第5章 Danger zone(5)
壊すのがもったいなくて、泡を壊さないようにして、そっとすするコーヒーの味。ほんのりと甘い味がする。
「しのみ…えっと…お嬢さま」
「香織でいいわよ。あんたのほうが年上なんだし」
そう言うと、遠野がごくりと喉を鳴らした。なんか勘違いしてない? こいつ。
「あ、呼び捨てはしないでよね」
そう言えば、びくりと遠野の身体が動いた。なによ。呼び捨てるつもりだったわけ? 遠野のくせに生意気。
「えっと…香織…ちゃ…さん」
思わず笑いそうになって、でも遠野がまじめだったから、こらえた。
「何?」
「ぼ、僕…、僕が…守りますから」
「えっ?」
まじまじと遠野を見れば、耳まで真っ赤にして、でも真剣な目で私を見ていた。
「あの…爆発しても…香織…ちゃ…さん、だけは…ま、守りますから」
えっと…。それはあの作戦のことを言ってるんだろうか。
あまりに真剣な視線に、私は耐え切れなくなって、カップに口をつけるふりをして視線を逸らす。
「あの…こ、こんなことになって…本当に申し訳ないっていうか…で、でも、僕が何か役に立てるなら、立ちたいと」
「立ってるわよ」
カップに視線を落としたまま低い声で呟けば、遠野が息を呑んだ。
「立ってるってば。あんた。ちゃんと役に立ってるし。えっと、ご飯もおいしいし。お茶もおいしいし。熊ハンバーグもかわいいし。えっと。このハートもいいし。とにかく、役に立ってるから」
「香織…ちゃ…さん」
「頼りないのは相変わらずだけど」
「え、ええっ? えっと、ぼ、僕、がんばりますから」
「うん」
私はハートをじっと見たまま、呟いた。
「爆発なんかして、危ないのはあんたなんだから。自分のことを心配しなさいよね。死んだりしたら、承知しないんだから」
「えっと…」
もう。何言ってるのよ。私。
言ってから恥ずかしくなって、思わずハートの形を無視してコーヒーを飲み干した。
「もう。遠野が変なこと言うから、私も変なこと言っちゃったじゃないっ」
照れ隠しに怒ったように言って顔を上げれば、遠野が私をまじめな顔で見ていた。
「え?」
次の瞬間、私は暖かいものに包まれていて…えっと…状況が把握できない。
「だ、大丈夫。死んだりしないから。ぼ、僕は香織ちゃんを置いて、死んだりしない」
身体に響く柔らかい遠野の声。
ちょっと待った。
なんでこんな近くに遠野の声が聞こえるの?
「ちょ、ちょっと」
すっと顎の下に来る遠野の手。
近づいてくる顔。
閉じた目のまつげが長い…って、観察している場合じゃないっ!
「ばか遠野っ!」
バチーン。
大きな音がして、右手のスィングで思いっきり遠野の顔を張り倒して、ついでにそのまんま腕を握って、足をかけて床に転ばした。
足元で何が起こったかわからなかったらしい遠野が、パチパチと目を瞬いている。
「私に手を出そうなんて、100年早いわよっ! このバカっ!」
捨て台詞をはいて、床の上の遠野を置いて、私は自分の部屋に閉じこもった。
一瞬、ドキドキした…なんていうのは、気のせいだ。
うん。




