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第1章 東京・山手

 富士山を背景に新幹線が走っている。

 雲一つない晴天だった。

 画面がクローズアップになり、線路沿いの道を走っているセーラー服姿の少女がうつる。

 ショートカットでスポーツサングラスをかけている。

 少女は走る速度を徐々に加速し、ついに新幹線を追い越した。

 しばらくすると少女は今度は徐々に走る速度をゆるめ、やがて立ち止まるとおもむろにスポーツサングラスをはずす。

 アニメに出てくるような萌え系の美少女だ。

 おりからの新幹線が少女を追い越し、ショートカットが風になびく。


「いかがですか」

 マイク・ササキが言った。日系二世で三十歳の青年実業家だ。

 動画はAVIファイルだった。ノートPCがDLPプロジェクタに接続されており、会議室のスクリーンに映し出されていた。

 大統領官邸第三会議室には、閣僚、官僚合わせて、二十名ほど馬蹄形のテーブルに詰めていた。 

「新作の映画プロモーションか何かかな」

 第十二代ヤヨイ民国大統領――マンジョル大五郎が言った。

 もうすぐ還暦だが、遠目には四十代に見える。

 恰幅のいい体型で黒髪がふさふさしているからだ。

 両耳の上だけ白髪を残し、残りは黒く染めている。

「ちがいます。ただの記録映像です」マイク・ササキが言った。「次の映像もご覧ください」


 画面が変り、体育館内のトレーニング場がうつる。

 中央に先ほどの少女がピンクのトレーニングウエアを着て佇んでいる。

 その周囲を柔道着を着た四人の男が取り囲んでいる。

 いずれも屈強な若者ばかりだ。

 「キエー」

 奇声とともに男たちがいっせいに少女に襲いかかる。

 だが少女は素早い動きで彼らの攻撃をたくみにかわし、ニメール近くピョンピョン跳躍しながら飛び蹴りや回し蹴りを次々に男たちの側頭部に決める。

 たちまち三人の男が床に大の字になる。

 少女はまだ倒れていない男の体を軽々と持ち上げ、床に叩きつける。

 男たちは全員、床に倒れたまま起き上がる気配がない。


 ササキは勝ち誇ったように周囲を見回す。

「彼女は運動能力が優れているだけではありません。知能指数は二〇〇を越えます。また健康状態も極めて良好です。さらには完璧な美貌も兼ね備えています」

 ピンストライプのグレイのスーツに身を包んだ長身の好男子。スーツの広告に出てくるモデルのような完璧なルックス。

 それがかえって雲散臭い。マンジョルはそう思う。

 シカゴ生まれのバイリンガル。マサチューセッツ工科大学でバイオテクノロジーを専攻。飛び級で博士号(PHD)取得後、米国国防高等研究局(DARPA)の主任研究員として二年間働く。

 その後独立し、アドバンスド・ゲノム・テクノロジーズ社を起業。

 米国領ジャパン州オキナワ島に移住し、ナゴ市内ヘノコ経済特区に同社本社 (ヘッドクォーター)を構える。

 多くのベンチャーキャピタルから融資を受け、先月、ナスダックに上場したという。

 手元の資料には彼の経歴がそう紹介されていた。

 経歴もまたルックスに劣らず完璧だ。

 だからかえって信用できない。何か裏があるはずだ。

 マンジョルは直感的にそう思った。若い頃外交官だったマンジョルは、海外の工作員たちの手口をさんざん見てきた。


「実は彼女は普通の人間ではありません」ササキが言う。「ゲノメロイドという新種のバイオロイドです」

 画面が切り替わる。

「ゲノム編集という技術をご存じでしょうか。遺伝子をゲノムのレベルから改変する技術です。

 DNA配列の一部をクリスパー・キャスナインなどのヌクレアーゼで切断し、ドナーを与えて再びDNA修復により接合します。

 このようにしてDNA配列を自在に改変する技術がゲノム編集です。

 われわれはこれをもう一歩進化させ、ゲノム情報をスーパーコンピュータで最適化しました。

 弊社製品『ゲノメロイドIDE』は、3DCGソフトで動画や静止画を作成する感覚で、自由に人間のゲノムをデザインできます。

 およそデフォルトで一億種類のゲノム情報のライブラリが利用できる他、オプションで十億種類のライブラリを提供しています。

 こうしてデザインした情報をもとに遺伝子操作した受精卵を培養すれば、ユーザーは好きな顔立ちや体型の人間を自由に創造できるのです。そればかりではありません。筋力を増強したり、知能や運動能力で通常の人間より優れたスペックの超人類を創造することも可能なのです。

