餓鬼 下
二話目です。主人公はインドウ ハジメといいます。
夕暮れは逢魔ヶ時。
または大禍刻ともいい、古来より怪異が姿を成し、人に害をなす時刻である。
鳥山石燕の百鬼夜行図は夕暮れから朝にかけて怪異達が練り歩き、消える様を描いていると言われている。
そんな日が徐々に陰り、夜の帳が空に下りていく時間、創は田んぼが続く土がむき出しの田舎道を息を切らし歩いていた。
涼しい風が頬を撫で、熱気も幾分か和らいだように思える夕暮れだった。
時刻は18時30分。
手に件の物を持ち、美女のところへ向かっているがあまり外出をせず、冷房と言う科学の恩恵を存分に使用した部屋に居てゲームやネットに興じている事の多い創である。
そのような軟弱な男には舗装されていない道、和らいだとはいえ厳しい夏の暑さ、昼間の遺品の整理という重労働もあいまって歩は思うように進まなかった。
「それにしても、本当に田舎だな……」
茜色に彩どられた田園地帯を眺めぼやく。
昔は田んぼを駆けずり回り、用水路で妙な魚やザリガニを捕まえたり、近所の林で虫取りをしたことを思い出す。
しかしながら今や高校生になった創にとってコンビニも歩いて一時間、近場には精々やっているのかやっていないのかよく分からない商店が有るだけのこの田舎は流石に住むには厳しい。
余りに娯楽が無さ過ぎた。
栄えたところに行くには駅から電車に乗って一時間かかる。
さらにそこまで日に数本しか来ないバスに乗って三十分である。
引き受けなければよかった、と後悔しつつも家族から離れしばらく一人暮らしという自由を満喫できるのは、大きな利点と言えた。
日がなゴロゴロしている自分に皮肉を言う妹も居なければ、家に帰ってきては小言を口にする母親も居ない。
そこだけはこっち来て良かったかな、と先ほどより夜の闇が幾分か濃くなった田園風景を見渡した。
「あれ、犬童さんの所の。」
リン、と響く鈴の音が聞こえ、創は前を見た。
「昼間は突然お伺いしてしまい失礼しました。もしかしてその手にあるのは……」
それは昼に訪ねてきた女だった。
手に袋を提げ、驚いた様に創の手元を見ている。
薄く広がる闇が彼女の手足の白さをより際立たせていた。
その凛々しい美貌も未だ沈まぬ、しかし山に隠れかけている陽光が薄く影を描き目鼻立ちをより深いものに、彼女の美貌を際立たせていた。
「ええ、屋根裏に置いてあったんです。多分、これがじいちゃ、祖父が預けたかったものだと思います。」
「やっぱりそうなんですね。今なら家に父も居ますし、犬童さんのお話も聞きたがっていたので是非家にいらして下さい。夕飯もご馳走しますよ。」
「ええっ、そんな夕飯までご一緒させて頂くのは悪いですよっ。」
思わぬ展開に嬉しさと焦りが混じって早口になってしまう。
流石に今日初めて会った、そして会ったことも無い人と食事を共にするのは気が引ける。
しかし目の前の美人と食事を出来るのは棚から牡丹餅で女性と縁遠い半ば引きこもりの様な生活を送っていた創にとって思わず飛び跳ねたくなる様なお誘いだ。
「ほら、こんな田舎でしょう?都会から来た人の話も興味がありますし、ここら辺、若い人が少なくて年の近い人もいないんですよ。だから、もしよろしければと思ったんですけど。」
創より少し上にある眼が細まり、凛々しい美貌にそぐわぬ柔らかい微笑みを形作る。
「それじゃあ、夕飯、ご一緒させて頂きます。」
その微笑みに思わず承諾をしてしまった。いや、こんな美人と食卓を共に出来る機会なんてそうそう来るものではない。
ならば、好機は逃さぬ様にするべきだ、と創は彼女の美貌を幾度も視線を反らしながらも眺め、そう結論を出した。
