28日目。【創世録】ノイン
以下、僭越ながら――。
ワイズリエルが書き記します。
ご主人さまが地上界に降りたった、あの日。
突然、かつ唐突に。
キラキラと地上に無数の光……鮮やかで煌びやかで力強くも温かい、しかし厳しさをも含んだ鋭い光が降り注ぎました。
アダマヒア全土、いえ、ご主人さまが創造した地上界のすべてに光が降り注いだのです。
この光は、ご主人さまの力でした。
ご主人さまが『神の力』を込めて放った雷。
それをマリさまが集めて増幅し、溜めこんでいたものでした。
この『神の力』は、地上界のありとあらゆる所に降りました。
そのほとんどは大地に染みこみました。
しかし中には、古木に染みこむ力もありました。
水に染みこみ、水溜まりのようなところで、わずかですが溜まる力もありました。
モンスターに染みこんだ力もありました。
建造物や建築物、人工的な何物かに染みこむことも、もちろんありました。
そして人間にも染みこみましたが、しかし、この唐突で意味不明な光を人間は恐れましたから、染みこむことがあってもそれはごく少数の、それも子供ばかりにでした。
私はこのことに意見を持ちません。
判断できる立場になく、また判断力を備えていないからです。
しかしながら、恐縮ながらも言わせていただけるのならば。
こういった見解なら、こういった表現のしかたで好いのなら。
私はキッパリと断定し、ハッキリと自信をもって断言できます。
この光にまつわる一切は、すべてマリさまの企図通りだと。
そしてご主人さまはこのことをすべて納得しているのだ、と。
さて。『神の力』が降り注ぎ、そして降り終えた頃。
ちょうどその頃、モンスターの群れが北上しはじめました。
アダマヒア王国の橋に集結しはじめたのです。
否。橋に向かって猛進したのです。
モンスターがアダマヒアを襲撃したのです。
この突然の襲撃に、王国は騒然となりました。
しかし太陽王の大号令によって、騒ぎはすぐにおさまりました。
そして騎士団がモンスターを迎え撃ちました。のですけれど――
そこで繰り広げられたのは、それはむごく痛ましい消耗戦でした。
アダマヒアの大橋は、酸鼻で凄愴で陰惨な戦場となりました。
モンスターが今までとはまるで違い、猛り狂っていたからです。
理性的ではありませんでした。
いえ。野生動物に近しいモンスターは、本来、理性的な運動などしないものなのかもしれません。ですから、今、アダマヒアを襲撃しているモンスター……荒れ狂い暴れまわっているこのモンスターの姿は、彼らの本性なのかもしれません。
が。
それはさておき、それはともかくとして。
そのようなことなど、どうでもいいと、思ってしまえるくらいに。
モンスターの攻撃は苛烈を極めていました。
騎士には多くの負傷者が出ました。
城壁の上から矢を射る騎士たちを、オオワシのような猛きん型モンスターが、次々とつかんでは橋に落としたからです。
そこに恐竜のような巨大モンスターが襲いかかったからです。
そして――。
そのような陰惨な戦場に、ひとりの少年騎士が現れました。
「エイジ!」「エイジだ!!」「エイジが来た!!!」
「エイジならアダマヒアを護ることができる!!!!」
このエイジの登場に、騎士たちは沸きたちました。
騎士たちは勇気をもらいました。立ち上がりました。
そのなかをエイジは巨大な盾を両手で持ち、ひたすら進んでいきました。
そしてその後ろを、巨大な剣をもった少年騎士がついていきました。
この巨大な剣をもった少年騎士は、以前、エイジと共に幌馬車を救出したあの騎士です。
彼は上半身裸でした。
下半身にも鎧といえるものは何もつけていませんでした。
彼はそんな姿で、巨大な剣を引きずりエイジの後ろを歩いていたのです。
ちなみに、その彼のもつ巨大な剣ですが……――。
それは剣と呼ぶにはあまりにも長すぎました。
あまりにも肉厚すぎました。
あまりにも重すぎました。
彼が今、引きずっている剣は刃渡り十五メートル(ビルの五階ほどの高さ)長さでした。
また、刃幅はシングルベッドの横幅くらいありました。
そして、その重さは理解を超えたものでした。
さらには、あまりにもよく斬れました。
この巨大な剣は、幌馬車救出の直後に、穂村の刀工に造らせた剣でした。
そうです。
彼は先々週、嫌がるエイジを無理やり連れて、穂村を訪れたのです。
そこでエイジが騎士になったこと、エイジと親友となったことを報告したのです。
そして彼は、このあまりにも巨大で、ひどく頭の悪そうな剣の製作を依頼したのです。
攻撃のことだけを考えてもらってかまいません。エイジが護ってくれますから――と。
すこし照れて。
