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餓鬼 上

初めて書きます。まだまだ至らぬところも多く、読みにくいところもあるかもしれませんが読んで頂けたら幸いです。


 驚きのあまり、茫然と立ち尽くしてしまった。

 彼女は突然、何を思ったのか抱きついてきて首に顔をうずめていた。

 長い、鴉の濡れ羽色をした美しい黒髪から香る彼女の匂いは甘く、押しつけられたその体は肉付きがよく、女の柔らかさを感じさせるには十分過ぎた。

 はぁっ、と首元に吐息がかかりその生温かさに身を震わせる。

 思考が何か形を作ろうとしては、散り散りに消える。

 彼女の生温かい吐息に胸が今までに無いほど鼓動を速めていた。

 れろり、と首元を何か湿った温かいものが這う。

 またもびくりと体を震わせてしまう。

 舌を何度も首元に這わせ、肌を味わうかのように往復する。

 こそばゆい、しかし心地よい舌の動きに小さく声をあげてしまう。

 そこで彼女は顔を上げ、じっとこちらの目を見つめ目を細めた。

 その目を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 そもそも、彼女と歩き始めてどれ位時が経ったろうか。もう、夕日がとっくに暮れている時刻のはずだ。

 思考を一瞬取り戻し違和感に気付くが、体は未だ彼女に抱きしめられていた。

 出会ったのは昼ごろ、家にやってきた彼女と少し言葉を交わしただけだ。

 そして夕暮れになり、少し離れた神社に届け物があったことを思い出し、日も暮れかけている中向かったのだ。

 その道中、先ほど家に訪ねてきた彼女と出会い、夜道で女一人では危ない、と彼女に付き添うことにした。

 その彼女が今、四つ辻の真ん中で抱きしめてきている。

 これは一体、どういうことか。背に走る怖気は未だ続いており、彼女の眼差しはこちらから外れず、自分の瞳を覗きこんでいた。

 どれ程見つめ合っていただろうか。

 彼女の切れ長の美しい双眸から目を離せずいると、形の良い紅い唇が動いた。

「貴方、本当に美味しい。」

 そう言うと彼女は先ほどなぞった首元に吸いついた。

 三度、その生温かさに体を震わせる。

 強く吸いつく彼女の唇。

 時折舌を這わせ、その動きが与えるぞくぞくとする快楽に声を漏らす。

 ちゅ、ぴちゃり、ぴちゃり。

 水気を含んだ音が辺りに響く。

 その淫靡な音に徐々に理性を剥がされていく。

 息を荒げ、彼女の口愛撫を受け続ける。

 彼女は更に強く吸いつくと、舌を首元から顎へ這わせ、顔を上げた。   「あっ……」

 期待していたものとは違う、と離れていく彼女の舌に声を漏らす。

 その声に彼女の顔は妖しい笑みを浮かべた。

 「貴方も我慢、出来ない?」

 微笑みながら彼女は問うてくる。

 その瞳は潤み、淫靡であった。

 声も出ず、首を縦に振る。

 既に怖気は去っていた。

 繰り返される愛撫に男はもう理性の欠片も無く、ただただその女を抱きたいという情動に突き動かされていた。

 彼女は笑みを深め、息を漏らすかのように耳元で囁いた。

 「私も、もう、我慢、できない。」

 そう漏らすと、口を大きく開き、首元に強く齧り付いた。

 歯が肉を裂き、血が溢れだす。

 余りの痛みに叫び声を上げ暴れる。

 しかし、彼女の四肢が強く、女とは思えぬ力で絡みつき身動きをとることが出来ない。

 「やっぱり、貴方、とても美味しい。」

 形の良い唇を男の血で紅く染めた彼女は呟く。

 彼女は男の首元に更に深く喰いつき、その肉を食んだ。

 沈まぬ夕暮れ。

 四つ辻に男の叫び声が響き女が肉を食む、くちゃくちゃとした音が掻き消される。

 夕日は沈まず。されど、夜の帳が人の世を覆い始める頃。

 その境の時を人は『大禍時』と呼んだ。

 