「よかった、でもこれから一度この荷物をお隣さんに渡さなきゃいけないんです。」
彼女は手に持った袋を少し持ち上げる。
何が入っているかは分からない。
こんな田舎で有ればご近所付き合いで何か物を送り合ったりするのもよくあることなのだろうと創はそう考え、彼女にお隣さんまで付き合う事を申し出た。
「じゃあそこまで付き合いますよ。こんな暗いんじゃ、危ないでしょうし。」
「そうですね。それじゃあお願いします。」
彼女は創の申し出を素直に受け取ると、創が来た道へと歩を進めた。
横に並ぶと、甘い香りが創の鼻をくすぐった。その香りに胸の鼓動が速くなるが、平常心、平常心と胸の中で唱え、煩悩を抑え込む。
創はこのように女性と二人きりで道を歩くなどしたことがなかった。
顔は平平凡凡であると思いたい。
背は男にしては少々小さいが、取り立てて言うほどでもない。
少し肉が余っているが太り気味でも無い。特徴と言えば太めの眉に細め気味な目くらいである。
つまりは自分に自信が無い創は、美しいその女性に気後れしていた。
何かを喋り出そうにも、これといった話題がなかなか浮かばず、せっかくの機会をふいにしてしまいそうでどうにか無い知恵を絞って何か話題がないか探すがどうにも浮かばなかった。
「なにも無いでしょう?」
隣に並ぶ凛々しい美貌を持つ彼女はそんな言葉を口にした。
「いや、そんなことないですよ!ほら、こんなに田んぼとかあるし……」
咄嗟に答えを返すが、創自身これはあまり上手い返しではないと思い、次の言葉を紡ごうとするがそれは声に出ることは無かった。
彼女はくすりと笑い、目線をこちらに向けた。
「田んぼだけ、しかないんです。娯楽も無いし街までは遠い、何にも無い田舎なんです。」
彼女は口元に笑みを浮かべ、どこか寂しげな顔で田園に目を向けた。
「最近起きたことと言えば、犬童さんのおじいさんが亡くなってしまったことが一番の事件ですもの。おじいさん、結構ここら辺では有名だったんですよ。」
「へぇ、そうだったんですか。そういえば確か祖父は昔学者やってたって聞いてます。」
創は彼女の言葉に書斎の尋常ではない量の書物を思い出す。
もしかしたらあれは祖父の研究か何かの資料だったのかもしれない。
「そう、それでここの土地の伝承なんかを研究していて、その繋がりで私の父とお話しすることが多かったみたいで。」
「そうなんですか、一体どんなお話を?」
「私の家、古美術商のついでに神社もやってまして。それで父もこの地域の伝承には詳しいのでそれについてのお話だったと思います。」
伝承か、と創は心の中でぼやく。
創はそういう小難しい話は苦手だった。
しかし、折角の美人との逢瀬の時。
振られた話題に上手く言葉を返そうと緩みきった脳を働かせ、彼女に問い掛けた。
「それじゃあ、貴女もそういう地元に伝わるお話みたいなのは詳しいんですか?」
「はい、父から色々教えてもらっていますから。」
彼女はそう言うと、意地の悪い笑みを浮かべ話を続けた。
「そうですね、地元の怖い話があるんですよ。」
「 怖い話、ですか。」
創が彼女の悪戯を思いついた子供の様な笑みを見て、答える。
そうです、と彼女はその笑みを保ちながら、怖がらせようとしているのか声を少し低くし語り出した。
「昔、この田舎には鬼が居たそうです。その鬼は人を食べる悪い鬼でした。その鬼は村の人に化け、夕暮れ時に現れると言われています。その鬼は夕暮れに現れますが、それだけでは人を襲うことはできないんです。」
彼女は語る。
道は薄暗くなってきている。
日は山陰に殆ど隠れ、濃い闇が染み出してきているかのようだ。
