7日目。【創世録】アダムとイブ
俺が神となって七日目。
今日は休みということで、アダムとイブを見守ることにした。
いや。別に天地創造をマネして休日にしたわけではない。
昨日、創りまくったせいで疲れてしまったのだ。
さて、アダムとイブは十代後半の姿で、集落に降り立った。
そして、すぐ環境に適応した。
彼らは生まれた瞬間から、中世ヨーロッパの一般常識と価値観を持っている。
そんな彼らからしてみれば、突然、見知らぬ土地に連れてこられたようなものだろう。
「それにしても、なるほど分かりましたって感じで、あっさり順応したよな」
ぼそりと呟くと、ワイズリエルがくすりと笑った。
まあ。
俺も人のことを言える立場ではないか。
神になれ――とか突然言われて、その6日目には集落を創ったもんな。
「なあ、ワイズリエル。ずっと井戸を覗いているのも疲れるから、リビングに移そうと思うんだけど」
「テレビを観るような感じで集落を観察するのですねッ☆ 良い考えです、ご主人さまッ☆」
「そうそう、ちょっとしたシアターにしちゃおう」
「きゃはッ☆」
ワイズリエルは鋭く飛びついてきた。
イタズラな笑みで、
「こうすれば、きっと集落の時間を早送りできますよッ☆」
と言って、俺にメモを握らせた。
こいつ……。
家を別の天体に移したのは、このときのためだったのか。
ワイズリエルはこうなることを予見して、何食わぬ顔で俺を誘導したのか。
「きゃはッ☆ ゆるしてくださいご主人さまッ☆」
ワイズリエルは俺の顔色をうかがい、勢いよく飛び退いた。
そして家を指差し、誘うようにお尻を振った。――
俺はリビングにつくと、ホームシアターを創った。
ソファーに深く腰掛けると、ワイズリエルが隣に座った。
ヨウジョラエルが、俺のひざに頭を乗せた。
そしてヨウジョラエルは寝息を立てだした。
「可愛いですねッ☆」
「ふふっ」
俺たちは微笑んで、ヨウジョラエルの頭を撫でた。
そして、早送りをしながら集落を観察した。
アダムとイブが降り立って数日が経っていた。
彼らは農作物を収穫し、それを食べ、粗末な農民家屋に住んでいた。
さすがに狩猟はしていなかったが、しかしアダムは周辺の探索を終えていた。
「よし、次のステップに移ろう」
俺は塩商人を船で送り込んだ。
塩商人は集落に到着すると、
食料をなくし困っていたところ、偶然、集落を発見したのです――と、アダムに言った。
アダムとイブは、塩商人をもてなした。
「よし。まずは塩と作物を交換する。その後、南から香辛料商人を送り込めば、次に来たとき、塩と香辛料の取引が成立する」
「今はそのための布石ですねッ☆」
「ああ」
そういう作戦だった――のだけれども。
アダムは塩商人に食事を与え、食料を持たせると、
俺たちも船に乗せて欲しい――と、言った。
一緒に西に行きたい、西の街に連れて行ってくれ――と、アダムは塩商人に頼みこんだのだ。
「……これは想定外だな」
俺は眉を絞った。
塩商人は、あたふたした。
なにか策はないかと考えていると、ワイズリエルが、
「奴隷にされるぞ――と、おどしましょう」
と言った。
俺は、すばやく塩商人に指示を出した。
塩商人は俺の指示を受信すると、じゅんじゅんと西の街の厳しさを説いた。
そして、アダムとイブに無理やり塩を持たせ、逃げるように船に乗った。
「危なかったな」
「はいッ☆」
俺とワイズリエルは安堵のため息をついた。
そして、商人たちがアダムたちの同行を断る口実、無理のない理由を考えた。
良い理由を思いつくと、数日早送りしてから、今度は香辛料商人を送り込んだ。
アダムは相変わらず都市行きを希望したが、香辛料商人は、前もって準備していた返事でニコヤカに断った。
アダムは落胆したが、香辛料商人を恨むことなく作物と香辛料を交換した。
そして、さっそく料理に香辛料を使うと、すぐに笑顔を取り戻した。
その美味しさに感動したのである。
そして。
数日後に塩商人を送り込むと、俺たちの思惑通りに貿易が成立した。
アダムたちは、塩商人から塩だけでなく様々な食材を手に入れた。
香辛料を高価に設定したためだ。
この貿易によって集落は潤い、アダムとイブの生活にはゆとりができた。
その結果、アダムは狩猟に時間を割くことができた。しかし。
「これはマズイな」
アダムは、イノシシを狩ることができなかった。
イノシシは強く、そして、アダムはびっくりするほど弱かった。
このままでは、アダムが殺されてしまう。
俺はすこし考えてから、武装させた旅人を送り込んだ。
そして、
盗賊に襲われました――と、アダムの目の前で死なせた。
そうやって武器を授けたのだ。
「これで勝てるだろう」
「さすがですッ☆」
俺とワイズリエルは、満ち足りた笑みをした。
数日後。
アダムは、旅人の武器……バトルアックスを手に、森に入った。
しかし、イノシシには遭遇しなかった。
というよりも、アダムはイノシシを避けて歩いているようにみえた。
しばらく進むと、アダムはバトルアックスを木に振りおろした。
両手で持ち、全身全霊を浴びせるように木を打ちまくった。
何度も何度も打って、アダムは木を切り倒した。
若干、イノシシにやられた腹いせのようにも見えるが、
「まあ、イノシシを倒す練習にはなるだろ」
「まずは筋力トレーニングですねッ☆」
と、しばらくは様子を見ることにした。
数日早送りすると、アダムはなんとイカダを完成させていた。
それを川に浮かべ、イブとともに西に行こうとしていた。
「あいつ……」
俺の舌打ちとともに、イカダは岸を離れ、川を下りはじめた。
「まずいな、西には何も創ってないぞ」
「『まっ白な世界』が見えてしまいますッ☆」
俺は焦り、苛立ちをおぼえた。
助けを求めるようにワイズリエルを見ると、彼女は首をかしげたままでいた。
「しかたがない」
俺は画面に映るイカダを指差した。
ガンッ!
