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27日目。俺の創った世界では――

「あなたの童貞(ドーテー)が欲しいわ」

 と、マリは不敵な笑みで言った。

 俺が口を尖らせると、重ねてこう言った。


童貞(ドーテー)と引き換えに、ワタシはあなたのメスブタ肉奴隷になるわよ」

 マリはまるで演劇のような、とてもイイ顔と、とてもイイ声をしていた。



「いやっ」

「コレがワタシの条件よ」

「いやでもっ」

「すこしの譲歩もしないわよ」

「いやでも、ちょっと」

「うるさいわね。はやくよこしなさいよ」

 と、マリは誇らしげに俺を見下ろし、わざとらしく脚を組み直した。

 俺は言った。


「俺は童貞じゃないんだけど」

 するとマリは、一瞬ひるんだのち、

「あはは、これだから童貞は」

 と、今どきアメリカ人でもそこまでオーバーアクションじゃないだろう――と、ツッコミを入れたくなるような、そんなわざとらしさで、肩をすくめて手のひらを上げた。

 そしてキメ顔でこう言った。



「あなた、まさか一回や二回のセックスで童貞が(なお)ると思っているの?」



 このときのマリの、ひどく優越感と全能感に満ちた笑みを、俺はしばらく忘れないだろう。

 彼女をひどく気の毒に思ってしまったこの心の痛みとともに。


「って、おいこらカミサマ。なにを思いっきり上からの目線でワタシを(あわ)れんでいるのよ」

「いやだって」

「あなた、まさか童貞の自覚がないの?」

「はァ」

「ちょっと鏡を見てみなさいよ」

「えっ、はあ、はい」

「ほらそこに、いかにも童貞って顔が写っているわ」

「えっ、どれどれ?」

「ほら、童貞くさいわ」

「うーん、言われてみればって」

 おいっ! ――と、俺は慣れないノリツッコミをキメた。

 マリは、にたあっと、ものすごく根性の悪い笑みをした。

 そして言った。



「あなた勘違いしているみたいだから、教えてあげようと思うのだけど――と、そう前置きしてから、ワタシは現実を突きつけるのだけど」

「なんだよ」


「童貞というのはね、一度のセックスで確実に捨てられるとは決まっていないのよ。もちろん、一回で童貞を卒業する者もいるわ。でも、まれに何度ヤっても童貞のままでいる、童貞が治らない男がいるのよ」

