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その3.

 それからまた二か月が過ぎた。12月になり、からりとした気持ちの良い土曜日。朝、洗濯物を干していたら、ふいにまた道場に行ってみたい気持ちになってきていた。

 だって、この一ヶ月剛先生の姿を一度も見ていなかった。まあ、それが目的ではなかったのだけれど、なんだか、ちょっぴり恋しい気持ちになってしまっていた。また、あのツチヤって人に会うかもしれないけど…、あの人だって別に悪い人ってわけでもないし…、まあ駅前までまた一緒に歩くことになるかもしれないけれど、電車に乗りさえすれば反対方向だし、いいか~。そんな気分になり、心が弾んで来た。

「あら、イクミどうしたの。調子、乗ってるね」

 母が言い

「そう? わかる?」

 と私が言うと

「わかるわよ。合気道ね」

 と母が言った。ひょえ~~。私って…、わかりやすい人間。そう思いながらも気持ち弾んで道場に向かった。


 道場には、剛先生がいらした。やった~、とまず私は思った。そして、例のツチヤさんもいらした。

 ツチヤさんはニコニコと笑って、私の隣にやってきた。

「あらヒラタさん。土曜日はお久しぶりね」

 そう話しかけて来た。会ってまだ2回目だというのに、やけになれなれしいな、とは思ったけれど…、まあ、しょうがないかな、と思った。

 いつも、最初は型どおりの身体慣らしの体操をする。急にツチヤさんのことが目に入るようになり、さすがに彼女の型は決まっていて、長年やっているということがわかった。

「じゃあ、ここは2人で技の復習をやってもらいましょうか」

 と、剛先生が言った。私は心の中で(ちぇっ)と思った。ツチヤさんがいなかったら、剛先生から直接指導を受けられたかもしれない? もしかして。

「あら、私じゃあ不服なのね」

 とツチヤさんが言った。

「え? そんなこと、ありません」

「またまた、あなた、剛さんから…、あ、剛先生から直接指導してもらいたいのね。とてもわかりやすい方ね」

 ツチヤさんに言われて、ちょっとむっとしてしまった。「剛さん」を「剛先生」に言い直すところもなんだかわざとらしい感じがした。それにすぐそこに剛先生がいるっていうのに! ツチヤさんの言葉は剛先生に聞こえているのは明らかだと言うのに!

 こんなちっぽけなできごとで、朝からの高揚していた気持ちがしぼんでしまい、しかもずっとツチヤさんとコンビのような形になってしまって、べったり相手をしてもらうことになり、少し凹んだ。だけど、彼女の方がずっと上手だし、教え方もていねいなのだ。そうそう不服な顔をしてもいられない。

 私は剛先生の存在をなるべく心から追いやって、練習に没頭した。

「サユリさん、いいですよ」

 と剛先生が、ツチヤさんに声をかけた。

「ヒラタさんも、そう、それでいいですよ」

 (え? サユリさんって呼ぶんだ~)とちょっとうらやましく思った。うむ、私のことはヒラタさんか…、(ちぇっ)とまた心の中で舌打ちしてしまった。

 ツチヤさんが、私の手首をもって内側に反らせる時、「あ」と声を上げ、私の手をパッと放した。

「は?」と私は一瞬、うろたえた。

「あ、ああ、大丈夫ですよ。誰でもそういう妬みのような気持ちが生まれるのよ。それはあなたの修行がまだ足りないということだけです」

 ツチヤさんが上から目線で言った。それはしょうがないことだ。だってツチヤさんの方が長くやってきている人なのだから。だけど、妬みってなんだよ? と思った。別に妬むってほどの気持ちはなかったんだけど…。

「ヒラタさん。ちょうど良い先生に巡り合えましたね。サユリさんに合わせて教えてもらえれば、大丈夫ですよ」

 剛先生が、やわらかく微笑んで、私の心の中になんだか小さい炎がボッと燃えた。なんなのだろうか。このなれなれしい2人のやりとりに、私は言いようもなく腹が立っていて、そんなことで腹を立てる自分に、さらに腹が立つ、という情けない状況になってきていた。

 練習が終わり、胴衣を着替えて靴を履こうとしているところに、ツチヤさんがやってきた。

(またかよ)と私は心の中で思った。

「まあまあ、またか、なんて…、そんな風にお思いにならないで」

 え? 私は心の中で思ったことまで人に読まれてしまうのだろうか。最近、家でも母にそんな風に言われることがあるけれど…。と不思議に思うと

「ほんと、不思議ね、人の心って…」

 と、ツチヤさんがかぶせるように言ってきたので、私は気味が悪くなってきてしまった。

「ご一緒してもいいかしら?」

 とツチヤさんが聞いてきた。

「え、ええ」

 そう言うしかない。

「ほんと、そう言うしかないわよね」

 まるで私の心の中を読んでいるかのように言葉をつないでくる。いったい何なのだろうか。

「私には、わかることがあるよの」

 と、ツチヤさんは言った。

「あなたの手首を握った時にね、わかったの。あなた、剛先生に思いを寄せていらっしゃるということがね」

 ぎょっとして、自分の顔が火照るのがわかった。

「まあ。かわいい方。まるで少女のように恋心をお持ちなのね」

 くすりと笑うツチヤさんに、うげ~。っとなった。

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