23日目。太陽の歌姫
いつまでも続く歓声と拍手のなか。
王の道化師が、耳元で囁いた。
「次は歌姫フィーアとデュエットしてください」
「えっ?」
「歌詞はここに書いてあります」
「そんなっ」
聞いてないよ――と、俺は口を尖らせた。
すると、道化師は俺にメモを握らせた。
そして、ステージのみんなに合図を送った。
フィーアが頷くと、スローなバラードがはじまった。
俺は慌ててメモを開いたが、ところどころ何が書いてあるのか分からないし、なにより初めて聴く曲だったので頼りないことこの上なしだった。……が。
「まあ、カラオケで初めて聴く曲にあわせて歌うようなもんだろ」
と、俺は開き直った。
太陽王のコスプレ衣装、帽子のつばをぐっと下げた。
そして、歌詞が飛んだところはテキトーでいいや――と、肩の力を抜いて歌いはじめた。
♪ヘイ、セブンティーン。キミのような若い娘は知らないだろうけど
俺は、このアダマヒアでは、ちょっと知られた男だった
むかしは俺の着た色が流行となったし、俺の考えた遊びが流行ったものさ
もちろんアダマヒアの女はみんな、俺に夢中だったし
俺もそのなかで一番の女を手に入れ、自信満々だった
それが今じゃ歳をとり
ダンディとは言われているけれど……
ヘイ、セブンティーン
もう若い娘とダンスもできやしない
♪No we can't dance together
若い娘の流行だって分からない
♪No we can't talk at all
それでもセブンティーン
一緒に踊ってくれないか
そう歌って、俺はフィーアに手を差し伸べた。
観客は、うっとりした。
そして間奏が終わり、フィーアの番になった。
フィーアは俺の手には、ちょこっと触れただけで、すこしイジワルな笑みをして歌いはじめた。
♪ヘイ、ダンディ。あなたは「知らないだろう」と言ったけれど
あの青髪の女の子を、わたしは知ってるわ
あの娘はクール・エンプレスと呼ばれた歌姫
このアダマヒアのまえ、以前暮らしていたところでは有名だった娘よ
男の子はみんな、あの娘に夢中だったし
あなたもずっとあの娘を見ていて、わたしのことなんか
ほったらかしだった――と、フィーアはチクリと言った。
♪でもダンディ、そのことはもう好いの
お互い、もう別の、しあわせのなかにいるのだから……
ヘイ、ダンディ
若い娘とはダンスできないのでしょう
♪No we can't dance together
それに共通の話題なんかないでしょう
♪No we got nothing in common
でも、それでもダンディ
今夜だけ一緒に踊りませんか
そう歌い上げて、フィーアは俺のふところにするりと入った。
俺が慌ててリュートを背中にまわすと、彼女はもたれかかった。
俺とフィーアは手を握りあい、まるでフォークダンスのように寄りそった。
そして、しばらくスローなダンスを楽しんだ。
観客は、太陽王に扮した俺とフィーアのダンス……一夜限りのダンスを、あたたかな目で見守った。
太陽王ドライはただ無言で、俺たちのダンスを見ていた。
しんみりとした、しかし、あたたかなダンスがしばらく続き。
やがてフィーアは俺から離れた。
前に出て、こみ上げてくる気持ちを観客に向けて語りはじめたのである。
「みなさん……。わたしは、このアダマヒアの中央広場で歌うことが夢でした。『あなた』の前で歌うことが夢でした。そして今、夢が叶いました。わたしの夢は叶い、こうして今、万感の思いを胸にここで歌っています。そして、これから歌い終えます。歌劇が終わります。日が暮れて。歓声も消えて。そして『あなた』とも……」
と、ここでフィーアは、突然、俺を見た。
その瞳は決意に満ちていた。
しかし、寂しげなものだった。
「ねえ、『あなた』。わたしは、あなたと一緒に暮らしたい。でもね、やっぱりできないわ。わたしは、ずっと歌姫でいたいの。誰かがファンでいてくれる限り、ひとりでもファンがいる限り、わたしは道に立ち、歌を歌い、彼らに元気をあげ続けるの。ええ。そう。わたしは最期まで、最期まで」
歌姫でいたいの――と、フィーアは言った。
そう言って、俺をまっすぐに見た。
俺は、じっと彼女を見て、大きく頷いた。
するとフィーアは、ありがとうと微笑んだ。
そして歌いはじめた。
このフィーアの告白は、間違いなく俺たちとの別離、その決意だった。
しかし。
その俺が太陽王のコスプレをしているものだから、観客には、太陽王の隠し子がこれからも別々の道を歩むのだと、そう父に告げたように見えていた。