創はごくり、と喉を鳴らし彼女の顔を見た。
その白い、透き通るような色白の美貌に何故か肌が粟立つ。
「それはですね。」
彼女が言葉を切って立ち止まった。
創は急に立ち止まった彼女の方を見る。
少し俯き、その凛々しい眼差しは見えず、口元の慎ましい笑みだけが見えた。
「十字路ってあるでしょう。」
彼女から発せられる、どこかねっとりとした空気。
彼女から感じる妙な迫力に目が離せなくなる。
「昔は十字路のことを四つ辻って言ったんです。」
創の背に冷たい汗が流れた。気付けば布に包まれた日本刀を強く握っていた。
すっ、と彼女は創に近づいてくる。
足が竦んで動かない。
「その鬼は四つ辻に入らないと。」
そこで創は気付いた。今、自分が立っているのは十字路――つまり『四つ辻』だということに。
「人を食べることが出来ないんです。」
彼女は創に抱きついてきた。
彼女の長い黒髪がふわり、と鼻をくすぐる。
シャンプーの匂いだろうか。
華やかな甘い香りが漂う。
白いプリントTシャツは豊かな膨らみによって押し上げられている。
その男の理性を蕩けさせるものが創の胸元でひしゃげ、柔らかさを伝えていた。
頭を滾らせる女の柔い肉と香りを感じながら、創は突然の彼女の行動に身を固めてしまっていた。
蕩けそうな頭を何とか動かし、彼女が話していた怪談を思い起こす。
この行動は創を驚かそうと、彼女が悪ふざけをしてからかっているのではないか。
しかし、今日初めて会った男にこんなに簡単にも身を寄せるなど普通では考えられない。
まさか、とは思うが。
本当に彼女は。
人を喰らう鬼なのでは。
その考えが浮かんだ瞬間、彼女の肩をを強く押して突き飛ばしてしまった。
彼女はきゃ、とよろめき尻もちをついてしまう。
「あ、いや、すいません!」
彼女の驚いた調子の声を聞き、我に返った創は自分が怖がるあまりにしでかしてしまったことに焦り、謝罪し彼女に近づく。
手に持っていた布に包んだ刀を地面に放り、彼女を抱き起そうとししゃがみこんだ。
そこで、ふと気付く。
いや、異常な状況をようやく認識し始めた。
彼女と歩き始め、既に結構な時間が経っている。
なのに何故まだ夕日が暮れていないのか。
彼女と共に歩き始めた頃は既に日が暮れかけていた筈だ。
もう、とっくに日が沈んでいてもおかしくない。
しかし、山に掛かる夕日は夜の闇に呑まれようと陰っているが、未だに沈んでいない。
背筋に寒気が走り、ばっと彼女から飛び退いてからスマートファンを取り出し時刻を確認する。
表示は、18時30分を示していた。
背筋から全身へ、怖気が肌を駆け巡った。
思わず、手に持ったスマートファンを落してしまう。
「気付いちゃった?」
彼女の声が響いた。それは先ほどよりもねっとりとした、低く、囁くような声だった。
既に彼女は立ちあがっていた。
目元はその艶やかな黒髪に隠れ、表情は伺えない。
しかし、その紅い唇だけは弧を描いて歪んでいた。
あまりの恐怖に、創はその場にへたりこんでしまった。
そんなわけがない、まだ彼女は悪ふざけの演技を続けているだけだ。
そう自身に言い聞かせながらも、彼女から目を離さず、じりじりと後ろに下がる。
だが、彼女は創が下がった分だけ距離を詰めた。
ふと、手に何かが当たる感触がして手元に視線を向けた。
それは、創が落した日本刀だった。
布は放り投げた際に解けたのか、そこになくただ黒い鞘に包まれた刀がそこにあった。
特に何か思ったわけではない。
創はただその刀を手に取った。
そこで。
生温かい、湿り気を帯びた空気の流れを頬に感じた。