 時刻は午後三時、やっと書斎の整理が終わった。

 積み上げられた本を縛りあげ、部屋の隅に纏める。

 自分が好みそうな本はほとんど無く、民俗学やオカルトに分類される本が大多数であり、あとはこの地の郷土史について書かれたものだった。

 饐えた匂いに最初は辟易としたが作業に没頭すればそのことも頭から離れていく。

 昼ごろから始めた作業はどうにか終わりを告げた。

 「しかし、じいちゃんもよくこんなに集めたな。」

 重労働を終え、首や額に流れる汗をタオルで拭き取り一息つきながら、独り言を漏らす。 

 太陽の日差しがじわじわと部屋の気温を容赦なく上げていく。

 そそくさと居間に戻り、冷蔵庫に入れておいた麦茶を取り出し、コップに注いで縁側へと向かう。

 縁側は中々に風通しがよくこの暑さの中でも涼むことが出来る場所だ。

 そこに座り込んで一息に注いだ麦茶を飲み干し、何を見るでもなく茜色に変わろうとしている空を眺めた

 生前の祖父は厳格で几帳面な人物だった。

 幼いころに入ってはいけない、と言われた屋根裏に探検しているのを見つかった時には大目玉を食らい、半泣きになりながら廊下で正座させられたこともあった。

 他にも近所の子供と田んぼで遊び泥だらけになって帰ったときや食事中のマナー、祖父に買ってもらったおもちゃを散らかしたときなど叱られることが多かった。

 今思えばまぁ当然のことなのだが。

 そんな厳しかった祖父も逝ってしまった。

 老衰だった。

 近所の人が様子を見に来た時にはもう事切れていたそうだ。

 しばらく茫然とした。

 厳しかった祖父ではあったが、小学生の頃は長期休みを利用して顔を出していた。

 広い田んぼを駆け回り、朝早くに祖父を引き連れ虫取りにも出かけた。

 その孫を見守る優しい目は厳しかった祖父でも自分を懐かせるには十分だったのだろう、と今更ながら思う。

 荼毘に付され、骨となった祖父を骨壷に納めるときに最後を看取れなかったことを思い、少しだけ涙をこぼした。

 葬式の後、犬童家では会議が行われた。

 議題は祖父の遺品の整理だった。結構な田舎にある祖父の家は、敷地が広く小さいながらも蔵まで持っている。

 ちょっとした地主だったのである。

 その土地をどうするかは両親や親戚の中で決着はまだ着いていないが、とにかくその家にある物を整理しておく必要があった。

 親戚の類は漏れなくその役目を辞退し、両親も仕事があるので時間を中々作ることが出来ないと言う。

 妹は部活の代替わりの際に部長に選ばれたため多忙であり、日々ごろごろと寝てみたり、やり込んだゲームをもう一度やり直してみたりと暇を持て余していた犬童家の長男、犬童 創にお鉢が回ってきたのは当然と言える話だった。

 創は一切の反論も許されず、整理の間の幾ばくかの生活資金と生活用品を携え祖父の家までやってきたのであった。

 「よしっ、あとは屋根裏をちょっと見て今日は終わりにするかなっ。」

 気勢を上げタオルを首に巻きなおし、屋根裏へと向かう。

 武家屋敷の様に広い平屋は、いかにもな日本家屋風で夜になれば窓を開けていればそれなりに涼しく過ごしやすい。

 しかし、ネット回線は無く、携帯の電波も弱いというところが創には大きな不満であった。

 まぁ、こんなド田舎では望むべくもないのだが、と考えながら屋根裏へと続く階段を創は上っていく。

 目に入った南京錠できっちりと施錠された扉は金具の部分が錆びており、年季を感じさせる。

 ポケットから鍵の束を取り出し、南京錠の鍵穴に鍵を刺した。

 カチリ、と音を立て外れる南京錠。

 それを外し取っ手を掴んで押し上げる。

 採光窓など無く、真っ暗で長年積み上げられた埃が久々に入った大きな空気の流れに舞い上げられた。

 創は少し咳き込んでから、手に持ったスマートフォンのライト機能を使って辺りを見回した。

 どうやら物置としても使われていなかったようで、物は見当たらない。

 首のタオルを口元に巻きなおし、屋根裏へと上がり込んだ。

 ライトに照らされる屋根裏は籠った空気が充満しており、じっとりとした暑さを感じさせた。

 天井の高さも背の高くない創が屈んでどうにか動ける狭さだ。

 中腰になって、先ほどの書類整理で痛む腰を気遣いながら屋根裏を見て回る。

 歩くたびに埃が舞い、視界が悪い。

 口元にしっかりとタオルを当て、息苦しさを感じながら進む。

 ふと、創は祖父の言葉を思い出した。

 我ながら最悪のタイミングで有り、もうそんな子供でもないのだから、と思いつつも祖父の激怒した表情とともにその言葉が記憶から揺り起こされた。


 ――いいか、この屋根裏にはお化けが居るのだ。そのお化けは人に取り憑いて、人を食べてしまう恐ろしいお化けだ。そんな部屋に入ってしまったらお前もお化けに憑かれ、食べられてしまうぞ――