観客はフィーアの告白に感動した。
拍手を送った。
「みんな、ありがとう」
フィーアが手を振る。
中央広場がわく。それに呼応する。
フィーアが太陽のような笑顔で歌う。
観客が彼女とともに歌いだす。
すると太陽王も、そして彼の側近も、騎士たちも歌いはじめた。
中央広場に集まった人々は、フィーアの歌でひとつになっていた。――
さて。
歌劇は最高の盛り上がりをみせて。
太陽王と歌姫の問題も、なんとなく勢いで誤魔化されたような、解決したようなそんなところに落ち着いて。
後はこのまま笑顔で解散――といった雰囲気になったところで、唐突にフィーアが俺を見た。
そして観客に向かって言った。
「みなさん! 今日はありがとうございました!! わたしは今日のことを一生の思い出にします。そして今日に負けないくらいの、大きな歌劇ができるよう頑張ります!!! でもその前にっ!!!! ……イジワルをしちゃいます」
そう言ってフィーアは、俺の手を引いた。
俺をステージの中央に引っぱり出して、フィーアは言った。
「みなさんは、歌劇の後半からリュート奏者が代わったことに気付いていましたか? あはっ、わたしはすぐに気が付きましたよお。だって彼のことを、わたしはよく知っているんです。よく知った彼が突然ステージに現れたから、わたしはビックリしたんですっ」
そう言ってフィーアは俺の帽子を取った。
背中を押して、観客によく見えるよう、前に押しやった。
すると、かぶりつきで見ていたガラの悪い連中が、驚きの声をあげた。
「あはっ。そうです、彼は南の村……ザヴィレッジの英雄です!」
そう言って、フィーアはイタズラな笑みをした。
まばらに下品な歓声が上がる。
おそらくギルドの連中だ。
俺が苦笑いで頭をかいていると、フィーアはクスリと笑って、そして言った。
「わたし、憧れていたんですよお? それなのに黙って歌劇に参加するなんて! 突然、あんな可愛い娘と一緒に現れるなんて!」
フィーアは、ぷっくらと頬をふくらませた。
観客がドッと笑った。
俺が慌てて何か言おうとすると、
「いいですよお、無理しなくてっ」
と、フィーアは、すねて言った。
そして高らかにこう言った。
「だからイジワルしちゃいます! ザヴィレッジの英雄さん!! ひとりで歌ってください!!!」
「あ"!!??」
俺が、まるでガムを踏んだような顔をすると、観客はわいた。
そして歌をうながす拍手が、すぐに始まった。
フィーアは、ちょこんと可愛らしく舌を出して、クーラの後ろに隠れた。
と、そのとき。
王の道化師が袖をひいた。
そして囁いた。
「歌ってください。思いっきり王を侮辱するような、挑発するような歌を歌ってください」
「はァ?」
「ドライ王は、どんな侮辱でも笑顔で堪えます。そのことで王の名声は高まり、そして歌劇は終わるのです」
「そんなこと言われても」
俺は眉をひそめ顔を上げた。
すると、ドライ王と目があった。
ドライ王は、かかってこい――とでも言っているような、そんな余裕の笑みをしていた。
俺は全身から汗がドッと噴きだすのを感じた。
ワイズリエルに助けを求めるべく、天をあおいだ。
しかし、なんの反応もなかった。
が、このとき、緑の道化師が俺の袖を引っぱった。
「おいこら、おまえ! マリさまが助けてくれる!」
そう言って緑の道化師は、俺にメモを握らせた。
それを開いた俺は、つい笑ってしまった。
そこに書かれた歌詞が、あまりにも下品で、根性のひん曲がった物言いで、しかも皮肉に満ちていたからだ。
「とはいえ……」
それでも俺は、この歌を歌うことにした。
それはこの下世話な歌詞に共感したせいでもあったし。
あの太陽王ドライの余裕たっぷりの笑顔を崩してやりたいとも思ったからだった。
俺は歌劇のメンバーに、大きく頷いた。
観客のほうに振りかえり、バサリと、大げさにマントをはためかせた。
それと同時に、みすぼらしい衣装を身にまとった。
もちろんこれは『神の力』による着替えだ。
しかし、観客は手品だと思って喜んだ。
わきあがる歓声と拍手のなか、オルガンの演奏がはじまった。
そのオシャレで前衛的な和音にテンションが高まる。
エッジの効いたリズムに、メンバーが追従する。
そして俺は、皮肉に満ちた笑みで歌った。
どうにでもなれと、吹っ切れたのだ。――
――・――・――・――・――・――・――
■神となって2ヶ月と23日目の創作活動■
太陽の歌姫フィーアの決意を受けとめた。
……彼女のことは、一度、みんなで話し合うことになるだろう。




