29日目。【創世録紀行】ミカンと歩く
今日は、ミカンとともに地上界に降りた。
アダマヒアの吟遊詩人フィーアに逢うためだった。――
俺とミカンは、アダマヒアの少し南に降り立った。
そして、そこから歩いて橋に向かった。
橋に着くと、ミカンは大きく伸びをして言った。
「へえ、これがアダマヒアの橋かァ」
「あれ、初めてだっけ?」
「ああン、そうそう。初めてなんだよ」
ミカンは橋の中央に立ち、四方を眺めまわした。
「よく見ると、そこらへん傷だらけなンだな」
「結構、攻められたからね」
「つーか、今月はこの橋で戦ってばかりじゃん」
「まあ、そうだよ」
俺が、ぼそりと言うとミカンは笑った。
マリの執拗な攻撃と、その根性の悪い戦術を思い出したからだ。
「あいつ、ほんとまわりくどいのな」
「まあ」
「何度も攻めてきたけど、一度だってアダマヒアが目的だったことはなかったじゃん」
「王国も、いい面の皮だよな」
「なー」
ミカンは可愛らしく言った。
「つーか。あいつ、やっぱり思い出してたじゃん。カミサマと逢いたかったんじゃん。で、最初のあの沼で『逢いたい』って言えばそれで逢えたのにさ」
それなのに一ヶ月かかってやンの――と、ミカンは言った。
そしてカラッとした笑みで、
「めんどくせえ女だよ」
と、俺の顔を覗きこんで言った。
俺が、あごを引いて言葉を詰まらせていると、
「そんなマリが、あんた好きなのな」
と言ってミカンは、俺の腕に抱きついた。
ミカンの迫力あるおっぱいが、俺の腕を圧迫した。
相変わらず、すげえ身体してるよな――と、俺はつばを呑みこんだ。
ミカンは、それに気付かず朗らかに言った。
「まあ、あたしたちもそんなマリが好きなんだわ」
そう言ってからミカンは得意げに鼻をこすった。
ぱっと飛び出し、偉そうに胸をはった。
そのことで、おっぱいがぶるんと揺れた。
ミカンは俺の手をぎゅっと握った。
俺たちは、手をつないだまま橋を渡った。
腕を組むより、抱き合うよりも、なぜか照れくさかった。
そして、どういうわけかドキドキして、今まで以上に心が近づいたのは、それはきっとミカンが手をつないだまま黙ってしまったせいだと思う。――
俺たちは橋を渡りきり城門に到着した。
そこに立つ番兵を見て、俺はようやく自分が出入り禁止となっていることを思い出した。
というか、番兵の詰め所に手配所が貼られていた。
「あはは、かっこよく描かれてるじゃん」
「いやっ、笑い事じゃないと思うけど」
俺は慌ててフードをかぶる。
ごそごそと、マリからもらったカマレオネス・クローク……透明マントを探す。
「なにやってンだあ?」
「はやく隠れないと」
「ああン? こんな人多いとこで?」
「そ、それもそうだな」
「それに挙動不審なことしてると、番兵がこっち見んぞ?」
そう大らか言って、ミカンは番兵を指さした。
そのことで番兵は俺たちを見た。
「いや、ちょっと待ってくれよ」
俺が困り顔で笑うと、まかせとけ――と、ミカンは大らかに笑った。
俺の手を引いて、番兵のところに向かった。
そして大声で言った。
「穂村から来たンだけど!」
番兵は尊大に頷いたあと、眉をひそめた。
そして思いっきり俺を見た。
首をかしげ、じろじろと俺とミカンの顔を交互に見はじめた。
するとミカンがニカッと笑ってから、視線を手配所に移した。
そのことで、番兵は俺の正体に気がついた。
俺があの、太陽王ドライを怒らせたザヴィレッジの英雄。
アダマヒア王国に出入り禁止とされた、あの歌劇の男であることに。
「………………」
「………………」
俺と番兵は目と目を逢わせ、しばし硬直した。
これ以上見つめると愛が生まれてしまうんじゃないか。
そう思ってしまうほどの時間が過ぎた――ような気がした。
俺は大きくつばを呑みこんだ。
番兵も、つばを呑みこむように大きく頷いた。
と、そこに。
これ以上ないタイミングで、ミカンが言葉を放り込んだ。
「あの子、迷子っぽくね?」
この言葉に、番兵はなぜか救われたような顔をした。
そして、俺に穏やかな微笑みを向けてから、迷子っぽい子供のところに向かった。
今のうちに城門をくぐれ――と、番兵の背中は言っていた。
……。
俺は、彼に感謝して、急いで城門をくぐった。
ミカンは満面の笑みをした。
番兵に向かって叫んだ。
「ありがとなッ!」
番兵はものすごく困った顔で振り向いた。