 この超人類を私どもはゲノメロイドと呼んでおります。

 もちろん、デフォルトで健康状態は良好にしてあります。あえて病弱な人間を創造したい場合は、特殊なライブラリをご用意してありますが、これは倫理的におすすめしません。私のモラルに反しますし......」

 モラルに反する?そもそもゲノム編集で超人類をデザインするなんて、おまえさんがやっていること自体が一昔前なら十分モラルに反しているんじゃないのか。マンジョルは胸の中で毒づいた。

 ササキの説明では、アドバンスド・ゲノム・テクノロジーズ社が販売しているのは、PC上で稼働するアプリケーションソフト『ゲノメロイドIDE』とそのオプション・ライブラリだけだが、世界中のバイオテク企業と提携しているので、ゲノメロイドを量産培養するところまで、別途料金でプロデュースするとのだった。

 また世界中の精子バンクや代理母斡旋業者とも提携しており、ゲノメロイドの素材となる精子や卵子は、いずれも健康で知能の優れた男女の高品質DNAを使用する、とも付け加えた。

「ところで」官房長官のペク茂が言う。「貴社の技術はどんな用途で使えるのかな」 

「軍事用途でお使いいただけます」ササキが答える。「優れた兵士を量産してはいかがでしょう。この動画では説明してませんが、マシンガンなどの兵器の扱いや、戦闘機や戦車の操縦能力も、通常の人間兵士よりすぐれたゲノメロイドを創造することが可能なのです。

 科学技術者として新兵器の開発に従事させてもいいでしょう。通常の人間より、ゲノメロイドの方が知能は高いはずです。

 また直接、ゲノメロイドを軍事関係に使わなくても、間接的に国力を増強させる方法もあります。

 ゲノメロイドを量産して自国民と交配させ、自国民のDNAレベルを上げることが可能です。

 国民の平均知能、健康、運動能力、さらには美貌やプロポーションまで向上できるのです。

 あらゆる意味において国民の能力レベルが上がれば、必然的に国力は増強し、軍事力はもとより、経済や文化も発展するはずです。

 すでにわれわれは米国、中国、ロシアなど、世界中のさまざまな国からオファーを受けています」

「さっきの少女だけど、ジョウモン共和国の神原ユリアに似ているわ。もしかして彼女は......」

 外務大臣のカル亮子が言う。元大学教授で五十過ぎの女性政治家だ。

「そうです。彼女はゲノメロイドです」ササキが言う。「彼女はキリア―18というライブラリ内のゲノメロイドモデルを培養したものです。ただしパラメータをモンゴロイドのフィメールに設定しました。

 ジョウモン人民共和国では、国家元首に人間ではなくゲノメロイドを戴いたのです。これは国家を発展させるために極めて賢明な選択と言えるでしょう。

 もちろん、この事実はジョウモン共和国の国家機密であるばかりか、弊社の顧客情報ですので、あまり公にはしたくありませんでした。

 しかしながら、みなさんの隣国にして敵国がすでにゲノメロイドを採用しているという事実を認識していただきたい。

 ここでみなさんがゲノメロイドを無視したらどうなるか。

 核兵器を無視してもゲノメロイドだけは無視してはいけません。今、乗り遅れたら国家存亡の危機につながりかねません。ゲノメロイドはそういう重要な軍事技術なのです」

 ほとんど脅迫じゃないか。マンジョルは吐息をもらす。

 軍事用ゲノメロイド関連技術では、他にも何社か民間企業がプレゼンに来ていた。

 だがこの男――マイク・ササキの背後には米国CIAが暗躍している気がしてならない。

 だとしたら、彼とどう付き合うべきか。ややこしいことになりそうだ。

「一つ質問していいかな」松下が言う。「君自身は人間なのかね。それともゲノメロイドかね」

「もちろん人間ですが」ササキが毅然と答える。

「これは失礼。君があまりにイケメンなので、ゲノメロイドじゃないかと疑ったんだ」

 ササキの高笑いが会議室に響き渡る。


 

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