創はその風に、体が固まり顔を前に――彼女が立っていた方向へ顔を向けることが出来なかった。
ぶわっ、と鳥肌が立ち体中から冷たい汗が吹き出た。
想像が体を強張らせ、振り向くことを拒否している。
だが、創は無理やり顔を前へ向けた。
ただ、その想像を認めたくなかった。
そこには。
彼女は身をかがめ、創の顔の高さに合わせてそこにいた。
瞳は大きく、しかし色は妖しく輝き狂気の色を覗かせていた。
だらしなく紅く色づいた舌は大きく開かれた口から垂れさがり、粘ついた唾液を滴らせている。
彼女の顔は、まるで飢えた獣だった。
しばらくの間、見つめ合っていた。
彼女の吐息が顔にかかる。先ほどまで感じていた艶めかしさや色気などは感じず、ただ気持ちが悪かった。
れろり、と彼女の舌が自らの唇を舐め爛々と輝く瞳を細めてその紅い唇を動かした。
「ねぇ、もう、我慢できない。もう、いいでしょ?貴方のこと――」
食べちゃっても。
低い、囁くような声で言葉が紡がれると同時に彼女がしな垂れかかる様に創に体を倒してきた。
彼女は大きく口を開き、創の体をその細腕で抑えようと手を伸ばしてくる。
創はその迫りくる腕から逃れようと咄嗟に手に持った鞘に入ったままの刀で思い切り彼女の鳩尾を突いた。
彼女の体が創が伸ばした腕の分だけ下がった。
かなり思い切り突いたはずだった。
それこそ普通の常人であればその痛みに悶えるのは必至な程に。
だが、彼女はその異様な光を宿した目を細めるとその突いた刀の鞘を掴んだ。
彼女はその細腕に力を込めるようにすると、創の腕にとてつもない力が加わるのを感じた。
彼女の華奢な腕からは想像も出来ないような、強い力だ。
創はその余りに強い力に彼女が普通ではないということをようやく実感した。
必死に握り手に力を込め、押し返そうとするがゆっくりと押し戻されていく。
そのまま刀の柄頭が創の鳩尾に触れた。
そこで彼女はだらしなく開いた口を少しだけ閉じ笑みの様なものを形作り、呟いた。
「刀で突くなんて、酷いじゃない。ちょっと痛かったかも。だから――お返し。」
突然刀に加えられる力が大きくなり、創の鳩尾に柄頭が減り込んだ。
創の口から潰れた様な声が漏れ、顔を痛みに歪めた。
痛い。
圧迫された腹部から咽に向かって何かが漏れるようで、吐きそうになる。
その痛みに思わず後ろに下がってしまう。
鞘が彼女に掴まれたままであり、創が塚を握っていた為、鞘から少し出た刀身が目に映った。
その時、創は今この瞬間の現実を忘れその刀身に目を見開いた。
屋根裏に長い間仕舞いこまれていたとは思えぬその曇りのない磨き上げられた刀身の美しさに。
そして、その磨きこまれた刀身に映った一匹の白い獣の姿に。
刀身に映る獣は犬の様に見えた。
白い体毛を身に纏い、体を丸めるようにして伏せた姿をしていた。
その獣の顔がすっとこちらを見た。
間違いなく、刀身に映った獣はこちらに目を向けた。
その獣の紅い目がすっと細まる。
創はその目を見て、自分が何をすべきか唐突に理解した。
理由や根拠は無かった。
ただ、自分はこうしなくてはこの場でこの女に惨たらしく喰われて死ぬだけだと理解した。
刹那の時間だった。
刀身に目を奪われ、獣と視線を交わし、なすべきことを理解したのは。
ぐっと手に力を込め、塚を握る。
彼女は未だ動かず、目には妖しい光を宿しこちらを見ていた。
獲物が足掻く姿を楽しもうとする愉悦に満ちた瞳だった。
創は苛立ちを覚えた。
何故、自分がこんな目に逢わなくてはならないのか。
何故、彼女は自分を喰らおうとするのか。
そして。
何故、自分がこんなにも彼女が憎く、自身が憎いのか。