俺が苦笑いしていると、ミカンが言った。
「天空界で、歌劇の様子を見てたけどさ。あんた、結構人気あると思うぜ」
「へっ?」
「王様怒ってるけど、他には人気あるっての」
「ああ、そう?」
「まあ、娘がいるオヤジ連中は王様派だと思うけど、でも、残りはあんたの味方だよ」
ミカンは、ぼそっと言ってから、急に赤くなった。
俺が首をかしげると、ミカンは可愛らしく睨んで、
「だって、かっこよかった」
と言った。
手をぎゅっと握ったまま、うつむいてしまった。
俺は父性に満ちたため息をついた。
そして、この番兵とのやりとりから、アダマヒア王国に寛容の精神……情状酌量の概念が浸透しつつあることを実感した。
そんなことを考えながら、俺は王国を歩いていた。――
しばらく歩くと中央広場に到着した。
そこでは、フィーアたちが歌と踊りを披露していた。
たくさんの人だかりができていた。
俺とミカンは、よく見える石段を探してそこに座った。
肩をならべてフィーアの歌を楽しむことにした。
しばらく見ていると、
「なあ」
と言って、ミカンが手を強く握った。
俺が顔を向けると、
「ううん」
と言って、ミカンは目をそらした。
満ち足りたため息をついて、俺の肩に頭を乗せた。
そのままフィーアを見た。
俺は、穏やかな笑みをした。
そして。
思っていることを整理するように話しはじめた。
「先日、俺は記憶を取り戻したんだけど。ミカンたちが世界が滅亡する前に、俺の『嫁』だったことを思い出したんだけどさ」
「……うん」
「だけど思い出したのは、それくらいで――いや、それだけでも充分すぎるし幸せなんだけど――それはともかくとして、キミたちのことを思い出したことによって、しかし、新たな疑問がわいてきたんだよ」
「あー」
「だから今では、キミたちがあれほど記憶を取り戻すことに執心していたのがよく分かる。俺も今、同じような気持ちでいるんだよ」
と、ここまで言うと、ミカンは穏やかな笑みをした。
そして言った。
「なにが知りたい?」
だから俺はミカンに疑問をぶつけた。
「ミカンたちが俺の『嫁』で、しかもゲームやラノベのキャラだというのは思い出した。でも、なんで二次元ヒロインが俺の『嫁』になったんだ? というか、なんで生身の人間のように存在しているんだ?」
するとミカンは、あたしもよく分かんないンだけど――と、前置きしてから言った。
「あんたの記憶って、あたしたちのほかは、二十歳くらいからゴソッとなくなっているんだろ? だから、そんなことを疑問に思うんだよ」
「え?」
「あんたさ、それが『神の力』のせいなのかは、よく分かんねえけどさ、とにかくなんか若いんだよ。あんた、あたしたちと出逢ったときと同じくらいの姿をしてンだよ」
「はあ?」
「まあ、ワイズリエルは、だっ、男性機能のこともあるし? デリケートな問題だからそっとしておこうって言ってたけどな」
「え? じゃあ……」
「あんた、世界が滅んだときより、ずっと若くなってンよ」
「そ、そうだったんだ」
というか、デリケートな問題って。
そんな気遣いがあったのか。……。
「まあ、それはともかくとしてさ。あんたが二十歳の頃から、あたしたちが出逢った時代までは割と月日があるんだよ。で、その間にいろいろと技術が進歩したんだよ」
「だから」
「だからってことらしいぜ」
ミカンはニヤリと笑った。
そして言った。
「まあ、詳しいことは、あたしも分かンねえよ。けどさ、前世であんたと出逢えたこと、そして今もこうして一緒に居ることを、あたしは喜んでいる。前世とは違って、あんたと一緒に歳をとることもできるしな。まあ、あれだ。あたしは結構喜んでいるんだよ」
「…………」
「まあ、それは。みんなも同じだと思うぜ」
そう言って、ミカンは大らかに手を上げた。
すると、ステージのフィーアがまるで太陽のような笑みをした。
俺たちに向かって大きく手を振った。
そのしあわせそうな姿を見て、俺はこの世界を創って好かったと、あらためて思うのだった。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって2ヶ月と29日目の創作活動■
フィーアのステージを見に行った。
……フィーアは気持ちよさそうに両手を広げ、胸を張って、キラキラのアイドル笑顔で、アダマヒアの民衆に元気を届けていた。




