第1章 出会いは突然に(4)
「コイツは誘拐犯の星になるんだからっ!」
私が応援の意味で叫べば、晃がくるりとこちらを向いた。
「誘拐犯の星?」
しまった。応援にならなかったみたい。矛先がこっちに向いた。
「えっと、遠野が私を誘拐して、しっかり身代金を取る…みたいな?」
もうやけになって言えば、晃が鼻で笑った。
「この男がですか?」
「そうよっ!」
「お嬢様」
じっと晃が私を見る。
「柔道三段。合気道三段。剣道五段。テコンドーに、キックボクシングまでやるあなたが、この男に捕まるはず、ないでしょう」
やばっ! 思わず目を逸らしたけど、晃は容赦しなかった。
「逃げられるのにわざとついてきましたね?」
ずいっと晃が近づいてくる。
「何故です? こんな男に。お嬢様の好みというわけでもないでしょ。こんなモヤシみたいな男」
何気に酷いこと言ってない? 遠野に悪いと思わないわけ?
思わず横目で遠野を見れば、経歴に恐れをなしたのか、化け物を見るような目で私を見ながら、玄関先でへたり込んでいた。このヘタレっ! 助けに来なさいよっ! こういうときこそ、誘拐犯としての自負はないわけ?
「お嬢様」
晃の声が一段低くなる。やばい。本気で怒る手前だ。
「…たからっ」
私はごちゃごちゃと口の中で理由を言った。でもそんなことで晃は逃してはくれなかった。
「聞こえません。はっきりおっしゃってください」
さらに一段低くなる声。
「お父様とお母様を心配させたかったからっ!」
思い切って言ってしまってから、思わず頬が熱くなる。だって子供みたいな言い訳なんだもの。でも言い出したら止まらなかった。
「小さいころから、お父様もお母様も会社のことばかりっ! 私のことなんて見てくれてたことないもん。学校の発表会だって、保護者参観だって、来てくれたのは晃だけっ!」
言ってから悲しくなって、思わず涙が流れてきた。でも素直に泣いてるのを見せるのは悔しいから、ぐっとぬぐって、晃を睨む。
怒ってるかと思った晃は、びっくりしたような顔をしていた。
こんな晃の表情、初めてみる。
「納得されているのかと…」
ぽそりと低い声が漏れた。
「納得しているわけないじゃないっ! 私はお父様とお母様の娘なのに、まるで居ないみたいに見られてる。お金だけは自由だけど、それ以外は無いのっ! まるで餌だけ与えられてるペットみたいじゃないっ!」
遠野みたいに食べるのにも苦労している人がいる中で、私みたいにお金に不自由しない人がいて、それに文句を言うのは間違ってると思うけど、それでも言い出した言葉はもう止まらなかった。
「だから、だから…私が誘拐されたら、お父様とお母様が少しでも私のことを見てくれるんじゃないかと思ったの」
そう言ってしまえば、拭ったはずの涙が思わずこぼれてきた。
「しかも…この年で何とかって言う会社の社長の息子と結婚させるとか言うんだよ」
政略結婚って奴。まだ高校生なのに見たこともない、しかもかなり年上の男と結婚しろとかありえないよ。
大きくて温かい手が、私の涙を拭っていく。晃の真っ黒な瞳に泣き顔の私が映っていた。
「いい。帰る」
私はぽつりと言った。そのとたんに、遠野ががばりと土下座をする。
「す、すみませんでした」
思わず私は笑ってしまった。
「いいよ。わかっていてついてきたから。遠野にはお金、貸してあげるね。五万円? 十万円? そのぐらいだったら、私でも貸してあげられるから」
遠野が私を呆けた顔で見て、少しして意味が分かったらしくて、目を見開いた。そしてもう一回頭を下げてくる。
「ありがとう」
ございます…という言葉は言えなかった。
「君を許すわけにはいかないな」
晃の冷たい声が遮ったから。遠野が怯えたような目で晃を見る。
思わず私は晃の腕に縋りついた。
「許してあげて! 私が悪いの。私がわかっていて」
ついて来たの…という言葉は宙に消えた。晃の次の言葉によって。
「君には誘拐犯になってもらう」
「ええーっ?」
遠野と私の声が、狭いアパートに響いた。




