第4章 狼なんかこわくない(2)
「仁、大人しくしておいたほうがいい。お嬢様はこう見えても、格闘マニアの銃器マニアだ」
「ちょ、ちょっと、晃。その言い方はないんじゃない?」
晃が冷ややかに私を見る。そして言い直した。
「格闘オタクで、銃器オタクだ」
「ちがうっ! 第一、私ぐらいでオタクとかマニアとか言ったら、本当にオタクの人たちが嘆くわよっ!」
「お嬢様」
「何よ」
「銃はオートマチックとリボルバー、どちらがお好みですか?」
突然の質問に驚きながらも、私はちょっと考えた。その間に晃が大神の手足を縛っていく。
「うーん。ガンガン撃つならオートマチックだけど、動作の確実性を狙うならリボルバーよね。ちょっと女の子には撃鉄が戻るときの反動が辛いけど。それに形の好みでもリボルバーからしら」
縛り終わって、チョキンと紐の最後の部分を切ってから、晃が眉を顰めた。そしてため息をつく。
「そういうことを答えられる人を、日本の一般人はオタクとかマニアとか呼ぶんです」
「え~。そんなぁ」
オートマチックっていうのは、引き金を引けば自動的に弾が装弾されて、引き金を引けば出るの。側面がすっきりしていて、弾数もそれなりに入る。リボルバーっていうのは、回るところがあって、そこに弾を装弾して、撃鉄を一回一回起こすことになる。その代わりオートマチックは動作不良の可能性があるけれど、リボルバーなら確実に撃てるわ。
こんなの常識よね?
え? 違うの??
「このぐらい常識…でしょ?」
「お嬢様…。普通の、特に銃が流通していない日本では、リボルバーの説明もオートマチックの説明も、そんなにスラスラ出てきません」
思わず遠野に目をやれば、すっとそらされた。
「僕…初めて知りました」
「えっ。そうなの?」
晃が勝ち誇ったように私を見る。
「お嬢様。オタクに認定されました」
がーん。認定されてしまった…。本当に銃オタクの人たち…ごめんなさい。
「おまえら…俺の前で、誘拐犯と被害者でいちゃつくな」
「いちゃついていません」
「いちゃついてなんかいないわよ!」
私と晃の声が被る。
大神がため息をついた。
「どういうことだよ。これ」
「何がよ。見たとおりでしょっ。私が誘拐されてるのっ!」
「いや、されてねぇだろ。この状況」
大神の言葉に、ちらりと晃を見れば、晃が呆れたように肩をすくめた。
「仁の言う通りです。誘拐されているようには見えません」
「あら、そう?」
ちらりと見れば、遠野まで頷いている。なにそれ。憎たらしい。
大神が大きなため息をついた。
「どういうことだか説明しろよ。晃」
晃が口を開く前に、私が口を開いた。
「っていうか、なんでこの男がここに来たの?」
「ああ?」
「あんた、よくここが分かったわねぇ」
「お嬢様。『あなた』または」
「仁って呼んでいいわけ?」
「良いわけないでしょう」
「いいわけねぇだろ」
晃と大神の声が被る。
「じゃあ、なんて呼ぶのよ」
「ウルフって呼んでくれ」
大神が言い放った。
えっと…。この場合、スルーしていいかしら?
ウルフっていう呼び名については、間に受けないほうがいいわよね。うん。
「それで、あんた、なんで…」
「俺の呼び名はスルーかよっ!」
大神…自称ウルフが吠えた。
思わず冷ややかな目で見てしまう。
「晃、この犬、どうにかしてもらっていいかしら?」
「狼と犬は違うんだよ」
「お嬢様のお気に召すように…一度殺しておきましょうか」
「おい。殺すのに一度も二度もあるかよ」
「うーん。犬の皮って使えないわよね」
「おーい。俺はウルフだって言ってるだろうよ」
「アジアで犬は食用犬とされるところもありますよ」
「だから、俺を殺すな! 食べるな!」
「でも美味しくなさそうだわ」
私と晃が会話している間にも、自称ウルフが喋りまくる。
あ~。うるさい。
私は銃を構えなおして、自称ウルフに向けた。とたんに口がピタリと閉まる。
「それで? どうやってここを突き止めたの?」
晃が冷ややかに私を見た。
「お嬢様。悪役がはまりすぎです」
…うるさいっ!