その6.
そこで私は一息つき、どうしたらいいかを考えた。いったい母はどこに行ってしまったのだろうか? まず母を探そう。
母の寝室、風呂場、トイレ、誰かが隠れていられそうな場所を全部さがしてみた。でも母を見つけることはできなかった。ツチヤさんが母に何かしたことだけは確かだ。私の頭は混乱していて、もう次にどうしていいいのかわからなかった。でもたぶん、警察に電話するのが良さそうだ。不法侵入かなんかでツチヤさんを捕まえてもらえばいいのだ。
なんだかやけに疲れている感じがして、頭がもうろうとしていたけれど、とにかく110番に電話し、家の場所を告げ、ツチヤという人が勝手に家に入り込み、母になりすましているということだけをなんとか告げた。
目がじんじんしている。
私はとにかく自分のベッドに戻って休むことにした。もうろうとしてはいるけれど、部分的にはっきり物を考えられる。警察が来た時に入れるように、カギだけは開けておこう。そう思うことですごく安心できた。
ちらりとツチヤさんを見ると…、彼女はピクリとも動かない。
やだ? 死んじゃったのかしら。まさか。
そんなことより、いなくなった母の方が心配だ。警察の人が来てくれたら、探してもらおう。
くたくたになりながら、私は階段を上がり、自分のベッドにもぐりこんだ。
目が覚めると、私はベッドに縛り付けられていた。しかも私の部屋ではない。
点滴の針が刺さっていて、そこがやけに痛む。ここは病院なのだろうか。
部屋の外には人が動いている気配があり、話し声も聞こえる
「すみませ~ん!」
と私は声を上げた。何も反応がない。
「すみません~ん!」
3回くらい呼ぶと、白衣の男性が顔を見せた。
「あ、剛先生!」
と呼びかけた。確かに顔は剛先生なのだけれど…、その人は怪訝な顔をして
「何か?」
と言った。剛先生みたいに見えるんだけど、違うのかしら? なんか違うような感じもする。白衣に名札がついていて「白坂」となっている。ってことは、剛先生にそっくりなだけなのかしら?
「あの、私、なぜこんな所にいるのでしょうか」
「ああ、あの、そういうことは主治医じゃないとお答えできないので、次の診察があるまで待っていて下さい」
と剛先生似の白坂さんが言った。
そうやって私の病院生活が始まってしまった。
それから3日の間、私はベッドに縛られたままだった。
主治医の駒田先生という人がやってきて、話をすることになった。驚いたことには、この人も剛先生に見えるのだった。
「覚えていますか?」
と駒田先生は言った。
「錯乱状態で、警察を呼び、警察の人が倒れていたあなたのお母さんに事情を聞き、またあなたが錯乱状態になられると困るので、救急車を呼んでですね…、措置入院という形を取ったんですよ」
「じゃあ、母が見つかったんですね!」
とにかくそれだけでもはっきりして良かった。私は泣きそうになっていた。
「見つかったもなにも…、あなたがいろいろお母さんに投げて来て、話しかけても他の人と勘違いしているようで、落ち着かせられないということでしたよ」
「え? じゃあ、ツチヤさんはどうなったんでしょうか?」
「ツチヤさん?」
駒田先生が言い、困ったように首をかしげた。ますます剛先生そっくりだ。でも、こんなところに剛先生がいるわけがない。
そのそばで私の点滴の液剤を確かめている女性の看護師さんは…、ツチヤさんだった。
私の頭はまた混乱してきていた。でも、ここでたじろいでいてはいけない。
「す、すみません、あなた、どなたでしょうか?」
とそのツチヤさんの顔をした女性に聞いた。
「は?」と一瞬びっくり顔になりながら、その人は自分の名札を指示して
「三浦です」
と言った。私はわけがわからなかった。
「先生、私の家で倒れていたのは、ツチヤさんではなかったのでしょうか?」
と私は聞いた。
「ふむ、まだ混乱しているみたいですね」
私の目から涙が流れていた。鼻が出て来て息が苦しくなり、ツチヤさんにそっくりな三浦さんに鼻をかんでもらった。
4日目くらいにやっとベッドから解放された。だけれど、閉鎖された病室で、まるで刑務所みたいに食事用の窓口があって、食事はそこから渡される。トイレは部屋の一部にちょっとだけ仕切りがあって、便器がついている。自分で水を流すことはできず、誰かを呼び止めて水を流してもらわなければならない。ベッドはなく、床にマットレスが敷いてある。そのほかに置いてあるものは何もなく、お盆を床に置いて食事をしなければならない。
数人の看護師さんが来てみてわかったことなのだけれど、私は全部の女性の顔がツチヤさんに見えるようで、男の人は全部が剛先生に見えてしまうようなのだ。
もう、まったく意味がわからなくて、情けなかった。
母と言う人が面会に現れた。病室の窓側の方は鉄格子になっている。そこにその人は駒田先生とやって来て、外側から横になっている私を見下ろしていた。
「イクミ、どう? 少しは落ち着いた?」
とその人は言い、
「ほら、ミルクティとか、イクミの好きな物持って来たよ」
と言った。