 そう言ってマリは背を向けた。

 そして、首をねじむけ肩越しに俺を見つめると、


「あなたの童貞は、不治の病よ」

 と、決めつけて言った。

 とてもイイ顔で断定した。



「いやちょっと待ってくれよ」

「なによ理解力のない。まあ、その理解力のなさが童貞の(あかし)なのだけど」

「…………」


「その童貞をワタシが奪ってあげると言っているのだけれども」

「うーん」

 と、俺はうなったままソファーに沈み込んでしまった。

 するとマリは、にたあっと根性の悪い笑みをして、

「童貞神」

 と言った。

 そして、ベッドから立ち上がると俺の横に座った。

 腕を組んで、ぐいっと俺に寄り、肩に頭を乗せた。

「童貞神……」

 マリの声はどことなく嬉しさを含んでいた。

 ……。

 まあ、マリが俺のことを童貞だと言うのなら、そしてそれを奪ったと納得するのなら、悪い話ではないよなと思ったのだけれども。

 しかしそれと同時に、マリの母親がモンスターで、生殖活動の後にオスを食い殺す習性をもっていたことを、ふと思い出した。

 ただ。

 マリがそれを踏まえて提案したようには、まったく感じられなかった。――





 その後。

 俺たちは、しばらくソファーに座ったまま無言の時間をたのしんだ。

 俺はマリのことを、やはり理知的な女だと思った。

 この娘は考えかたがユニークなだけで、話し合いや交渉ができる、条件のスリ合わせに応じる娘だと思った。

 そう思ったから俺は、交渉に入った。


「あのさ、お願いがあるんだけど」

「なによ、はやく言いなさいよ。それを言いに来たんでしょ?」

「あっ、ああ」

 俺は、いきなり圧倒された。

 そしてこう考えた。

 マリのような頭のキレるタイプ、かつ、根性のひん曲がったタイプに小細工はいっさい不要だ。というか、あっさり見破られて話がひどくこじれてしまうだろう、と。

 だから俺はズバリ言った。

「お願いが、ふたつあるんだ」



「ひとつ目は?」

「モンスターを率いてアダマヒアを攻めるの、止めてくんない?」


「ふたつ目は?」

「近代的なガジェットをばらまくの、止めてくんね?」



 しばらくマリは俺の顔をじっとりとした目で見ていたが、やがてニヤリと笑うと手を差し出して、こう言った。


「なにか知恵を授けられているんでしょう? それを出しなさいよ」

「……わっ、分かった」

 俺はマリの鋭さに内心舌を巻きつつ、三つの封筒を出した。

 それをマリに渡して言った。


「ワイズリエル、クーラ、ミカン。三人から『もし、マリがわけの分からないことを言い出したら開け』と、渡されたんだ」

「ふうん」

 マリは封筒を開けた。

 そして、ひどく優越感に満ちた笑みをした。



「あはは、さすがワイズリエル。分かっているわね。ワタシの気質をよく理解しているわ」

「……なにが入ってたんだ?」


「あなたたちがエッチした回数、その集計表が入っていたわ」

「あ"!?」

「なによ、その童貞そのもののリアクション」

「……ワイズリエルがメモしていたのか」


「ワイズリエルとクーラよ。あのふたりは、あなたのセックスライフをガッチリ管理しているわ」

「はァ」


「ちなみに。ミカンとのエッチに関してはワイズリエルとクーラの記録が異なるため、念のため、ふたりの集計表を送付いたします――だって」

「うーん」


「あはは。あなた、ワタシのことを頭がおかしいとか言うけれど、あのふたりのほうがよっぽどおかしいわよ」

「それはっ」

 この偏執的(へんしつてき)で几帳面に過ぎる表を見せられては、否定できないことだった。

 というか、記録すんなよ。

 それを見せ合うなよ、相互チェックするなよなあ。まったく。



「で、残りのふたつは?」

「『マリとエッチしろ』だって」

「うーん」

「ちなみに最後のひとつには『はやくエッチしろ』と、はげますように書いてあったわ」

「……ほんと?」

「あはは、ほら見なさいよ」

 マリはひどく愉悦に満ちた瞳をしていた。

 俺はかるい目眩(めまい)をおぼえ、ソファーに思いっきり背もたれた。

 すると、マリは甘えるように俺にかさなった。

 俺の胸に、手をそっと乗せて、(ほほ)をよせた。

 マリはその整った顔で、俺を上目遣(うわめづか)いでじっと見た。

 そして、息を吹きかけるようにして言った。



「まあ()いわよ。あなたの願いを叶えてあげるわよ」

「…………」

 俺は、マリのこの、とても少女とは思えない色香に酔っ払った。

 頭のなかがしびれたような、そんな恍惚(こうこつ)の海にただよった。

 やわらかくて軽くて、抱きしめると崩れそうなほど華奢なマリ。

 至近距離から彼女に見つめられるこの時間が、俺には心地よく、そして数時間にも感じられた。

 しかし、そんな魔睡(ますい)にも似た状況下。

 俺は懸命に思考力を取り戻した。

 そして()いた。


「俺の願いを叶えるって?」

 するとマリは上体を起こし、(りん)として言った。



「『モンスターを率いてアダマヒアを攻めるのを止める』、『近代的なガジェットをばらまくのを止める』。このふたつの、あなたのお願い(・・・)を、今ここで叶えてあげると、ワタシは言っているわ」

「それはっ」


「そこのスイッチを押せば、願いが叶うわよ」

「まさかっ」

 と言ったまま俺が言葉を失っていると、マリは根性の悪い笑みで言った。



「そのスイッチは、コイル装置――あなたの『神の力』を(たくわ)え増幅しているあの装置――の破壊スイッチよ。ええ、そうよ。あれがなくなれば、ワタシたちはもう近代的なガジェットを造ることができなくなるし、それにワタシの命令を受信拡散している施設も動作しなくなるわ」