沸々と湧きあがる苛立ちは怒りへと変わり、一気に臨界点を超え、憎悪と殺意へと転じた。
その衝動のまま、創は鞘ごと彼女の手を振り払い刀を抜いた。
鞘から刀が抜ける間際、創は犬の遠吠えが聞こえた気がした。
刀身が露わになる。
夜の闇に浮かぶ三日月の様に静かな輝きを放つ一本の刀。
その刀を驚愕した表情でこちらを見る彼女の右手に躊躇い無く振りおろした。
「いぎゃあああああああ!?」
彼女の右手は宙を舞い、濃い闇に呑みこまれる様に消えた。
そこで創は彼女が人間でないという事実を認めた。
しかし、今はそんなことはどうでもよかった。
頭の中に赤熱し溶けた鉄が流れ込んでいるかのように思考を焦がす。
焼けついた頭の中にある感情はただ一点のみ。
殺意。
自分はこの女が憎くて堪らない。
この女がこうして生きていることが許せない。
その切れ長の目も、色白で肉付きの良い肢体も、色の良い唇も。
全てが憎い。
創は素早く立ち上がり、右手を斬り飛ばされ痛みにわめく憎き存在へ更に一撃を加えようと地を蹴り、刀を上段に構え飛びかかった。
「何故っ、何故だっ!?」
彼女は既にその美貌を崩し、目を見開き歯を剥きだしにしながら叫び、後ろへ大きく跳んだ。
上段から振り下ろした一閃は空を切った。
大きく距離を離され、刀が届かない位置に逃げられてしまった。
創は自然な動作で刀を正眼に構えなおし、右手の力を緩め、左手で支える様に刀を握りなおした。
歴戦の武芸者を思わせる様である。
対して彼女は既にその美貌が大きく崩れており化け物と呼ぶにふさわしい姿に変わっていた。
背を曲げ、綺麗な黒髪は艶を失い振り乱され、口から覗ける歯は乱杭歯になっており瞳は黄色く濁りその姿は正しく化け物だ。
化け物はその淀んだ目を見開き口から涎が散らされるのも気にせず叫んだ。
「コノワタシガ、ニンゲンゴトキニキラレルナドアリエナイ!ソノカタナ!イッタイナンダ!?ソシテオマエノウシロニイルケモノは!?」
怒りと動揺が分かるほど狼狽した声音だった。
創はその声に答えなかった。
答えられなかった。
身を焦がす憎しみが一刻も早くあの化け物を殺せ、と頭の中で叫んでいたから。
正眼の構えから上段の構えに。
背の方から風が流れ、獣臭さを運んできた。
創は背に何か存在を感じながらも無視する。
そんなことより先にこの化け物を殺すことの方が重要だった。
化け物は初めて、その目に恐怖の色を浮かべ背を向けて走り出した。
「ヒィイイイッ、イヤダ、イヤダヨッ!」
余りの惨めさに創の口元が少し緩んだ。
そうして足掻いて惨めに地に這いつくばって死ねばいい。
創はそう思いながら 足首の力で地を思い切り蹴る。
普段の創では到底不可能な距離を飛ぶ。
瞬きほどの間で化け物が間合いに入る。
そしてこちらに顔を向け、恐怖に染まった目と視線が交わった。
その瞳に鈍く反射し映っていたのは一匹の白い大きな犬。
牙を向け、毛を逆立て今にも喰らいつこうとする姿。
瞳に映った光景に何も思わず、握った刀を殺意のまま右斜め上から左斜め下に奔らせた。
全ての音が呑まれたかのような一瞬の静謐。
袈裟切りに切られ、膝が地に付き倒れ行く化け物。
創は刀の血を払う様に一振りする。
そこで、化け物は闇へと消えた。
その瞬間、創の体から力が抜ける。
そして周りの風景が変わり夜の闇が幕を引くかのように消え、西に沈む夕日が現れた。
先ほどまで荒れ狂っていた憎悪は薄れ、獣臭さも感じなくなる。
まるで一瞬前まで自分が夢を見ていたか、と思うほどに。
からん、と手から刀が零れ落ちた。
この音だけが先程までの出来事が現実であったことを創に教えてくれた。
ヒロインなんて居なかったんだよ!!