しかし誇らしげに。
彼はエイジの横で、情熱に満ちた瞳で告げた後、深々と頭を下げました。
そして、その彼の心意気に穂村の刀工たちは応えました。
――……と。
そんないわくの巨大剣を手に、少年騎士は戦場を突き進んでいます。
「エイジィ――!!」
少年騎士は橋の中心に到達すると、全身全霊を浴びせるように叫びました。
エイジはニヤリと笑い、腰を落としました。
大盾を構えました。
そしてエイジは、少年騎士を護るために、攻撃の一切を引き受けました。
騎士たちは、そんなふたりを見て、大きく後退しました。
橋には、エイジと少年騎士だけが残りました。
モンスターのほかには、エイジと少年騎士しかいなくなったのです。
そして。
エイジがひたすら猛攻を受けとめるその後ろで。
少年騎士は、高らかに名乗りを上げました。
「俺はノイン! アダマヒアのアイスの直系!! 王族としてこの世に生を受けた者である!!!」
少年騎士は腰を深く落としました。
巨大剣を握り直して、こう続けました。
「俺が生まれたときッ! 父は、俺のこのバカな顔を見て、大きく落胆した!! このバカが王になったら国が滅んでしまうと、ひどく嘆いた!!! 絶対に王にならないようにと、俺が初めての子であるのにも関わらず『九番目の子』という意味をこめて、ノインと名をつけた!!!! そして教会にあずけたのだッ!!!!!」
しかし――と言って、少年騎士ノインは両手に力を込めました。
それと同時に、彼の背中が大きくふくらんだ――ように見えました。
ノインは、数を数えるように叫びはじめました。
「I.アイン! ……俺は騎士になったことを感謝する!!」
この言葉とともに、ノインの気力が高まります。
「II.ツヴァイ! ……今では父に感謝している!!」
ノインの全身の筋肉が怒張します。熱気が噴きだします。
「III.ドライ! ……俺は自分の名前に感謝をしている!!」
ノインのもつ巨大剣がわずかに浮いて、橋が震えます。
「IV.フィーア! ……そして、俺がここまで心を露わにできるようになったキッカケ、勇気を与えてくれた歌姫にッ!! 俺は感謝する!!!」
エイジが体を投げ出して、殺到するモンスターからノインを護ります。
その背中を見ながら、ノインは全力を絞り出しています。
彼の額には血管が現れ、口からは血が噴きだします。
そして魂の叫びをノインは口にするのです。
「V.フュンフ! ……俺が自分の名前に感謝するのは、その数字までカウントできるからだ!!」
モンスターの中心に立つノインに、温かな光『神の力』が集まります。
「VI.ゼクス! ……多くの時間を費やし、力を込めることができるからだ!!」
ノインは高ぶります。騎士たちの、そしてアダマヒアの声援が集まります。
「VII.ズィーベン! ……戦場に立っていられるからだ!!」
ノインが悶えながらも、そう叫びきると。
早くしろ――と、エイジが振り向きもせずにツッコミを入れました。
しかし、ノインはそれを無視して叫びます。
「VIII.アハト! ……俺はエイジに出会えたことを感謝するッ!! おまえに護られたこの時間が俺をッ、俺たちをッ、騎士団をッ、アダマヒアと穂村をいつまでもッ!!!」
と、ここまで叫んでノインは失笑しました。
そして。
やっぱり恥ずかしいな――と、つぶやいてから。
すうっと穏やかな顔になりました。
その気配が、エイジの背中に伝わりました。
そして、ついにノインはカウントを終えるのです。
「IX.ノイン! ……この世界に生まれたことをッ!!」
神よ、俺は感謝します――と、ノインは首を垂れました。
それと同時にその剣と呼ぶにはあまりにも巨大な刃を、ノインは振りきったのです。
ブウン!
まるでハンマー投げのようにノインは回転しました。
まさに掃除です。一掃です。
それはスウィープというほかありませんでした。
ノインは掃除をするように討ちました。
掃討したのです。
モンスターはすべて両断されました。
あたりは血の海でした。
その血の海のなかでエイジは伏せていました。
ノインの刃をさけるべく、彼は絶妙なタイミングでそこに伏せたのです。
「エイジ!」
「ノイン!」
かたく握手する彼らの姿が、私にはアダマヒアと穂村に重なって見えました。
そうです。
アダマヒアと穂村は今、ご主人さまの望んだ通りの強固な友好を結んでいます。
そのことを、このとき私は実感したのです。――
――・――・――・――・――・――・――
■神となって2ヶ月と28日目の創作活動■
ノインの活躍を見届けました。
……明日からは今まで通り、ご主人さまが創世を記録されるかと思われます。




