第3章 私たち女の子?(1)
ほんのちょっとだけ都会から離れた田舎道。周りにカメラがないことを確認して、遠野と二人で車から降りる。
遠野の運転は…まあ、あんまり言いたくないわね。免許を持ってないけど、私が運転したほうがマシなんじゃないかしら。事故を起こさなかったのが奇跡みたい。
そしてちらりと隣にいる遠野に視線をやれば…私はため息をつきたくなった。
なんでこんなにコイツ、綺麗なのよ。
なんか清楚で病弱な女の子って感じ? 細身のワンピースがめちゃくちゃ似合っていて、ウィッグの長い髪も凄く似合っていて。化粧をした顔がなんとも言えない。ついでに晃がコンタクトレンズを用意したからメガネはかけてないの。
「詐欺だわ」
「はい?」
「あんた、なんでそんなにワンピースが似合うのよ」
「そう言われても…」
泣きそうな顔で自分の格好を見る遠野。足を出すから脛毛は剃ってあるんだけど、この足がまた綺麗なのよ。嫌になる。
私のほうは思いっきり身体にクッションを巻いていて、普段の三倍の身体になってる。しかも含み綿を入れてるから、顔もまん丸。こんなに太るなんて知らなかったわ。そしてメガネに、ばっさりとしたおかっぱ頭のウィッグ。
これじゃあ、絶対に元の私って分からないわね。
晃も良くこんなことを思いつくと思うわ。まるで仮装大会みたい。
つまり背が妙に高いけれど綺麗な女の子と、超ぽっちゃり(デブとも言う)な私という組み合わせ。
「電話するわよ」
「はい」
遠野の声が震えた。
日焼け止めの手袋をした手で電話ボックスの受話器を握り、お父様の会社に電話をする。結局携帯か、会社か…という選択肢で会社に決めたの。
呼び出しが数回した後で、受付につながり…そして私はお父様に繋いでもらった。
「四之宮です」
電話の向こうから聞こえる落ち着いたお父様の声。
「お、お父様…私です。香織です」
わざと怖がっているような震えた声を出す。
「香織か?」
「は、はい…」
「お前、今、どこにいるんだ」
なんでこんなにお父様、冷静なの?
「わ…私…」
あまりに冷静に対応するお父様に、なんか私は泣けてきた。お父様…私のことが大事じゃないの?
「私…」
涙を流しながら、喋れない私の腕を誰かが掴んで、そして受話器が取り上げられた。
「いっ、いいか? む、娘は誘拐したっ! 返して欲しければ、こちらの要求を聞けっ!
い、い、いい、いいなっ!」
つっかえながらも、今まで聞いたこともないような低い声を出して、喋る遠野に思わずあっけに取られる。
「いいかっ! 余計なことをしたら、娘の命はないぞっ!」
そしてガチャンと電話を切った。
半分泣きながら、半分あっけに取られながら遠野を見る。
だって、本当は遠野は運転だけで、私が犯人に脅されて喋ってるっていう設定だったんですもの。なんで遠野が電話に出ちゃったわけ?
「遠野…」
遠野は自分がやったことにあっけに取られたように電話機を見ていたけれど、すぐに私の手を握って車のところまでドンドン歩き始めた。
「痛い。痛いわよ。遠野」
車のドアを開けられて、何も言わずに乗って…そして30分ぐらい走ったところで、車が路肩に止まった。
「遠野?」
はぁ~と大きなため息がして、遠野がハンドルに突っ伏した。
「遠野…あんた、何やってるのよ」
「はぁ。そうですね」
「電話に出ちゃって」
「そうですね」
「遠野」
遠野がハンドルから顔を上げて、くるりと私のほうへ向き直る。
「泣いてたから」
「はい?」
「な、泣いてて…親から怒られてるのかな…と思ったら。つい」
思わずマジマジと遠野を見てしまった。
「あ、あんた、バカじゃないのっ!」
「えっ?」
「うちのお父様なんて、子供を叱ったりしないわよ」
「で、でも…泣いてたし…」
遠野はオロオロし始めた。私は思わずため息をつく。
「普通だったわよ。うちのお父様。誘拐された娘が電話してきたとは思えないぐらい。普通の対応だったの。だから悲しくなったの」
そして私は足元に視線を落とした。
「きっと…私なんてどうでもいいのよ…」
温かくて不器用な手が私の頭を撫でていく。
「何してるのよっ!」
そのとたんに手が引っ込んだ。
「いえ、その。泣いているのかと」
「違うわよっ。泣いてるわけないじゃない」
そう言ってるのに、目は言うことを聞いてくれなくて、ポトンポトンと水滴が自分の手に落ちてくる。
「泣いてるんじゃないんだから」
俯けば、遠野の手がまた頭を撫で始めた。
「何よ。遠野のくせに」
「…」
無言で遠野は私の頭を撫でている。ご飯作るのは上手いくせに、撫で方は下手で、髪の毛がぐちゃぐちゃになっちゃいそう。
でもその手は温かくて…。同じスピードで繰り返される動きに、気持ちが穏やかになっていく。
「今だけだからね。今だけ私の頭に触るのを許してあげるんだから」
ちょっと鼻声でそう言えば、くすりと笑い声が漏れる。
「遠野のくせに笑うなんて失礼よ」
「笑ってません」
笑い声が含まれた声で言われても説得力ないわよ…って思ったけど、私は言い返さなかった。そして私が俯いている間、遠野はずっと頭を撫でていてくれた。