雷を落とし、イカダを破壊したのである。
「こうするしかなかった」
粉々になって流れるイカダ。
岸に泳ぎ着いたアダムとイブは、怯えた目でしばらくそれを見ていた。――
その後、特筆すべきことはあまりない。
アダムとイブは集落からの脱出を諦めた。
ふたりは愛を育み、子供は授からなかったけれど、集落でしあわせに暮らしていた。
アダムはたまに、西、あるいは南への突破を試みた。
それを俺は、ことごとく阻止した。
目の前に雷を落としてやったのだ。
アダムは、はじめの頃は怯えていたが、そのうち天を見上げ、文句を言うようになった。俺は、そんなアダムを生意気だと感じながらも、しかし実のところ可愛らしく思っていた。
それとなく、彼らがしあわせになるよう干渉した。
それをイブは感謝した。
アダムはムスっとしたけれど、実際には喜んでいた。
まあ、同じ男として、ああいった態度をとる気分はよく分かる。
「ご主人さまッ☆ お気づきですか?」
「ん?」
「信仰です。彼らはご主人さまのこと、すなわち神の存在を認知していますッ☆」
「ああ、そうか」
雷とか落としまくったもんな。
ムキになってアダムとやりあったもんな。
俺は苦笑いしつつ、早送りした。
彼らとは距離をおいたほうがよい――と、思った。
なぜなら、俺はアダムのような人間を、これから何人も何百人も、いや何億人も見ることになるからだ。
世界創造とは、彼らの人生を見守ることにほかならない。
俺はこれから彼らの死に何度も直面するだろう。
それがきっと、神となった者の務めなのだ。……。
俺は感情を抑えつつ、早送りを続けた。
数十年が経ち、イブが老衰で死んだ。
そして、アダムは悲しんだ。
アダムはずっと悲しんでいた。
ひたすら横になっていた。
無気力、虚無的、厭世観――そのようなものが彼を支配していた。
ああ。
こうなってはもうダメだ。
アダムを待つのは衰弱死のみ。
そして集落の試験運用はこれで終わり、また始めからやりなおすしかない。
……いや。
試験運用なんて、もうどうでもよかった。
「もう。どうでもいいんだ、それは」
俺は沈痛な面持ちで、ため息をついた。
「ご主人さまッ☆」
ワイズリエルが俺の顔を覗きこむ。
楽に死なせてあげましょう――と、俺にうながしている。
「ああ」
それはもちろん、俺にも分かっているのだが。
しかし、俺はアダムに挑むような目を向け、画面を指差した。
「リセットなんかしねえぞ」
俺は集落の入口に、子供を三人創った。
その子らを孤児として、アダムのもとに送り込んだのだ。
泣きながら家に来た孤児を見て、アダムは跳ね起きた。
そして子供たちを抱き、天を見上げた。
アダムは俺の意図を汲み、ぼろぼろと涙をこぼした。
祈りを捧げるような清らかな声をあげた。
「おお、神よ。あなたは私に生きよというのですか」
俺はなんだか照れくさくて、早送りした。
十数年後。
集落にはアダムとイブの荘厳な墓が建っていた。
アダムとその息子たちは、この地を繁栄させていた。
――・――・――・――・――・――・――
■神となって7日目の創作活動■
アダムとイブの生涯を見届けた。
……すこし感情的になりすぎた。アダムの残した功績には敬意を表するが、以後、人間とは距離をおくことにする。