 創の背筋にすっと冷たい汗が流れた。

 心の中でそんなことが有る訳がない、と必死に否定してもその怖気は創の内からは中々消えなかった。

 そこに突然。

 カタリ、と音がした。

 驚き思わず立ち上がってしまい、思い切り頭をぶつけ、痛みにうめき声を上げた。

 痛みに耐え、片方の手でライトを音の発信源に向けて照らす。

 そこには、小さな神棚だろうか、何かを祀るらしき物があった。

 古めかしい札が飾られ、その前には細長い桐箱が置かれている。

 怖気は未だ続いていたが、どうにも桐箱に目が引き寄せられてしまう。

 神棚に近づき、そっと桐箱に手を伸ばす。

 埃が積み重なっており、長い時間ここに放置されていたことが伺える。

 それを手で払うと、桐箱にそっと手を掛けた。

 この時、創は何を考えているわけでもなかった。

 きっとこれは祖父が隠していた何かの物品でたいそう価値の有る物が入っているとかそういった期待感は全くなかった。

 創にはどう説明をしたらいいのかわからないが、ただ開けよう、とそう考えていた。

 桐箱はすんなり開いた。

 そこには、布の上に一振りの刀が入っていた。

 約70センチメートルで華美な装飾も無い、日本刀、と言われて万人が思い描くようなものだった。

 それを見た時、昼間にやってきた少女の事を思い出した。近所の神主の娘である、と名乗った彼女の言葉を。



 「ごめんください、誰かいらっしゃいますか。」

 門から在宅を訪ねる声が聞こえ、創は書斎の整理を中断し、創は門へと急いだ。

 祖父の家へやってきてから二日目、こういった訪ね人がくるのは初めてのことだった。

 聞こえてきた声は、風鈴が鳴ったかのような透き通った声であった。

 玄関でサンダルを履き、門へと向かうと、そこには年の頃は創より上であろう綺麗な女性がそこに立っていた。

 すらりと伸びた手足は白く細く、ショートパンツから伸びる足が艶めかしい。

 Tシャツの胸部が押し上げられ見るものの煩悩を焚きつける。

 風に吹かれ流れていく黒髪は烏の濡れ羽のようにしっとりとした色合いである。

 そして何より目を引くのが、その顔立ち。

 切れ長の凛々しく整った眼と紅い唇。

 すっきりとした鼻梁がその女性の艶のある美貌を際立たせていた。

 年上に見える女性が鈴の音を再び鳴らした。

 「あの、犬童さんのお孫さんですか?」

 「あ、はい。あの、本日はどういったご用件でしょうか。」

 そのあまりの美貌に見惚れ、止まった思考を再開させた創は胸の鼓動を抑えながら問いを返した。

 祖父の知り合いにこんな若く綺麗な女性がいたとは、と心の中で驚きながらもその女性を今一度見ようとしたが、その美しい姿に動揺し上手く視線を合わせられない。

 自分より少し背の高いだろう女性が、少し微笑みながら話だした。

 「私、ここの近くの神社の娘でして。以前犬童さんから父がある物をお預かりする約束をしていたそうなんです。」

 「あるもの、ですか。どういったものですか。」

 祖父が神主に預け物など、どういったことだろうか、と創は不思議に思った。

 何かいわくつきの物品でも所有していたのだろうか。

 生憎祖父と離れて、久々の再開も葬儀のときであった創には心当たりが無かった。

 「どうやら刀らしいんです。なんでも古い刀らしく、貴重な物とか。生前に鑑定を私の父がお願いされてたそうなんです。私の父、古美術商をやってまして。ですが、品物を受け取る前に犬童さんがお亡くなりになられてしまったので。」

 成程、祖父は確かに地主であり何かそういった骨董品を所持していてもおかしくない。

 何せ古い家であるから思わぬ掘り出し物が出てきてもおかしくないだろう。

 創はそう結論づけた。

 「そういったものは見てないですね。もし見つかったらそちらまでお届けしましょうか。」

 「ええ、そうしていただけると助かります。私はここの道沿いを30分くらい真っすぐ歩いた所にある神社に住んでますので、もし品物が見つかった際は、電話して頂けると嬉しいです。」

 届けることの了承をもらった後電話番号を教えてもらい、携帯に登録した。

 期せずとも美人の番号を手に入れ、創は顔がにやけそうになるのを抑え去っていく女性を見送る。

 そこで女性は、あっ、と小さく声を上げ振り返った。

 「もし刀が見つかっても、鞘から抜かない様にしてください。もしかしたら状態が悪くなっていて刃が折れてしまったりするかもしれないので。」

 そう告げると振り返ることもなく去っていた。




 創は作業を中止し、先ほど聞いた電話番号へ電話をかけていた。

 恐らく、先ほどの美人が言っていた品とはこれ――屋根裏に仕舞われていた日本刀のことだろうと考え、連絡をとろうと試みたのだった。

 敷いてあった布に包んで目の前に置かれた遺品に目をやりつつ電話をかけているのだが、スマートフォンから流れてくる音声は彼女が圏外か電源を切っているということを告げるだけのものだった。   

 しょうがない、と溜息を吐き布に包んだ日本刀を携え、玄関へと足を運ぶ。

 彼女は家へと向かっていた様だし、恐らく家に居るだろう。

 もし彼女が居なかったとしても誰かしらが家に居ればその人に預ければいいと考え、先ほどの透き通るような女性の美貌を思い出して少し胸を躍らせながら創は先ほど言われた神社へと向かう道を歩き出した。

 これは創が後で言われて気付いたことなのだが、彼女から教えてもらった電話番号は固定電話であった。

 そしてその時の創の携帯の電波は田舎に来て初めて電波が三本しっかりと立った状態であった。

 既にこのときから創の受難は始まっていたのかもしれない。


話があんまり進んでいない……

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