第3章 私たち女の子?(3)
「夕飯は何がいいですか」
チョコレートをもぐもぐさせながら遠野が訊いてくる。慌てて私は無意識に唇に持っていっていた指を下ろした。
「えっと…」
「好きなもの、作りますよ」
なんか余裕を感じる遠野の台詞。むかつく。
「じゃあ、ラングスティーヌのカネロニ」
「は、はい?」
遠野の声から余裕が消えた。ふふん。
ラングスティーヌっていうのは、手長海老のこと。そしてカネロニっていうのは、パスタ生地で巻いた料理。分かりやすく言っちゃえば海老のパスタ生地包みって感じ? フランス料理だもん。
「デザートはシュー・シャンティーイーがいいわね」
シュー・シャンティーイーっていうのは、シュークリームのこと。フランス料理風に言うと、よく知ってる料理ですら小難しくなるのは、なんでかしら。
隣にいる遠野の肩ががっくりと下がる。
「前言撤回です…僕が作れるものを言ってください」
小さくて、力ない遠野の声。もう。すぐに落ち込むんだから。
「仕方ないわね。ハンバーグで許してあげる」
「はい…」
まだがっかりしてる。
「遠野のハンバーグ…美味しかったから…」
そう言ったとたんに、ぱっと嬉しそうに顔が上がった。
「あ、間違えた。悪くないってだけよ。そう。悪くなかったわ」
そう言ったけど遅かったみたい。バカみたいに嬉しそうにニコニコしながら遠野が私を見る。
「はいっ。じゃあ、デザートはシュークリームでいいですか? オーブンはあるし、シュー生地もすぐ作れるし、生クリームも材料がありますから」
それ…私がさっき食べたいって言ったんだけど…。なんか認めたくない。
「い、いいわよ。仕方ないわね。それでがまんしてあげる」
そう言う私って可愛くないと思うのに、遠野は嫌な顔もせずにクスクスと笑う。こいつ、わかってやってる?
なんか面白くない。
「私、ご飯まで部屋にいるから!」
そう言って私はリビングを後にした。後ろから遠野の鼻歌が聞こえてきたのには、ちょっと驚いた。あいつ、何喜んでるのよ。まったく。もう。
夕飯に出てきたハンバーグは熊さんの形をしていた。にんじんがハートの形に切ってあって、グリーンピースの緑と一緒に周りにおいてあって、凄くメルヘンチック。思わず見た瞬間に叫んでしまった。
「わっ! かわいいっ!」
嬉しそうに笑う遠野と目が合って、思わず私は目をそらした。まずい。あまりにも子供っぽいことをしちゃった。だって…お子様ランチとか…食べたことが無かったし、こんなかわいい料理、実物で見たことが無かったんだもん。
「えっと、まあ、いいんじゃない。うん」
澄まして言ってみたんだけど、頬が赤くなっているのがわかる。
「喜んでもらえて良かった」
「よ、喜ぶはず、ないじゃない。こ、こんな子供みたいなことして」
そう言うけど、なんか嬉しくて顔はにやけちゃうし、頬は赤いし…。収拾がつかない。
「そうですよね。子供っぽいですよね。じゃあ、こっちの皿と変えましょうか」
遠野が自分の普通のハンバーグに普通のにんじんの皿と交換しようとするから、思わずその腕を握り締めて叫んでしまった。
「だ、だめ!」
遠野がにっこりする。や、やられた…。
「はい。じゃあ、食べましょう」
なんか…なんか…遠野に見透かされてない?
遠野のくせに…。
壊すのがもったいなかったけど、ちょっとずつ壊して食べたハンバーグも終わり、ハートのにんじんも全部食べて…夕食が終わったころに、晃が突然やってきた。
ガチャガチャと音を立てて鍵開けて、あいつには珍しく焦った表情している。大またでリビングまで来て、そして私たちの前に立ったと思ったら、叫んだ。
「遠野!」
遠野が晃の剣幕に「ひっ」と声を出して、縮こまった。
「君は一体、何をした」
そう晃が言ったとたんに、もう一度、ドアがパタンと開いて、そして声が響いた。
「みぃつけた」