「そうなるとモンスターは開放されるのか」

「ええ。そして二度とワタシの命令に従わなくなる」

 マリは冷然と言った。

 そしてこう続けた。



「というわけで、スイッチを押せば、あなたの望み通りになるのだけれど――。ただ、コイル装置を破壊することによって、あなたの『神の力』がこの世界に降り注ぐし、それに、破壊時に発生する電磁パルスのようなものが、モンスターが刺激してしまうわよ」

「モンスターを刺激?」


「たとえば、ヒザをかるく叩くと足がぴくんとなるわね? そんな感じで、モンスターが反射的に行動をしてしまうの」

「具体的には?」

「アダマヒア王国の橋に殺到するわ」

「おまえっ」

「一度だけよ。コイル装置を破壊したその瞬間だけ、モンスターは動いてしまうのよ」

「…………」

「避ける方法はないわよ。まあそれは、あなたが雷を落としたあの日から決定していたことだけど。そして今、こうしてあなたと一緒にいることも、あはは、あの日から決定していたことなのだけれども」

 マリは恐ろしいことを言った。



「ねえ、カミサマ。あらためて訊くけれど。そのスイッチを押せば、ワタシはモンスターを指揮できなくなる、蓄えていた『神の力』も失う。そして、モンスターは王国に押し寄せ、『神の力』が世界に降り注ぐのだけれども。それでもあなた」

 スイッチを押すのかしら――と、マリは挑むような目で言った。

 俺は素朴な疑問をぶつけた。


「『神の力』が世界に降り注ぐことは、()いことなのか?」

「『良いか?』ではなく、『好いか?』と訊いているのね?」

「そうだ」

「それは誰にとっての『好い』なの?」

「俺にとって『()いことなのか』を訊いている。そしてそれは、この世界……アダマヒアにとって『好ましいことなのか』と同義だ」

「あはは」

 あははははと、マリは笑ってから、

「あなた、お人好(ひとよ)しね」

 と言った。

「それをワタシに訊いてどうするの?」

 とも言った。

 そしてマリは、



「まあ、『神の力』が世界に降り注ぐことは()いことよ。でもね、この言葉も含めて、ワタシが今ここで言ったことはすべて、ウソかもしれないわよ」

 と、すこし哀れみをおびた瞳で言った。



「あなた、こんなワタシの言葉をもとに判断するわけ?」

「ああ」

「世界の命運を道連れにするわけ?」

「その通りだ」

「ずいぶんとワタシも信用されたものだわ」

「……もちろん俺はキミを信用しているが、ただ、それだけじゃない」

「ふうん?」

「ミカンがキミのことを『悪いヤツじゃない』と言っていた」


「あはは。でも、ミカンがワタシの評価を誤っているかもしれないし、あなたたちが思っている以上に、ワタシは根性が悪いのかもしれない、悪質かもしれないわよ」

「それでも俺はキミを信用するよ」

 歌劇でのマリを見て、根は善人なのだなと俺は感じていたのだ。

「ふうん。でも、世の中そんな甘くないわよ」

「…………」



「信じた者は救われる。心の美しい者、人を疑わない者がしあわせをつかむ。世界にしあわせをもたらす――なんて、そんな綺麗ごと通用しないわよ。人間社会はひどく残酷で、あまりにも悪らつで、そして()まんに満ちているわ」

 と、マリは嗜虐的(しぎゃくてき)な笑みで言った。

 だから俺は。

 たしかに人間社会のリアルはそうかもしれないけれど。

 それでも俺はキミの言葉を信用するよ――と、言った。



「それに俺の創った世界では、心の美しい者、人を疑わない者がしあわせをつかむ。世界にしあわせをもたらすんだ。そうなれば()いなと思って、俺は今までずっと創世をしてきたんだよ」

 ワイズリエルに神殺しの剣を授けたとき。

 俺は、そう強く思ったのだ。


「ガキっぽいかな?」

 と、俺がすこし照れてスイッチに手を伸ばすと。

 マリは満ち足りた笑みをした。

 そして――。



「素敵だわ」

 と言って、マリはスイッチを押したのだった。



――・――・――・――・――・――・――

■神となって2ヶ月と27日目の創作活動■


 コイル装置を破壊した。



 ……そのことによって、モンスターがアダマヒア王国に押し寄せた。そして『神の力』が世界に降り注いだ。



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