杯で彼女の名を呼んで身悶えするしかなかった。別の意味だけどね。嗚呼ぁ、こんな筈ではないのに。目立つじゃないのっ。


 何故か周囲から、感極まったご令嬢達のすすり泣く声がするのは気のせいではないと思う。


 ――嗚呼、こっちも泣きたい。


 しかし、ジョーゼットは声もいいし見た目も可憐な、正しく薔薇の女神さまのよう。神々しくて見ているだけで目の保養。


「……お名前もお捨てになって、それがお嫌なら、私を愛すると誓ってください……」


 そう可憐に語るジョーゼットに私もだんだん調子に……、いえ、感極まってきて木陰から一歩前に出て彼女に語りかけていた。


「このまま、隠れて黙ってもっと聞いていようか……」


 何故か息を呑むジョーゼットと観客達の気配。私は彼らにも流し目を送りつつ、私のジョーゼットに熱く視線を向けた。ジョーゼットもここぞとばかりに声を上げる。


「……私にとって仇なのはあなたのお名前だけ、でも名前に何の意味があるというの、薔薇という花にどんな名前をつけようとその香りに変わりは無い筈。アーシア様だって、同じこと。アーシアというお名前でなくともその神の如きお姿はそのままでいらっしゃるに決まっている――。アーシア様、どうぞ、そのお名前をお捨てになって、そして、その名前の代わりにこの私のすべてを受け止めていただきたいの!」


 ――ジョーゼット! あなたの方こそ薔薇の女神なのよ!


 私はそう内心で叫びつつ、前に出て彼女の方へ手を差し伸べた。決めポーズなの。


「お言葉通りに頂戴いたしましょう。……ただ一言、私を恋人とお呼びください。そうすれば新しく生まれ変わったと同然、今日から、私はアーシアでは無くなります!」


 そう私があらん限りの演技を表現しようと叫んだ。


 そして、会場は一瞬の静寂のあと――。唸るような拍手が上がっていた。


 私はジョーゼットに視線を向けると彼女はうるうると涙を浮かべて私を見つめ返していた。私と彼女だけの世界が会場で展開されていた。


 うひゃあぁぁ。ジョーゼットってば、可愛い。女の子っていいわあ。ジョーゼットとお友達になって良かったぁ。目の保養になった。


 もはや朗読とは言えない寸劇を無事終えると王太子様は立ち上がって拍手と共に絶賛して頂けた。


「素晴らしかった! 彼女達は素晴らしい才能を持っている」


 ここには伯爵家以上の名門貴族のご両親方やその知人たちが招待されている。この国の貴族の中でもとっておきの方々だ。そのような中で王太子様の絶賛を受けるとなると称賛の嵐となった。


 私も何だかやり切った感に浸っていた。そして、自分に寄り添ってくれるジョーゼットの手を騎士様みたいに恭しくとってそれに応えてみた。するときゃああぁとご令嬢方の一層甲高い声が聞こえていた。


 楽しかったけどそんなに期待されても、私には演劇の道は無理かな。ガラスのマスカレードなんて被れません。これ以上もう、恐ろしい子なんて言われたくないです。我儘ムチ打ち令嬢は卒業しました。これからは庶民になるべく鋭意努力いたします。貴族の堅苦しい生活ではなく、庶民になって、リッチで気楽な生活を送るつもりなんです。ビバ! ヒルズな日々よ! 待っててね。 




 だけど熱演したジョーゼットが疲れたのか席に戻ろうとした際にふらりとよろめいたので、私がそっとその身体を支えてあげた。だって、私の方が背も高いし動き易いしね。彼女の方なんてコルセットして叫ぶなんて酸欠寸前の筈よ。


「……ありがとう、アーシア……私の……」


 儚げにジョーセットは私を見上げるとお礼を言ってくれた。間近に彼女を観察して私はその美しさに猛烈に感動していた。


 美しい私の薔薇色の女神様よねっ。


 そう思って私は満足げに微笑み返した。


 ――――――しかーし! 変事は起こった。


『きゃぁあああぁ!』


 そんな悶絶したような声が会場のそこかしこから上がった。それは決してお嬢様方だけの声ではなかった。


 ――どうやら私達の熱演は大好評だったようです。つい熱演しちゃったけどね。良かった。良かった。

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